東京・丸の内(と、ことわるのは門司にもあるからですが)の出光美術館に
お出でになったことのある方はご存知のように、基本的に和モノの展覧会が主でありながら
実はジョルジュ・ルオー のコレクションも相当に所蔵しているのが、この美術館でありますね。
大きなスペースの企画展示室とは別に、
小さいながらも折々展示替えのあるルオー展示室があるのでありまして。
今回、水墨画の企画展 を目当てに出向いたわけですが、
当初の思惑に適う作品が少なかったこともあり、いつになくルオー展示室をじっくりと見たような次第。
さすれば、今さらながらの気付きもあったというわけでなのでありますよ。
この時の展示は、大きめの油彩画3点と連作「受難」からの油彩画バージョンが4点。
こぢんまりとしてはいるものの、ルオーの変遷をたどれる点では、
あたかも高知県立美術館 で見たマルク・シャガール のごとしでありました。
解説に曰くルオーの製作時期は3期に分けられるようですが、
その初期、中期、後期のそれぞれから特徴的な作品を展示していたようなわけでして。
まず初期(1897-1919)からは1912年頃の作とされる「辱めを受けるキリスト」という一作。
解説では「基本的に素早く的確な線描と、暗いが透明感のある色あいを特徴」としていますが、
むしろこれは例外でもあろうかと。
暗さが非常に勝っているのは主題に寄り添えばこそでしょうけれど、
それだけに初期作段階からしてルオーが宗教的なテーマに強い関心のあったことを
窺わせるのではないでしょうか。
そして中期(1920-34)から「水浴の女四人(構成)」(1920-29)という作品。
この時期は主題もさりながら、注目は技法の点でありますね。
解説にはこのようにあります。
色絵の具を一旦塗って乾かしては、そのほとんどすべてをスクレイパーによって削り取り、また、その上から異なる色絵の具を塗っていくという、独特の画面処理法を試みている。
削り取ることによって生み出される平板の中に色のきらめきが点在しているようなところが
この時期の特徴と言えましょうか。
そして後期(1935-56)になると、ルオーにお馴染みの厚塗りの世界へと突入するわけで、
展示作「聖書の風景」(1953-56)は厚塗りの極めつけ、もはや3D絵画か?という世界ですね。
しかしまあ、そんなルオーの厚塗りはむしろ妥協の産物として生まれたとは
あたかも木版画家である滝平二郎 をして切り絵作家と思われるがごとしといいますか。
きっかけはもうひとつの展示作「受難」のシリーズでして、
元は聖書の物語に添えた版画作品であったわけですが、
その下絵を油彩化するようなオーダーが舞い込むのですな。
期限を切られたそのオーダーは中期までのスクレイプによる輝きを一枚一枚出すには
とてもこなし切れない。やむなく代替手法として考え出されたのが厚塗りであったという。
厚塗りが、剥片のような色層の重なりに似ていたことにルオーが気付き、
結果としてこれ以降は厚塗りの表現形式を追求していったのだそうな。
なるほど「受難」シリーズの油彩化作品を見る分には至って控えめだった厚塗りが
先に「聖書の風景」になると絵画というより造形の世界に片足をつっこんでもいるようですし。
とまあ、そんなふうにルオーの作品と触れ合うことのできる展示コーナー。
出光美術館に出かけたついでというには、(狭いながらも)贅沢な空間とも言えそうでありますよ。