新日本フィルの演奏会で、あたかも山下洋輔の音楽会か?! といった状況で終わった前半。
休憩で仕切り直した後半は、アーロン・ジェイ・カーニスの「ムジカ・セレスティス」からでありました。
「天上の音楽」を意味するタイトルだけあって、プログラムの解説に
「瞑想的な雰囲気に満ちたニューエイジ・ミュージック風の作品」とあるとおりの穏やかさ。
ここからはオケの演奏に注目してほしいということでもありましょうかね。
ところで、「ムジカ・セレスティス」が「天上の音楽」の意であるということなれば、
楽器の「チェレスタ」はきっと「天空の音はかくあるか」てなところから付けられた名前でしょうかね。
と、それはともかく演奏会の締めくくりに演奏されたのが、
アーロン・コープランドのバレエ組曲「アパラチアの春」でありました。
コープランドのバレエ音楽は「ロデオ」(ちなみに大好物の曲です)とか「ビリー・ザ・キッド」とか、
なんとはなし西部劇 っぽい音楽であるなと感じさせるところがありますけれど、
「アパラチアの春」もまた。
ところどころに映画「荒野の七人」のテーマ曲(エルマー・バーンスタイン作曲)を思わせるものが
見え隠れするものですから、ついついにやにやしてしまうのですなあ。
コープランドがこの曲を作曲したのは1943~1944年と言われますので、
もしかすると西部劇映画の音楽のその後に及ぼした影響があるのかもしれませんですね。
(コープランドは自らも映画音楽を手掛けていますけれど)
その一方で、最後の方には大らかなたっぷりとしたメロディーが流れるのですけれど、
こちらはこちらで映画「刑事ジョン・ブック 目撃者」の中の
「納屋を建てる」(モーリス・ジャール作曲)という曲を思い出させるところかと。
そも「アパラチアの春」というタイトルのアパラチアですが、元来のバレエとしての舞台は
「アパラチア地方に含まれるペンシルヴェニア州の農村」であるそうな。
確か「刑事ジョン・ブック」の舞台となるアーミッシュの村もペンシルヴェニアでしたなあ。
と、つながってるけんねというこの気付きに満足してはいけんのですして、
「アパラチアの春」の終わりに流れる大らかなメロディーは果たして
「シェーカー教徒と呼ばれる信仰者たちの踊りであり、讃美歌のメロディ」であるのだそうな。
「刑事ジョン・ブック」に出てくるアーミッシュとシェーカー教徒は同じではないものの、いずれも
クエーカーとの関わりがある(関わりの持ち方はそれぞれながら)とは言えそうですので、
もしかして古きアメリカの宗教的共同体の音楽というあたりが類似性に影響しているかもです。
若き日にはマルセル・デュシャンはじめ前衛的な芸術家と親交を結んで
かなり尖がった音楽を書いていたというコープランドは、その左翼的指向性から
大衆に理解できる音楽をとソ連的な方向転換をしたわけですが、
その方向転換がアメリカ音楽の大きな一要素になっている映画音楽に
あれこれの影響を与えてきたと想像するのは、なんとも興味深いところなのでありました。
(と、いつのまにか、演奏会の話はそっちのけになってますが…)