ペグさん、救急車で運ばれる
昨日人生で初めて救急車のお世話になりました店主の冨田です★
営業中、夜七時あたりから手汗、手の震え、目眩がしてきて、こりゃ昨日飲み過ぎたツケがそろそろ出てきたかなと、前日の飲み会が酷過ぎたので、それのアルコール離脱症状が悪い方向に出てきたのかと思っていたところ、不整脈の兆候も出て来やがりました
ん、これはもしかしたら、アルコール依存性の離脱症状でも1番最悪のパターン、痙攣発作を起こして最悪心肺停止になるやつか?
と少し不安になり、自分の症状を調べたりしていました
不整脈か、アルコール離脱症状の強いやつか、心筋梗塞か、狭心症か、出るわ出るわ怖い症状
でも救急車とか呼ぶの悪いしなぁ、だけどこの状況は既に1時間くらい経ってて、段々と悪くなってきてる
そして僕の頭に「救急車」と言うワードが出てくる時点で相当ヤバイかなと…
いよいよ動悸が激しくなり、手足が痺れて意識混濁を起こしてきました
とりあえず救急車の前に#7119
震える手と霞む意識でなんとか連絡
救急車を呼ぶかどうかの判断を仰ぐ事にしました
手足の痺れと震え、身体の痺れ、気を抜くと激しくなってくる激しい動悸と目眩、脈が跳ねる、視界がボヤける、立ちくらみなどの症状が出ている旨を伝えると救急車呼んだ方が良いと言われ、近くの大学病院の連絡先を教えてもらい、そちらに連絡
とりあえず同じ状況を説明して、そこの病院に運ばれるかはわからないけれど救急車出動
こんな状態でお店をオープンしてたらあかんと思い、外出中の張り紙を出しました
魂が外出してしまうんじゃないかと言う、身体を張ったギャグを思いつくもそれどころじゃありません
一瞬呼吸不全になり全身が痺れて固まり、マジで死ぬかと思いましたが、呼吸を乱してはいけないと意識を向けて、気合いで救急車が来るまで耐えていました
ようやく救急車が到着して、なんとか這いつくばってお店のブレーカーを落として自力で救急車へ
ベッドに寝かせられて脈を取られ、いざ移動と言う時にいきなり動悸が激しくなり、血圧が急上昇
手足だけでなく腹の底から身体が固まり、ビクビクと全身痙攣が起きました
身体はベッドに拘束されてるのでベッドがガタガタと揺れるし、身体に張られた心電図の音がいきなり早くなったのにも驚きました
脂汗をかきながらもなんとか「そっち」に持ってかれない様に呼吸のリズムだけは崩さないよう頑張りました
東十条の病院の救急処置室に運ばれて採血、点滴を打たれしばらくすると症状が落ち着いてきました
医師曰く、過換気症候群と言う症状らしく、ストレスや過労が原因ですねと言われました
ストレス耐性に関しては僕はめっきり強いと自信があったのですが、まぁ先月から色々とあり過ぎて疲れていたので心あたりは大いにありました
と言うか心あたりしかありません笑
(人生でも1.2を争うヘビーさでしたからね)
要は自分でも気づかない閉じ込めてたストレスで身体の方が先に悲鳴をあげたと言う事でしょう
何より自律神経が元よりガタガタだったので、それも要因かなとは思いましたが…
それにしても、自分がいきなりこんなになるなんて思いもしなかったのでちょっとびっくりしましたね汗
過換気症候群で死ぬ事はないと言う事でとりあえず安心しましたが、あのキツさはちょっともう味わいたく無いですね…
ただ不整脈や心筋梗塞も併発するとヤバイとは言われましたが…
2時間程したところでようやく起き上がれるようになりましたが、手の痺れと震えは残ったまま、無理して病院を後にしました
病院で休むくらいなら自力で家に帰って早く休みたいと考えたのです
フラフラと歩きながら家に帰り、とりあえず今日から家では禁酒
と言うかもともと今日からお酒をしばらく控えようと思っていた矢先の出来事だったので、尚更節酒、禁酒をしようと思いました
付き合いでの飲み会には参加しますが、そこでも一杯程度をチビチビ楽しもうと思ってます
今週の飲みの約束では日本酒1合のみ(これくらいなら逆に良いらしい)と決め、あとはなるべく「お酢」を飲む事にしました(断酒にお酢はいいと言う)
煙草の本数も減らそうと決意(…ホントかよ)
昨日はそんな感じで横になるも、全く寝れず(アルコール依存性の典型的離脱症状ですネ)浅い眠りを何度も繰り返して、常に起きてる感じでしたが、とりあえず今日は無理せずお店を営業したいと思います(やるんかい…)
今後は時間を見て改めて病院で診てもらおうと思いました
皆様も無理なさらないように、御身体御自愛下さいませ(御自愛してないお前が言うな)
それでは本日ものんびりやりたいと思います笑
#古着屋PEG
#東京都北区 #十条駅 #十条 #十条商店街 #古着屋
#赤羽 #板橋 #池袋
古着屋 PEG
東京都北区上十条2-26-10
open
平日 14:00〜
土日祝 12:00〜
closed 22:00
不定休
僕とじいちゃんの五日間(それから)
9月26日(火)
昼前に叩き起こされる
朝方に寝たので眠くて仕方がないが、午後に葬儀屋が来て色々な打ち合わせをしなければならない
葬儀や火葬なんかにも色んなプランがあるんだなと思った
オカン、ばあちゃんと3人で、葬儀屋の方と打ち合わせを済ませる
弟はまだ寝ている
見積りを持って夕方また来るという
僕はこの日から、今までに起こった出来事を記録しておこうと思い、ブログに残しておこうと考えた
じいちゃんとの五日間を、忘れない様にと…
不思議な事に、断食を始めてから毎日の体重や食べたものをメモしており、連日飲みも続いていたので、そのメモにはついでに日記とまではいかないけれど、その日起きた出来事なんかを箇条書きしていたので、今回のブログを書くときにおおいに役に立ち、こうして時系列に細かく書く事が出来た
普段なら僕はメモも日記も書いたりしない
昨日の晩メシすら忘れる様な重度の健忘症である
忘却の冨田と言う呼び名を持っている事すら忘れていた
通夜と告別式の日程も決まり、お寺にも連絡した
斎場も決まって、一安心した
僕はもぬけの殻の様になってずーっと横になっていた
ウィスキーをロックで、チビチビと舐める様に飲み続けた
酒量は明らかに減っていた
酒をあまり飲まないでも平気になっていた
8年ぶりのブラックアウトが完全にトラウマになっていた
これからは禁酒日を設けて酒もあまり飲まない様にしないといけない
しばらくは禁断症状でのたうち回る事になるだろう
自業自得である
この日はじいちゃんの隣で寝た
寝る前に自分のおでこをじいちゃんのおでこにあてた
ひんやりして気持ち良かった
こんなに気持ち良く寝れたのはいつ以来だろうと思った
9月27日(水)
じいちゃんを家から式場に送る出棺の前に、旅装束を家族みんなで着せた
じいちゃんの胸に御守りを入れた
僕が8年間持ち続けた、ひいばあちゃんの骨である
思えば、この時の為にこの御守りはあったのではないかと、考えたりもした
親子で仲良く火葬とは、世間の人はなんて言うかわからないけれど、僕の感覚としては「粋な計らい」ではなかろうか……(そんな訳ないだろ)
世間の常識では非常識だろう
僕には僕の尺度の常識と非常識がある
僕が逆の立場だったら、自分が逝く時にオカンの骨を添えられたら「お、粋な事してくれんじゃん」と思うんだが…
ついでに唇をウイスキーで湿らせてくれると尚ありがたい(ジャックダニエルでお願いします)
ひいばあちゃんは二回火葬される事になる訳だけど………
許せ
ともかく、これでじいちゃんも迷わないで逝けるだろう
ひいばあちゃんに、じいちゃんが迷わない様にお願いしますと、お願いした
雨の中通夜も済み、僕は葬儀場で一泊することにした
通夜振る舞いで食べ過ぎたせいでお腹が痛い
貧乏性なので残したくないのだ
揚げ物や煮物はタッパで持ち帰って良いと葬儀屋に言われていたので、主に寿司を食べた
なんだかんだ断食生活を一週間してマイナス5キロ減ったけど、その後も食うや食わずの似た様な生活をしていたので胃袋は小さくなったままだった
そんな所に寿司を大量に詰め込んだのだから、まぁこうなるよなとは思った
ファスティングの後の回復食の大切さを身をもって知る
人間色々な失敗から学ぶのである
学びたくないことや学ばなくても良いこともたくさんあるんだろうけども……
ここ最近、まともな布団で寝ていない
病院の辛気臭いソファベッドやじいちゃんの寝てる横の畳、今夜はお坊さんの控え室の三畳間で、座布団しかない………
夜、じいちゃんの事を思い出しながら、この日記と言うか、記録というかを、じいちゃんの棺の前でパイプ椅子に座りながら書いている
お坊さんがお経を唱える祭壇で、僕はじいちゃんと最後のサシ呑みをしていた
祭壇は酒とツマミを置くテーブルに成り果てていた……(罰当たりだナ)
家から持ってきた水筒の中身のハイボールは思ったより早く無くなってしまったので、近所のコンビニでハイボールを買っては水筒に補充して飲んでいた
じいちゃんも焼かれる前日に孫と呑めるのだ
さぞ喜んでいるだろうナと、勝手に思う孫であった
こんなに悲しく楽しい夜もなかなか無いなと思った
でっかい木魚を叩いてみた
じいちゃんが笑いながら「こら」と言った様な気がした
僕はニヤニヤ笑った
そういやオカンも同じように木魚を叩いたらしい…
親子だなと思った
9月28日(木)
午前中から告別式
昨日の雨の通夜とは違い、晴天
こんな言い方良いのか悪いのかわからないけれど、昨日はまさに通夜日和で、今日は葬式日和である
夜半遅くまでじいちゃんと飲んでいたので、二日酔いは無かったけれど寝不足である
おまけに座布団を布団の様に6枚広げて寝た上に、掛布団もなく夜はそこそこ冷え込んだ様で身体がカタイ
起きたら案の定、座布団を掻き分けており、結局畳の上で寝ていたようだ
寝不足と極限の疲労で、葬儀中に意識が飛びそうになる
坊さんの読経の声があまりに良過ぎたので、僕が成仏しそうになる
頭のてっぺんからギューンと祭壇の方へ「何か」が鷲掴みされた感じで引っ張り出されそうになった(魂だナ)
気合いで目を開けるも、身体が金縛りにあったように動かない
自分の焼香の番が迫っている
周りに気づかれないように気合いを込めて立ち上がる
なんとか焼香を済ませ、告別式も無事に終わった
自分の葬式を眺めている感じがした
外に煙草を吸いに出ると、足から力が抜けてしゃがんでしまった
まだ倒れるわけにはいかない
これから火葬場に行くのだ
なんとか疲労のピークを越えて、元気になってきた
じいちゃんが倒れてからと言うもの、ばあちゃんの事が心配でならない
今にも朽ちてしまいそうな枯れ枝の様になっていた
火葬の時も、泣き崩れて今にも倒れそうなばあちゃんの肩を抱いていた
ばあちゃんの身体はとても小さく、細かった
じいちゃんの声が聴こえるようになってから、僕は泣かなくなった(ひと前ではね)
涙が出そうな時は沢山あったけど、我慢した(ひとりの時もね)
なにより僕がしっかりしていないといけないと思っていた
こっちの事は任せろとじいちゃんと約束したんだ
どんなに悲しくて、哀しくて、辛くて、虚無に覆われても、僕は強くならなければいけない
火葬が済んで、じいちゃんの骨を拾い、骨壷に納めた
足の骨がすごく厚かった
毎日歩いていたから、歳を考えると丈夫な骨なんだろうなと思った
精進落としも済ませて、夕方、やっと家族みんなで家に帰ってきた
じいちゃんの車の運転席に自分が乗ってる事が、なんだかとても不思議な気がした
僕には絶対に運転させてくれなかったからだ
先週購入したバイクのメンテナンスが終わったという連絡をもらったので、着替えて取りに行く事にした
どうにも頭がモヤモヤしていた
なにか、「上手く出来過ぎている」と思った
9月29日(金)
昨日感じたモヤモヤについて考える
凶事続きばかりではあるが、どれもこれも悪いなりにタイミングが「良すぎる」……
これまでの出来事を思い返してみる
ずっと続いた体調不良、幼馴染のオヤジにどやされて凹み、山小屋に行けなくなった。体調は悪化の一途をたどり、身体も心もボロボロの時に彼女と些細なケンカ、週明けには会う約束だったのでそれまでに体調をなんとか戻そうと断食を開始、飲みの誘いも重なり、半ばヤケクソになっていたので連日の飲みで体調は戻るどころか高熱で倒れる始末。そして好転反応でイライラ、頭痛、目眩がしていた最悪の日に風邪薬を飲んで飲み会に呼ばれ(一度は断ったのに)結果断れずに行き、その挙句記憶を飛ばしてあろうことか彼女に暴言を浴びせた事、しばらく喉を痛めて声が出せなかったのは口を慎めと言う警告だったのだろうか?普段ならメモも日記も書かないのに、断食の過程メモにその日の出来事を箇条書きにしていたので、こうして日々の事もメモしており時系列でブログを書く事が出来ている
2年以上飼っていたベタの亡くなったタイミングも良すぎる(悪すぎるのか)
先輩が代わりに店に立ってくれると言うタイミングも良すぎる
そのタイミングで墓参りに行った事、ネットでたまたま目星を付けたバイクが実家の近くのバイク屋だった事、その流れで久しぶりに実家に帰ったその日の夜にじいちゃんの具合が悪くなったのも、何かに呼ばれたのだろう
断食も一週間を越え、体調は戻っていたのでこの五日間を乗り切る体力と思考能力も戻っていた
ちょうど店も売り上げの下がる9月だったので、僕も休む事が出来たし、休んでも繁忙期では無かったので経営的にもダメージは最小限になっているのは不幸中の幸いだと思う
全てにおいて流れが「ここ」に集約されている
良い流れにも悪い流れにも「秩序」がある
これは偶然か?必然なのか?
この世界に偶然はない
全て必然である
人生の中で、なにか大きく流れが変わる時はこういう悪い事が全て「タイミング良く」重なって押し寄せて来るのを僕は何度か経験していた
ひいばあちゃんが亡くなった時も、親父が亡くなった時も、その凶事の周りを固める様に悪い事が続け様に「タイミング良く」起こるのだ
僕はその都度、ボロ雑巾の様に成り果て、どん底まで落ちて這い上がってきた
良い事も悪い事も表裏一体と言う事を僕は知っている
表と裏がある様に、太陽と月がある様に、善と悪がある様に、白と黒がある様に、男と女がある様に、天と地がある様に、明と暗がある様に、好きと嫌いがある様に、生と死がある様に……全て1つの同じものなのだろう
ソレはたぶん、球体のカタチをしているのだろうと昔から僕は思っているのだけれど……
僕等は全て、大きな「仕組み」の中に放り込まれた一粒の砂に過ぎない
それを僕達は神とか、運命とか、因果と呼ぶ
大きな流れに放り込まれたのだ
僕はこの感覚を何度か経験してきたからわかる
こう言う時の身の処し方も心得ている
流れが収まるまで身動きをとらないこと
それがどんなに辛く、苦しい出来事でも耐えること
たまに足掻いたり抗ったりする事もあるけれど……
それを俯瞰的に見ること
そしてどんなにどん底に突き落とされたとしても、心と身体がボロボロになったとしても、小さな小さな心の灯りだけは絶やさないこと
大事な事は、自分が信じられるものを、大切なものを見つめ直すこと
そしてそれを大切にすること
もう少し時間がかかると思うけれど、多分僕は大丈夫だろう
いつもそうやって立ち上がっては歩き始めるのだから
それでも今は辛すぎる
あまりに大きな穴が心の中にポッカリと空いている
それでも日々はやってくる
ただ生きるしかないのだ
虚無を抱えたまま、長い長い、出口の見えないトンネルを歩いて行くしかない
家族で支え合う事は出来るけれど、僕も、ばあちゃんも、オカンも、弟も、心の整理は自分自身でつけていくしかない
僕達は仕事や普段の生活がそれぞれあるけれど、ばあちゃんにはそれが無いのだ
いつも一緒にいた日常に、これからはじいちゃんがいない家にひとりで過ごすことになるのだから、こまめに帰る様にはしたいけれど、どの道僕もオカンも弟も、夜と朝しかいない
日中ばあちゃんひとりで過ごす時間を考えると、胸が痛む
頑張れとは言えない
しばらく悲しみは癒えないのもわかってる
ただ一日でも早く、一秒でも早くばあちゃんの悲しみが少しでも薄らいでいってくれる事を願うしかない
そんなことばかり考えていた
9月30日(土)
久しぶりにお店をオープンした
沢山の人が様子を見に来てくれたり、連絡をくれた
どうやら僕が倒れたもんだとみんな思っていたらしい…(倒れてゆっくり入院したかったナ)
大変なご心配とご迷惑を各方面にかけていたのだなと思う
誠に申し訳ない
激動の様な日々を過ごしてよく倒れなかったと自分でも関心している
だけどまだまだやらなければいけない事が山のようにある
自分で解決出来る事、自分では解決出来ない事、一個一個、取り組んで行くしかない
彼女からも連絡はない
ひと月くらい経ったのかと思っていたけど、まだ二週間程しか経ってない
あの五日間が長過ぎたのだ
会った所で決まっている
僕は自分のやった事を受け入れて、彼女の答えを聞いて頷くだけだ
じいちゃんとの「死に別れ」の後は、彼女との「生き別れ」が待っている
99.9999%の高確率で別れるだろう
万が一、残りの0.0001%の奇跡が起きたら……
「金継ぎ」と言う言葉が浮かんだ
金継ぎの器の様に、壊れる前よりもいっそう、滋味に満ちた関係になれるのではないかなんて、都合の良い想像をしたりする
金継ぎと言う素敵な技法
傷つけあった人達も、こうして元の形になれば、元どおりの時よりよっぽど、脆く、儚く、美しいのに、なんて思ったりする
じいちゃんとばあちゃんは、この金継ぎの器の様な二人三脚の人生だったのだろう
傷つけあって、時に関係が壊れても、お互いが許しあったり、許せなかったりする事も耐えて、それを何度も繰り返して、継ぎ接ぎだらけの歪な器になっていく
だけどそれが美しいと思ってしまう
今の僕はそんな金継ぎの様な美しい器にはなれず、割れた湯呑み茶碗といったところがせいぜいだろう
割れ目から、欠けた部分から色んな大切なモノが溢れていく
割れた欠片は彼女の胸に刺さっている
刺したのは僕だ
暴言を吐いて記憶を飛ばして彼女を傷付けた事は間違いなく僕に非がある
その前の些細なケンカは彼女にも非があるし、それをカッとなって失礼な言葉使いをしてしまった自分にも非がある
お互いがお互いの事しか考えず、相手の事を考えてなかったから、又は考えれる余裕がお互いなかったから、こうして傷付けあって自分の傷の痛みしか知ろうとしない
そこをお互いがお互いの傷を見つめ合い、許しあう事でしか修復ははかれない
気付くのが遅かった
僕も色々と辛かった
彼女も色々と辛かったはずだ
二人とも余裕がなかったのだ
傷付け合うつもりなんてお互いなかったのだ
ただお互い最悪のタイミングですれ違ってしまったのだ
これがもし良いタイミングだったのなら、お互いの事を話し合い、大変だったねと労いあい、辛かった事を分かち合えたはずなのに
そしてもっと仲を深められたはずなのに
好きだからこそ怒ったり、嫉妬したり、心配したり、悲しくなったりするのだ
やり直せるものなら、一度で良いからやり直せるものならといくら願っても、過去には戻れない
大切なものはいつだって、失ってからその大切さに気付く
気付くのが、あまりにも遅すぎた
一連の出来事を俯瞰的に眺めてみると、全てのタイミングが悪く悪く重なりあっている
でももう全て起こった事だ
今更どうにも出来ない
反省と後悔を引きずって生きて行くしかないのだ
「別れる」という死刑確定なのはもうわかってるが、その「死刑執行日」がいつになるのかわからない
連絡が来るまで僕はのたうちまわるしかない
反省と後悔と懺悔と、もしかしたらの希望と間違いない絶望がごちゃ混ぜになったものが心の中で暴れ回っている
これが彼女の受けた心の痛みなのだろうと思うと、この苦しみは受けて当然の罰だ
もう一人の自分が僕の耳元で囁く
ザマアミロ
愚者が一匹出来上がっただけだ
こうしていろんな事を書き記しておけば僕はこの出来事たちを忘れることはない
瘡蓋になったとしてもまた掻き毟ってしまえばいい
別に自虐的に生きたいワケではない
良くも悪くも自分のやった事を理解していなければいけないと思うのだ
人生の中でもとびきり辛かったこの日々を、忘れずに心に刻みつけなければならない
この先もっと辛いことが起きる事もあるだろう
一年間なりをひそめていた不整脈がまたムクリと姿をあらわしてきた
すぐにでもデカイ不整脈が起きて死にたいところだけれど、まだ僕は生きなきゃならない
生きてるうちは死ねない
ただ万が一僕が、じいちゃんみたいな状態になったら
延命措置は望まない
人間の尊厳として、自分の生き様死に様は自分で決めたい
植物状態や脳死状態、寝たきりになったり脳に障害が残ってしまう様な状態になるのなら、人様に迷惑をかけ続けて生きるくらいなら、静かに逝きたい
ついでに言うなら墓はいらない
戒名なんてのもいらない
ひいばあちゃんからもらった「志」という一文字があればそれで充分だ
地獄からやり直せば良い
出来れば自然の多い所に散骨して欲しい
自分が死んだら古着は友人の元気さんに全て託す
友達一人一人に1つずつ、形見として僕の古着やアクセサリーをあげて欲しい
残った服や什器や備品は売ればそこそこ金になるから、総金額の1割を元気さんにお礼として、残りは家族に遺産として渡して欲しい
なんか遺言みたいになってしまったけれど……
僕はまだ当分死なないつもりだ
やりたい事も沢山ではないけれど、叶えてみたい夢があるからだ
金継ぎの器の様な、歪で綺麗な家庭をいつか築きたい
子供も欲しい
遅くなってごめん
ようやくひ孫の顔見せられたよ
ってじいちゃんに言いたい
親父にも、ひいばあちゃんにも…ご先祖様にも
そして、生きているばあちゃんやオカンや弟にも…
愚者だって希望を持って生きていく
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
長くなったけれど、これで僕のじいちゃんと過ごした数日間と、その前後数日の出来事は全て書き尽くした
生きて来た人生の中でも1、2を争う程、相当にヘビーな日々だった
プライベートな事も全て赤裸々に書いたが、最初に言った通り、僕には今さらそんな恥はない
人生における恥は全てかき尽くした
全て曝け出す事で、嘘偽りのない出来事を伝えたかった
偽ることは出来ないから、自分視点だけれど、起きた出来事をありのまま全て、伝えたいと思った
百人に一人でも、千人に一人でも良いから、僕のこの拙い思いが伝われば、それで良いかなと思ってこの日記を綴ってみた
生き別れも死に別れもどっちも辛い事だ
結婚しようと約束を交わした恋人ですら一度の過ちで駄目になる
もしこれを読んでる人で、恋人や親兄弟と大喧嘩して離別を考えているのなら、ちょっと踏みとどまって欲しい
誰にだって過ちや失敗はある
人間誰しも完璧ではない
喧嘩をしたなら、まずは落ち着いて冷静に「何故喧嘩になったのか」の原因を考えてみてほしい
相手に対しての苛立ちや怒りは別にするのだ
怒りがおさまらなければおさまるまで距離を置く事だ
冷静になって振り返ってみると、たいした事じゃないと思えたりもする
たいした事の場合なら、それを解決するにはどうしたら良いかを考える
別れに向かってではない
お互いに進むという道を選んで欲しい
相手にも事情があるし、此方にもそうしなければならない、そうせざるを得ない事情があったはずだ
僕たちみたいに悪いタイミングが重なってどうにもならなかった場合だってある
そしてお互いが相手の立場になって考えてみる事だ
どんな事があってそんな事を言ったのか、やってしまったのか、その時どんな思いだったのか
ちゃんと話しあって、解決策を2人で探せば、和解出来るはずだ
恋人や親子なら尚更である
愛情があっての喧嘩もある
好きな人なら「別れ」を選ぶのではなく、その人とどんなに辛くとも「赦す」「進む」と言う選択肢を選んで欲しいと思う
その関係を続ける事で、いつしか金継ぎの器の様に脆く、儚く、歪で美しいモノになっていく
まぁ、やらかした僕が言ってもまったく説得力は無いけれど……
まぁ僕はどうでも良い
自分のやった事を見つめてのたうちまわりながら、這いつくばって生きていくしかない
しばらくは割れた湯呑み茶碗だ
それが贖罪だ
いつか彼女が別の誰かを好きになって付き合ったり、結婚して幸せになってくれるのなら、それに越した事はない
その時はその誰かと今回みたいな喧嘩や許せない事が起きたとして、その人を許すことが出来たなら、その人とずっと一緒にいれるから
幸せになって欲しいと思う
もし身内が、家族が、恋人が、自分が倒れたとしたら……
生き方は人それぞれだと思う
這い蹲ってでも生きたいと思う人もいるし、僕みたいに延命措置をしないでさっさと逝かせてくれと考える人もいる
ただその決断を誰かに託すとなったら……
僕はじいちゃんの声が聴こえなかったら、自分で自分を責め続け、悩み続けていた事だろう
じいちゃんの声はもしかたら僕の声だったのかもしれないし、本当にじいちゃんの声だったのかもしれない
それは僕にもわからない
命と向き合う事がどれ程の事なのか、今回のじいちゃんの事でまざまざと現実を見せつけられた
この世界は残酷で優しいのだ
僕たちは其処で生きている
今はじいちゃんの声は聴こえない
姿も見えない
きっとひとり旅を楽しんでいるんだと思う
僕もいつか追いついて、一緒に旅をしたいなと思う
一緒に歩けなくても、じいちゃんの辿った道のりを後から踏みしめていけたらなとも…
勢いで書き上げたので、誤字脱字があるとは思うけれど、多めにみていただけると助かります
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました
じいちゃん、ありがとう
僕とじいちゃんの五日間(5日目/9月25日)
この文は、9月28日、通夜の後、寝ずの番をしながら書いたものである
9月25日(月)
午前中にばあちゃんを連れて銀行へ向かう
昨日見つかった通帳と印鑑、それと通帳と一緒に出て来た満期の定期預金の証書を持って、現金を下ろせるだけ下ろそうという算段である
何故かと言うと、万が一じいちゃんが亡くなってしまった場合、貯金=その人の遺産になってしまうので預貯金は凍結されてしまう
高度医療や治療を施されているし、万が一を想定した時、葬式費用や諸費用で結構な金額がかかる
国保やその他医療保健で後々払戻しや一時金が出るとしても、入院費用にいくらかかるか知れたものではない
こういう時まとまったお金は先に用意しておいた方が良い
生前ならば理由をつけて嫁であるばあちゃんを連れて行けば定期預金はダメでも貯金くらいは下ろせるはずと踏んでいた
ばあちゃんのゆっくりした足取りに合わせて銀行に着いた
窓口では僕が話す
ばあちゃんは口を滑らせてなにを言うかわかったものじゃないから、僕が全部話しを通す事にした
まるで善良な老人を騙す俺俺詐欺の常習犯の様な心境である
銀行は金を出し渋るご時世だから、市役所へ行ってやれ戸籍謄本や、やれ住民票の提示、その他色々突っ込まれて金を出さないものかと思っていたのだけど、以外や以外、貯金、満期の定期預金証書二枚分、合わせて一千万近い金額を生で出してくれた
いけない事をしている訳ではないのに、なぜかスリルを覚えた
じいちゃんの心配はこれだったのだろう
昨日あんなに焦って僕の前に出て来てどやしていたのだ
まぁ僕はそんなのすっかり忘れていたのだけれど…
ところで、僕はばあちゃんと2人で窓口へ向かい、窓口のお姉さんと話をした時、僕の身分証を出さなくていいのかと訪ねたら、大丈夫ですと言われた
これなら新手の俺俺詐欺が出来てしまうではないかと思っていた
銀行とはこんなに甘いものなのかと思った
そこらへんの老人を誑かして、孫の振りをしてこうして預貯金を下ろし、銀行を出たらトンズラする
食いっぱぐれたらこれで食っていこうなんて思っていたのだけど、途中窓口のお姉さんに呼び戻され、やはり身分証の提示をお願いしますと言われた
ほら、やっぱりそうじゃん…
僕のが銀行員に向いてるなと思った
現ナマで800万近く手に入った
こんなに上手く行くものかと驚いたけれど、これでなんとか一安心
どうせこれもじいちゃんの遺産になるワケだから、僕らが使う事はほとんど無いと思う
ただ、「すぐ使える金」か「しばらく使えない金」かである
今後の諸費用にはあてるが、くすねるつもりは毛頭ない(当たり前だけど)
どのみち後々税務調査やなんやらが入れば、このお金の出入金の記録は残るから、無駄には使えない
しばらくは金の逃げ道として、僕の使っていない口座に全額入れて、通帳、印鑑、カードはオカンに渡すことにした
万が一亡くなった場合を考えれば、オカンに全てを相続させて(分配するとよりややこしくなるからだ)相続税やらなんやらもそこから支払えばいいし、何より僕は自分の身銭で稼いで身の丈にあった生活をしていれば良いという人種である
家に帰って遺産相続や高額療養費補助金制度なんかについて調べる
おそらくじいちゃんは家族に迷惑をかけたくないと思ってる
だから僕がじいちゃんに代わって色々と調べておけば、じいちゃんも安心してくれるだろう
午後の面会に病院へ向かう
状況は変わらず、担当医が出張でいないので、説明を聞けるのは夜7時以降と言うことだったが、じいちゃんに報告があったので、家族が面会を終えた後僕一人が残って昨日と同じようにじいちゃんの耳元で話しかけた
「じいちゃん、お金の事は心配しないでいいよ。こんなに残しておいてくれてありがとう。でもなに1つ無駄には使わないからね。安心して。入院代も気にしてるでしょ。それも安心して。高度療養費制度ってのがあって、それを適用すれば負担金は相当減るし、万が一何かあっても保険や、補助金や、一時金なんか下りるのを、全部調べたから、なんにもうちらは迷惑かからないから、安心してね、それとね、親父と、ひいばあちゃんと、ひいじいちゃんも連れて来たからね、ここでみんな見守ってるから、安心して。今日はオカンの誕生日だよ。嬉しいね。夜にC医師からの説明があるから、その時またみんなで来るからね、また夜にね、じゃあ、俺は行くから、また何かやって欲しい事があったら、いつでも言ってね、だからじいちゃんは安心して、ゆっくり休んでね。」
親父と、ひいばあちゃんと、ひいじいちゃんを連れて来たというのは、それぞれの形見というか、僕のお守りみたいなもんで、ひいじいちゃんは大東亜戦争の折、サイパン島で撃沈した。海兵だった。その出撃前の写真。
親父は、3年前に亡くなった僕の父で、婿養子だった父は、じいちゃんやオカンとケンカして、結局家を出て行った。離婚して、独りで暮らして、孤独死した。腐った人間の亡骸を見たのはこれが初めてだった。その親父が焼かれた時、燃え残った眼鏡のフレームを、僕は形見として、持ち歩いていた。
ひいばあちゃんは、8年前に90歳で亡くなった
じいちゃんのお母さんの事だ
最後に看取ったのは僕だった
その日は仕入れで店を休み、車で出ていた
夕方、ちょっとひいばあちゃんの様子が気になり一人で病院に寄ってみた
病室へ入ると看護師の方々とすれ違った
会釈をして、ひいばあちゃんに会う前に手を洗っておこうと思い個室の入り口横にあるトイレで手を洗ってから病室へ入った
寝ているひいばあちゃんのおでこに手を当てて顔を眺めていたら医師が入ってきて、おもむろにペンライトを瞳孔にあてた
ペンライトを胸にしまい、僕にこう告げた
「何時何分、御臨終です」
えっ?どういうこと?寝てるんじゃないの?
こんなに温かいのに……
何を言われているのか理解するのに時間がかかった
恐る恐る胸に手を当ててみると、心臓は動いてなかった
ひいばあちゃんが亡くなって、葬儀を済ませ、骨になって帰ってきた
納骨の前日、僕はひいばあちゃんの骨壷を開けて、骨をひとつまみ食べた
舌がピリピリした
細かい欠片を小さなビニールパッキンに入れて、小さな御守り袋に入れた
それ以来、常に持ち歩いている
その御守り達をじいちゃんのベッドの、頭のところのフレームに看護師の方がテープで貼り付けてくれた
これだけの強力な?御守りがじいちゃんを見守っているのだ
大丈夫だろう
ベッドを仕切るカーテンを開けると、担当医補助のN医師がいた
N医師は僕と同じくらいの歳だろうか、C医師が夜に帰って説明を受けたいと思っていたが、少し話をするうちにN医師からじいちゃんの昨夜のと、今朝の血液のデータを見せてもらえることになった
血液データは驚く様な数値を出していた
2日前から急激に上昇した数値は、全体的にさらに上昇、今朝の数値は全体的に下降を示していたけれど、健常な人の数値をはるかに上回っている
これは上がるだけ上がって、もう後がない状態なのではないか?とN医師に話したところ、その通りです。と言われた
N医師に、随分お詳しい様ですが、なにか医療関係のお仕事なのですか?と聞かれたけれど、僕は全くの素人です、ただ、色々調べたし、祖父がどういう状況なのかは重々承知しているつもりです。と答えた
そうなのだ。じいちゃんは見た目こそただ寝てる様に見えるけれど、それも強力な麻酔を使っているからだ
深い昏睡状態だから、痛みも何も感じていないのが唯一の救いだった
手や足は内出血のせいか黒く濁っていたり、眼球や肌も黄色くなっていた
見えないところはもはや人間が生きていられる状態の身体ではないのだ
いや、もはや身体も「生きていられる」身体ではないのだ
まぶたは勝手に開いてしまうのでテープでとめられていた
剥がすと黄色く濁った眼球には、生気を感じなかった
僕は「魂」という概念を信じている
人間の身体は魂の「容れ物」だと思っている
そしてじいちゃんの魂はこの「容れ物」から出たがっているのも感覚でわかっていた
N医師は言っていた
「本当に、逞しいお方です」
N医師と看護師に頭をさげて、処置室を出ると、O医師が医務室に立っていた
O医師にも頭を下げて、救命救急を出て控え室に戻った
控え室にはばあちゃん、オカン、弟、Iおばちゃん、H姉ちゃんがいた
遅かったけどなにをしていたのと言われたけれど、夜に聞くはずの説明を今聞いて、それが絶望的でしたとは、ばあちゃんの前では口が裂けても言えなかった
とりあえず口をつぐんでソファに頭を沈めた
弟が、ばあちゃん、Iおばちゃんを車に乗せて一旦家に帰った
H姉ちゃん.オカンが残ったところで先程のN医師との話を説明する
今夜は僕とH姉ちゃんが控え室に泊まるので、とりあえず僕とオカンはH姉ちゃんを残して皆一旦家に帰る
3時間ほど実家で身支度を整えて、病院へ向かう
7時の面会の後、C医師から説明を受ける
日中N医師から聞いた話を、僕だけでなくみんなが聞いた
いつ亡くなってもおかしくない
夜9時頃だろうか、僕とH姉ちゃんを残して、とりあえずみんな実家に帰ってもらった
なにかあったらすぐ連絡すると、弟と話をした
夜は長くなりそうだった
だけど僕は家からあるものを持って来ていた
水筒に氷をいれて、ウイスキーのボトルと、炭酸水を用意していた
もちろん院内は禁酒である
しかしどうにも落ち着かないし、今日は飲まずにはいられなかった
じいちゃんにお伺いを立てたけれど、返事はなく、ただ苦笑いされて頷かれただけだった
でもその顔は綻んでいた
22:00を境に飲み始める
が、どうにも酒の味が悪く、美味いと思ったのは最初の一口だけ
23時になる頃には酒を飲むのをやめてとりあえず横になることにした
H姉ちゃんは眠ってはいないだろうけど、横になって目を閉じている
僕は煙草を吸いに外に出た
じいちゃんがいる部屋の窓の明かりは、目の前の草に覆われてみえないけれど、草葉の僅かな隙間から滲む明かりが辛うじて見えていた
その小さな無数の灯りを眺めながら煙をふかしていると、先ほど看護師から言われた一言が頭を過ぎった
「お孫さん(僕)でしたら、面会時間以外でもよろしいので、面会に来ても大丈夫です」
本来ならじいちゃんを看取るのはばあちゃんか、オカンのはずである
だけど僕はどういう訳か知らんけど、ひいばあちゃんの時も、親父の時も、一番大事な時にいた
どうにもそういう「感」が働くようだ
今回のじいちゃんの件に関しては僕は出しゃ張るつもりはなかった
救命救急担当医のC医師が、初日の説明の時に今後のキーパーソンになる方は誰ですか?と聞いて来た
僕は最初、「こりゃまた今回も俺だな。でも今回ばかりは役者が違うでしょう。これはオカンにやってもらわないと。」と思っていた
説明室、沈黙
視線、僕に集まる
オカンと目が合う
オカンにアゴで振る
オカンにアゴで振られ返す……
結果、僕、挙手………
という経緯があって、どうやら親族側からも、病院側からも僕がキーパーソンになってしまい、だから看護師さんなんかも、僕ならいつでも良いですよと言ってくれたのだろう
お言葉に甘えて、面会時間外の夜23時過ぎに、救命救急入り口のインターホンを鳴らした
日中とは違い、明かりが消えた薄暗い救命救急治療室に入った
じいちゃんの、心電図モニターを見て、過去1時間の心拍の推移をみて心が苦しくなった
日中の面会の時点でN医師からモニターの見方を聞いていたので、心拍、脈拍の数字がどれなのかわかった
数字が高位安定、中位安定、低位安定、高低差有りの脈拍、危険水域の上下差を聞いていたし、自分なりにも調べていたのだ
日中は高位安定していた
いきなり低位に落ち込んだので、午後に一度家族が呼ばれたのだけれど、その後は落ち着いた様で安定していた
昼は心拍99〜110
脈拍65/45
今、僕がみたのは心拍85
1時間の落差を見ると、心拍上昇、120からいきなり80まで落ちている
心臓が疲れて息切れしているのだろうか
じいちゃんの手を握り、耳元で話しかけた
「じいちゃん、広志だよ。もう心配事はないだろ。今日は、俺と、H姉ちゃんがすぐそばにいるから、オカンも、ばあちゃんも、弟も、Iおばちゃんも、実家にいるから、すぐ来れるからね。じいちゃんの事だから、こっちの事が心配なのはわかるけど、もう大丈夫だよ。俺が全部やったから。仏壇に手も合わせたよ。ひいばあちゃん、ひいじいちゃん、仏様に、じいちゃんのやりたいように、やらせてあげて下さいって。そんでなんかあった時は、じいちゃんが迷わないように導いてあげて下さいって。こっちのことはなんにも、心配しないでいいからね。僕と弟が、ばあちゃんとオカンを守るから。だからじいちゃんのやりたいようにやらせてあげてください。じいちゃんがやりたいようにやれたら、それを僕らは受け止めますよって。
だから、こっちの心配はいらないから、じいちゃんはやりたいようにやってくれ。」
モニターを見るとゆっくりではあるが、心拍80台から60台に差し掛かっていた
脈拍も落ちてきている
今は40/25くらいか
じいちゃんとモニターを交互に眺めていたところ、当直の看護師さんが声をかけてきた
「長年の経験上、朝まで持たないと思います。しかし、ここから持ち直す方もいますし、このままこの数値で安定する可能性もあります。徐々に下がる方もいれば、いきなり心肺停止する場合も……とにかく状況は読めませんが、ご家族に連絡しても良いと思います」
はい、と答えて、じいちゃんに「ちょっと出てくるけど、すぐ戻ってくるからね」と声をかけた
僕はどこまでも落ち着いて状況を把握してたし、自分でも驚くくらい冷静だった
一旦外に出て弟に電話をかけた
先ほど看護師から受けた説明をより一層、ゆっくりと説明をした
ここでみんなを焦らせてはいけない
弟には、焦る必要はないけれど、おそらく今日が山で、心拍もゆっくり落ちてきている
みんな慌てず、ゆっくり準備して、お茶でも一服つけて落ち着いてから来て欲しい
今は1時だから、2時目処にそっちを出るか着く感じで来てくれたら良いよ。と
弟と電話を切った後、控え室に戻りH姉ちゃんに声をかけた
先程救命救急に行ってじいちゃんの様子を見て来たこと
看護師からそろそろだと言われたこと
それを受けて今弟に連絡を入れて、これからこちらに向かってくること、
僕はこれからまた治療室へ行くけれど、H姉ちゃんは家族がこっちにみんな集まったタイミングで、病室へ来て欲しいという話をした
その前になにかじいちゃんに急変があったら、即呼び出すからと
僕はH姉ちゃんに説明しながら、おにぎりを食べ、ヒゲをあたり、歯を磨いた
多分この時に、この後、すべてどうなるか、わかっていた
覚悟していたのだと思う
深夜一時過ぎ、僕は再び救命救急治療室に入っていった
じいちゃんの心拍、脈拍はゆっくりだけれど、少しずつ落ちていた
だけれど、僕には確信があった
じいちゃんはまだ死なない
みんなが来るまでは、逝かないはずだと
じいちゃんの耳元で、また囁いた
「じいちゃん、もうすこしだからね。今、みんなこっちに向かってるよ。だけど、無理しないで良いからね。じいちゃんのやりたいように、好きなようにして…ひとり旅、したかったんでしょ。じいちゃんの声、聞こえるよ。聞こえるから、もう無理しないで。
家族になってくれて、ありがとう
愛してるよ、じいちゃん」
じいちゃんの右手を、ぼくの右手が握りながら、僕はじいちゃんとモニターを交互に見ながら、みんなが来るのを待っていた
看護師が再び声をかけて来た
「ご家族は間に合うかどうかわかりません、控え室にいる方だけでも呼んでよろしいでしょうか?」
「はい、わかりました。家族もそろそろ着くと思います。とにかく、みんなをこちらに呼んでください」
看護師は頷いて出ていった
心電図モニターの時計は深夜2時を超えていた
ピコン ピコン ピコン
ピッ ピッ ピッ
シュー シュー シュー
薄暗い治療室に心電図の機械音と人工呼吸器の音だけが響く
心拍数65
脈拍25/19
モニターに映るその数字を眺めていた
ピーーーーーーーーーーーーーーーーー
一瞬で全てが0になった
じいちゃんの右手を握りしめ、僕は天を仰いだ
間に合わなかった…………
モニターの時計を見る
時間は2:12
家族みんなに申し訳ないと思った
左手で心臓に手をあてる
ゆっくり ゆっくり ゆっくり
ゆっくり
心臓が鼓動をやめていく
耳元で最後の言葉を囁いた
「じいちゃん
愛してるよ
家族になってくれて、ありがとう
今までありがとう
元気でね
いってらっしゃい」
心臓が止まったけれど、延命措置の人工呼吸器だけがじいちゃんの肺を上下させている
頭をうな垂れた時、ばあちゃん、オカン、弟、Iおばちゃん、、H姉ちゃんが治療室に入ってきた
時間は2:14
間に合っていたんだ
じいちゃんは、みんなが来たのを知ったタイミングで逝ったのだ
僕は席を立ち、ベッドから少し離れた
家族がじいちゃんにしがみついている
その光景をただ見つめるしかなかった
しばらくしてから担当のC医師が瞳孔にペンライトを当てて死亡を確認
正式には2時24分、死亡ということになった
家族が病院へ着いたのは2時11分だったと、後から聞いた
多分、じいちゃんはみんなが来たのを見ていたのだろう
そして、ばあちゃんには亡くなる瞬間を見せたく無かったのだと思う
じいちゃんの優しさだと思った
アレは、僕でも相当堪えたからだ
あんな瞬間、ばあちゃんがその場にいたらばあちゃんの方の心臓が止まっていただろう
まったくもって、最後の最後までじい様はじい様だったなと、感心させられた
しばらくして、全身の管を外され、綺麗になったじいちゃんと会った
葬儀屋に連絡して、夜が明ける頃には家に帰ってくる手配をお願いした
みんなは先に家に帰して、じいちゃんを寝かせれる場所の準備をしてもらうことにした
僕は一人で控え室に残り、葬儀屋が来るまでの間、どろどろと意識が溶けそうになりながら待った
瞼が重く落ちそうになった時、看護師が準備出来た旨を知らせに来た
まだ眠ってはいけない、やることがある
病院の地下の簡素な霊安室に案内され、簡単な焼香がされた
内科医のO医師、救命救急のC医師や、救命救急で治療に携わってくれた看護師達が、線香をあげてくれた
僕は医師達に頭を下げて、こんなに献身的に、最後まで治療をしていただいた事を感謝していますと伝えた
じいちゃんはこれから家に帰る
やっと帰れるんだ
僕はバイクで帰るので、再び一階に上がったところ、O医師が僕の前に立っていた
O医師は深く頭を下げて僕に言った
「僕のせいで、こんな事になってしまい、本当にすいませんでした。出来れば、元気に歩いて帰してあげたかったんです。僕はもう、自信が無くなってしまいました。本当に、申し訳ありませんでした。」
僕はこの医師といつかはちゃんと話さなければいけないなと思っていた
伝えなければいけない事があったからだ
「頭をあげてください。先生は悪くない。先生はこれまで沢山の人達を救って来たんです。今回はこんな事になってしまいましたが、僕は先生の処置は間違ってなかったと、思っています。
胆石の除去が引き金になったんです。
あなたがやって、成功したかもしれない。他の病院で他の医師がやっても、こうなったのかもしれないし、成功したのかもしれない。
人間の身体の事は医者だって全部わからないし、自分だって自分の身体がどうなっているのかはわかりません
身体のそこら中にガタがきていて、胆石の除去がドミノの最初の一個だったんじゃないかと、僕は思っています。
不思議な事に、ここ数日、祖父の声が聞こえてたんです。話せないのに、会話が出来ていたんです。頭の中に声が聞こえてくる時がありました。
祖父は言ってました。あの先生は悪くない。だからありがとうございましたって、伝えておいてくれと、くれぐれも、よろしく頼むと、僕に言っていました。先生が責任を感じているのはわかりますが、徐々にで良いから、自信を取り戻して下さい。絶対、元気になって下さい。そして、これからも沢山の人達を救ってあげて下さい。祖父の手術をして、学んだ事を、今後に活かして下さい。よろしくお願いします。これが、僕とじいちゃんの思いです。」
最後までO医師は頭を下げて僕を見送っていた
外はもう白んでいた
家に着くと、死化粧を施されたじいちゃんが寝ていた
本当に安らかな寝顔だった
長い長い、本当に長かった1日が終わった
朝方、僕はようやく眠りについた
夢にじいちゃんが出て来た
旅支度をすませ、新しい旅に出るじいちゃん
ずっとひとり旅をしたかったじいちゃん
子供の様にワクワクしながら、早く行きたいなぁ、楽しみだなぁと、胸を躍らせていた
こっちの気も知らないで、呑気なジジイだと思った
「後はよろしく頼むよ、な」
夢の中でもじいちゃんの声が、はっきり聴こえた






