「よこすか海軍カレー」


かようなものを食する機会がありまして。
お店で供する場合には横須賀市内でなければ「その名を名乗ってはいけん」とも漏れ聞きますが、
その「よこすか海軍カレー」のレトルト食品版でありますね。これならどこで食してもOKなようで。

予て名物とは聞き及んでいましたけれど、云われにも関わることですので、
パッケージに書かれたところを書き取ってみるといたしましょう。

イギリス海軍ノ「軍隊食」デアッタカレー。明治期、イギリス海軍ヲ範トシテ成長シテキタ日本海軍ハ、「カレー」を「軍隊食」ニ取リ入レタ。ハジメハパンニ食シテイタガ、コレデハ 力 ガデナイト トロミヲツケ御飯ニカケテ食ベテミタラ、「コレハイケル」トイウコトニナリ、以後日本海軍ノ「軍隊食」トシテ定着。コレガ現在ノ「カレーライス」ノ「ルーツ」トモ言エル。横須賀ハ海軍トトモニ歩ンデキタ街。「カレー」ハ「横須賀」カラ全国ニ広ガッタトイッテ過言デハナイ。ソコデ大胆デハアルガ、「海軍カレー」ヲ「横須賀名物」ニスル。ココニ「よこすか海軍カレー」ノ誕生デアル。

まあ、先に読んだ「インドカレー伝」 で言及されていたところと違わない内容ですけれど、
「よこすか海軍カレー」の原料には「カレー粉」と書かれてあって、なるほどイギリス伝来だなと。

インドでは本来、調理の度ごとに作るものに適した香辛料のブレンドを行ったいたところを
英国人はこれを端折って「カレー粉」なる簡便な調味料を作ってしまったわけですから。


では「カレー粉」の材料は?と思えば(Wikipediaに曰く)辛味の真っ先に挙がっているのが
カイエンペッパー、つまりは唐辛子ということになりますけれど、これはインド原産ではない。
元々はインドにはなかった香辛料で、ポルトガル人が中南米から持ち込んだもの…てなことが
「インドカレー伝」に紹介されてましたですなあ。


てなことを思い出した矢先に、中公新書に「トウガラシの世界史」なる一冊を発見し、
これまでに読んだ「魚で始まる世界史」「砂糖の世界史」 が教科書的な通史とは違う面を見せて

たいそう面白かったものですから、読んでみたのでありますよ。


トウガラシの世界史 - 辛くて熱い「食卓革命」 (中公新書)/山本 紀夫


ですが興味深い内容ではありながら、正直に言えばちと思惑違いであったなと。
「世界史」と銘打ってはあるも、「世界誌」とでも言った方が適当なのではと思うわけでして。
原産である中南米から始まって、ヨーロッパ、アフリカ、アジアと地域ごとに
唐辛子の受容と食文化への影響を紹介しているのですから。


そんな中で面白いなと思いましたのは、ことのほか日本への唐辛子の浸透度が薄いなという点。
実際に思い返してみても、唐辛子を使った料理を口にする機会はままあるものの、
その多くが外来の、即ち純然たる和食ではあまり唐辛子が使われることって無いような。


強いていえば一家にひとつは「七味唐辛子」があったりするかもしれませんけれど、
さほど多様されることもなく、ひと瓶で何年も使えてしまうというのが一般家庭の現実かと。
さらに「七味唐辛子」は、その名にこそ「唐辛子」と付いてはいても、
実は「七味」の中の一種類でしかないのですものね。


で、外来の食べ物で唐辛子を使うものとして日本人に馴染みのものといえば、
お隣の韓国から来た「キムチ」なんぞは代表選手かもしれませんですね。
近い文化圏であるにも関わらず、韓国ではキムチにどばどば唐辛子を使い、
日本ではさほどに唐辛子を使う食文化が無かった…これは何故?となろうかと。


そもそも中南米から唐辛子を持ち帰ったヨーロッパでは
肉料理と合わせることに多用したそうなんですが、韓国でも焼肉が名物というのと関係ありのような。


韓国も仏教信仰の時代には、

日本では最終的に明治になるまで厭われてきた肉食が制限されましたけれど、
遊牧民で肉食をよくするモンゴル帝国の支配を受けた際に肉食が広まり、
仏教に代えて儒教を主とすることになって肉食の禁忌が解かれたことから定着していった…と
ざっくり言えばそういう背景でもあるようです。


こうした違いが食事にどの程度唐辛子を使うという違いとなって表れているようで、
激辛の食物に日本人は慣れてこなかったわけですが、明治以降になって
驚くほど貪欲に外来の食文化を受容していく中ではかなり耐性もできて来たのではないかと。


元に戻って「カレー」のことだけを考えても、
スーパーマーケットではそれぞれに異なる、個性的な風味のレトルト・カレーが山のようにありますね。
中には「こんな?」とインド人もびっくりして腰を抜かすようなレシピで作られたものとか。
おそらく「トウガラシの日本史」はこれからも変化を続けるのやもしれませんですなあ。


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