昨日のブログでネタにした『帰ってきたウルトラマン』繋がりで(^-^;
1971年放映の『帰ってきたウルトラマン』では、第34話の『残酷!光怪獣プリズ魔』と最終話『ウルトラ5つの誓い』で、二度ほど野球場でのロケが実施されていた。東京でのロケ故、しばらくは東京ドームと入れ替わる前の後楽園球場がその舞台だと思い込んでいた。しかしやがてそこは、かつて南千住にあった「光の球場」こと東京スタジアムだったことを知った。
東京スタジアムとは、大映社長であり、当時大毎オリオンズのオーナー兼パリーグ総裁だった“ラッパ”こと永田雅一氏が、社財を投げ打って建設した球場である。しかし大映倒産や球団のロッテ譲渡もあり、僅か10年で消滅した、今や幻の球場である。消滅の決め手となったのは、外野のフェンスが膨らみのない直線だったためにホームランが量産され、その頃ロッテオリオンズの監督に就任した元投手の金田正一が、この球場を嫌い、ロッテ球団が球場使用に難色を示したことだったと聞く。そのためその後のオリオンズは、大洋ホエールズが横浜スタジアムに移転した後の川崎球場をフランチャイズにするまで、関東~東北の球場を往来する“ジプシー球団”を余儀なくされた。
それはともかく、この短命に終わった東京スタジアムは、同様に力道山の死によって短命に終わった日本初のプロレス専用複合施設であったリキ・スポーツパレスと共に、いかにも“儚い昭和の残滓”を感じさせる施設として、何とも思い入れの深い施設だった。ちなみに件の東京スタジアムは1977年に解体されたが、リキ・スポーツパレスは1992年まで建物は残っていたらしい。私が初めて上京したのが1982年3月で、その次が1988年8月だったことを考えると、実は解体前の勇姿を観る機会があったと思うと、今更ながら実に惜しい( ノД`)
それだけに、東京スタジアムは写真では拝見できるものの、生で見る機会は永遠に失われてしまったと覚悟していた。それが実は幼少期に特撮ドラマで知らず知らずのうちに映像としての東京スタジアムを観ていたことを知った時には、得も言われぬ感慨にふけったものだった。
これは先に石原裕次郎主演の日活映画『夜霧の慕情』のDVD観賞で、ロケ地になった60年以上前の広島の風景を観た時にも感じたが、写真ではなく映像という形で失われた施設が残されている、という事実は得難いものだと改めて感じた。映像はまさにタイムマシーンだ!
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