年末となりますと音楽の方面では「第九」 や「メサイア」の公演が目白押し状態になりますけれど、
これとは別の方面で「師走といえば…」となりますのが、赤穂浪士の討入りではなかろうかと。


これを材にとった「仮名手本忠臣蔵」を一度は通し狂言で見たいものだと思っておるわけですが、
以前、八王子市夢美術館で見た浮世絵展 のところでも触れましたように、
江戸幕藩体制下においてリアルタイム現代の出来事をそのまま実名で芝居にするてなことは
ご法度だったわけですね。


ですから、主役の大石内蔵助が大星由良助と名前を変えられていたり
(浮世絵で羽柴秀吉を真柴久吉というがごとしですな)
仇役たる吉良上野介は高師直に置き換えられ、

時代背景も室町時代ということになっていたりする。


まあ、ご存知の方が多いでしょうから言わでもがなではあるものの、
吉良上野介が「吉良剛之介」という名の銀行頭取として、
堀部安兵衛などは「堀部安子」というエレベーターガールになって登場する脚本があるのですなあ。
(ちなみに大石内蔵助は大石良雄で、現代劇で通じるから変えるまでもないのでしょう)


その名も「サラリーマン忠臣蔵」。「東宝サラリーマン映画100本記念作品」ということで、
正編・続編通しで210分というなかなかのボリュームに加え、コメディー映画とはちと方向の違う
三船敏郎や志村喬 、池辺良といった面々も加わった豪華キャストなのでありますよ。


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今回、師走のこの時期に初めて正続通しで見てみましたが、

いやあ脚本の苦労が偲ばれるといいますか。
「仮名手本忠臣蔵」から借りてきた小ネタ満載で、一時も気が抜けないといいますか。


さして「忠臣蔵」をよく知るものでなくても、山のように気付くところがありますので、
よおくご存知の方がご覧になればさぞかし楽しめる作品なのではなかろうかと。


そういうわけですからあんまり内容に触れてしまいますと、
気付きの楽しみを奪うことにもなりますが、多少のことはご容赦を。


丸菱財閥ではアメリカからの使節団を迎えるためにグループの総力を挙げて準備をしており、
グループ内での有力企業である丸菱銀行頭取の吉良(東野英治郎)を筆頭として
若狭金属社長の桃井(三船敏郎)や赤穂産業社長の浅野(池辺良)らを委員に
接遇の委員会が立ち上がっている…という設定も、知恵を絞って作り上げたのでしょうなあ。


経緯は略しますが、まさに使節を迎える会場ロビーで吉良と浅野は言い争いになり、
あまりの暴言にかっとなった浅野は、吉良を殴り倒してしまうのですな。


倒れた吉良にさらに一撃を加えんと拳を振り上げる浅野を桃井が背後から羽交い絞めして、
「殿中でござる!」とはさすがに言いませんでしたが、
ロビーの壁にはしっかりと松の木が描かれておりましたですよ。


グループ総帥から接遇委員の罷免と謹慎を申し渡された浅野が

傷心の事故死を遂げるあたりはいささか作りが弱いところになりましょうか。
さすがに切腹とはいきませんから。


社長不在となった赤穂産業に、新社長として乗り込んできたのはあろうことか吉良剛之介。
これを迎えた社員の中から、専務の大石(森繁久彌)をはじめ亡き社長を慕う面々が
次々に辞表を出して、新会社を設立。集ったのはもちろん47人でありますね。


ここから新会社を盛り立てて、吉良に一矢報いんものと誰もが思うところながら、
新会社の社長に収まった大石は日ごと夜毎に飲み歩いては

芸者遊びに明け暮れているようにしか見えず、歯噛みして真意を量りかねる同志一同。
ですが、ここでの昼行灯ぶりは森繁・大石の見せ場でもあろうかと。


おかる勘平の挿話や「天野屋利兵衛は男でござる」といった台詞の聞かせ所も

ちゃあんと織り込んだ紆余曲折は端折るとして、

蕎麦屋に会合、いざ仇討!というその手法がいかにも「サラリーマン忠臣蔵」らしい。


こうまで言うと大袈裟ながら、
そもそも「仮名手本忠臣蔵」は江戸期の人びとのパロディー精神の発露であったわけですが、
そうした精神が昭和元禄に甦ったかのような一作なのではなかろうかと。


単なるコメディーと侮るなかれ。
数々の工夫にはむしろ敬意を表すべきかもしれませんですよ。
(とは、やっぱり大袈裟か…)


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