僕とじいちゃんの五日間(4日目/9月24日)
9月24日(日)
夏のような青空だった
午前中、オンボロの原付にまたがり、僕はもう一度十条へ戻って来た
アパートにある溜まりに溜まった洗濯物を実家に運ぶ為に、洗濯物の回収と、数日分の着替えを用意、部屋の掃除、万が一を考えて黒の革靴も持った
大切な御守りもカバンに入れた
しばらくこっちには戻ってこれないだろうという直感が頭より先に行動に出ていた
その後店に行き、しばらく休む旨の貼り紙をして、レジ金を回収
数日前から、オープン遅れる、やっぱり休む、次の日もまた休みとかSNSに投稿していたところ、友達のラーメン屋の店主が電話でアドバイスをくれた「そういう時は、一身上の都合によりしばらくお休みしますとかって書いといた方がイイっすよ」と言うので、なるほどと早合点
バタバタしていてろくに考えなかったので、その言葉をまんま鵜呑みにして
「一身上の都合によりしばらくお店お休みします」と店の張り紙やら、SNSにアップしたところ、逆効果だった様で方々からジャンジャン連絡が舞い込んで来た
完全に逆効果だった……
風邪でも体調不良でも店を開けていた僕だ
一身上の都合により、とか書いたら、余計みんな心配するに決まっている
みんな僕が不治の病いにでも掛かったのかと思っていたらしい
済まないがこちとら救命救急に入ったり出たりで携帯の電源をOFFににしたり、控え室で家族で話したり、家に帰れば帰ったでじいちゃんの病状を調べたり他の事で手がいっぱいだった
済まないと思いつつ、そちらは全て後回しにしたけれど、みんなの言葉が僕の力になっていた
ありがとう
実家に戻り洗濯物を洗濯機に入れ、病院へ向かう
救命救急の入り口は病院の正門の反対側にあり、バイクで入り口に差し掛かると弟と、幼馴染の双子の弟が2人で煙草を吸っていた
駐車場にバイクを入れて僕も入り口へ向かう
3人でじいちゃんの容態の事や、近況報告を少し話して、じいちゃんに会ってもらった
救命救急は面会時間が限られていて、朝は8:00〜8:30
午後は14:30〜15:30
夜は19:00〜20:00の3回だけだ
僕は大体14:30〜と19:00〜の面会時間に顔を出していた
担当医の説明があるからだ
ここ数日の血液検査の結果と推移を見ていると、明らかに数値が悪くなっている
見た目は変わってないが、身体の中ではどんどんと病魔がじいちゃんのお腹を蝕んでいる
ここ2、3日が山だろうと言われて、毎日誰かは控え室に泊まる事になっていた
仕事もなるべく行かないようにと、医師に言われたのでそれ相応の状況だと言う事も理解していた
だけど僕には確信があった
「じいちゃんはまだ死なない」
前日から時々聴こえてくるじいちゃんの声
じいちゃんは準備をしている
それが終わるまでは死なないはずだ
じいちゃんの心配事を、僕はやらなければならない
自分に出来る事は何かと色々考えたり、調べたりしていた
意識不明の植物状態の人が、耳は聞こえていたと言うケースが何例もあるのを思い出した
その例を色々と調べてみる
兎に角、話しかけるしかない
じいちゃんの身になって考えてみると、たぶんじいちゃんは自分の今の状況がわかっていないのかもしれないと思った
夜の面会時間、ばあちゃん、オカン、弟、I叔母さん、Hお姉ちゃんがそれぞれじいちゃんに声をかける
最後に僕だけ残って、じいちゃんの耳元で囁いた
「じいちゃん、わかるか、俺だよ。じいちゃんは何がどうなってるか、わからないだろうから、順を追って説明するね。今日は9月の24日。じいちゃんが病院に来てから4日経ってるんだよ。
じいちゃんはお腹痛くなって、病院に自力で来たでしょ。その後胆石の除去手術をしたんだけど、石は簡単に取れたんだ。でもそこから胆道出血って出血をして、止血をするための手術がされたんだ。担当医のO医師の説明はわかりやすかったよ、丁寧な治療をしてくれたんだ。レントゲンも沢山とってくれて、丁寧な処置だったよ。手術は成功したんだ。でもじいちゃんは、膵臓やら腎臓やら肝臓やらなにやら、全部にガタがきていたんだよ。それが引き金になったかは正直わからないけど、じいちゃんはその後、夜の内に容態が悪化して、集中治療室、ICUに運ばれた。その時の記憶はあるよね。その時点でじいちゃんは急性呼吸窮迫症候群ていう、肺炎の重いような状態になって、自発呼吸が出来なくなってたんだ。ARDSって言うんだって、調べたよ俺。
人工呼吸器がないと死んじゃうのに、大人しくしてなきゃいけないのに、じいちゃんは威勢よく暴れるもんだから、余計悪くなっちゃったんだよ。そこから麻酔を打たれてわからないだろうけど、今は救命救急の治療室にいるんだよ。でもここの人達も、ICUの人達もみんな、良くしてくれてるよ。だからじいちゃんはなんにも心配しないで、じいちゃんのやりたいようにやって良いからね。
じいちゃんはね、今、多臓器不全で、命が助かっても、寝たきりになる可能性があるって、でも良くなるには、お腹を切って開けっ放しにして、喉も切ってそこから管通すって、それでも脳に障害が出たりする可能性もあるし、現にその兆候が出てるんだって、心臓も一回止まりかけたんだよ。でも強心剤や降圧剤でなんとか持ちこたえたんだ。今もこれからも、人工透析はしなくちゃならないし、じいちゃんそんなの嫌だよな。人様に迷惑かけることをあんなに嫌ってたもんな。
生涯現役って言ってたもんな。
声聞こえたよ。もう良いって。これで良かったんだよね。
正直俺、わかんないよ、これで良かったのか……
死んで欲しくないよ……
なんでこんなことになっちゃったんだよな…
…ばあちゃんとオカンの事は心配しないで、俺と弟で支えるから。
明日はオカンの誕生日だよ。
お祝いしてあげてね。
他になにかして欲しい事があるなら教えて。耳を澄ませているから、なにかあったら教えてくれよな。じいちゃんの心配事は、俺が全部やるから、だから安心して、休んでくれよな。また明日来るから、それじゃあね。」
病室のカーテンをめくると、胆石を除去してくれた内科医のO医師が目を赤く腫らして立っていた
O医師はじいちゃんの手術をする前と後で、まるで別人のようになってしまっていた
オカンとばあちゃんは医療ミスを疑っていたのだ
親戚のM叔父さんも医療ミスではないかと疑っていた
僕も勿論疑った
だから調べた
総胆管結石からここまで悪くなるものなのかと、救命救急の担当医、C医師にも訪ねた
正直誰にも、医者ですら人間の身体がどうなっているのかなんて完全にはわからない
胆石がトリガーになったのだ
内視鏡バルーン手術では胆のうの内側しか見えない
石を除去したことにより、胆のう外部にもし炎症がおきていたとしたら、そこから出血したり、ばい菌が拡がったとしてたら、
血管だって年齢のせいで脆くなっていたら、
大量出血の輸血時に、体内に入ってくる血液とじいちゃんの身体の相性が悪くて、白血球や赤血球などの抗体が一気に減少していたとしたら、
大量出血のショックで身体の免疫機能が落ちていたとしたら、
過去に色々な病気をしていたから、どこがどうなったのかわからないけれどドミノ倒しの様な連鎖が起こったのかも知れない
胆石はそのドミノの一番最初の一個だったのかも知れない
考えたらキリがない事だけれど、みんなは内科医のO医師を疑っているけれど、僕はO医師の施術は正しかったと思う
O医師は自責の念に耐えきれなかったのだろう
数日前とはまるで別人のように、目から生気が失われてうなだれていた
O医師は救命救急ではないのに、毎日のように救命救急センターに来ていた
じいちゃんのベッドの前に立ち、頭を下げている姿を何度か見かけていた
O医師に頭を下げて、僕は救命救急の治療室を出た
外に出て煙草を吸っているとまたじいちゃんの声が聴こえた
「ありがとうな」
「迷惑かけてるけど、よろしく頼むよ、な」
今日はオカンが控え室に泊まると言うので、一旦家に帰ってお風呂に入ったりご飯を食べたりしている。僕はそれまで控え室で待機することになった
日を跨げばオカンの誕生日だ
一服を終えて控え室に戻ってしばらくぼんやりしていると、またじいちゃんが出てきた
なにかしきりに叫んでる
「〇〇〇〇っ!」
「××××っ!」
何だろう?良く聴き取れない
押し入れ?
引き出し??
押し入れか引き出し、どっち?
どっち?
そこに何があるの?
聴き返そうとしたら、じいちゃんの姿は見えなくなっていた
何だったんだろう、今のは
オカンが来たので、僕は実家に帰ることにした
今日はさすがに酒が飲みたかった
弟も家に帰って来ているので、弟には悪いが兄は酒を飲む事にした
なにかあったら弟が車を出してくれる
家に帰って弟と話をしていると、ばあちゃんが二階から降りて来て、「やっと見つかったよ、良かったよ、良かったよ」と言った
何が?と聞くとじいちゃんの通帳が出て来たと
先日から探していて、どこにも見当たらなかった通帳
じいちゃんは用心深く、ばあちゃんと同じ六畳間の部屋に暮らしていたのに通帳や印鑑、その他大事なものの在処を一切明かさなかった
昨日僕も探すのを手伝っていたけど、まぁ見つからない
焦っても仕方ないから、明日の朝にでものんびり家探ししようと言っていたのだ
なんたら用心深いじい様だと、今回の一連の出来事で改めてじい様の性格を知る事になる
印鑑は見つかったけれど、あれだけ探しても見つからなかった通帳が出て来た
何処にあったのかとばあちゃんに聞いてみると
押し入れの、布団の下の、紙が敷いてある下にあったと……
押し入れと聞いて僕は先ほどの出来事をすっかり忘れていた
と同時にちょっと笑ってしまった
じいちゃんの声がちょっと聴こえた
「良かったな」
数日酒を飲んでいなかったので直ぐに酔いが回って来た
なにかあるとしたら明日だと、何処かに確信めいたものがあったから今日の内にゆっくり休んでおこうと思った
身体が泥のように重くて、地面に溶けていくように眠りについた
僕とじいちゃんの五日間(3日目/9月23日)
9月23日(土)
この日はじいちゃんの親族にあたるN家の叔父さん兄弟と叔母さん、じいちゃんの姪にあたるHお姉ちゃんも来てくれた
オカンの昔からの友達のEちゃんも来てくれた
朝、前日の夜にじいちゃんの心臓が止まりかけた事、強心剤で心拍が再開した事、蘇生処置のおかげで一命はとりとめているが、対光反射(眼球に光を当てた反応)がほとんど無い事等を担当医のC医師から聞いた
脳に障害を負ってる可能性もあるという
症状の進行を書き並べてみる
総胆管からの出血、出血性ショック、凝固障害、敗血症、急性膵炎、肝機能障害、腎不全、ARDS、腹腔内圧上昇、腸管虚血、、、そして、多臓器不全……
最適な治療法(処置)としては、開腹手術してお腹の圧を逃し、喉に穴を空けてそこから呼吸をとると言うものだった
お腹は切ったら二、三日開けたままになるしい
聞いてるだけで血の気が引いてくる
これを聞いてばあちゃんとオカンは猛反対した
僕も嫌だったけど、お腹を開けないと言う事がどういう結果になるのかもわかっていた
ここ数日、時間のある時はじいちゃんの病気の事を調べていた
総胆管結石からARDS、多臓器不全、様々な症例や回復例、最悪のパターンも勿論考えた
僕は医者じゃないから、細かい事はわからないけれど、じいちゃんは自発呼吸が出来なくなった時点で
「生かされている」
と言う事だ
人口呼吸器に
「生かされている」
それがないと死んでしまう
ARDS(急性呼吸促迫症候群)という時点で快復の見込みがとても少ない事
様々な合併症を引き起こしている事
そして、多臓器不全と言う最も完全快復の見込みがない状況にある事
現時点で脳障害が既に起きている可能性があること
昨夜心肺停止になりかけたこと
瞳孔の対光反射が殆どない事
万が一快復したとしても、間違いなく何かしらの大きな後遺症が残る事は明白だった
じいちゃんの今までの生き方や来し方を見て来て、じいちゃんがそれを望まない性格であろう事もわかっていた
なにより、瞳孔の反応がない時点で、じいちゃんが助からないと言う事が痛いほどわかっていた……
心が張り裂けそうだった
僕はこのまま、じいちゃんを如何に安らかに逝かせるか、そして家族親族に如何にショックを与えず最悪の状況が訪れた時に一番みんなが納得しやすい状況に出来るか、その事をどうやって処置に携わってくれている病院の方々に説明して納得してもらうか、何より自分の今考えている事は家族とは言え、じいちゃんの命が助からないのを前提に考えていた
心が壊れそうになっていた
暗いゴール地点を目指して、その中で最善策を考えていた
どれだけ病例を調べても、可能性を探っても、担当医に色々聞いても、その先に見える未来は明るくなかった
例え脳に障害を負っても、人工透析をしても、寝たきりになっても、生きていて欲しい
だけどそんなじいちゃんを見たら、ばあちゃんはどうなってしまうのだろう………
じいちゃんは多分、延命措置を望まない人だと言うのもわかっていた
何故ならオカンも、僕も、弟も、自分がそんなことになったら迷わず死を選ぶ
僕達はじいちゃんの血を受け継いだ家族だ
答えはわかっている
じいちゃんはもう喋れないからわからないけれど、多分そう言うだろう
元気な時に聞いておけばよかった
C医師は時間が無いという
延命措置をするのか、しないのか
開腹手術をするのかしないのか
決断を迫られていた
悩んでる時間は無い
だけどそれを決める事は誰も出来なかった
午前の面会と医師の説明を聞いた後、みんなそれぞれ家に帰ったりして、控え室には僕と叔母のUお姉ちゃんだけになった
様々な考えが頭をぐるぐると回っていたけど、僕はソファの上に胡座をかいて時計の針をぼんやりと眺めていた
「もういいんだ」
突然、じいちゃんの声が頭の中に聞こえた
「もういい」
「もういいから」
「そろそろ、楽にさせてくれよ」
また聞こえた
涙が突然出て来て、僕は泣き崩れた
じいちゃん、ほんとにそれで良いのか??
「しゃああんめぇ」
しゃああんめぇとは、じいちゃんがたまに口にしていた言葉だ
しょうがねぇだろって意味だ
じいちゃんの声はとても穏やかで、とても優しかった
突然泣き崩れた僕を見て、Uお姉ちゃんが大丈夫?と声をかけてくれた
感情の波は直ぐに収まって、涙を拭った
自分が何をするべきか理解した
もう延命措置はしない
開腹手術もしないで、なるべく身体が浮腫まないよう、お腹が膨れない様に人工透析を続けてもらい、現状維持
心肺停止した時は蘇生処置を施さない
じいちゃんの望んだ事をすると決めた
その後、親族一同で話し合い
これ以上の延命措置はしないと決める
誰も反対しなかった
みんな思っている事は同じだった
だけれど納得なんて誰も出来なかった
僕もそうだ
これ以上辛い思いをじいちゃんにさせたくない
だけど死んで欲しくない
元気になって欲しい
奇跡が起きて欲しい
だけどじいちゃんの現在の症状や血液検査の数値を見ると、それが叶わない願いなのだという事もわかっていた
苦渋の決断だった
午後の面会と医師の説明時に、今後の延命措置はしないと担当医に申告
医師も了承してくれた
今後は出来る限りの処置は施してもらいながら、万が一心肺停止や脈拍が弱くなっても、強心剤や降圧剤を使わないで、そのまま看取ると言う方針になった
説明室にひとり残った僕は、同意書にサインする前に、C医師に聞いた
「僕の決断は、間違ってないんですかね……」
C医師は「医者の立場としては」と前置きを置いた後
「最善を尽くすのが我々医者ですが、それで良くなるかどうかは正直わかりません。一、個の人間としては、お孫さんの判断は正解でも間違いでもありません。答えはわからないんです」
そうですよねと頷いて、同意書にサインをした
夜、幼馴染が来る
先日行った鍼灸治療院を経営する幼馴染で、双子の兄の方だ
病状を説明すると直ぐに理解していたように思う
オカンとIおばさんを病院に残して、この日は帰る事にした
ばあちゃんが心配でならない
じいちゃんが倒れてからばあちゃんは相当弱ってしまっている
オカンも心配だ
病院内をフラフラ歩いたり、立ち入り禁止の場所に入ったりしている
弟と僕で見守るしかない
そして僕は考えないといけない
今の事も、この先の事も
夜、じいちゃんの通帳は何処にあるかと、ばあちゃんに聞いたらわからないと言う
なんでそんな事聞くのかと言われたので、万が一亡くなったら口座が凍結されるから、今のうちに引き出せるだけ引き出しておけば、入院費用や諸費用が大きくかかる場合があるから、その時の用心の為に先手を打っておかないとダメだと思うからと伝えた
じいちゃんとばあちゃんの部屋を少し探して見たけど、皆目見当がつかない
今日は遅いから後日日中にでもゆっくり探そうとばあちゃんに言った
じいちゃんは僕ら家族だけでなく、親族の中でも大黒柱だった
大黒柱といかないまでも、今回は僕が一本の頑丈な柱になって支えなきゃいけない
悲しみや感傷に浸ってる暇はない
僕がじいちゃんに変わって動かないといけない
頭を使って先を見て歩いていかないといけない
でも今自分のいる場所が、出口の見えない真っ暗なトンネルの中の様に思えた…
僕とじいちゃんの五日間(2日目/9月22日))
9月22日(金)
午前中、じいちゃんの容態が急変して、ICU(集中治療室)に入ったと、病院にいるオカンから連絡を受けた
僕だけバイクで病院へ向かい、後から仕事休みの弟がばあちゃんを車で連れて来る段取りだった
この病院のICUに来るのは2回目だ
3年前に親父が死ぬ半年前に、親父が一度倒れた時に来た事がある
控え室に行くとうなだれたオカンがベンチに座っていた
詳しく話を聞くと前日の夜中に容態が悪化してICUへ移動
肺炎を起こして自発呼吸が出来なくなり、酸素マスクをつけているらしい
弟とばあちゃんも合流して、医師の説明を聞くためICUへ
医師の説明はパソコンの画面が何台も並ぶ長テーブルで行われた
そこから見える窓際のベッドで寝ているのがじいちゃんだった
しきりに足や手を動かしているけど、身体中管だらけで、おまけに手足を拘束されている
医師の口からARDSと言う病状ですと言われた
ARDS(急性呼吸窮迫症候群)と言う症状をこの時はじめて耳にした
簡単に言うと肺炎や敗血症がきっかけとなって、重症の呼吸不全をきたす病気らしい
説明を聞いていたけど、視界に映る暴れるじいちゃんを見るに耐え兼ね、家族に話を聞いてもらうとして僕は勝手にじいちゃんのところへ向かった
手足を縛られ、しきりに暴れている
人工呼吸器のせいで声がうまく聞き取れないので、口元に耳を近づけると「トイレ、トイレ」と叫んでいる
オシッコなら管が通ってるから大丈夫だよ!と言うと。「違う!大きい方!」と言うので、オムツをしてるから大丈夫だよ!
いまじいちゃんは立てないんだから、そのままして!
と言うと、イヤダイヤダと否定された
腹腔内圧も高まっているようで、排便をしないと内部の圧が抜けないので是が非でも排便をしてほしいところだけど、本人が頑なに拒否している
全くもって元気なじい様だと、ここでも感心させられた
感心を通り越して呆れも通り越して、心配しかなかった
このままじゃマジで死んじゃうよと思いながらも、「お願いだから安静にして、暴れないで!じゃないと本当に良くならないんだからね、お願い!」としか言えなかった
この後じいちゃんは痛みを止める麻酔を打つようなので、深い眠りに就くことになる
意識のあるじいちゃんと話したのはこれが最後だった
家族を残して僕は一旦十条に戻ることにした
ここ数日帰ってなかったので、ベタの様子が気になっていたのだ
エサを数日あげなくても大丈夫な魚なので、エサの心配はしていなかったけれど、どうにも嫌なモヤモヤが胸にあった
一旦店の様子を見てから、家に帰った
ベタは死んでいた
色がまだらに薄くなり、白い大きい斑点が2つ、左の脇腹に浮かんでいた
数日前に取り替えたばかりの水は薄く濁っていて腐った臭いが鼻に漂ってきた
(1枚目は最後に水槽に戻してあげた時/2枚目はペットボトルに入れて水位を下げて塩水浴させてる時で、これが生きてた最後の写真)
水を捨て、ティッシュを二重に重ねてベタの亡骸を包み、庭の土を手で掘って埋めてあげた
空はどんよりと薄暗くなっていた
ひと息着こうと、冷蔵庫に入れてあった水出し珈琲をグラスに入れて腰掛けると、テーブルには先週までのファスティングの記録と、彼女に対する反省や、今後会った時にどうやって最後の話をすれば彼女の負った苦しみを和らげる事が出来るのかといったメモが散乱していた
話し合いをしようと言っていた日は彼女からキャンセルされていた
自分の事は嫌われたままでも良いから、どうにか彼女が笑顔にならないものかと思っていたけど、自分がいなくなるのが一番なんだろうと答えは出ていた
色々と考えなきゃいけない事が山の様に積み上げられ、何1つ解決出来ていない
ケータイを取り出して、ARDSで検索をかける
急性呼吸窮迫症候群を何件か調べた後、白紙のメモ帳に書き殴った
「延命措置の是非を問う」
書いたメモをぼんやり眺めていると弟から連絡が入った
「じいさんがICUから救命救急に移動になった。お兄今日帰ってくるの?」
外は雨が降ってきて、段々と雨音が強くなってきた
カッパを着込んで、バイクで再び実家に向かう中で様々な事を思い浮かべた
それと同時に、9月に入ってから立て続けに起こった悪い出来事の連鎖の終着点が見えた
これが多分、一番大きな凶事なんだろう
病院に戻り、僕のいない間の経緯を家族から聞いたあと、救命救急の家族控え室という個室に通された
詰めれば3〜4人座れそうな長いソファベッドが真ん中のテーブルの左右に並んでいて、奥には3人座れるソファがあった
入り口のドアの横には洗面台と流しがあった
じいちゃんにとっては妹と姪、僕にとってはおばさんにあたるIおばさんとUお姉ちゃんが来ていた
夜の面会の時間になり、救命救急の治療室に通されてじいちゃんと会えた
ICUにいる時より仰々しい機械達に囲まれ、身体に繋がれたチューブも大きく、大げさな程張り巡らされていた
麻酔のおかげで、大人しく呼吸しているじいちゃんは、本当にただぐっすりと寝ている様にしか見えなかった
身体の管がなければなんともないんじゃないのだろうかと思ってしまう
面会の後、救命救急の担当医C医師から説明を受けている時、看護師、じいちゃんの胆石手術をした内科医のO医師が僕らを取り囲む様に立っていた
C医師がじいちゃんの状態を説明している
どうやら相当悪いらしい
途中からC医師の話が耳に入らなくなっていた
C医師の後ろに立っているO医師が下を向いて目を瞑ったり、眠そうにしていた
僕は沸々と怒りが湧いて頭に来ていた
この野郎は人のじいちゃんの手術を失敗して反省の色もなく、居眠りまでしやがるのかと、今にも怒りが爆発しそうだった
じいちゃんの容態の悪さを聞いてショックを受けていたのと、怒りと、気が遠くなりそうなストレスで不整脈が出て来た
心臓がバクバク動いて倒れそうになるのを必死で堪えた
トクトクトクトクトクトトトトトトトト……
心臓の鼓動が乱れ、意識が霞んできた、顔面から血の気が引いて来たのは自分でもなんとなく理解していた
どうせここで倒れても病院だ
死ぬ事はないだろう
しばらくO医師の様子を見ていたが、とうとう声に出してしまった
「こんな時に、居眠りなんかしないでもらえますか?」
少し声量は抑えたが、放った言葉に相当な怒気が含まれていた
みんな一斉に僕を見た
僕はO医師を睨みつけたままだ
「寝ていません。すいません。」
O医師が頭を下げた
その後はフラフラしていたが、顔は下を向かないで視線もこちらを向いていたけど、遠くを見ている様だった
不整脈は段々と落ち着いてきた
その後再びC医師の話を聞いたあと、僕を残して家族は説明室を出た
僕とO医師、看護師が残った
O医師が僕に謝って来た
僕も先程は声を荒げてすいませんと前置きをして、寝不足ですか?体調不良ですか?と尋ねた
どうやらO医師も不整脈を持っている様で、さっきはちょっと脈が速くなっていたと言う
勘違いをして申し訳なかったと謝ったが、あの場でああいう態度を取られたら勘違いされますよと申告した
O医師の方も反省していた
この人だって罪悪感を感じているのだろう
さっきじいちゃんのベッドの前で頭を下げているO医師の姿を見ていた
だから担当外の救命救急センターまでこうして来ているのだ
説明室を出て控え室に戻った
救命救急に入ったと言う事はそれ相応の事態と言う事はわかっていたので、その日僕は控え室に泊まることにした
ばあちゃんとIおばさんは弟に任せて実家に帰ってもらうことに、僕とオカンとUお姉ちゃんは控え室で一晩を過ごすことになった
昼間に考えていた、延命措置の如何について考える
命ってなんだろう
魂の在処は身体の何処にあって、身体から出た後は何処に行くのだろう
行くんじゃなくて、還るのか
何処へ??
深夜、時折病院の外へ出て煙草に火をつけて、じいちゃんがいると思われるだろう病室の明かりを草間に見ながら、じいちゃんと最後に交わした言葉を思い出そうとしていた
実家に帰って僕の事を心配してくれたじいちゃんの姿がヤケに鮮明に思い出された
この日の夜、じいちゃんの心臓は一度止まりかけていたらしい
僕はそんなことも知らず、いつの間にか控え室のソファーで眠っていた
寝ては起きての繰り返しで、浅い眠りだった


