流華の顔はとても焦っている。


僕は意識が少しずつ薄れ、次に気づいた時には真っ白な天井を見上げていた。


「伊藤君!!先生伊藤君が目を覚ましました!!」


突如横からの大きな声で自分の現状が分かる。


「痛っ!!」


体を起こそうとしたのだがあまりに頭が痛く、また横になってしまった。


「伊藤君。しばらく安静にしておこうね。」

僕の顔の前に白衣を着た見知らぬ男性が立っている。


「しかし頭をひどく打ちつけただけで、何もなく良かったよ。」


後から話しを聞くと僕は頭から血を流し意識を失っていたらしい。

頭を10針ほど縫ったがそれ以外は何もなく奇跡だといわれた。


「先生、流華は?」


先生は一瞬誰の事か分からなかったようだが、すぐに思いついたように話し始める。


「彼女なら確か…。」

先生がどことなく言いにくくそうにしている事を僕はすぐに見破った。


「先生!!」


僕は今出せる力いっぱいに叫んだ。


「実は今君が目を覚ました直後に、次郎とか言ったかな?その男性に手を引かれ出ていったよ。」


僕は追いかけなければという気持ちでいっぱいだった。


しかし体を起こそうとすれば頭が激しく痛み、立つ事すら困難だった。


気づけばこらえきれない悔しさを思い切り唇に噛みしめていた。


「とりあえず1時間後にもう一度精密検査をしておくからね。」


1時間後、担架に移り一通りの検査を終え再び部屋に戻ってきた。


「先生。いつ帰れますか?」


今流華の事しか頭にない僕は早く退院する事しか考えていなかった。


「頭にネットをしばらくした状態になるけど、退院なら明日にでも大丈夫だ。」


僕は興奮している気持ちを抑え、その日は早く寝る事にした。


次の日目を覚まし、時計を見るとすでに昼を回っていた。


僕は慌てて帰る準備をし、先生や看護師の方にお礼を言いタクシーを拾って家まで帰ることにした。


しかし途中目的地を家から学校へと変えてもらった。


実は幾度となく流華に電話をしたのだが一度もつながらず、学校に行けば会えそうな気がし、学校へと向かう事にしたのだ。


タクシー代を予め用意しておき、着いたと同時に代金を払った僕は走って自分達のクラスへと飛び込んだ。


「その頭どうしたんだよ~(笑)」


「どんぐりみたいだな(笑)」


みなの笑い声が一斉に教室内に広がる。

 それは、今日解剖学の授業で流華が僕に突然言ってきたことだった。




何でもサークルで貰った映画のチケットが10枚近く余ったそうで、一緒に行こうと誘われたのだ。



その時は驚いたけど、今日家に帰るまで僕の気持ちが軽やかだったのはこのせいだったのかも知れない・・・・





「もちろん伊藤君となら楽しめると思ってだよ。みんなかぁ・・・・あたしだけとじゃ嫌かなぁ?」



電話先で流華の声が少し寂しげになった。


とっさに僕は言い返す。



「嫌な訳ないじゃん!ただほら・・・彼氏さんは大丈夫なのかなって・・・・?」




「彼氏って次郎のことかな??うーん、次郎とはね今あんまり関係が良くなくて・・・なんか浮気されてる

っぽいんだよね」



「う、浮気!? それ本当? それはヒドイなぁ・・・」



「うん・・・・」




丹沢次郎は実際イケメンだ。




体は格闘家みたいにゴツくて、色黒。周りにはいつも女の子がいる。





良く食堂で女の子たちとご飯を食べているところを見る。





そんな光景を思い出した僕は、彼氏がそうなら彼女とは言え映画館くらい大丈夫だろ、とたかをくくった。



「じゃあさ、そんなこと忘れて俺と映画館行こうか!いつ行こうかな?」

僕はおもいきってそう言った。


流華の声のトーンが一気に上がるのを感じた。





「本当!?ありがとう!じゃあもう明日行こう♪明日は学校無いんでしょ??」




「明日はないよ!じゃあ明日10時にN駅でどうかな♪大丈夫?」




「うん!やった!じゃあまたあしたね♪バイバイ」




なんだかあまりにも自然に話が進んでしまった。本当に良かったのか・・・でもあのときの僕は、そんな不安よりも楽しみに感じる気持ちが先行していた。



流華と・・・デート?なんだか考えられない・・・

でも嬉しいし、でも不安もあるし、明日は何を着て行こうか、やっぱ僕のおごりなのかな?



そんなことを考えているとふと睡魔に襲われて、僕はベッドに突っ伏した。




「ジャジャジャン、ジャジャジャン、ジャジャジャジャジャジャジャジャジャン・・・!!」




ゴジラのテーマ曲で僕の目覚ましが部屋中に鳴り響く。僕はゴジラの大ファンだ。



「う、あー。まだ7時か。」



でも今日はすぐに目が覚めた!



「よっしゃーー!シャワーだ!!」




僕の一日は朝のシャワーから始まる。今日は体中を入念に洗った。



風呂から出ると、歯を磨く。今日はデートだから・・・とチューブごと口に突っ込んで中身を搾り出す!




口をすすいだら髪をクシでとかしながらドライヤーで乾かして、お気に入りの服を選ぶ。




「今日はデートだからなぁ、高島屋で4万で買ったこのジャケットにビンテージのデニムにしよう!

インナーはユニクロじゃ!」


体が軽くて、どんどんコーディネートが決まってゆく。本当にワクワクしていた。



そこへ流華からの電話が入る。




「伊藤君!?どうしようあたしもうN駅着いちゃった!(笑)」



「えーー!まだ9時回ってないぜ??じゃ俺も急いで行くよ!」




なんだ、流華の方が楽しみにしてるじゃないか!そんな風に考えながら、僕は昨日の帰り道よりも早いスピードで駅に向けて自転車をこいだ。




その時だった。




バン!!!




僕は一瞬何が起きたのか分からなかった。




気づいたら僕は道路の真ん中に仰向けになり、横ではボロボロになった僕の自転車の後輪だけが寂しくカラカラと回っていた。




どうやらあまりに急いでいた僕は、片手に掴んでいた傘を自転車の前輪に絡めてしまい、自転車ごと前方

10メートルくらいに吹っ飛んだのだ・・・・



自分でも何が起きているか分からない時に流華の声が響いてくる。



「・・・君!?・・・藤君!!・・・・伊藤君!!伊藤君!!」



「流華・・・??」



目の前に流華の顔が移る。









こうしているうちにまたしても平凡な1日が過ぎていく。


帰り道自転車に乗った僕は流華の事を考えていた。


とても寒く、しかし何故か心は暖かい。


僕は久しぶりに自転車を思い切りこぎたくなり精一杯ペダルをこいだ。


あっという間に家に着き、いつものように自転車置き場に自転車を止め郵便ポストを覗いた後、部屋へと入る。

僕は大学から自転車で20分くらいの所にアパートで1人暮らしをしている。


角部屋で僕はこのアパートが凄く気に入ってる。


部屋の中がごちゃごちゃするのは嫌いなので、部屋には必要最低限の物しか置いていない。


1番のお気に入りは1週間ほど前に買った薄型液晶テレビだ。


薄型という事もあり値段のほうは結構なものだったが、日頃からあまり外食をせず自炊をして節約をしてきた僕へのプレゼントだ。


今日も昨日買っておいた鯖(さば)で煮付けを作った。


いつものようにコタツの椅子に座り、お気に入りのテレビを見ながらご飯を食べていると、カバンに入れっぱなしにしていた携帯電話がなった。


そこには知らない番号。


「誰だろう?」


僕は独り言を呟きながら恐る恐る電話に出てみる。


「…はい。」


向こうからの返事はない。


「誰ですか!?」


もう一度僕は見知らぬ相手に向かって声をかけた。


「あの~種本です。」

僕は食べていた鯖を骨ごと思い切り飲み込んでしまいむせてしまった。


「伊藤君だよね?」


電話の向こうで彼女は僕に呼びかけ続ける。


鯖の骨が喉にひっかかった僕は喋る事ができない。


「番号松浦君から聞いたの。急に電話なんかして嫌だったよね?特に用事がある訳じゃないから…ごめんね。」

ようやく喉にひっかかっていた骨がとれた僕は慌てて返事をする。

「ごめんご飯食べてたから。」


骨がひっかかっていたなどとは言えず冷静なふりをして言葉を返す。


「また急にどうした?てか今日の提出物ありがとな!」


いつも流華の目を見るとあまり話せない僕が電話ではスラスラと話せ自分でも少し驚いた。


「全然いいよん♪松本先生本当は気づいてただろねぇ~>_<てか今日私が言った事ちゃんと覚えてる?」


僕は初め何の事か分からなかったがすぐに思い出し言葉を続ける。

「あったり前よ!てか俺となんか行っても楽しめるかな?なんならクラスのみんなで行く?」