今日から「昭和百年度」こと、2025年度が始まった。それでも最初はいつも“四月馬鹿”(˙◁˙)パパパパァ  以前も書いたが、この「四月馬鹿」って“年度版除夜の鐘”であって、新年度を迎えるにあたって前年度の諸々の不幸は「みんな嘘だよ~ん」って笑い飛ばして「厄落としする」、そんな日だと認識している。それでいうと、今年度から始まる“真の人生のアディショナルタイム”がいっそ「嘘」だったら、なんて思いたいところだ( ノД`)

 

 そんな中、今日から酒をはじめ、また物価が上がるっていうじゃないか。もう、バカバカ! これも無策な政治とそれでも取り立てられる税金のせいだろ! 「四月馬鹿」じゃない、「自民バカ」「財務省バカ」だろ!(# ゚Д゚)(# ゚Д゚)(# ゚Д゚)

 

 それはそうと、昨年の今日のブログ記事の内容は「『天使諜報☆厳島アキ』」。まるで「四月馬鹿」ネタのように書いたが(;'∀')、当ブログを読まれている方はご存じの通り、これこそ『AKI AgentAngel』のことだったのである。実際冒頭きちんと「天使諜報☆厳島アキ」のテロップも登場する(^-^;

 

 当然ながら、今日は新年度初出勤。いよいよ“人生のアディショナルタイム”がリ・スタートする。目標はあと4年。でもまだ人生も自分が存在しなければいけない(養えない)時期は続くだろう。何といっても生涯現役! でもこれって、まともな福祉が成立していたら、数十年前の老後のように働かなくても安泰だったはずなんだよね。そしたら余生はしばらく劇映画を撮って、誰も相手にしてくれないくらい老齢になったら一人環境映画でも撮って人生を閉じていくことも出来ただろう。「老後は時間ばっかり余って金がない、まるで学生時代と同じじゃないか」なんて暢気なことを言いながら……

 

 昭和後期に一旦急制動がかかり、平成初頭に一時アクセルを踏み込んだものの、その後Ðサイドブレーキをかけたまま無理矢理走行しているような状況が続く日本の景気。否、国民に無理矢理エンジンを回させて、そこに急制動をかけながら自分たちは「回生エネルギー」を貪っている、大手企業・与党・財務省っていった感じかな(# ゚Д゚)

 

 

 

エイプリルフールで笑った嘘は?

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 今日で2024年度が終了する……

 

 昨年度も人生の大きな節目で、自分の行く末を“人生のアディショナルタイム”なんて揶揄したが、それは年齢的な点であって、今年度はいよいよ社会的な“アディショナルタイム”を控えたという意味で節目の1年だった。むしろ生きていく上では、今年度の方が大きな節目だったかもしれない。

 

 年度末を間近に控えた先週のこと、職場で退任式に出席した。一応オープンな会だったので、家内と娘もお忍びで参加する中、人前でもっともらしい話をさせてもらった(^-^; その後、職場の有志の前でもう一回、今度は気の置けないメンバーに、もっと砕けた話をさせてもらった。

 

 

 

 上から、式で、気の置けない会で、そして私の退任を知った方が直接職場に来て、それぞれ頂いた花束。我が人生にとって、一度に三つの花束を戴いたのは、この歳にして初めての体験だったよ(^-^;  ホント有難うございます!

 

 思えば我が人生はまさに「塞翁が馬」であり、今の職を目指したきっかけが高校受験の失敗であったり、今の人生最大の趣味を得たきっかけは、志望校ではない大学に進学したことにあった。他にも数え上げたらキリがないが、意外にも人生における“トラウマ”レベルのしくじりが、今の自分を形成する糧になっている。そんな失敗のいくつかが「成功」していたら今の自分はない。人生とは、成功と失敗の積み重ねであり、その全てが今の自分である。だから人生を終える時、(まあ大抵の人はそうであろうが)「我が人生に悔いなし」って思えたら、それでいいのだと思う。

 

 何はともあれ、明日から肩書的にも社会の構成員から一歩引いた立場となり、徐々に人生からフェードアウトしていく、要は一時的な「引退」を迎えたわけだが、有難いことにしばらくは現職を(とはいっても同じ労働で給料は半分だけど……)続けさせてもらえる。また趣味の映画制作には定年がないんで、こんな老体に付き合ってくれる方々がいる限り、家族の状況を鑑みながら、プロレスラーのように死ぬまで「現役」を貫いていきたいものである。

 

 人生、常に「思い出はあしたから」だ!(^^)

 

 

パリといえばどんなイメージ?

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 今年度が我が人生の大きな節目になった、それが最大の理由でもありませんが、こんなことができるのも今のうち、との思いもあり、家族旅行に出発しました。目的地は福岡。昨年12月に納車した21年ぶりの新車にとっては、初の高速道路走行です(^-^;

 

 関門橋を壇之浦サービスエリアから望む

 

 朝9時に出発して、最初の目的地は「スペールワールド」跡地。そこにはイオン主導でアウトレットモールが作られています。「スペースワールド」消失時には、そのアウトレットには「絶対に行くもんか!」なんて思っていましたが、今となってはどのように変わっているか気になって、おそらく最初で最後のつもりで来訪しました。実際行ってみると、メインゲートは広島で映画観賞の際御用達にしている「イオンシネマ西風新都」のある広島の「ジアウトレット」そっくりで、施設内の雰囲気は、その『ジアウトレット』と、昨年末閉館した「マリーナホップ」を足して二で割ったような感じでしたね。

 

 

 もっとも、本来「スペースワールド」がなければならない場所に殺風景な建物や駐車された車が並ぶ光景は、自分の中では何とも不自然で、胸が痛む思いでした。いつも御用達にしていた八幡ロイヤルホテルも今はなく、更地になっていましたし……

 このあたりにスペースワールドの正面ゲートがあった!

 この先の法面に八幡ロイヤルホテルがあったはず!

 

 いろんな思いを胸に跡地を去り、サービスエリアで家族は昼食を摂り、私はというと、福岡市内にある「天ぷらうどん」の店で昼食を摂ることにしました。この店は、このブログでも何度も紹介した、とても辛いキムチをサービスで出してくれる店で、それが目当てで、福岡に行った折には極力行くようにしている店です。日曜日は午後3時に店を閉めるので、ホントぎりぎりに来店出来て、いつもの「ごぼう天うどん」と共に、小皿のキムチを4杯もおかわりしました(;'∀') しまいには店のお兄さんから「大盛にしましょうか」って言われたっけ(;'∀')(;'∀')

 

 キムチで腹ごしらえした( ゚Д゚)  その足でホテルへチェックイン。今回大奮発して、っていうか格安プランがあったということで、福岡ドーム(と敢えて書く!)の隣のホテルに泊まりました。ちょうどその時、福岡ドームではホークスとマリーンズの開幕カードが開催されていて、しかもマリーンズの先発は、あの「TANEICHI」投手! あいにく「TANEICHI」投手は序盤で打ち込まれ、相手の“上沢式”こと上沢に移籍初勝利を献上しそうになったんですが、後半逆転して、何と強敵ソフトバンクを相手に開幕3連勝を挙げました! チケットを持っていない私は、ビジターグッズのコーナーで、件の「TANEICHI」シャツ買いました(;^_^A

 

 格安プラン故、食事はついていません。そこでホテル内のコンビニで食料とアルコールをしこたま買って、室内でささやかな“宴会”をした後、眠りについたのでした(;^_^A

 

 

 

 

 

 

悪役が魅力的な作品は?

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 今年で結成39周年(40年目)を迎える、私が1986年に興した映画制作団体の名が「イチヱンポッポフィルム」。その語源は、今から135年前から広島県尾道市と向島とを結ぶ福本渡船の地元愛称に由来する。大学時代、同じ寮に『さびしんぼう』に登場する西願寺(尾美としのり演じる主人公の実家の設定)を菩提寺にする同級生がいて、ずっと交友が続き、私の広島帰郷後最初の映画制作に手伝いに来てくれた際、私が敬愛する大林宣彦監督の『さびしんぼう』にマドンナ(富田靖子)の通学手段として印象的に登場する福本渡船の地元の愛称が「1円ポッポ」であることを教えてくれて、それで短絡的にもその愛称を拝借して、団体名にしたのである。その後尾道市に要請されて同地で8ミリ映画の上映会(“おのみち8mフィルム・フェスティバル’99”サポートイベントの「Hiroshima発Indies Movie in おのみち」)の実施した時、ウチの団体名を見て鼻で笑った現地スタッフがいたっけ(;'∀') ちなみに、敢えてワ行の「ヱ」としたのは、「円」がヤ行の\en(Yen)なんで、それを意識させるためだった。

 

 そんな「1円ポッポ」こと福本渡船が、この3月31日に、135年にもわたる歴史の幕を閉じることを昨年末団体メンバーからの情報で知った。その事実はあまりに衝撃的で、「ならば必ず健在なうちに『1円ポッポ』の勇姿を映像に収めなければ」との思いに駆られた。

 

 当初は、その頃まだ撮影が“現在進行形”だった『AKI AgentAngel』に絡めて、たとえストーリーのつじつまが合わなくても、ラストのアキと忍の絡みを、二人が福本渡船に乗って演じる、なんてプランも考えたが、流石にそんな余裕はなく、私が単独で「1円ポッポ」の姿を映像に残すのみとなった。

 

 本来ならば、乗船者に記念品が配られる30日に向かう方がよかったが、あいにくこの日には用事が入ったため、廃業3日前の今日29日に、「1円ポッポ」との最後の別れをしに、一路尾道に向かった。道中、『こんな学園みたことない!』のさやか先生こと奥田圭子さんの故郷・三原市のステーキハウス・ラジャでビーフカツランチを喰って腹ごしらえし、現地に到着したのは午後1時過ぎだった。駐車場を見つけるまで若干手間取ったが、何とか駐車して、カメラバックと三脚抱えて、福本渡船の波止場へ。

 

 最初に桟橋の近くに三脚据えて渡船の航行の過程を数回撮ってから、船着き場に足を運んだ。そこでは集まった人々が口々に「1円ポッポは」「1円ポッポが」なんて話しているから、「イチヱンポッポ」の主催者としては、何だが幸せな気分になった(^-^;

 

 

 今回は、「1円ポッポ」が波止場を出発して対岸に向かうまでを一本の構成映像に編集しようと考えていたので、波止場で渡船が出港する過程を撮ってから、いよいよ乗船。実は乗船の仕方を知らなかったので、波止場にいた如何にも地元の人といった雰囲気の方に尋ねたら、有難いことに、実に丁寧に説明してもらった。きっと渡船を「自分の足」にしていた方だったのだろう。

 

 そして乗船。早速船上から離れていく尾道市の街並みや、近づいてくる向島の景色、そして『さびしんぼう』の劇中、ヒロキ(尾美としのり)と橘百合子(富田靖子)が対峙していたと思しきデッキや、エンディングでさびしんぼう(富田)が主題歌を歌いながらパフォーマンスをした場所と思しき場所を必死に映像・画像に収めた。福本渡船はこの一隻しかないから、もし1984年と同じ船ならば、この場所に富田靖子が尾美としのりが佇んでいたはずだ。そう思うとテンションも上がったものだった。思えばこれだけ恋い焦がれ、且つ愛称を団体名にも拝借した「1円ポッポ」なのに、乗船したのは今回が初めてだった(らしい)ヾ(- -;)

 

 

 向島についてからも、改めて渡船の航行の様子をしばらく撮影し、再度乗船して対岸の尾道に向かった。最後に当方の”IPFマーク”のテロップに合わせられるような航行シーンを撮って、万感の思いを引き摺りながら波止場を、尾道を後にした。

 

 大林宣彦監督が意図的にフレームから外していた「尾道城」は別として、『転校生』で象徴的に登場する旧尾道駅駅舎も今や消失して久しく、『さびしんぼう』の福本渡船もなくなっていく。件の大林監督や古くは林芙美子が通った土堂小学校も合併の憂き目にあう。映画人にとって、増してや自主映画人にとって、まさに”心の聖地”であった尾道の街から、どんどんその”聖地”たる原風景が消えていくことに、寂しさを禁じ得ない。とりわけ「1円ポッポ」の消失は別格だ。もうあのヒロキと百合子のつかの間のロマンスは、西願寺下の三差路(それとて祠は失われた)や向島の曲がりくねった坂道にその残滓を残すのみである。

 

 かく言う私もこの先いつまでこの世に存在できるか、甚だ怪しいものであるが、41年間の映画制作の過程で「広島ナタリー」「広電地御前駅旧電停」(『いつも見ていたヒロシマ』)「宇品線」「旧宇品港」(『午下がりのシンデレラ』)「旧広島駅界隈」(『スケバン刑事広島版』『もっと、素直に…』)「旧広島市民球場」(『AGAPE』『市民の敵は場外へ飛ばせ』)「観音の広島空港」(『AGAPE』)「太田川放水路の上空を飛ぶジャンボジェット機」「広島朝日会館」(『シューリンクス』)「マリーナホップ」(『AKI AgentAngel』)など、失われた広島の原風景を映像に収めてきた。いずれ全てデジタル化して、私より若い世代に託したいと考えている。

 

 ところで、件の福本渡船は、明日31日までは航行を続ける。しかし2025年度以降は……今後「イチヱンポッポフィルム」の語源をどう説明したらいいだろうか……

 

 

見ているだけでほっと安らぐものは?

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 今年は金曜日として迎えた3月28日だが、忘れ得ぬ5年前の”痛みを伴う”思い出がある。当時猛威を振るった”新型コロナ禍”によって、人生初めて上映会を延期にした、実に苦い思い出だ。その時開催する予定だった「広島発ヒロインアクションチャンピオンまつり」が再開されたには、それから1年半後の2021年8月28日(土)だった。

 

 あれだけ全世界の人間を苦しめ、為政者に恰好の「国民束縛」の口実を与えてしまった新型コロナ禍も、国内ではサミットをきっかけに都合よく収束し、それはそれで上映会などのイベントも普通に開催できるようになった。当方でも、上記のイベント開催をきっかけに、翌々年の2023年5月には、10年余りの歳月をかけて完成に漕ぎつけた『台車ガール』(斉藤克幸監督)のお披露目も兼ねた「広島産ヒロインアクションチャンピオンまつり」を開催。そしてこの2月には拙作『AKI AgentAngel』の封切公開上映会も実現できた。

 

 

 その間、東京でもシネマペロの稲葉司監督の尽力によって「ヒロインアクションまつりin東京」も定期的且つ継続して開催されており、もう”新型コロナ禍”の呪縛から逃れた、と言っても過言でないかもしれない。

 

 ということで「思い出はあしたから」である(^-^; これは1996年に公開した8ミリフィルム時代の拙作のタイトルである。本作は件の2021年に久々に8ミリフィルムのオリジナル上映という形で四半世紀以上ぶりの公開に漕ぎ着け、その年度の「ひろしま映像ショーケース」でもテレシネながら上映してもらった。

 

 昨年まで、この3月28日という日付は悪い意味での「思い出日」だったが、ここらへんで、件の「思い出はあしたから』のように、そろそろ”呪縛”から逃れようかな、って思った次第。そんなわけで、もうこの日を「悪夢の記念日」にすることはやめよう(;'∀')

 

 呪縛からの解放、そして「思い出はあしたから」(^-^;(^-^;

 

 

 

 

行ってみたい世界遺産は?

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 思い返せば1977年、その年初開催となった「第一回日本アカデミー賞」は、軒並み『幸福の黄色いハンカチ』の一人勝ちのような受賞ラッシュだったが、そんな中、異彩を放ったのが主演女優賞(岩下志麻)と最優秀技術賞(撮影・宮川一夫)を受賞した『はなれ瞽女おりん』。実際には他にも最優秀音楽賞(芥川也寸志)の『八甲田山』『八つ墓村』もあったのだが、当時その中継をリアルタイムで観ていた者としては、『幸福の黄色うハンカチ』と『はなれ瞽女おりん』が賞を分け合った、というイメージだった。かれこれ48年も前の話である。

 勿論『幸福の黄色いハンカチ』は以後何度も何度も何度も…………観賞して、中でもクライマックスの高倉健が紆余曲折の後倍賞千恵子と再会するまでの一連のシーン・カットが印象的な、未だ大好きな作品の一本であるが、『はなれ瞽女おりん』の方は「瞽女」が「三味線を弾きながら語り物や歌い物をうたった盲目の女性旅芸人」、いわば「琵琶法師」の様な存在であることを知っていたくらいの、未見のままだった。そんな『はなれ瞽女おりん』を演出したのが篠田正浩監督で、主演の岩下志麻は監督夫人である。

 その篠田正浩監督が、去る25日に死去していたことが、本日報道された。享年94歳。最後の監督作品は2003年公開の『スパイ・ゾルゲ』だったそうだ。既に監督としては22年前にセミリタイヤ状態だったとはいえ、ビックネームの訃報に驚きを禁じ得ない。

 

 篠田正浩監督は、大島渚監督や吉田喜重監督と共に「松竹ヌーベルバーグ」という一時代を築いた監督である。「ヌーベルバーグ」とはフランス語における「ニューウェーブ」、要は“新しい波”って意味だが、「ヌーベルバーグ」にしても「ニューウェーブ」にしても、実に昭和なワードだ。「ヌーベルバーグ」自体、昭和30~40年代といった“高度成長期”の時代を席巻したムーブメントだった。

 奇しくも今回引用した讀賣新聞の記事では、「『昭和』という時代に徹底的にこだわり」との記述があり、代表作として『心中天網島』『瀬戸内少年野球団』『少年時代』が挙げられていた。今年が「昭和」でカウントすると丁度「昭和100年」に当たるが、そうなると94歳ということは、昭和のスタートから“戦前戦後の昭和”と共に生き抜いた人生だったといえる。

 個人的には郷ひろみ主演の『舞姫』が一番印象に残っている。実に原作に(そして原作が暗にほのめかしている部分に於いても)忠実な作りだったと思っている。私生活のエピソードでは、岩下志麻を自作で起用した際、現場で容赦なく厳しく接し、その後食事に誘って「君に厳しくしたのは、君が素晴らしい女優だからなんだ」との殺し文句を囁き、岩下志麻のハートを掴んだ、なんて嘘か誠か分からないような話もある。そういえば、広島東洋カープのファンだったそうだ。

 

 大島渚監督は2013年、吉田喜重監督は2022年に、それぞれ鬼籍に入り、「松竹ヌーベルバーグ」“最後の牙城”であった篠田正浩監督の今回の逝去で、まだ昭和の一時代が終わった様な気がする。ちなみにこの3監督はそれぞれ「小山明子」「岡田茉莉子」「岩下志麻」という希代の美人女優を伴侶に迎えるという、極めて「監督冥利に尽きる」映画人生を送ったようである。

 


 それはそうと、流石に「昭和100年」ともなると、昭和の名監督は一人また一人と世を去って行く。それは致し方ないことなのかも知れないが、何とも悲しい…………合掌

 

桜の写真見せて!

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 去年の今日は、『恋わずらいのエリー』の観賞日記を書いていた。この観賞は、最新作『AKI AgentAngel』を撮るにあたって、多大な影響を与えてくれた。っていうか、最初から参考にしようと思っての観賞だった。

 

 一見「ヒロインアクション」とは何の接点もなさそうな本作を参考にしようと思ったかというと、新作では主人公をJKに設定し、サイドストーリーとして恋愛模様も描こうと考えたからだった。前回の上映会から「高校生無料」にしたのが功を奏して、実際に数名の高校生が観賞してくれたので、今までの「昭和のオヤジ」目線ではなく、高校生にも楽しんでもらおうとして、「主人公の恋愛」もテーマに盛り込もうとした。だから共通の制服も準備したし、登下校に特化したが「学園ドラマ」の様相も加味した。

 結果、『恋わずらいのエリー』における主人公の“妄想少女”ぶりは、『AKI AgentAngel』の宮島亜紀の性格設定に多大なる影響を与えてくれた。その影響たるや、前作『YOSHIKOを探せ!!』に『地獄の花園』が与えた影響に匹敵する。おかげで「厳島アキ」と「宮島亜紀」の性格のギャップがうまく出せたと思う。

 


 

 同じ「天使諜報(エージェントエンジェル)」シリーズでも、「神宮寺真琴」は“実体”が七変化するが、『AKI AgentAngel』の「厳島アキ」には「宮島亜紀」という“もう一人の自分”が存在する。その点は拙作『学園特捜☆伍代聖羅』の「伍代聖羅」と似ているが、「聖羅」の場合はJKが世を忍ぶ“仮の姿”であるのに対し、「アキ」の場合はJKの「宮島亜紀」が本来の“実体”だからややこしい(^^ゞ 但し、一本調子なヒロインアクションよりは、奥行きのある作品に仕上がったと思う。「亜紀」と「アキ」の設定から思いがけない“副産物”も誕生したし(こちらは観てのお楽しみ(^^ゞ)。

 

 

 

美容と健康のために食べてるものは?

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 今となっては笑い話だが、去年の今頃は、少なくとも年始にはスタートしようと考えていた映画の企画が遅遅として進まず、やっかいなことに衣裳だけは「冬の装い」って決めてたもんだから、今読み返すと、その頃書いてたブログの端々に焦りが感じられる。特に今回に関しては衣裳に結構拘りを持っていたから、年度内撮影が事実上不可能になっていくことへの焦りは半端なかった。この時を逃すと次の冬まで撮れないからだ。しかも「もっとも来年度の1~2月は、いつも違い、精神的にも時間的にもかなり大変そうなんだけどね( ノД`)」と書いていたように、今年度の秋から冬、そして春にかけて、本当は映画どころではない喧噪が待ち構えていたから、まさかこの冬に喧噪と同時進行で映画が撮り上げられるなんて、この頃は思いもよらなかったよ。

 

 もっともそのせいもあって、この1~2月(そして3月も)はホント自分を見失うくらい大変だったよ。乗り切ったはいいけど、未だその後遺症が続けているように、なにも手に付かない状況が続いている(T^T)

 

 当時はその善後策として、春の装いの華やかな衣裳にキュートな白のロングブーツなんて、かの「謎なぞ七色レディ」の桃井あきら(by『電子戦隊デンジマン』)のコスチュームの線で行ってみようか、と考えた時もあった。

 

 しかし結局の所、春を迎えても企画は完成せず、「もう間に合わねぇや」って開き直ったおかげで、その後企画は“憑き物が取れた”ようにどんどん進んでいき、真夏を迎える直前の6月に最初の企画会議を開催。それからあれよあれよという間にキャストも決まっていき、「特典映像」という形で夏服姿の主人公のミニドラマを8月盆明けには撮るに至った。

 

 

 まあ、その後紆余曲折もあり、半年にわたるロケになってしまったが、昨年度のブログで「精神的にも時間的にもかなり大変そうな」なんて書いてた今年2025年の2月に、実際大変なまま、それでも上映会まで漕ぎ着けた。封切り一週間前までロケが続き、そんなこともあって告知から2週間しかなく、とてもまともな上映会(観客動員に於いて)にならないだろうと覚悟していたが、いざ蓋を開けてみると、関係各方面の尽力もあって、思いがけず観客に恵まれたのは、本当にありがたかった。何か「報われた」って思いに駆られたよ(^^ゞ

 

 

 


 今、次なる上映に向けての作品のリニューアルや、提供(販売)出来るDVD・ブルーレイの制作を行っているが、出来れば本作に止まらず、いつまでも「生涯現役」を貫いて、死ぬまで映画製作を続けていきたい。もっとも、こんなロートルの映画創りに関わってくれる奇特な方々に支えられねば何も出来ない身ではあるけど(^^ゞ(^^ゞ
 

 

 

 

 

 

 

散歩は朝派?夜派?

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 先日『仮面ライダーX』における、主人公の神敬介(速水亮)と水木涼子(美山尚子)の馴れ初めについて、『快傑ライオン丸』の“獅子丸”と“沙織”のエピソードを引き合いに出したが、奇しくも昨年の先日のブログ記事に、まさにその『快傑ライオン丸』を彷彿させるGIGAのヒロピンビデオのことを書いていたよ(^-^;  何だか繋がってるなぁ(;'∀')

 

 そんな上記の記事の中で、同じGIGAの『スケバン特命捜査官 MAKI』にも言及していて、その完璧なる”初代スケバン刑事”完コピな姿に「こっちの方は当方の“広島発ヒロインアクションムービー”とモロ被ってしまう!」なんてことも書いてた(^-^; そしてそれはまさにその半年後にクランクインした『AKI AgentAngel』で、図らずも実現してしまう(;'∀')(;'∀')

 

 このスチールではないけど、戦闘時にはアキの両手にも黒いグローブが装着される!

 

 まあ、共に昭和特撮・昭和ヒロイン活劇に多大なる影響を与えられて制作している、追わば”根っこ”はおんなじだから、致し方ないか。もっとも同じ”根っこ”でも陽性な「表」の世界がウチの「広島発ヒロインアクション」ならば、表現はいささかキツいが、陰性な「裏」が「GIGA」であり「ZEN」であるといえる(ヒロインが敗北するからね。GIGAに至っては凌辱もヾ(- -;)ヾ(- -;))。ただし、ことセールスという点では、プロとアマの差を差し引いても、圧倒的に「GIGA」や「ZEN」の方が需要が高いんだけどね(;'∀') まあ、スケールが違い過ぎてるけど(;'∀')(;'∀')

 

 それ故当方は”マイナーな王道”を目指して突き進むのみだ! ナンてね(;^ω^)

 

 

 

 

 

 

 

記憶に残っている学校の先生は?

さやか先生! ごくせん! 『スーパーティーチャー熱血格闘』のチャン先生(ドニー・イェン)!!

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 先日のブログに書いた通り、昨日の「ひろしま映像ショーケース」にて拙作『AGAPE』を上映し、無事、とは言えないまでも(一部映像が”飛ぶ”場面もあったので……)、何とか上映してもらいました(^-^;

 

 

 

 

 今回敢えて20年近く前の、更に言うならば既に過去の「映像ショーケース」で上映した作品を敢えて出品したのは、今年度が今の施設(建物)で「映像ショーケース」を行う最後の年度だったからに他なりません。撮影は既に2003年から始めていた、しかも私にとって初めての”非8ミリフィルム作品”だっただけに、今観るとビデオの撮り方に慣れていなかったり、内容に関しても実にベタな演出で、観ていて恥ずかしいこと限りでした(;^_^A また、先日『366日』を引き合いに出しましたが、まだギリギリ30代に撮った作品だけに、劇中「死」に関するアプローチの仕方が、現在還暦を過ぎた身からすれば実に甘く、我ながら「『死』ってそんな予定調和なものじゃないよ!」って突っ込みを入れたくなるような演出だったのが実に気恥ずかしかったものでした。

 

 『AGAPE』封切上映会のチラシ。IPFの数多の作品の”ごった煮”上映会だったけど、本作をチラシ画像のメインにしてもらいました。

 

 もっとも、総合司会の玉田陽子さんの御指摘にもあった通り、まだコミュータージェットが飛んでいた頃の(観音の)旧広島空港や、今は亡き旧広島市民球場、「デオデオ」の看板の現エディオン本店、今は日本航空に吸収合併された、広島発祥の「東亜航空」ゆかりの「日本エアシステム」ジェット機、「ピースウイング広島」の誕生によってサンフレッチェの本拠地の任を解かれた広島ビッグアーチといった、”かつての”広島の風景が随所に見られる作品でした。古くは広島に帰ってイチヱンポッポフィルムを立ち上げて最初の作品『いつも見ていたヒロシマ』には、今は亡き遊園地「広島ナタリー」のジェットコースターや観覧車の姿が写っています。また『天使諜報★神宮寺真琴~市民の敵は場外へ飛ばせ~』では全編解体直前の旧広島市民球場でロケしましたし、最新作『AKI AgentAngel』でも、昨年12月に閉園した「マリーナホップ」で閉園前ロケも敢行しました。

 

 初めて8ミリフィルムで監督作品を撮ったのが1985年、広島に帰省してイチヱンポッポフィルム(IPF)を立ち上げたのが翌1986年で、初監督から40年、IPFスタートからも39年が経過しましたんで、撮った作品に”今は亡き”風景が写っているのは当然でしょう(^-^; それにしても、その間”バブル”を体験したせいか、消えてしまったものも数多くあります。そういえば広島帰省第2作の『午下がりのシンデレラ』には、撤去前の宇品線の線路が登場します。

 

 常に映像で描かれている東京や大阪のような大都市ならいざ知らず、広島のように実に”中途半端”な規模の都市では、なかなか大手映画制作会社の映画やテレビキー局制作のドラマで描かれる機会もありません。まあ近年広島ロケの映画は増えてきましたが、広島フィルムコミッションの重鎮にして、今広島が多くの映画のロケ地になっているその礎を築き、かつ『ドライブ・マイ・カー』のカンヌ受賞の立役者でもある(そして広島インディーズムービーの”母”として”西崎ママ”と呼びたい!)西崎智子さんが、旧広島市民球場の解体前に何とか映画に残せないかと奔走し、確か故西田敏行氏主演の企画まで立ち上がったのに、頓挫してしまったこともありました。それ故、我々広島のインディーズムービーの監督たちが広島の街並みを舞台に映画を撮っていけば、図らずも広島の街の生き証人たる映像を残している、という自覚をもって、日々ドラマを通して広島を描き続けなければならない、そんな思いに駆られてしまった、今回の「ひろしま映像ショーケース」でした。

 

 ちなみに、件の玉田陽子さんとは、二年越しにきちんとご挨拶できました。彼女の事務所に、当方の『新人代謝』に主演した尾勢典子さんが所属していた話をしたらしっかり覚えていらっしゃいました。寄る年波のことを話したら、「共に頑張りましょう!」とガッツポーズを戴きましたよ(^-^;

 

 

 

 

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