ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の公演を映像で見せてくれるMETライブinHDですけれど、
2013-14シーズンでは第1作となるチャイコフスキー の「エフゲニー・オネーギン 」を見た後に
しばらくご無沙汰しておりましたら、もう6作目。


そうそう見られる演目でもないなと出掛けてみたのが、
ボロディン作曲の歌劇「イーゴリ公」でありました。


歌劇「イーゴリ公」(METライブビューイング2013-14)


「イーゴリ公」と言えば、何といっても「韃靼人の踊り」のメロディーが夙に有名でありますね。
ミュージカル「キスメット」に使われてることで(と言っても古い話ですが)
「Stranger in paradise」というポップス曲としてご存知の方もおおいのではないかと。


確かに優美な、そしてエキゾチックな旋律なのですけれど、
原典とも言うべき管弦楽版、それも本来の歌劇に準拠する合唱入りで聴いてみますと、
ついつい山さん口調で「そうとも言えんぞ」と言いたくなってしまうような。


METライブでは、幕間に様々な関係者(歌唱陣であったり、演出、舞台装置等々の人たち)に
インタビューをするのが付き物となってますけれど、この「韃靼人の踊り」の部分は
よく知られたメロディー部分が女性的とすれば、対比的に出てくるずっと尖がったフレーズは
好戦的、男性的てなふうに、インタビューの中でも言ってました。


その「好戦的」とも表現された部分を併せ持って「韃靼人の踊り」でありまして、
ロシア側にしてみれば常に領土蚕食の危機をもたらす侵略者のイメージからすれば、
同然のことでありますね。


とまれ、この部分の音楽は「韃靼人の踊り」という名で慣れ親しまれてきたところながら、
METライブのプログラム解説に「ポロヴェツ人の踊り」となっていて、
「昔は『だったん人の踊り』と訳されていたが、両者は厳密な意味では別の民族」とのこと。
確かに劇中ではポロヴェツとしか出てきませんですね。

(またしても、昔の知識でしか知らなかった…)


ロシア史において「タタールの軛」ということが言われますように、
東方の遊牧民族というか、騎馬民族というかに苛まれ続けた時代があって、
その名に付けられたタタール人(つまりは韃靼人ですが)が、
ここでイーゴリ公が対峙する敵としても受け止められたことによるのでしょうか。


どうやら「タタールの軛」という言葉は、元はモンゴルの大遠征から
(個人的には単純にモンゴルを指して言ってるとばかり思ってました…)
その後に引き続くタタール人(トルコ系民族)との諍いまでを含んで
後に名付けられたのでしょうけれど、イーゴリ公の時代はモンゴルがやってくる前の時代。


ですが、シルクロードが古くから交易の道として栄えたように
中央アジアから地続きであるロシア、ウクライナの大平原には
様々な民族が押し寄せるようなことがあったのでしょう。
で、イーゴリ公の時代には、それが実はポロヴェツ人であったということのようです。


とまた、歴史の話が長くなりましたけれど、このオペラの方も
全4幕で今回の上演時間も(途中休憩2回を入れて)4時間15分という長いものなのですね。


作曲者のボロディンは、ロシア国民楽派、五人組のひとりとして

作曲家とのイメージが先行しますけれど、本業はペテルブルク医科大学の教授であり、

科学者であって、どうやら日曜作曲家であったそうな。


それだけに大作オペラに手を染めたものの、ついには自ら完成させること叶わず、
残された部分をリムスキー=コルサコフとグラズノフが補筆・補完して上演可能にしたという。


ここで思うのは、出来上がった結果としての大作オペラ「イーゴリ公」は
果たしてボロディンの意図通りであったどうかは分からないという点なんですね。


ボロディン自身が当初から4幕構成(つまりは大作として予期される)として

書き始めていたものの、最後まで手を加えていたとしたら、

また別の形になっていたかもしれないと。


手を加えた二人にしても

ボロディンが作った部分を最大限生かしてやろうと思ったことでしょうから、

それだけでも長くなりそうな予感がしますけれど、

実際に見て冗長とまででは言わないものの、やはり長いなぁと。


話の展開がいささか散漫になってはいないかとも思わましたし、

かの「韃靼人の踊り」ならぬ「ポロヴェツ人の踊り」の部分ばかりが有名になってしまっている
(そして、この部分だけでもちと長いような…)ことも関係しているかもですね。


…てなことばかり言ってますと、例によって腐しにかかっているかのようですが、

合唱オペラとして考えたときの、この作品の力強さ、そして多彩さは凄いものです。


ロシア正教が鳴り物(楽器のことです)を排してきた伝統から自ずと培われた

ロシア合唱の何たるかを堪能できるように思いますですよ。


と、これでも曲のことばかりで、今回の公演のことに触れてませんが、

注目は(プログラムのキャスト紹介にも名前は見られないものの)

ヤロスナーヴナ(イーゴリ公の妻)役を歌ったオクサナ・ディーカではなかろうかと。

歌唱もさりながら、ドラマとしてですが。


とまあ、あれこれ「イーゴリ公」に関することを書いてきましたが、

これを書きながらもつい鼻歌で出てくるのは「ポロヴェツ人の踊り」の部分。

どうしても、ここに尽きるということになってしまいますですかね。