年末年始休暇に続いての風邪っぴきとあっては、

先のキリスト教絡みの番組のあれこれ にも引き続き、

録り溜まってしまったプログラムの数々を消化することにもなろうかと。


で、こたび取り上げますのは、ヒストリーチャンネルで放送された

「伝説の企業家~アメリカをつくった男たち」という8回連続のドキュメンタリー・ドラマでして、

ヴァンダービルト、ロックフェラー、カーネギー、J.P.モルガン、そしてフォードという

5人の男たちを取り上げてたもの。


いずれも鉄道王、石油王、鉄鋼王、金融王、自動車王と渾名される人たちが、

南北戦争直後から世紀末、20世紀初頭に及ぶ激動の時代の中でどう動き、

結果、今のアメリカの礎が築かれたとするお話。

まさに「アメリカをつくった男たち」というわけです。


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てなふうに言いますと、「プロジェクトX」のアメリカ版みたいなふうにも思うところですけれど、

スケールのでかさとやることの汚さでは「口あんぐり」になってしまうところかと。


当時のアメリカは若い国で(独立以来、100年まで経ってない)、

あちこちから新天地を求めて集まってきた者たちが、

他人を押しのけてでも「ビッグになるぜ!」と思うところに

今の倫理観のものさしをあてがおうとしても、どだい無理な話なようです。


ですが、彼らに共通するのは「先を見る目」でありますね。

汽船から鞍替えして鉄道に目を向けたヴァンダービルト、

石油を探して掘るという山師的なものに走らず、精油を手掛けたロックフェラー、

鉄道の延伸がレールや橋梁の鋼鉄需要を生むと見たカーネギー、

エジソンに投資して後のGEを手中にしたJ.P.モルガン、

金持ちのものだった自動車の大衆化を図ったフォード、

それぞれに目のつけどころがあったわけです。


しかしながら、どうも目指すところは「俺こそ1番の金持ち!」と言いたいがためのような。

父親がある程度資産を持っていたモルガン以外は、いずれも貧しい子供時代から

自分の知恵と才覚で事業を興せるまでになり、さらにこれを拡大していったという

たたき上げの1世ですから、気持ちとしては分からなくもない。


ですが、すでにして儲けることそのもののが目的化してしまっているのを見ると、

(感覚的に当時とは異なるにしても)なんだかなぁ…と思わざるを得ないですなぁ。


粒の大きさはまちまちながら、こうした巨大事業を仕切る人たちを横目に

「われもわれも」と思っていたのがこの時代だそうで、そうした上っ面ちゃらちゃら、

一皮めくれば地金が露わに…という世相を、同時代人マーク・トウェインは

「金めっき時代」と呼んだそうな。


先の番組だけですと、(労働者の不当な扱いなどなど)負の側面も垣間見えるものの、

最終的には今に至るアメリカを作った「立役者」的にも見えてしまうことになりがちですので、

また違った見方を知っておく必要もありそうだと手にとったのが、

「若き日のアメリカの肖像」という一冊でありますよ。


若き日のアメリカの肖像―トウェイン、カーネギー、エジソンの生きた時代/飯塚 英一


マーク・トウェインの話も出はこちらからですけれど、

トウェイン自身こうは言いながらも同時代人だけあって、

あっちこっちに投資をしたりして破産の憂き目もみた人だとか。


先の番組よりも多くの登場人物を取り揃えた本書を読むと

やっぱりそういう時代だったのだなぁと改めて思いますですね。


で、そういう時代がもたらしたものはいい面ばかりであるはずもなく、

今にも引きずるよろしくない面、あるいは「どうよ?」の側面にも

気付かされることになります。


ざっくり言ってしまうと、とにかく儲かることを考えた者勝ち、

ついて行けずに損をするのは損をする方が悪い…と、そういう仕組みを

後から後から考え出して行く社会を生み出してしまってますからねえ…。


もそっときちんと探究しないと、手放しで賛同できるものではありませんが、

例えばカーネギーの描かれ方にはいささかの人間性が感じられたような気がしてしまいました。


ある時点で「無為」を悟ったのか、鉄鋼王とまで言われる元となったその事業を

一切合財J.P.モルガンに譲ってしまいます(結果としてUSスチールという巨大会社ができる)。


もちろん、それによってカーネギーは莫大な財産を手に入れるわけですが、

その後は米国内を始めとして3000箇所にも及ぼうかという図書館建設に資金を投じ、

その他にも数々の寄付や支援を行ったそうな。


こうした篤志家的な行為はロックフェラーもずいぶんと力を注いだそうですけれど、

決定的な違いはロックフェラーの係累は今でも大金持ち一族として聞こえることに対して、

カーネギーの方は?


一族がどうしたとか、およそ耳にすることがありませんですね。

「子孫に美田を買わず」だったのか、よく言えば狭い血縁などではない人類子孫にこそ

美田としての何かしらを残すべきと考えたのかなとも。


引退後のカーネギーによる「富の福音」という著作は

現代の大富豪ビル・ゲイツに篤志行為を促すきっかけになったとも言われます。


今の尺度ではびっくりものの倫理観がまかり通った時代にカーネギーが思い至ったところは

いわゆる「気付き」として敬意を表すべきものとも思われなくもないですが、

それからずいぶんと世の中も、人間の考え方も変わっているはずであるとすれば、

「儲かって仕方がないから、寄付でもして報いよう」はいいこととしても、

その前に「儲かり過ぎる仕組みに、そもそも何かを犠牲してる要素がないだろうか」と

省みることを忘れてるんじゃないかと思ったりしますですね。


アメリカにあったいけいけどんどんを金めっき時代と喝破された歴史の経験は

もっと活かされていいはずなのではと、思わずにはいられないのでありますよ。