丁重におことわり。

お辞儀して、スカートの裾をちょんとつまんで

あとは踵を返して髪を振り、

ヒールの重心を合わせて振り返る。

さよなら、さよなら、さようなら


私を好きなあのひとは
きっと私を好きな自分も好きで
今も恋に胸を焦がしていながらも
理想のふたりを描いている


それに気づいてそれからは

丁重に、丁寧に、おことわり。

あなたと大人な恋のロータリーを

まわっているだけと気づいたからね。

いつかどこかでどれかの道をえらんで

これまでのぐるぐるから振り放されたなら

きっと懐かしく思うんでしょうね

あなたの助手席を
要注意
要注意

基本的にいかなる手を使ったところで彼から逃れることはないの
それは心の構造上の問題でもあり人間として生きることの業でもある
爪をきれいにととのえたって、前髪を少し切ってみたって
彼がいまここにいないんじゃなんの効果もないものね
まず会わなきゃ
会うことが肝心でそれ以外のことはフレンチトーストにバニラアイスをのせると言った具合に
いろんなことをすこし豪勢に見せるってだけの話

ところで、ねぇ、なんで彼はここにいないのかしら

私がこうやっていることを誰にも知らせられない状況にあることをご存じなうえに、
彼自らも私にコンタクトしてこないってことは
よっぽどの緊急事態なはずよね
要注意、
男はみんなそう。そうそう、よく言ってたわ、男はみんなそうなの、って。
要するに、見るものとさわるものが同じでなくたって良いってことなの。
きっとそうでしょ?
目にはいるのが
あのピアスやあのカーディガンでも、
さわるのはどうせこのタイツやブラなんだから。
要するに、目に見えるものはさわる必要はないのね。
つまり、すなわち、したがって、
見えない者は手触りをよくしておこうってわけ。
なるほど、少し賢くなったかしら、
って、こうして思考でもして時間を潰していたら、
やっとコンタクト有り。

ぼんやりと光を放っているような鮮やかな赤紫の海のような絨毯が敷き詰められた円形の部屋の真ん中で

豊かな黒髪の女は絨毯と同じくらい豊かな体毛の白いシャム猫と遊んでいる

女はその外形を忠実にかたどる黒いワンピースをからだに巻き付けて

絨毯の海にごろりとからだを浮かばせて

白い猫の額に人差し指を付けたり離したりしている

天井までかなりの空間を確保するコンクリートがむき出しの壁も

赤紫の絨毯に吸い込まれて下方の限界の想像を不確実なものならしめている

光沢を放つ黒いアンティークな鏡台があるばかりのその部屋は

彼女の檻でありシェルターであり家である

鏡台にはいつも白いぬのがかけられているので

彼女は

この壁全体が鏡になる時を除いては

自己を認識する必要はなかった

ひとさしゆびと  おやゆびで


そうそうやって さんかくけいを つくる



ふくらはぎを そっと


あしのゆびで からだをそっと 押して


耳を噛んで



一時だって待つことはできないんだって

そう私の猫が言うのよ

早くあの獲物の

息の根をその小さい歯で噛みちぎってやるんだって


つよくつよくのこったゆびのあとみたいに

むねのおくのシフォンケーキみたいな場所を

あのカラスがついばんでしまうの

食べられて 散らかされてしまう わたしのむねのおく


一時だって待てない

そう私の猫が強請る

よだれを垂らしてね

じうじうと押し殺すようにのどをならす

早くあの獲物の

ほおをかじってしまいたい


そうしてむねのおく


真っ赤にしてしまったなら それを

ふみちらかしたってかまわないから


光のない朝

女の子は呼び鈴を鳴らす

挽きたてのコーヒーを入れて

スタンドライトの影が揺れる


写真家になるってゆってた

あいつはきっと旅の虜

薄紫の花に寄り添い

今日も月を見上げてひとり歌う


夢の船で遠回りしてきた

巨木の上で夜を明かした

フリルの付いた服が欲しいと

言っていたあの子も


電線のちぎれた街をさまよう

黒いドレスの放浪者

新聞を一部くださいと

たばこの煙を纏ってさ


きっと秘密の話

完璧なものなんてない

とらえきれない空想の夢

息をしているだけで良い

強情っぱり強情っぱり強情っぱり



はじけるようにカールさせた短い茶色の髪


はたはた揺らめくヨットの帆のようなスカイブルーのスカートに


真っ白な麻の小さめのシャツを着て


ボタンは一つだけ


薄桃色のサンダル


きちんと走れるようにストラップはきっちりと


さあこれで会いに行こう


夜の闇が大好きなペインターに


はじけるほどの色を与えてあげよう


世界はこんなにも鮮やかなんだって


地下で絵を描くあの人に


黒い猫 黒い靴 黒い壺 黒い椅子


そんなものばかり描くペインターに


はじけるほどの色彩を


コーヒーを沸かして待っていて


最後に真っ赤なルージュをそのぽっぺに置いていってあげるから

もう少し向こうの峠まで行ったら、深呼吸して引き返そうと由良は思っていた。

朝焼けまでもう少し、ひやりとする空気の中、ぐしゃぐしゃに濡れたスニーカーで彼女は走っていた。

広葉樹が両側をうっそうと包む細い山道は、夜中降っていた雨を溜めて、横を通り過ぎる由良のTシャツのそでを濡らしていく。

前髪がぺったりと額にくっついている。

息が弾んでいる。

短いショートパンツからのびた彼女の足には泥水が跳ね上がって、黄土色の斑点をつくっている。

たたたっと駆け上がって開けた岩場にやってきた。

由良は何かをさがして走っていた。

彼女の背丈ほどある突き出した大きな岩も、雨水を含んでじっとりとしている。

全く何処いったんだろう、あの、考えなしの、自分勝手な。

いつもそうなんだから。少し自分の思い通りに行かないことがあると、こうやって人に好きなだけ探させて。

心配をかけるのが生きがいみたいな人。

由良は上気した頬を少し膨らませて、ふぅっとため息をついた。


松子は、由紀と由良の本当の姉妹ではない。

由紀より2つ年下で、由良とは半年の差がある。

松子の両親はNGOで仕事をしていたが、母親はアンゴラで死に、父親はルワンダで消息を絶った。

由紀と由良の祖母が隣に住んでいた松子の面倒を見ていたが、祖母の他界とともに松子は由紀と由良の父親の養女になった。

娘達は年も近いこともあって、すぐに松子と打ち解けたが、やはり松子にとっては2人は他人でしかなかった。


松子が最初に家出をしたのは中学生のときだった。

理由はよくわからない。

夕食をとった後、突然ふっと、風が通り抜けたみたいにいなくなった。

由紀も由良も彼女たちの父親も、暗闇の中、懐中電灯を持って町中を探し回った。

由良は姉の手を握って、始終泣きっぱなしだった。

そのあとどうやって松子を見つけたんだっけ。神社の境内だったかしら?

そのあとは数え切れないくらい、何度も何度も松子は家出をした。

別に養父にさからうことも、悪態をつくことも、由紀や由良に意地悪をすることもなかったが、ただ家出を繰り返した。

見つかったら、何もなかったように素直に家に戻ってきた。

ごめんなさい、といって泣いた事はなかったが、にっこり笑って自分から帰ってきたこともあった。

そんなとき、父親は何も言わなかった。



風が出てきた。

海から上がってくる潮風は強く強く吹きすさび、海上を覆う雲をなぎ払ってゆくかのようだ。

由良のいる高台から、開けてきた太陽の出口が見えてきた。

朝になっちゃったな。どこにいっちゃったんだろう、本当に。

でも、いままでいつだって、松子が帰ってこなかったことなんて無かったもんね。

どうせまたひょっこり、その辺の木の陰からでてきたり、それか人気のない原っぱでタバコをふかしてるんだ。

ほんとに、人の気も知らない、自由な人。

いつも、いつも。

松子を探す私は、本当は何を探しているんだろう。

松子は、何を探しているんだろう。





熊子さん 熊子さん

はいはいはっしっしー

はっしっしーの極み

ドロップ雨 聖杯の刑

鷲鼻おじさんレインコートの裾にピンクの泥が跳ねてるよ


ベト子さん ベト子さん

べむべむべむ

ボイコット洗浄いちどきりにして

背水の陣 斜視のお姉さん

レオタードきっちきち

きっちきち


胸筋マックスたれながし作戦 現状は晴れ こぶしのアゲハチョロップ景況の宴ハローハロー・・・



ブーツのかかとを直しに、ふるびたビルの階段を上る

いつも靴磨きをサービスでしてくれるメガネのおじいさんがやってる小さなお店を目指して。

ブーツのかかとからは 金属の釘がむき出しになっていて

右足だけ かつん かつん とキリキリした音をたてる。

かかとのないブーツ

足首の骨に振動が響くの

かかとさえとれなければ

あの人を追っかけていけたのになぁ。

なんて、ぜんぶ このはきつぶした茶色のブーツのせいにしてやるんだから。

てらてらてら


まったくどぉやってこんな狭いところに


てらてらてれら


濡れた髪が頬にべったりと張り付いてる


てらてらてら


そぉやってこの憂い月の真下


緑の杯を持ち上げて


くっと乾す


てらてらてるりと喉を焼く


てらてらてら


ハードカバーの小説の頁を巻く


てらてらてら


夕月が頬を撫でる


てらてらてら


秋の夜に新芽のような思想がよみがえる