昨日はコーチ達の怒り💢指導に物申してしまった。

もうちょっと言いたい。言わせて下さい。

昨日の夜練も、そんな風に言わんでも伝え方は他にもあるでしょうに、と遠い目になってしまうようなヒステリックな声かけ。

母が中学生の時にヒステリックグラマーと言うブランドが流行ったなぁ、ヒステリックは女性特有のイメージだったけど、男性もなるんだね。

大人相手ではそんな言い方しないでしょ、子どもだからって、イラついたら怒っていいのかい?



そもそもサッカーの練習でミスして怒られるって、、、好きでミスってるんじゃないよぅ。チャレンジくらい伸び伸びさせてあげてよ。長い目で見ておくれよ、、、

子どもだって基本的な人権は尊重すべきでは?

こうやって物申す!!というモードに入ると、どんどん感情的になってきて相手を責めるばかりで、我が身を振り返る事を忘れがちになるという落とし穴に、注意しなければならない。

コーチもだけど、親達もスポーツ応援の品格に欠ける事がないようにしたい。

以前も試合中の、親バカとバカ親について書いたけど、


ダメ応援にイエローカードを出そうとか言っていてホントにナイスアイデアだと思う、そして試合以外での親の言動へも、自戒を込めて覚書。

バカと言うのは抵抗があるので、ダメ親と呼ぼう。ダメ親にならないために。

我が子が天才!と思うのはかわいげのある親バカだと思う。我が子に夢中になって盛り上がる、楽しい世界だ。

けど、天才だからもっと試合に出せとか、チームがレベルに合わないとかを、自分でボヤくなら問題ないけど、

コーチや周囲の親、我が子に言い始めたらもう、ダメ親道を歩き始めているのではないか?

これがもう少し熟してくると、我が子の天才的プレーにそぐわないチームメイトに不満を言い出したり、例えばあの子はポジションが悪いとか、うちの子のジャマをするとか、、、←結構見かける、これはもうダメ親中級の烙印を押されても仕方ない。イエローでちゃうゾ。

そしてここからはダメ親アドバンスクラスであるが、彼らはもう、自分の子しか見えない。
自分の子中心で、上学年にに呼べとかスタメンを選定し始めたり、勝つために下学年の子を出せと言ったり、それを自分達内輪で言うだけならまだしも、コーチに全体の意見をまとめたような口調で伝えたりし始めてしまうのだ。

しかも、だからこのチームは勝てないとか、チームの運営にまでズカズカと物申すツワモノもいる。

確かに少年少女スポーツ界は殿様商売的な一面もあるので、一般的なサービスと比べればツッコミどころ満載な気はする。

けど、そこを選択して通わせているのだから、多少目を瞑ったり譲歩したり、長いものに巻かれる事も必要。嫌なら他の強い評判の良いチームへどうぞどうぞ、とコーチや他の保護者に思われている可能性大!!

そしてこの手の親は、自然と窮屈になり居場所が無くなり、高い確率で去っていく、、、暗黙のレッドカードか。

どちらも争いが起こる現場の根底に足りないのは『感謝』だ。

『〜してやっている』という傲慢さが、怒りや不満となって現れているのでは。

コーチも『教えてやっている』のではなく、こうして縁があって集った←家が近いこの宝物のような子どもたちにベストを尽くそう!!という姿勢があるか。

親も『通わせてやっている』のではなく、指導してもらって、育ててもらってありがたいという視点を忘れてはいけない。こんなに怒るほど情熱を燃やして下さって、って。

お互いそうした、ありがたいという意識を持って接すれば、無駄な精神をすり減らす揉め事も減らせるはずだ。不穏な空気には、感謝で打ち勝つしかない。

コーチやチームメイト、我が子に関わるみんな、ありがとう!!という気持ちを強く、強く!!持っていきたい。不満や怒りにカタルシスをもたらしてくれるのだ、感謝の心だけが。


話は変わって、
昭和の親なら知っていると思うけど、昔鬼のように流行ったメンコという遊び。




折り紙で作って相手のメンコに投げつけて、ひっくり返したら相手のメンコを貰えるのだ。母の小学校でも大流行した。休み時間になればあちこちでメンコ勝負。

母も最強最悪のメンコを作るために、昼夜メンコに圧をかけ続けて、家でも踵で踏みつけたり、10メートル位助走をつけたエクストリーム叩きつけで、友達のメンコをひっくり返していた。最盛期は150個くらいメンコを保持していた。

家に帰って戦利品を広げて、一軍、二軍、とか分けたり、並べたりして恍惚としていた。何だったのだ、アレは。

このメンコと同じだ、人生は。
夢中になって手に入れたいのだ、その最中はソレを。

けど後になって、なんであんなに頑張ってたんだろ!もういらんわ、笑!!となる。

恋も熱病のようなものだと言うし、永遠にトキメキは続かない。この歳になると時々、相続の話を耳にする。財産の奪い合い。遺産も何もかも、死ぬ時になったら、メンコと変わらないんじゃないか。

最後に残るのは何だろう。

どこかで、日本語のものの数え方って面白いというエピソードを読んだ。死んだ後に残るもので数えるのだと言う。牛は一頭、鳥は一羽、魚は一尾、というように。
人間は一名だから、名が残るのだ、と。

名を残すと言っても、織田信長とか福沢諭吉にまでならなくても良い。自分の名を思い出してくれた人の心が、少しでも暖かくなると良いんだよなぁ。

高校の恩師が亡くなった時の伝説的なお葬式。大行列で駐車場停めるのもお線香あげるのも、ものすごい待ち時間だった。

この先生は、苦労を自ら引き受けた、徳の高い人だった。どんな時も、自分に恥じない行いを貫いた。それは問題の生徒ばかり自分のクラスに集めて、愛情を変わらず注いでくれたり、長男じゃないのに介護の必要になったご両親と同居されたり←これは奥さんも素晴らしい、子ども達にも人の役に立つ人間になれといつも言っていた。

大学のゼミの恩師も最近亡くなった。
東京でのお葬式には行けなかったけど、その恩師に言われた言葉は、いつも母の胸に刺さったままだ。

『紛争で苦しんでいる人がいる。飢餓で食べられず死んでいく人がいる。どこか地球の裏側じゃない、君がそうなんだ。君こそが、今、紛争地にいる、爆弾が飛んできて目の前で家族が死ぬ。飢餓でお腹が減って、目の前で人が死んでいく。次は君の番だ、君の問題なのだ!!』と。

同じ時代、同じこの地球に起こっているすべての出来事、私自身の経験なのだ。人ごとじゃない、そういう生き方を尊敬していた。勿論今でも変わらない。

話が大分逸れた。

つまり、今の暮らしは当たり前じゃない、感謝を忘れずに、恵まれていることを噛み締めよう。
そして出来ることを少しずつでもする。

『ありがとうの心が、自分も自分の周りの世界も救う!!』


おまけ★

夜寝る前、息子の足をストレッチしていたら、父がコイツマッサージ付きなの?!と言うので、そうだよ、アスリートだから解さなきゃ!と母が言ってモミモミしていると父が、


俺、一回もやってもらった事ないぞ、、、!!!だって!!!!


母、笑いが止まらず、ホントだ!と言うと、父が、


今まで、どんな大事な試合でも、一回もないぞ!!とダメ押しで言ってきたので、腹がちぎれるかと思うほど、笑った。


なぜ!!なぜだろう!!!

なぜ息子には、せっせと本を読み、モミモミマッサージするのに、父は放っておかれるのか?!?!


重大な問題だーー!!!!\(^o^)/




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