愛宕山中納言日記 -448ページ目

宇宙へのロマン


サイモン・パターソン


 今でこそロケットの打ち上げはそれほど大きなニュースにならないが、60年代から70年代前半にかけては、誰もが宇宙への旅をわくわくしながら見ていたものだ。特にアポロ11号の月面着陸を、家族揃って見ていた人は多いと思う。すでに生まれていればの話だが。

 1967年に生まれたイギリスのアーティスト、サイモン・パターソンも、そうした記憶がかすかに残っているそうだ。今回彼が作品にしたのは、こうした宇宙飛行士たちの名前である。新作、「in orbit」では、黒く塗られた13枚にパネルの上に、宇宙に飛び立っていった400余名の名前と日付が白いアクリル絵の具で描かれていた。黒いバックの上に飛んだ白い絵の具が、映画「スターウォーズ」のオープニングのようだ。そう、サイモンはこの作品のアイディアを、映画のエンドロールを見て思いついと言う。



in orbit

 13枚のパネルに描かれた名前の最初は、もちろんガガーリン。60年代に宇宙に行った人は少なく、アメリカ人かロシア風の名前が殆どだ。アームストロング、コリンズ、オルドリンと、アポロ11号の乗組員の名前は今でも覚えている。それが時代を経るに従って宇宙飛行士の数は増え、エキゾチックな名前も目に付くようになる。そんな作品を見ながら、宇宙へのロマンが最近は随分と薄れてしまったことを思い知らされたものだ。

で、なぜ宇宙飛行士の名前を描いただけでアートかって? たしかにサイモンは、宇宙飛行士の名前を描いている時は「死ぬほどつまらなかった」と言う。だが画廊に飾られた作品を見れば分かるだろう。純粋にかっこいいのだ。鮮やかな色が塗られた壁に飾ると、随分と映えるだろう。やはり美術品はこうでないと。そして、ちょっと人をセンチメンタルな気持ちにしたり、昔を思い出させたると、見る人の心を、ここではないどこかに連れて行くのである。

値段は13枚セットで、たしか13万ポンド(約2200万円)だとか。僕にとっては天文学的な数値だが、サイモン・パターソンは、90年代以降に登場して世界を席巻した、英国の若手アーティストの一人。これが世界での評価なのだろう。父親が数学者で理詰め作品を作るサイモンだが、意外にも陽気でロマンチストであったのが印象的だった。近いうちの再開を約束し、画廊を後にしたものである。

 11月3日まで 於、ラジウム レントゲンヴェルケ (浅草橋)