この一カ月間の心の変化はすさまじいものがありました。


思春期のようです。(笑)



僕個人の主観的な判断ですが、


正しいものに出会えたこと。


温かい光の兆しに、また、それを持った人たちに触れることができたこと。


それが、変化の大きな要因になっています。




この道を照らしてくれた(この道に戻してくれた)神様に


心から感謝しています。


心の旅の再出発はこれからです。





そして、


母親に感謝の気持ちがいっぱいです。


こんなに母親に感謝したことは今までないです。







僕の母親は、いうなれば、あまり学はなく、天然系で、家事や料理や編み物が好きな専業主婦です。


ちなみに父親は、役人です。。。


母親は一時、働こうとしていましたが、理論派の父親に、解きふされたこともあり、まぁ、続かず。。


とりわけ、家の事以外になにかを継続することはない人でした。


そんな母が、一つだけ、続いていることがあります。


それは、「信仰」です。




母は、若いころ不思議な怖い経験をしたことがあると、話してたことがうっすら僕の記憶にもあります。


それが原因かどうかはわかりませんが、僕が小学校3年生くらいの時に、とある信仰をはじめました。


神仏はいるのか、いるなら確かめたいし、救ってほしいという人としての根本的な欲求が一番の理由だったのだろうとは思います。。。





僕は、誰もがあるように、子供の頃、ほんとうに困ったことがあり(子供なりにです(笑))、


真剣に、神様に祈ったのに、当然、何もなく(笑)、


そのときから、「神様なんていないんだ」と、普通の人と同じように、普通に世間に溶け込んで思うようになりました。


そのまま成長し、世間も普通に無神論だし、


安心して暮らしていました。  ←皮肉です(笑)




母の信仰は、家族のだれもが、目の上のこぶのように思い、気持ち悪く感じ、反対していました。


特に父親は、そうとう気に入ってませんでした。


父親は今でもです。最近はそうでもないのかもしれませんが、歳のせいでしょう。


また、母も母で、不器用なもんだから、盲信的なうえに、うまく説明できないタチなので、


なおさら家族の反感を買います。



役人の夫に、子供は男二人(僕は二男)という構成なので、ほぼ100%母親には発言権はなく、尽くすのみで、とくに感謝もされず、子供たちに文句だけ言われるという、典型的な昭和のかわいそうなオカンという役回り。(笑)


それでも、その立ち位置に文句をいうでもなく、傍から見ても幸せに家事をしてるような人です。



そんな母が家族全員の反対を受けながらも頑固に続けたのが、「信仰」です。


家族の幸せを願いながら。


お金がかかるとか、多額のお布施をしなければならないとか、そういうことがない教会なので、父親もあまり気にかけてなかったのでしょう。



僕はもう、気に入らなくてしょうがありませんでした。


あまりに気にいらなくて、机や壁に当たったくらいです。


「馬鹿じゃないの!?」といった具合です。




ネガティヴな黒い波長の下にいたのでしょう。。


なんとなく、わかります。。


自己中で我の強い子供でしたから、僕は。




それでも、母の話しに、なんだかんだ一番耳を傾けてたのは、僕でした。


母はよく、言ってました。


この世とあの世の仕組みを。



この世は、低級霊(スピ系でいうネガティヴのことですね。)に支配されやすい波長をもっていること。


それは、感情の起伏が激しいと、入り込んでくる。だから、怒るとか、妬む、憎むという感情は持たない、持たせないように生きること。


否定的な感情のみならず、単に感情の起伏が激しいこともとてもよくないこと。


ほとんどの人は、それらの感情から、低級霊のお世話になってしまい、


低級霊とはいえ、現世の人間よりも波長の高いところにいるので、神を名乗り、はじめはよくしてくれるが、最終的には恐ろしいことになるんだということ。

(低級霊ももともとは低級霊ではなかったとのこと、人間の感情がそうさせたのだと。)


それらを取り除き、さらに、道を示してくれるのは「神様」しかいないこと。


神というのは、宇宙を司る存在一つだけで、神々という概念はあの世を知らない現世の人間の過去の記憶や、想像、低級霊と繋がっている能力者などからでてきた方便であるということ。


※僕は、この唯一の神と繋がっている存在(人間)は複数いるんだと思っている。。だから、宗教対立というのは、本来、本当におかしなことだと思ってる。※



日本で言う、神々というのはえてして、低級霊を指しているということ。(代表例:キツネや蛇です。キツネはしつこく、蛇はとくに恐ろしいんだとか…)


あの世と一口に言うが、本当は何層にもなっていて、幽界、霊界、神界というように(僕が覚えてるのはこれだけで、もう少しあったような気もします。)段階があること。


人の死後はその中でも、もっとも不安定な中間層(低級霊のいるところらしいです)みたいなとこにいき、そこから、浄化されて、徐々に上の層にいくのだということ。


本来、人は神様と繋がっていなければならないのに、もはや、神様のほうから手を差し伸べることはできないくらいの状態に人間界はなっていて、(生まれながらにだそうです。)


人間のほうから、神様を求めていかない限り、繋がりをもつことはできないのだということ。


さらに、信仰心はあっても、様々な低級霊の妨害で、本当の神様に繋がることもままならないことになっていること。




などなどです。


もっといろいろ、母は話してくれました。


それでも僕は、話し半分に「ふんふん、あーそう。。」ぐらいでした。


いま、こうして、公に話せるようになりましたが、この話をしてくれてたのは、もう、20年以上も前です。


こうして覚えてるのも、不思議と言えば不思議ですが、その後の人生の様々な人や本との接点で、これらの話しに真実が含まれている(というか、真実。)からなんだと、こんなに時間をかけて、わかることができたからだと思います。


いかに僕自身が、浄化されにくい魂であったか、まざまざと自覚します。



この自覚は、このあとの人生の流れをかえりみた時に実感したことなのですが…。。


つい、数年前のことです。




(続く)

こんな、只者ではないカード・ゲームはないですよね。


その存在を知ってから、ずっと気になってました。


何者がなんのために・・・?



知らない人は、「イルミナティ・カード・ゲーム」で検索したら、たくさん出てくるので、


それを参考にしたらいいと思います。。





最初は、なんてまがまがしく、忌々しいものなんだろうと思いました。


どんな、悪意のある者が絡んでるんだろうと。


今でもですけど…。




でも、ひょっとして、誰かが裏を暴くために作ったのではないだろうか。。。


という思いがでてきました。


(誰かって、スティーブ・ジャクソンなんだろうけど。(^_^;))



なぜなら、こんなにいろんなことを正確に言い当てる(?)ことは、


同時に、人為的な裏があるはずだと思われることで、そうなれば、隠していた闇が暴かれていってしまうことになります。


それも自作自演ならば、相当なリスクに思えるのだが・・・・。





しかし、そうかもしれない事実をみつけました。


このカードを作ったのは、イルミナティではないそうです。


そもそも「イルミナティ」という呼び名も、わざと陰謀論らしく、面白おかしく本当かどうかわからない都市伝説みたいに扱われることを狙ったものらしく、ほんとうは、CFR, UN, and trilateral commissionなどと表現するのが正しいようです。



このカードが、発売前になぜか「おとがめ」になり、捜査されて、裁判沙汰になり、結局正式な販売に5年も遅れたのも少しうなずけるような気がします。。。


関係者にレジスタンスがいたのか。

協力するように見せかけて、心の中では反旗をひるがえすシンドラーにような人の仕業か。。


そうではなく、やはり悪意の元につくられたのか・・。


どちらかわかりませんが、一つ思うのは、


後者のほうであっても、悪意は結局、逆に善意を照らし出していくことにもなっているということ。。


善意が悪意を触発する場合もありますが・・。


宇宙は、つねに陰と陽だということでしょうか。。

面白いし、興味深い映画でした。


手ぶれ映像が具合悪くなりましたが。。


普通の人は大丈夫なんだろうけど、

僕は3D映画でも具合悪くなるタチなので・・・(^_^;)




この手の映画を見ていつも気になることは


地球までこれられる異星人のモノとは思えないくらいの(その来かた自体にも、違和感があるのだけど・・)、テクノロジーの低さと、


洗練度の低~いメカなどのデザイン。。


基本的に、あんなにごちゃごちゃしてないだろうと。思う。


自分たち(現代人)の想像力だけで作るからだろうな。。。


必ず、上下の概念でデザインされ、上下の概念で移動するのも違うと思う。


宇宙船は浮いてるくせに、エンジンから噴射して移動する。。???


だいたいの場合、アナログに近い感覚を覚える。。(-"-)




こうゆうのは日本人に想像させて、デザインさせた方が、ずっとリアルに洗練されたものができるような気がするのだが。。。。


毎回、そう思う。







あと、全編通して思うのは、




人間(地球人)がもっともネガティヴで残忍で破壊的で自己中心的で常に私利私欲が念頭にある存在であるという風に描かれていること。


それらの思念が強いのもほど、立場が上にいる。


そんな地球人同士の戦闘のほうが、兵士たちは緊張度が高いようになってるし。



・・・・なるほどね。。。。




実際、世の中はそうだしな


この点は製作側が意図してたかはわからないが、オプション映像の、監督のナレーション入り本編での裏話を拝見するかぎりは、その点には気を置いてなかったようですね。


ジャンルはなんであれ、気持ちのこめられた映画には、製作側が意図してないことも、知らずに描かれてたり、問題提起されてたりすることは多いと思います。




監督もキャスト・エキストラも南アフリカ人、ロケ地も南アフリカということで、そこで生まれ育ったニール監督は、武器やメカや軍事民間企業などに興味があるらしいので、そうか、なるほど。といったところもあるが、


ここ(南アフリカ)は、やはり地球上でも特殊な場所の一つで、そこで生まれ育った人の感覚は、先進国同様の社会とはいえ、われわれとは違うようです。


それは、ニール監督も自覚していて、それを知ってほしいという思惑もあったようです。


とくに、難民を含めた異国の人種が混在するうえで発生する様々な問題を、エイリアンと人間という視点に置き換えて描いたところが興味深い。




なにしろ、実際のスラムで撮影された映像の、不潔さ、荒廃具合はすごい。。


実際は、悪臭も含め、想像以上ひどいものだったらしい。


地獄同然だと。。


地元育ちの人が言うんだから、そりゃ相当なんだろうな。。


牛、豚、犬などの動物たちも普通にそこらじゅうに死んでるようで、人間が食べるために殺してポイ捨てしたものもあれば、のたれ死んだものもあり。。たぶん、ヒトも同じ。。。


それをネコサイズのネズミが喰らっているという・・


普通に、“生き物たち”が生きられない環境というのは、われわれには想像しがたい。


しかもそれは、人間が作り出した世界であって、自然界ではない。


発展した文化・都市にあるスラムは、貧国のそれよりも、近くに物資があるだけに、不潔さ荒廃さ無秩序具合は半端ない。



・・・というところに、エイリアンを住まわすという視点も、常に我々が文化的にも精神的にも「上」みたいな感覚が先行してるようで、違和感(若干の嫌悪感)を感じる。


まぁ、これらの難民エイリアンは自分の星では、自己意識の低い「働き蜂」的立場だったという設定にはしているが。


お互いに建設的な理由があり、戦闘など交えなくて済むことなのに、それを避けられないのも、(むしろ地球人が好戦的なのも)意図してか、否か、地球人の意識を象徴的に表わされてるようで嘆かわしい。。




SF映画ながら、実際の問題も垣間見れる点でも、本作は他のSF作品とは違うと思いました。


ただの娯楽映画とはちがった感じ。




ほんとうは、「パラノーマル・アクティヴィティ」を見たかったのだけど、


ひとりで見ると、嫌なことが起こりそうな気がしたので、また次回にした。(笑)


実際、テレビで見るモノによって、なにか起こることがあるので。。(@_@;)


霊的なものなら、さほどでもないけど。(慣れもあり。)


この内容は、ちょっといやだなぁと予感したので。