横浜みなとみらいホールで読売日本交響楽団の演奏会を聴いてきたのですね。
9年にわたって常任指揮者を務めてきたシルヴァン・カンブルランにとって最後の公演月。
良い意味でいろいろとやらかしてきたカンブルランですけれど、
ここではオール・フレンチ・プログラムを組んできたのでありますよ。
前半がイベールの2曲、後半がドビュッシーの2曲ですけれど、
港町・横浜を意識してのことか、始まりはイベールの「寄港地」で、
締めくくりはドビュッシーの交響詩「海」という具合。
みなとみらいホールはステージ正面、パイプオルガンの左右に掛る大きなバナーに
船が描かれているだけに海と船の印象がより広がるといいますか。
だいたいドビュッシーの「海」は楽譜が出版された折に
表紙には葛飾北斎 の「神奈川沖浪裏」がデザインされたというのですから、
横浜との因縁無しとは言えず、でもありましょうか(?)。
ところで、ドビュッシー作品の方は海の印象を音楽化したものでしょうから、
どこの海であるとは言えないところかもしれませんけれど、作曲している段階では
「サンギネール諸島付近の美しい海」という副題が添えられていたということですので、
コルシカ島中部、パラタ岬からちょいと先にあるサンギネール諸島の海は地中海ですな。
そして、イベールの「寄港地」の方も、第1曲がローマ-パレルモ、
第2曲がチュニス-ネフタ、そして第3曲がバレンシアということは、やはり海は地中海。
ヨーロッパではアルプスの北と南で気候の大きな違いがあるわけで、
例えばゲーテ が暗く低い雲が垂れこめるドイツを逃げ出してイタリアに行ったりしたように
アルプスの南は明るい輝きに満ちているという印象でしょう。
地中海はまさに陽光燦々の明るさに満ちた海ということになりましょうね。
明るさ、陽気さは自由さにつながり…と、このあたりからは勝手な思い巡らしになりますが、
海を描くのにも、大波に翻弄される激しさよりも波間をたゆたう揺らぎの感覚でもいいますか、
そんな印象表現が似合う、ひいては(一概には言えないとはいえ)フランス音楽がよく似合う、
かような気がするものでありますよ。
もっともドビュッシーは海の諸相を描くのに
激しく厳しい一面を思わせる描写も入れていますから、
それで先に触れた副題を取り払ってしまったのでありましょうかね。
地中海のイメージに限定されないように。
と、「海」もの2曲の間に挟まれたイベールのフルート協奏曲、
そしてドビュッシーの前奏曲集(ツェンダー編曲版は日本初演だそうで)は
また違った意味で自由さに溢れた曲調でありましたなあ。
(後者は編曲者がドイツ人のせいか、ティル・オイレンシュピーゲル っぽくもなってましたが)
とまれ、きちっと厳格な様式を突き詰めるふうなアルプスの北(独墺)の音楽とは違って
ともするともやっと感ばかりかと受け止めてしまったりするフランスの音楽ですけれど、
地中海のイメージでもって耳を傾けると「う~ん、いい風が吹いてきたな」てなふうに
心地よく浸れるものでもありましょう。
ときに昨日の横浜は「春は名のみに風の寒さや」でしたけれど(笑)。