「良い」と「だめ」の境目がわからない


けど、「だめ」と「悪い」は違うよね


「良い」と「悪い」の境目はよくわかるの


けど、「良い」と「だめ」の境目は


いまだにはっきりしないまま


私はあとから


「だめだったなぁ」


なんてひとりぼんやりしてしまうので

そう これ

これだけが 私の欲しかったモノ

どんなに誰かに優しくされたって

どんなに良い服を着たって

とうていこれには敵わない

私はじっくり時間をかけてこれを味わう


寒空から蝶の片羽が落ちてきた

空の月には深々と刀傷が刻まれていた

深紺の闇空を駆けるタイタンの騎士が討ち取った


これさえあれば私は幸せ

なんて単純でもろい時間なんだろう

指先に乗った灰のようだ


蝶の片羽の一方は、砂漠に眠る獅子のもとに落ちた

蝶の片羽のもう一方は、明日というモノにおびえる少女の髪に落ちた


砂嵐のように目の前を風が駆け抜けていく

胸の中を踊り狂う期待に吐き気をもよおし

まっすぐに見つめる先にはその太陽がある


蝶の両羽は互いを求めて頼りなげに飛び始めた

その浮遊する鱗粉に、獅子と少女は明日を忘れ歩き出す

砂漠には足跡を

家族には置き手紙を


ただ眠ってしまえば瞼にこれが焼き付くのだろうと思う

ただ楽しみは後にとっておくのが定石

肌にあたるのはやさしい夜の匂い


獅子と少女は巡り会う

大きな砂丘の頂上で

蝶の両羽は互いを見つけ

円を描いて天に舞い戻った

獅子と少女は見つめ合い

獅子は空腹を感じ取った


ただこんな夜は

これを抱いて眠ればいい

神秘的な夜空には目もくれず

エアコンと洗濯機のたてる微音に耳を傾けてさえすればいい


その少女は完全に自分が黒ブドウのようなつるんとした背中を持つちいさな猫だと思いこんでいた

だから世界のどこにも自分の居場所がないときにはきまってマンションの隙間を縫ってどこかへ消えてしまう

その日は曇り空で

今にも雨が落ちてきそうな寒い午後だった

彼女は黒い小さな上着をまとい

頼りなげな細い足で外に走り出した


彼女は海に向かっていた

石の壁の横をすり抜け

カフェの裏口を抜け

フェンスの穴をちからいっぱい広げてくぐり抜け

誰もいない公園をつっきって

自転車置き場を通り

図書館の裏側をひとまわりした後

思いがけず大通りにでてしまった

フェンスに引っかけて上着にはちいさなほころびができていた


大通りを通り抜けていく車の勢いに目がくらみ

バス停のベンチに座っていると

高校生の集団が笑いながら近づいてきたので

ベンチの下に潜り込んだ

彼らの地響きのような足音が去ると

ちょうど大きなバスが到着したので

上品な婦人の脚の間に隠れて一番後ろの席の足下に身を潜めた


バスが大きく揺れて

彼女はけして自分の脚では戻れないほど遠くまで出かけてしまった

彼女の両親が彼女の消息を知るのには

小さな貝殻が同封された手紙の到着を待つより他にない

最近はだから

よく雨の夢を見るのです

快晴の空からしたたり落ちる天の水を

その両手に受けるのです


彼がタバコをもみ消して席を立ったその後に

彼女はちいさなコースターに星の絵を描いて立ち去った

残ったのはひとつのカップとひとつのグラス

淡いシャンデリアからの光は緑のガラスを通して壁を照らした


彼女がバス停でくしゃみをしたそのとき

彼は家のドアの鍵を開ける


最近はだから

よく雨とシャンデリアの夢を見ます


ドアのばたりと閉まる音と

バスのドアが閉まる音が

重なって頭に鳴り響くので

私は枕に必死にしがみついて眠りにつきます

もうがっかりだよ

ほんとがっかりした

うんざり


大抵のことは我慢できた

何時間待つのだって、平気じゃないけどできたし

傘が無くたって歩いて帰った


でも今は無理

しばらく立ち直れない

あんなに

傲慢で

勝手で

自由な人なんて見たことがない


我慢するものがないことが我慢ならない

待つ相手が居ない時間を過ごしたくない

雨さえ降らないこの場所で


外にでよう

笑顔で人に会いたい

人に愛情を注いでいたい


本当に

あんなに

わがままで

冷たくて

魅力的な人なんて見たことがない

雨の日は気分がめいるからって

花柄の傘をひらげて外出なんてするんじゃなかった

ひも靴なんて履くんじゃなかった


結局あの人には会えなくて

お気に入りのスカートにはしわが寄るし

携帯は今日も暇なままで

私は眉をなでてからベンチを立った


期待なんかしてなかった

けど待ってた

そんな毎日を繰り返していた


あんなにきらきらしてた毎日が嘘のようで

やっぱり自分には今しか感じられないと

ふと空を見上げたら

電線の隙間から星が私を見て笑ってる気がして

スカートをつまんでひらりと一回転してみた


線路の脇のフェンスによじ登って

土手を駆け上ってみても

誰が見てるでもないのに恥ずかしくなって電柱に背をあずけた


イヤリングを片方無くした

たったそれだけのこと

どうせ私には似合ってなかった

片方だけの方がお似合い


夏に買った水色の帽子

緑のストラップのサンダル

どれもみんな滑稽に見えて

いっそのこと海に投げ捨てたら

どんなに綺麗だろうと思った

マッチの灯のむこうには何も見えなくて

聞こえるのは雨の音と、遠い電車の音

線路をたどたどしく歩いてみたりして

花柄の傘がどんな風に動いているのか気になって上を見てみたら傘はもう無くて

黒い手袋がじっとりと湿っているだけだった



今の私に必要なのは旅だ。

あまりしゃべったことのない人と、行ったこともないような場所で、聞いたこともないような音楽を聞きながら、思ったこともないような想いに浸る。

そんな時間が欲しい。


絶対好きになったりしないから。

絶対好きにさせたりしないから。

私と、時間を過ごしてください。

 隣人が、ひとつ咳をした。からっぽな休日。

 去年の4月、初めてここに来たときは、なんて広く綺麗な空間なのだろう、と感じていたはずの場所で、私は今読みかけの小説を閉じるでもなくページに指を差し入れたまま天井を向いている。

 変化なんて無い。つまらない。だいたい、休みの日に家でひとりなんて、なんてむなしいの。だからといって、会いたい人がいるわけでもない。こんなことなら、早々にバイトでも探して時間を有効に使うべきかも。 

 からっぽな休日なんて、ない方がまし。 

 隣人が、何かモノを床に落とした。コンッ、カラカラカラ。ここって、隣の音どれくらい聞こえるのだろう。隣の家に行って自分の部屋の音に耳を澄ませたら、どんな音がするのかな。いつも帰るとすぐにつける音楽。考えてみたら、たいした音がない。私は思った以上に静かに暮らしているのかも。時たまする咳のような大きな音なんて、たててない。私の存在は、音としても表現されないのかしら。 

 だめだめ、こんなこと考えてるだけ時間の無駄。もっと有効に、有意義に。 

 と言っても、外は寒いからでたくない。ストッキングをはくのだっておっくうで。化粧をしないで外へ行くなんてげんなり。どうせ外へ行くなら、何か大きな予定が、重大な予定がね、ないと。こういうたぐいの“重大”っていうのは、もちろん気になるあの人に会うだとか、そういうこと。気になるあの人?いったい誰のことだか。 

 季節は冬。といっても雪はない。ただ寒いだけ、と周囲の人は言う。だとしたら、なんてつまらない世界。ただ寒いだけ。じゃあきっと、私は、ただ生きてるだけ。 

 欲しいのは共感。それとも刺激?いや、そんなのほんとは望んでない。こういう流れのとき、そんな言葉の羅列は自然に浮かんでくるだけ。その言葉の本質なんて考えてない。そこからはずれたもので、けどなるほど、と思うような言葉が、魅力を持つというだけのこと。 

 小説に指をつっこんで寝ころんでいる。なんて自堕落なお気楽な体勢。重力は体を均等に引っ張っている。そんな私の体は床というモノに支えられてる。小説は、ひんやりとした温度の違いで、少しだけ神経を使っているという気になる。そういえば今日は地元の友人に手紙を書こうって決めていたんだっけ。いつでもできることこそ、いつまでもできない。

 ひょっとしたら私は、体の筋肉がゆるんで、もう動けない体なのかもしれない。こんな散らかった部屋の中、洗い物も溜まっている。そんな部屋で、ひとり小説に指を突っ込んだまま動けないのだとしたら。次に人と会う約束があるのは水曜日。じゃあそのとき何の連絡もいれないままここで動けずにいたとしたら、電話が鳴って、きれて、また何度か鳴って、きれて。夜またメールが来て。でも私は見れないまま。友人どうしの間で、連絡が付かない、なんて話になって、また電話が来て、それでも私は手が伸ばせなくって、私は泣く。それからきっと3日くらいして、むこうの予定のない日やなんかに、インターホンが鳴って、でも私はでられなくって、友人も、いないのかなぁ、なんて言って去っていく。私は、待って、ここにいるの、ただ、筋肉が、うごかなくって・・・。と心の中で叫ぶんだけど、そんな声もどうせ届かないまま。そしてしばらくたって私はきっと死んで、隣人が大家に、隣の部屋から異臭がするんですが、なんて伝えて、大家が合い鍵で入って、私の体から放たれる腐敗臭に気分を悪くして、小説のページに指を差し入れたままの汚い私を発見する。友人たちはインタビューで、私たちがあのとき無理にでも部屋に入っていれば・・・なんてこたえて、そしてこの私の部屋はまた貸家になって、普通よりも安い家賃で。 

 ほらね、私にだって想像力がまだ根付いてる。そんなこと考えてたら、ほんとに体が動かないのかも、って思えてきた。ちょっと怖い。いけるかな。あ、動いた。平気平気。小説が、元の形にもどろうと、しゅるりと指をぬけ出して閉じた。

当惑というものは予兆もなく表れるもので、それは私がオレンジの木の木陰でふと目を覚ましたときのことだった。

目の前のかわいた小道には馬車の車輪の跡がのこり、遠くにはパレットのような空があった。

滑り落ちた本を閉じて鞄にしまい込み、帽子をかぶりなおして立ち上がってはみたものの、さて、どうしたものかと立ちすくんだ。

私はきっとここにきて何かをする時間が欲しかったのだろうと思った。

風の音が耳に響く。

さて、どうしようか。

私が住んでいる場所も、今までしてきたことも、友達の居場所も思い出せる。

ただ、今の自分には今ここにあるオレンジの木と小道と、そこを通っていったはずの馬車と遠い海こそが、自分の故郷だという気がしている。

海は、私が愛した人に似て、美しい。

当然のように あいつは 私の人生に 入ってくるわけで

つまんない顔をしていると 今だとばかり付け入ってくるので

壁にもたれてみたり

テレビを消してみたり

脚の指をなでてみたりするのだけど

なんだかあいつがすぐそばで笑ってるような気がして

どうにも振り切れない


元気なふりしたって無駄だよ ってあいつが言うの

元気なふりなんかじゃないよ、ほんとに元気なんだよ って私は言うんだけど

ほんとに元気なら元気だよなんて言わないじゃない ってあいつが言うから

私は顔を背けてうそをつくんだ

元気なふりしたって 無駄 だってさ

けど元気な顔してたら ほんとうに元気になれるんじゃないかって思うから

それはそれでいいんじゃないの?

だめだめ、そんなのただのうそ ってあいつはまたにじり寄ってくる

今のうちになんとかしないと、ずっとそのままだよ ってあいつが

あいつが来る

こんな夜はあいつが来る