画家・千住博が高野山金剛峯寺の依頼を受けて襖絵を描いているという話は
どこで知ったのでしたか。Eテレ「日曜美術館」あたりでしたですかね。
制作風景が映し出されていましたけれど、
立てたキャンバス(とは言わないか…)の上辺から水を滴らせ、
これが乾かないうちに溶いた胡粉を垂らしていくと、水が描いた自由な軌跡をなぞりつつも
ときに薄くなり、ときには濃いままとどまりといった水流の見立てが画面に現れるのですな。
これには「ほお~!」と思ったものでありますよ。
と、そんなふうに思っていた襖絵が完成し、金剛峯寺への奉納前に見られる展覧会となれば
出かけてしまいましたですよ、千住博展@横浜そごう美術館へ。
大きく分けて二つの世界、すなわち「瀧図」と「断崖図」として描き出された大規模作品で、
さきほど制作過程に触れたのは「瀧図」のほうでありますね。
この水と胡粉を滴らせて瀧を描き出すという方法は画家が以前から試みていたものだそうで、
会場で唯一写真撮影可だった作品がやはり瀧を描いた「龍神Ⅰ・Ⅱ」。
2015年のヴェネツィア・ビエンナーレで特別展示されたという作品だそうです。
蛍光塗料を使うことで明るいときには白く、ブラックライトをあてると青く見えるという
インスタレーション的な作品で、お寺の襖絵とはコンセプトは異なるであろうものの、
近くで見ることができるので作品の成り立ちに思いを馳せやすくはありますね。
飛沫やぼかしは後から入れるようで、エアブラシなんかも使っておりましたなあ。
一方、「断崖図」の方は会場に来て初めて「瀧ばかりじゃなかったんだね…」と
予期せぬ出会いだったものですから、なおのこと「おおお!」と。
和紙を自在に揉みしだいて、できた凹凸を岩肌に見立てるのですけれど、
一見して「おお、岩壁だぁ」と思ってしまうリアル感があるのですよね。
和紙をきれいな平面のままでなく使う手法は加山又造
もやってましたですが、
どんな岩肌を描くかを想定しつつ、揉み込み方を部分部分で変えるというのは
千住オリジナルなのかもしれんなあと。
この手法もまた、金剛峯寺襖絵に取り掛かる以前から使っていたのか、
2012年作の「断崖図」なども展示されていたのですけれど、
「瀧図」にしても「断崖図」にしても、何でしょうか、
寺院の中のこの場所に置かれるという想定が作用しているせいか、
それまでの作品とは違った独特の静けさのようなものがあるやに見えたりしたものです。
この金剛峯寺襖絵と技法的にそれに繋がる一連の作品が展示された先には、
これまでの千住博を回顧する作品が並べられておりました。
鮮やかな色彩を使って、いかにもきれいな場所を描くといったふうもあり、
それはそれで好む人は多いものと想像するところながら、
どうも東山魁夷
や平山郁夫といった現代日本画の先達を思い浮かべてしまうところも。
画家ご本人が何かしらの影響を感じていたかは分かりませんし、
さして日本画をよく知る者の発言でもありませんから、単なる印象でしかありませんが、
そうしたかつての作品に比べて、「瀧図」「断崖図」は画家・千住博のオリジナリティーの、
ひとつの到達点でもあろうかと思えたものなのでありますよ。
金剛峯寺の一室に収まってしまってからではなかなか見られないのではと思うだけに、
来場者もまばらな館内で間近に対面できたことに喜びを感じたのでありました。