キリスト教関連の番組のこと やらアメリカの金めっき時代のこと やらと
CS放送のまとめ見に絡んだ話を散発的に登場させとりますけれど、ここでもう一つ。

AXNミステリーというチャンネルで放送されておりました
「アガサ・クリスティのフレンチ・ミステリー」というシリーズのことであります。


これはクリスティーの原作に基づきながらも舞台をフランスに移し、
ラロジエール警視とランピオン刑事というドタバタ・コンビが捜査に当たるという、
コメディー風味も満載のフランス版ミステリー・ドラマなのでありました。


Les Petits Meurtres d'Agatha Christie


ちなみに放送されたクリスティーの作品タイトルを挙げてみるとしましょう。
(放送順ではなくって、見た順になります)

  • 鳩のなかの猫(ポワロもの)
  • 五匹の子豚(ポワロもの)
  • 満潮に乗って(ポワロもの)
  • エッジウェア卿の死(ポワロもの)
  • スリーピング・マーダー(ミス・マープルもの)
  • 書斎の死体(ミス・マープルもの)
  • 杉の柩(ポワロもの)

ということで、本来エルキュール・ポワロ が推理を働かせるものであろうと、
ミス・マープル が謎解きをするものであろうと、

どれもがラロジエール警視とランピオン刑事の活躍で解決に導かれる…

となれば、翻案度合いはかなりなもの。


例えばですが、
昨年来アメリカのTV映画版でもスーシエ=ポワロのTV版でも見た「エッジウェア卿の死 」では
確かにヒロインは女優という設定ながら、メインとなる舞台を劇場に置き、
そこで原作には全くない連続殺人を絡めるという、実に実に大がかりな改変があったりします。


原作でまずポワロに持ち込まれるのは離婚話の口聞きということであって、
気位の高いポワロがそのような依頼を受けるはずもないところを、
有名美人女優に見込まれての頼みごととあっては承諾せざるをえない…
そんなところも面白い話なわけです。


されど、フランス版では警察官が主人公ですので、
こうした依頼が簡単に申し出られるはずもなく、そこで劇場での殺人があり、
捜査にあたるラロジエール警視とのつながりができたところで、
たってのお願いとして離婚の口聞きが出てくる…てなふうにする必要もあったのでしょう。

ですが、何とも大幅な違いではありませんか。


他の作品は読んだり見たりしていないもので、こうした違いはわからないものの、
とにかく大胆な脚本作りをしているとは想像しつつも、これはこれで面白い!
よくできているとも言えるのではなかろうかと。


何といってもラロジエール警視とランピオン刑事のキャラ立ちの良さがポイントでありましょう。
無類の女好きで自分の才能を鼻にかけ、常に「らんぴお~ん!」と呼びつけてはこき下ろす警視と
いささか頼りなげな優男ながら時折警視のひらめきを促す一言をつぶやく刑事の組み合わせは
敢えてクリスティーの原作から物語を作るのではなくとも十分に面白いものになりそうです。


思い付きで言えば、このドラマ化に当たってのキャラクター作りのヒントは
むしろ英国のミステリー作家コリン・デクスターが生みだした
モース主任警部とルイス部長刑事のコンビなのではなかろうか…と思うところでもありますね。


ところで、原作からは離れてもそれなりの面白さを醸す作品に仕上がっているわけですが、
かといって骨格をなしているのはクリスティーであることを忘れてはいけんと思うのでして、
例えば「五匹の子豚」では、かつて子供の頃に姉が異母妹に大けがをさせてしまい、
妹は顔に今も残る傷を負ってしまった…という過去と、現在の両者との関係が
かなり鍵にもなりながら、その辺りの説明というか描写が今一つ少ない気がしたのですね。


となれば、やっぱり原典であるクリスティーはその辺をどう料理しているのかと気になって、
読んでみましたですよ、「五匹の子豚」を。


五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)/早川書房


これまたTV版ではかなりの改変があったようですなぁ。

先に「おや?」と思ったところはともかく、何となく良く出来てるふうに受け止めてたですが、

クリスティーの原作にあたると、最終的な納得感に違いがあるどころか、

(ドラマを見て大筋つかんでいるからでしょうけれど)そこここにちゃあんとポワロが結論を導く

素材が散りばめられていることが分かるのですね。


クリスティー作品の中でも「五匹の子豚」は必ずしも有名作ではありませんから、

もしかしてこれからお読みになる方もいようかと思うと細かいことは触れずにおきますが、

あとがきに曰く「一般的知名度は低いけれど、完成度は高い、所謂『通好み』な作品」の

ひとつに当たるそうなのですよ。


そうした点にも、読んでみれば「なるほど!」ですし、

クリスティー作品にはまだまだ未読の掘り出しものがありそうだと改めて思った次第。

まあ、だからこそドラマ化したくなったりするのでしょうけれどね。


そうそう、例によってちなみにですが、

「五匹の子豚」はクリスティーがよくモチーフに使うマザー・グースから取られたもので、

「五匹のこぶたとチャールストン」とは一切関わりはありませんです、はい。