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こんなページでも寄ってらっしゃい

俺は、子育てに関してはエキスパートである。
学校で学んだ訳でも、保育士の資格がある訳でもないが。

俺の親は、文字通り「団塊の世代」。20世紀の敗戦からの復興、経済成長と時代に歩調を合わせて生きてきた。貧乏人の子沢山の見本みたいな育ちをしたせいか、俺の生みの親の至らなさを親の兄弟姉妹(伯父母、叔父母)が補完する。年上の従兄妹たちも面倒見役を押し付けられたという、要するに、生みの親だけでは子育てが出来ない役立たず、という事になる。
(・・・我が家に限っての事だと思いたい)
当然、まだ育てられる側だったガキの時分から、俺も妹、従弟妹、近所のガキども・・・と世話をされつつ、世話をしなければならなかった。それらの経験が、いざ自分が親になってから役立ったのは言うまでもない。
馬鹿な親を持つと子供は苦労するが、苦労させられた分、賢くもなった。
ある意味、俺は恵まれた環境で育ったのだと思う事にしている。

自分の子が親になる年齢に、俺も達した。
今現在ある生活スタイルの功罪を振り返ってみると、少子化もあるだろうが、大人が子供を子供扱いし過ぎたきらいがある。
子供が、子供扱いされるのは「知識が足りない」「経験が足りない」からである。
生物学的な成長は時間が支配する。放っておいても齢は食う。上記の「知識が足りない」「経験が足りない」まま年寄りになった者たちは、「体は大人、中身は子供」なのである。

繰り返しになるが、俺がラッキーだったのは、出来の悪い両親を反面教師にしつつ、伯父母・従兄姉たちが、俺を「子供扱い」しなかったからである。
(ま、些か世間の常識を外れた感もあったが・・・)
子供扱いされた子供は疎外感を覚えるものだ。
早く大人になりたい、と望むのは当たり前である。だから無茶をする。
当然、痛い思いもすれば、達成の満足感もある。
そんな子供を見守る大人の態度として適切なのは、やりたいようにさせて、必要な知見を与えることである。
そして、一番大事なのは、取り返しのつかない行動をとる前に厳として規制する事である。
子供と同じ視線に立って遊ぶのは楽しいが、やってはならない・してはいけない事に伸ばした子供の手は激しく叩きのめす。
叱られた子供は、驚き、泣き喚き、寄り付きもしなくなるだろう。
(懐かない子供が憎たらしい、と思う瞬間だが、ここで耐えるのが大人である)

「大人になるって、どういう事?」
そう問いかけられたら、俺は次のように返す。

「放っておいても齢は取る。いつまでも子供じゃいられない。面倒見てもらう側から、面倒見る側にならなきゃならん。大人になるってのは、そういうもんだ」

ヤクザ崩れの小指の無い伯父貴に連れ歩かされてたガキの頃から、俺は色々と世間の多くを学んだ。断っておくが、現在の俺は、真っ当、カタギの人間とはいえないが反社会的存在ではない。
時代の景気に押し流される浮き草で、世間の表と裏、両面を眺められる立ち位置にいるが、お節介なくらい俺の成長途中に介入してきた伯父貴に俺が勝てないのは、まだまだ大人になり切れていないからかも知れない。
だが、多分、伯父貴だって自分の流れいく先なんて見えてなかったのだろう。思い出すに、親父には殴られたが、伯父貴には殴られた事はなかった。ま、殴られるような事もしなかったからだが・・・

さて、16歳で他人の子の養親になった俺の子育てであるが、相手は女の子なので荒っぽい躾はしなかった。その代り、口喧しい小姑よろしく、刺々しい小言で嫌味に振る舞う。
娘が嫁に行ったら、当然されるだろう仕打ちだから、小さいうちから耐性をつけさせる為だ。言葉の暴力を切り返す手練手管も同時に教える。

俺「何だ?自分だけオヤツ食べてるのか?気の利かない人間だな」
娘「これ、わたしのだもん」
俺「そういう時は、食べる前に「半分づつ、一緒に食べませんか?」って訊くもんだ。相手が要らないと言ったら、堂々と食べれば良い。後で、一口も分けてくれなかったとか嫌味言ったら、要らないって言ったでしょう?と斬り返せば良い。
ギブ・アンド・テイクの発祥は「誰かに何かをしてもらいたいと思うならば、自分は何をしてやれるかを、まず考えよ(ヘンリー卿)」だ。自分がしている(したい)事を、他人はどう見るのか、思うのか? 相手の先を読んで、先手を打つのが世渡り上手のコツだ。やってる事は同じでも、やり方次第で相手の印象は大きく変わる」

と、こんな具合だ。
俺は、アンチゆとり教育の信奉者だ。
何でもかんでも詰め込めるのは若いうちだけ。己に詰め込んだものをジックリと吟味して整理するのは年老いてからで良い。
俺の教育は、かなり理屈っぽいが、薄っぺらな理論武装(理性)では、突発的な感情に勝てない。その場の勢いで険悪な状況に陥って、後で後悔し切り・・・なんてのは枚挙に暇がない。だから、俺が教えた事の100に1でも頭に残っていれば上出来。

俺なりの結論だが、大人になるってのは、
「汗を流し、血を流し、涙を流して己の身に付けた知識と経験を、次の世代、世の人々へと広めていく」
って事だと思う。自分が中心にあっても、それを取り巻く他人がいてこそ、って事を常に肝に銘ずる事。「情けは人の為ならず」とは、こういう時に使う喩えだ。

さて、今さら、こんな覚書をしたのは、他でもない。
娘の結婚式で、父親のスピーチに何を言おうか? と思案しつつ、自分が育ってきた経緯、育ててきた経緯を振り返ってみただけである。

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君は、覚えているだろうか?
無知で残酷だが、無邪気だった子供の頃を。
無限の可能性と未来に、胸躍らせた頃を。
しかし、思春期を迎えた辺りから生意気になり、都合の良い時だけ子供を装う。
(そんな時に限って、親馬鹿が顔を覗かせる。我ながら情けない・・・)

現実との戦いに否応もなく日々を消費する世の大半の大人は、子供の頃に描いていた大きな夢をいつしか忘れ去り、諦めてしまうもの。
「大きくなると小さくなる物、な~んだ?」
そんなクイズがあった。
答えは「洋服」だが、「夢」と答えて、ほろ苦い感傷に浸るようになると齢を食った証拠である。

20数年前、日増しに成長していく君を愛しく思いながら、「幼稚だろうが、無邪気だろうが、子供の頃の夢を忘れない大人になれ」と念じた俺も、まだ10代後半のガキだった。
当時、何の気紛れからか楽器のキーボードの練習を始めた俺の真似をして、横から伸ばした小さな手で出鱈目に鍵盤を叩いてた君だったが、今じゃ立派にピアノを弾きこなす(無名だが)プロになった。
同じく子供の頃、絵描きになりたかった俺は、絵描きじゃ食っていかれないヘボであるが、君もピアノだけじゃ食っていかれないかも知れない。
それでも良い。自分の好きな事、やりたい事やって生きられるなら幸せであろう。
いつまで経っても、うだつの上がらない父親で面目ないが、不遇な境遇であっても捻くれる事もなく、伸び伸びと屈託なく育ってくれた君には感謝する。

我が最愛の娘よ、結婚おめでとう。

婿殿、嫁に苦労させるのは構わんが、泣かせたら容赦しないからな。
(うれし泣きは除く)
娘を嫁にやる父親の寂しさってヤツも味わえたし、次は孫だな。君たちが嫉妬するくらい溺愛してやるから、覚悟しとけよ。(笑

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俺のスピーチなんて、こんなもんで良いよな?
・・・しかし、何でこんな歳の瀬の忙しい(金の無い)時期に?
これだから「A型は、計画性がない。かなり自己中」って言われるんだぞ!?
(と、思い返せば俺の結婚式も、12月半ばだったが・・・それは、それ。色々と・・・)
結局、子育てに正解はない。子供が日々、成長していくように、大人だって成長(老成)していくのである。
昨日の常識が、明日は通じなくなっても、立ち止まる事は許されない。
明日は、明日の風が吹く。
しぶとく、逞しく生き抜いていくしかない。
それは、子供であろうと、大人であろうと等しく課せられた使命である。

我語りて、我あり
汝語りて、汝あり
皆が語りて、世をなす

ま、何でも良いや。うれしいやら、戸惑いやら・・・とにかく、エライこっちゃ!


「ゼブラーマン ゼブラ・シティの逆襲」ゼブラQのテーマ。

映画本編のドラマは2流以下だった(俺のヘボ映画と、どっこいどっこい)、タイトル・バックのこのPVは上等な出来である。
仲 里依紗が本来は歌手じゃないのがネックだが、素人の俳優でも、これくらいの芸は見せられるという見本だ。

・・・技術はある。だが、飛び切りの人材が無い。そんな日本の現状を如実に表しているように思えて仕方ない。

「ゆとり」に「モンスター・ペアレンツ」が蔓延るようじゃ、確かに人材は育たない。
命懸けの覚悟と、悔し涙の血涙を人知れず飲み込みつつ、人前では笑顔で振る舞う根性が必要だ。
何事かを成し遂げる前、当初から言い訳を考えながらやるようじゃ、駄目だ。
些細なミスで揚げ足取られたからといって、尻尾撒いて逃げるような腰抜けじゃ到底、信頼など出来ん。

敗北するより、敵前逃亡は死んでも覆せない恥と知れ。

しかし、このオネーチャン、よく頑張ったな。これからも頑張っておくれ。


http://youtu.be/5jI218iMwXE
現在、俺は11月末で派遣先の契約が終了したので、次の餌場を探しているところである。
しかし、歳の瀬を前に失業の身の上とは。派遣で年を越した事など過去10年の派遣社員生活で唯一、有給消化で1回あっただけである。
それを知ってか知らずか、タイミング良く、大阪の派遣会社から機械工の斡旋が来てるが、また引っ越すのか? 折角、ADSL開通したばかりなのに・・・
(転居を伴う派遣では、自前のFTTHは無理である。NTTを『独占禁止法』で解体しろよ。独立行政法人と特殊法人は民主主義の肥溜めである)

D-pro」も、会社設立の1992年10月から丸19年も経つってのに、本業の舞台美術で未だ自立できていないテメエが悪いのだが・・・
世間に名の知れる大きな作品に関与して、ネームがクレジットされればコネも確立するんだろうが、他人様の看板借りての下請け、孫・曾孫請けの現場作業員じゃあ厳しいな。
他人様押し除けて「俺が、俺に…!!」と見境なく食い付くほど貪欲でもないし、気に入らない仕事には食指も動かさない道楽商売じゃあ、こんなものだ。

さて、そんな「自虐の詩」を吟じつつ、今年もクリスマス・シーズンがやってきた。
世間にクリスマス・ソングは数あれど、この時期になると思い出すのが、、これである。
「BON!BA la BON!」(ニコ動のログインが必要)
1995年の11月中頃、いつもより早く帰宅してTVを点けたら、「HEYx3」で、鹿賀丈史が歌ってた。
オノマトペじゃないが、意味不明の繰り返し音節は記憶に残り易い。
絵描きのクセに文章ばかり書いている。
これじゃあ、歌を歌わない歌手、仕事をしない公務員・政治家と同じである。

夏の終わりから、冬の今、生活保護に毛が生えた程度の稼ぎしかない仕事に忙殺されていた。
昼間の仕事で稼ぎの足りない分を、夜の仕事と掛け持ちで稼ぐとなると、とにかく自由に使える時間がない。
(昼の仕事も、今月一杯で終わりである。税金だけはタップリふんだくられても、結局、派遣社員は使い捨てである)
ギリシャやイタリーの国家的経営破綻は他人事じゃない。
借金塗れで粉飾決算で誤魔化し続けてる日本の経済も、とっくに破綻してるのだが、この国は、言わざる、聞かざる、見ざる「言霊」の国である。武士は食わねど・・・と、体裁だけは整える。

さて、そんな事は、どうでも良い。

年末のこの時期に就活をする身として、許せない事がある。
求人の内容に「経験不問」とありながら、履歴書と職務経歴書を提出しろ、というのは矛盾ではないか?
雇う人間の信用調査なら、過去の勤務先への電話1本で済む。個人情報保護法という悪法があるが、個人の勤怠や態度は保護や守秘の対象にはならない。
民主党が掲げた「派遣労働、原則禁止」のマニフェストは、当然だが、不履行になる見通しとあって、これまで派遣を控えていた業者は人材確保に走り出した。
バブル経済を経て、この20年近く、企業は人材育成をしてこなかった。
製造業、モノづくりの現場で、1人前の技術者を育てるのは一朝一夕に出来る事ではない。何より、本人がその身を削って、汗水・血を流して獲得していくのが技能である。教科書を読んで、2~3日の実習くらいで身に付くシロモノではない。
「痛みは、その人間を臆病にもするが、賢くもする」
これは、俺の経験による(俺の小説にも書いてる)。
農業・漁業といった第一次産業が衰退したのは、後継者を育てなかったのが、そもそもの原因だ。
「漁師になんかならないで、会社員になれ。仕事は適当にやってても、勤めてれば給料は貰える」
俺の父方の伯父たちは、そうして漁師を捨てた。同様に、「百姓なんて~」と農業を捨てたクセにTPPには反対するってのは、農水省の天下りどもの扇動があったとしか思えない。土いじりも釣りさえもした事のない奴が、農水省の役人になる事自体が間違いなのだ。
ま、前世紀の敗戦後、日本のどいつもこいつもが戦時捕虜よろしく、「何も考えなくても良い、何もしなくて良い」家畜以下の食って・寝て・糞垂れての境遇に安住してしまった。
それでなくても、お上と侍には楯突くな、の腰抜けである。

こんな絶望的なご時世だが、それを生み出したのは他ならぬ自分自身である。後悔と反省は違う。俺は、賢いので反省した。
よって、貧乏暮らしに甘んずるより、銭ゲバになる事にした。経済成長いちじるしい、勢いある国の尖兵として、まずは米国、欧米を食い物にしてやる。
・・・と言う訳で、海外の成長企業に売り込みを始めているのであった。

(19)
いつから人間は目の前にある現実から逃避するようになったのか?
目で見、耳で聞き、匂いや肌で感じるリアル世界より、人間に都合の良い結果だけを示すシミュレーションのヴァーチャル世界だけを妄信するようになった。
理想と現実のギャップに悩み抜くなら、いざ知らず。己の器量・限界を超えた夢想を「理想」と履き違え、厳然たる現実との対決を忌避した結果、アンバランスな社会を生んだ。
「因果応報、応報天罰」
(行いに応じた報い(結果)があり、悪い行いをする者は痛い目を見る)
と、古えの宗教人が諭したように、又、熱力学の法則も、すべてがイコールであると教えてくれている。
・・・要するに、やるべき事をやらない奴には結果は出ないし、その結果が悪くても、それはお前さんが悪い。って事だ。
打たれ弱い、ひ弱なクセに能書きだけは一人前で、才能や努力といった裏付けや根拠のないプライドだけは人一倍の人間ばかりになった現代日本人には、逆切れされるかな?
俺は、努力だの、根性だのって言葉は他人から強要されると吐き気を催すが、脳味噌も肉体も鍛えなきゃ、赤ん坊のままだとの自覚はある。知識を身に付ける為に本を読み、ケンカに勝つ為に腕力を鍛える。
(クソ面白くもない教科書を丸暗記し、拳の肉が裂けるまでコンクリートの壁を殴り続けた。馬鹿馬鹿しいが、成果はあった)
いずれにしろ、生半可な事では偉業は成し遂げられない。ことさら威張る必要もないが、日常の当たり前の事が当たり前にできない奴に、先の見込みはない。それが社会の常識である。
しかし、宇宙を含め、自然はそんな人間の常識を屁とも思わない強面である。無限の可能性と試行錯誤、有限の寿命と絶対不可能が支配する世界である。
何やら小難しい言い回しだが、簡単に言えば「この世は何でも有りだけど、無理なものは無理!」って事である。
教師が作ったテストで満点を出せても天才とはいえない。素手でブロック塀をぶち抜けても、宇宙最強ではない。誰にも答えられない難問はあるし、空気は引き裂けない。
「地震・雷・火事・オヤジ」
手におえないものの例えだが、昨今のオヤジは存在が希薄で頼りないが、天変地異や火災は人力の及ばない威力を示す。日本は地震大国だと常々認識しているにも関わらず、いざ起きてみると茫然自失で途方に暮れる。雷は、(昔は、よく停電したものだが)避雷針やらアースである程度は防げるが、電気機器は直撃を食らったら、お陀仏である。火事も、火元が何であれ、人間の身の丈を超えたら手も足も出ない。
そもそも自然の脅威は、恩恵を与えるのと同じくらいの災厄をもたらすのである。決して、優しいだけの存在ではないし、寧ろ徹底的に厳しいものだといえる。ちっぽけな人間如きが抱く甘い期待など、無情非情に覆す。数々の試練や虐待を跳ね除け、強かに逞しく生きるものにだけ、自然はほんの束の間、微笑むのである。
人間は、神の申し子でもなければ、完全無欠の存在でもない。生きとし生ける生命が、その目的である明日へ繋げる生を全うし得るなら、冷たく暗い夜の終わりを告げる黎明に安堵し、昇る朝日の輝きに感動の涙を浮かべるだろう。そして、今日を生きる決意を抱いて、立ち上がるはずである。

泣くな、恨むな、妬むな
立ち止まるな、前へ進め
例え孤独であろうとも、荒野を恐れてはいけない
自分を見失わず、周囲を眺めよ
寂しいと言える勇気を持て
人は皆、己の中の荒野を彷徨う孤独な存在なのだから
我も彼も、迷える弱き者
憤怒を越えて、手を差し伸べろ
愛がなければ、地獄も同じ
愛すればこそ、愛される歓びがある
生きる痛みを分かち合え、共に笑え
暗き闇より出でて、光の中に希望を抱かん
未だ明けなかった夜はない

大昔、俺がまだ世間知らずのガキだった頃に書いた詩である。こんな詩を書く13歳のガキなんて、なんと子供っ気のないマセた餓鬼だろうと思う。
深夜、部屋を抜け出して真っ暗な学校の校庭で、空手の鍛錬に汗を流し、背中にチクチクと刺さる芝生に横たわって、ひと休み。見上げた夜空の星々を眺めながら、見た目にそぐわないセンチメンタルな想いに耽る。
そんなピュアだった感情も、今では失った。他愛のない夢を見続けるには、余りにも過酷な現実を知り過ぎてしまった。それは、今さら、どうしようもない。
だが、そんな夢想でも叶うと信じていた頃の稚拙な自分があった事だけは、絶対に忘れない。
「年寄りの繰り言」と言われても仕方ない年齢に達したが、あの頃の願いや想いは普遍だと確信している。
己れの欲望に押し流されるヤツ、自分の意に沿わない生意気なヤツ、何を考えてるのか一向に煮え切らないグズなヤツ・・・
そんな、どうしようもないダメ人間でさえ背中を押してやりたくなる俺は、底抜けのお人好しである。
騙され、裏切られても、気付かないような大馬鹿者だ。
良いんだよ。俺だって、人の悪口を言えるような立派な人間じゃないんだから。

だが、それでも譲れない信念や許せない事はある。こんなオメデタイ限りの俺を怒らせるようなヤツは、ただじゃ置かん。それだけは覚悟しておけ。
yama」の名は、冥界の王にして、地獄の審問官の名だ。生きとし生けるものは、決して死からは逃れられない。死を恐れるなら、それは俺を恐れるのと同じ。
俺は、お前の全てを知っている・・・

(19)了
(18)
1992年~
海外で若気の至りを尽くして戻った日本は、バブル経済が崩壊を始めていた。
そもそもバブルの恩恵など何ひとつ享受せず、寧ろ苦渋、辛酸の限りを浴びたのである。

田舎の朝は、早い。朝日が昇るやいなや近所のリンゴ畑では、スピード・スプレーヤーが轟々と騒音を撒き散らして農薬散布を始める。
春眠暁を覚えずと、うつら・うつら寝惚けていた俺は、その音をヘリコプターのローター音と錯覚し、枕元を探り、反対の腕はベッドの傍らにコンバット・ブーツを手探りして空気を掻く。

俺の銃が無い! ブーツが無い!! スモック(戦闘服)は!?

声にならない悲鳴を上げ、ベッドから跳ね起きた。我に返った俺の目に映るのは、長年住み慣れた我が家の部屋。窓の外から流れ込む畑の騒音の正体に気付き、忘れていた息を取り戻す。
爽やかな春の朝、心地良い微睡みから、即時に臨戦態勢に移行する戦場で身に付いた条件反射に愕然とするのであった。
新聞配達の気配で目が覚めるのも不眠を招く原因となった。夜中、部屋の灯を点けっぱなしにして、浅い眠りを繰り返す。
人の後ろを歩く時は、気配を殺し、無意識に忍び足を立てる。常に方角を確認し、歩数を数え、所要時間を計る。曲がり角は、建物から離れ、直角に曲がる。ついでに背後も確認する。その他、護身の心得の数々・・・
臆病なほど慎重に周囲を警戒しながら、行動は鈍感なほど大胆に。
平和ボケした日本で、常に、これほど緊張し続けなければならないのか?
これが「PTSD」というヤツらしい。医学を齧る以前から、心理学や精神分析を独学していた身としては、戦場で受けたトラウマを克服する手段を自ら導き出した。
それが小説を書いたり、自主映画を作ったりという作業である。自分の経験や知識を外部に吐き出すのだ。主観から切り離し、客観視する。
実名は出せないので、架空のパラレル・ワールドを舞台とした物語にする。
丁度良い事に、中学時代に創案した「裏稼業」の設定があった。
中学時代、8ミリ・フィルムでの自主制作映画用に書き起こしたシナリオから発展した一連の小説や脚本を高校時代に執筆していた。
(思い起こせば、この架空物語の取材でT氏と知り合ったのである)
俺の創作は、実経験に基く。嘘八百の作り話であろうと、99%のリアルと1%のフィクションからなるのが俺の創作スタイルだ。知らない事は描けないし、実感に欠ける。
物語の登場人物のモデルにした実在の人物の大半は、俺の人物観察を面白がってくれたが、その経歴や関わった事件については大幅な書き換えを要求した。
ま、当然ではある。
謀略、暗殺の実行犯である。非公式な国家犯罪を公にしたら戦争になる。また逆に抑止している場合もある。所詮、歴史の真実など、決して陽の目を見ることはない。
ストレス発散のつもりが、却ってストレスを溜め込む事にもなりかねない。それでも、「王様の耳はロバの耳~!」と、事実をぶちまけたくもなるが、被害者になるのは常に何も知らない者たちである。
なので、健全な解消法は、若いキレイなオネエチャンのいる店で酒を飲みながら「おっぱい触らせろ~、ケツ触らせろ」と、ふざけてみせるのが正しい。乱痴気騒ぎの後の朝帰り、ひと際険しい眼付きになりなりながら、込み上げる虚しさを吐き捨てる。
刹那の快楽と酩酊に散財しながら、それでも晴れない心の憂さを晴らす為には、リュックに食パンとマーガリンを詰めて山遊びに出掛けたガキの頃のように、人の気配の無い山奥深くへと逃げ込むしかなかった。
藪を切り裂き、獲物を追って進む。ささやかな自然破壊と殺生で、破壊本能の渇きを癒す。山を下りれば、朝早くから夜遅くまで、休日返上の不断の努力で精励皆勤に励み、黙々と働く。
理解に苦しむ複雑怪奇な心情を抱え、決して本性は誰にも明かさない多重な人格を演じながら、世間のニュースや世情に感じ取った欺瞞の気配や憤りに、反論の作文を日記形式で綴る。
「創作のネタは、バーゲン・セールするくらいある。俺に足りないのは、怒りのエネルギーだけだ」
傷付きたくない臆病が、怒りの感情を封じてしまうのだ。
世の不正や不条理を正そうとすれば、自ら争いの最前線に立つ事になる。市井にある大抵の者は1対多数のケンカには不慣れである。自己弁護に長けた古狸ならいざ知らず、拠り所のない徒手空拳の戦いを挑む哀れなドン・キホーテになりたがるオメデタイ馬鹿者はいない。

「賢い処世術とは、体制を批判しつつ、決してそれに逆らわない事である」
(芥川 龍之介「侏儒の言葉」より)

怒り狂う俺の本心と裏腹に、沈滞や無関心を仕方ないと享受する世間との迎合・葛藤に苦しむ。
10代末より患っていた胃潰瘍も悪化していた。日曜の晩飯に食ったパスタを水曜の晩に未消化で吐き出す。そんな状態が続いていた。20代半ばにして、かつて頑強を誇った俺の自慢の肉体が日に日に変調をきたし、痩せ細り、老朽化していった。
「このまま消えていくのも、それはそれで良いじゃないか?」
そんな弱気が頭を横切る。
・・・俺は、勤め先を辞めた。
この体では、もう先がないと追い詰められていた。何度も死線を潜り抜けてきた悪運も、いよいよ尽きたようだ。現状維持に死んだも同然の人生を送るより、明日をも知れぬ破滅的だが確かな手ごたえのある人生を求めて最後の花火を盛大に打ち上げてやろうと目論んだのだ。
(しかし、医者の予言が外れて、その後も生き続ける事になろうとは・・・)

(18)了
2011年10月21日(金)
リビア、カダフィー殺害のNEWSを受けて、書き残す。

世界情勢は、ギリシャの経済破綻とアラブの春というパラダイムの破壊と混乱が蔓延している。
現在ある自分の地位の保全の為なら、それ以外はどうなっても良いという短絡思考と気分が支配的である。
「外野のお前に何がわかる!?」
との反論もあるだろうが、当事者による怨嗟と憤怒の勢いだけで対立し、殺し合うのだとしたら、両者どちらにも正義は無い。
旧弊体制からの解放の喜びに興奮している暇はない。これから先、早急に実現しなければならない新国家体制と秩序の構築は、気に入らないヤツを殺せば解決する、などという生易しいものではない。己れの手で自らの肉を裂き、血を流す覚悟はあるのか?
「繁栄は破壊の後でやってくる」
これは歴史の示す通りであるが、自分自身が変革の犠牲者にならないとは限らない。

チャップリンの映画「独裁者」のクライマックスの演説シーンは、民主主義が行き詰まりを見せた現在に観ると皮肉である。正義や悪といった絶対的な価値観の消失したグローバルな時代において、独裁と民主主義は相反するものではない。
独裁を容認したのも、多数を占めた民衆の選択である。排斥された少数派が辿った末路は悲惨なものであったろうが、それを望んだのも体制側についた大衆である。
大衆が支持する権力体制が理想を実現してくれるとは限らない。日本で例えるなら、この前の政権交代であろう。性急な変革を求めた結果は、失望でしかなかった。取り返しのつかない後悔は、常に多数派の暴走が助長する。
(旧弊した自民党を支持する気は毛頭ないが、民主党には「自・公・民」連立政権として政府与党の実務経験を積ませる機会を与えるべきであった、と俺は持論の正当性を確信している)
だからこそ、慎重で冷静な判断と行動が必要なのだ。緊急の課題と中・長期的な展望の両立を計る視野の広さと綿密な計画がいる。無謀無策の革命は、ただの狂乱であり、復活のない破滅である。諸悪の権化として何者かを血祭りにあげて喝采を挙げるのが革命ではない。
真に自由と解放を求めるなら、自分のみならず、相手の自由をも認めるのである。
「倒せ!、殺せ!!」ではないはずだ。相対化した価値観が占める時代、今や絶対君主はいない。有象無象の大勢の中から一時的に祀り上げられた敵の大将の首をとったからといって、次の大将が出てくるだけだ。不平、不満の芽は、常に大衆の中にある。一方的な利益享受を、彼も、我も、誰も許さない。社会の秩序と平和は、集団をなす者すべて、互いの犠牲の上に成立する。即ち、社会や集団における自由というのは、檻のない牢獄だということは覚悟しておくべきだ。

人間は、理由がどうであれ、いつになったら殺し合いを止めるのか? 
恐らく全滅するまで続けるのだろう。まったく、出来損ないのサルは救い難い・・・
血塗れの自由や平和など、俺は、いらん。吐き気がする。

さて、取り留めのない冗長な駄文を並べてみたが、今後の成り行きは楽観できないのは確定である。
何も地球の裏側の出来事だけじゃない。自分の身の回りにだって崩壊のエピローグが迫っている。
観客の拍手もなく寂しい幕引きとなるか、絶賛の嵐の中でアンコールの幕を上げられるのか?
ま、俺なんぞが心配したところで、どうなるものでもないが。
ここ数年、体重が40キロ代で推移していた。
健康診断でも危険信号が伴う、慢性的な栄養失調と痩せ過ぎである。

世のダイエッターに次ぐ。
今すぐ農協に走れ。鳥の餌か豚の餌を買ってきて、週に1回、家畜の餌をカップに1杯で食事とし、後は塩水でも飲んで過ごせ。数日で餓死するか、数週間で寝たっきりの飢餓状態になる。

大体、メシ食って太るなら、食わなきゃ痩せるだろうに?

去年、ハラワタ腐って死にかけて以来、体重を増やすのが命題になっていた。
単なる水増しなら、点滴5~6本/日で3キロくらいは簡単に増えるが、文字通り腐った消化器系の内臓では、いくら食っても身に付かない。それ以前に、食っても消化しないから、食う意味がない。
1日3食、365日食事を取り続けてるくせに「太って困るわ」と抜かす事自体が頭イカレテル・・・

美容と痩身はイコールではない。

そんな簡単に痩せられちゃ、ダイエットを仕事にしてる奴らは失業しちまう。

豚は、太らせてから食え。
ダイエット業者の陰謀に踊らされる、おバカは誰だ?

・・・てか、俺ん所へ来る迷惑メールに、ダイエット物が多いのは何故だ!? イヤミか!?

さて、では、どうやって体重を増やしたのか?であるが、食わない事である。
肉、油、野菜・・・滅多に食べない。
砂糖、塩、その他スパイスで調味したスープで、塩水で練った小麦粉80グラムを茹でた物が唯一の食事だが、それも1日1回。
後は、眠らない、休まない。脳みそに汗をかくほど勉強し(耳から血が出る)、毎日フル・マラソンを3本走るくらいのカロリー消費の肉体労働を続けると(体脂肪が無いに等しいから、関節が潤滑油切れで軋みを上げるが、骨が削れるまで注油しない)、さすがに太る。
どんな貧弱な食事でも、体に必要な栄養素を蓄えなきゃ死んじまう。そんな極限を経験してみれば、ダイエットの悩みなんてのが、如何に馬鹿げた寝言か、よくわかる。

ま、良い子は真似しないように。死んでも、俺は知らん。
yamaのブログ-マウス

約5年使ったマウスである。
塗装は擦り切れ、クリックやホイールの動作も絶望的に不安定である。
(100円ショップのまな板は、マウス・パッドに最適。ノートの下敷きにも使えるしね)
PCで絵を描くようになって、「こんな物で絵なんぞ描けるか!」と腹立たしく思いながら、それでも上手く扱えないのは自分のせい、と言い聞かせて使い倒してきた。その後、ペンタブも導入したが、今では逆にマウスの方が使い勝手が良くなっている。
20数年前、NECのPC9801VM21を使っていた頃、メーカー標準の2ボタン・マウス用ドライバを改変して、2D―CAD・CAMソフト用にアレンジしていたものだが、昨今はデバイス・ドライバを自作する事もなく、プラグ・アンド・プレイで自動認識、即使用可能の時代になった。実に便利な時代である。
今時、マウスなぞ大して高額な代物でもないし、ここまで使えば十分、元は取ったはず。周辺機器もだが、今使ってるPCとて2世代前の中古リペア品である。貧乏たらしく何年も前の骨董品を使い続けるのも何であると思ってたら、こんな物も現役で使っていた。

yamaのブログ-ペンケース


中学に入学する際に買った缶ペン・ケースである。物持ちが良いと言うか、何というか?一緒に写ってる定規も当時の物。マンガを描いてた頃は、これで何百枚もの原稿にコマ枠を引いたものである。文房具ってのは、鉛筆や消しゴムのような消耗品がある一方で、一生使える物もたくさんある。

数年前、身の回りの物品をはじめ、生まれた頃からの写真を収めた写真アルバムまでもゴミとして処分した。過去の自分と今の自分は別物である。俺の過去は、俺の記憶の中だけにあれば良い。それを証拠立てる品物は、すべて処分する。
過去の名残一切とは決別したはずだったが、まだ残っていたか。すべてを捨て去るというのは、口で言うのは簡単だが、やってみると色々と難しいものなのである。
今回のマウスみたいに壊れてしまえば、必然的に交換するのだが・・・