愛宕山中納言日記 -446ページ目

モテない理由

文筆家としてデビューした頃は、「ユーモアコラムニスト」という肩書きで仕事をしていた。自分の意見を述べるのであっても、正義の味方気取りで大声を張り上げるより、ニヤリとさせる方が僕の性分に合っている。専門的なことを書いても、どこかに笑いがあるのがスタイルだった。これはそんな時代の2004年、住宅専門誌『ニューハウス』の5月号に「たまに立つ厨房で欲しいもの」として、キッチングッズを紹介するページに添えた文章である。


□ □ □ □


「流行のレストランを知っているよりも、洒落たインテリアの自邸に招いて手料理でもてなす男性。」最近読んだトレンド雑誌が紹介していたモテる男性像だった。なるほど。スローフードが叫ばれている時代、納得の話である。だが、何を料理したらいいのだろう。少々悩むところだ。幸い巷には洒落たキッチン周りの小物が溢れている。まずはそれらを購入することから始めても遅くないと思う。


  僕が最初にフライパンを買ったのは、アメリカ時代である。当時、リーマンブラザーズの研修で、コンビニもないボストンの子会社に一年間放り込まれた。さすがに毎日外食と言う訳にもいかず、何か作ろうと思ったのだが道具が無い。で、訪れたのが何故か町一番の高級店。フライパンを欲しがる僕に店員が丁寧に対応してくれた。「お客様はどんな料理のためにお求めなんでしょう?」さすが高級店だけあって、的を射た質問だ。だが相手が悪かった。答に窮した僕は、何を間違ったか「スシ」と答えてしまったのだ。かみ合わない会話の後に購入したフライパンが、スシを作るのに最適でないのは明らかである。後でこのやり取りを見ていた老婦人がそっと教えてくれた。「角の本屋に『缶詰だけでできる料理のレシピ』が売っているわよ。」そうか、缶切りも買わないと。


  残念ながらこのフライパンはあまり使われなかったようだ。船便に積み忘れ、帰国の日の朝に棚の隅で発見された。トランクに詰め込んだフライパンのお蔭で、飛行場のX線検査でどれだけ人気者になったか。食べ物の恨み恐るべし!?


 こんな過去のある僕に、今回小誌の「わたしのキッチン」登場に声がかかった。(註:同じ号に、自宅のキッチンと手料理を公開する、読者には気の毒なページが掲載された。)よりによって「厨房特集」の号にである。これは単なる偶然か、それとも日頃の悪行のせいか。いくらか改心したとはいえ、冒頭のトレンド雑誌がモテナイ理由を教えてくれた気がする。