しばらく美術館に行っておりません…といって、軒並み休館しているのですから

誰しも同じと言えましょうかね。音楽の演奏会に関しても同様ですので、

こちらの方は開催取りやめとなって失われた演奏会のプログラム自宅にある録音媒体で再現する、

みたいな自宅イベントを代わりのお楽しみともしているわけですね。

だったら、ということで美術館にも行ったつもりになればいい、てなもんでありますよ。

 

この際、昔々に出かけた(要するにブログを書き始める以前にというくらいのことですが)展覧会の

図録をじっくり反芻してみたりしようかいねと思い立ったわけでして。

 

 

まず取り出だしましたのは、こちらの図録です。

「スーパーリアルズム展」、ずいぶん前に行ったのだったなあと遠い目になるくらいですが、中を見てびっくり!

1985年の7月から8月にかけて新宿の伊勢丹美術館(今はもうない…)で開催された…ということは、

35年も前だったのですなあ。

 

当時はまだまだ展覧会に出向くなどということはほとんどありませんで、新宿には映画を見によく通ってましたので、

おそらくは映画を見たついでにでも伊勢丹を覗いたらやっていた…てなことであったかも。

 

とまれ、そのころは「これ、描かれたものなの?」と思い、ひたすらに「すげえなあ」という印象だけで見て回ったような。

図録の表紙を飾っているラルフ・ゴーイングスの作品を見ても「どうみても写真でしょ」と。

 

こうした作品はフォトリアリズムと呼ばれるようですけれど、

今ではそれ超絶技巧のリアリズム作品ばかりを集めた美術館が千葉県にあったり、

またBunkamuraザ・ミュージアムではそこの所蔵品による展覧会が開催されたりして

(行きたいと思ってましたが、新型コロナ騒ぎでついぞ行けませんでした)

この手の作品は広く知られるようになってますが、当時はそうでもなかったでしょうし、

それ以前にほとんど美術に接したことのない者には実に衝撃的だったのでありますよ。

 

このフォトリアリズムの作家たは写真をキャンバスに投影して写して描くといったこともあるようですが、

これを冷静に考えると「これって芸術なの?」てなことを思わなくもない。

 

ですが、目の前にあるものを忠実に再現することがリアリズムであるとするならば、

それが写真の再現であっても異を唱えるにはあたらないかもですし、取り分けその再現技法のありように

驚きを禁じ得ない…とするならば、その驚嘆をもって作品との交感があり、

これもまたアートであると言えなくはないような気がしてきます。

ここで少々、図録に掲載されたゴーイングスの言葉を引いてみるといたしましょう、ちと長いですが。

…写真をそのまま描きうつすのは良くないことだというのが世間の常識だったし、私の知るかぎりでは、実際に私が勉強したことや大勢の人たちがやっていることにそれは違反しているという思いがあった。或る人は私がやっていることを知って仰天した。その人は『それは芸術ではないし、芸術ではあり得ない』と言った。ところがそう言われると、私は逆に元気が出た。人をびっくりさせるのは愉快なことだからだ。それが芸術であるかないかなどといったようなことは、私にとってどうでもいいのだ。

ご本人は「芸術であるかないか」はどうでもいいと言っておられますけれど、

期せずしてかもながら受け手にとっては芸術、アートと受け止めるかもしれない。これはこれで勝手なことですが。

 

仮に図録の表紙にある図像が本当に写真であったなら、申し訳ないことながら、いささかも驚かない。

ところが、これが描かれたものだと知ってよくよく見たときに、筆跡が判別できれば「ほお~」と思い、

反対に筆跡を見出すことができなくてもやはり「ほお~」と思う。これだけ感心させられれば、

まあ、芸術なのかアートなのかという呼び方はどうでもいいとも言えましょうけれど。

 

ですが、見た目が似た傾向としてエドワード・ホッパーの作品(そちらはもっぱら夜の情景ですが)を思い出してみれば、

単にリアルというのではないリリシズムが感じられるように、フォトリアリズム作品の中にも

それが写真を写し描いただけと分かっていてなおかつ写真そのものにはない抒情性があったりすると

思えてくるのが実に実に不思議なところなのですよねえ。

 

…てなふうにつらつらと書いているのは、全部後付けで思いめぐらしたこと。

この展覧会に出かけた当時はただただ「すげえなあ」というばかりで、

あたかも「うまい」しか言わない下手な食レポのようであったわけですが、

35年の年月で何が変わったといって、当の本人(自分のことです)がいちばん変化していたというに気付きますね。

 

縁遠かったアートに関して、これだけ語る言葉を持ったという点において。

いやはや長い年月が経ったものです…(笑)。