主介護者は一人 | 介護の誤解

介護の誤解

いま苦しんでおられる介護者のために

このブログは義父と義母を介護した過去の経験をもとに書いたものです。

思いつくままに書いており時系列順ではありません。

あらかじめご了承ください。

 

「貴方が全部抱え込んでいるだけ」

 

介護をしていて

親族からそう言われたことは

ありませんか?

 

 

 

たしかに

はた目からは

そう見えるのでしょう。

 

 

 

しかし

主介護者になっているのなら

それは仕方がないことです。

 

 

介護の作業を

変に分散すると

余計に混乱が生じる懸念大。

 

 

 

経験から思うことを

順にお話しして参ります。

 

 

 

介護は

もともと主介護者

作業が集中するように

仕組まれています。

 

 

 

地域包括支援センターにしても

介護施設にしても

窓口を一本化しておく必要が

あるからです。

 

 

被介護者自身は

自分で

介護内容を決められません

 

デイサービスも

訪問リハビリについても

経験したことがないからです。

 

そもそも

自分に必要か否かも

理解できません。

 

 

 

このため

客観的に判断できる人物

つまり主介護者

必要になってくるのです。

 

 

 

さらに

そこの窓口を一本化していないと

ああでもない

こうでもないと

親族が口を挟んできて

収拾がつかなくなってしまうのです。

 

 

ですから

主介護者を外部への窓口にして

司令塔になってもらう。

 

ただ

司令塔と言っても

他の親族が従うか否かは

親族間の信頼関係次第です。

 

 

 

経験から判断しても

世間の状況も

主介護者にすべて任せる傾向が強い

 

「貴方が司令塔になって

我々に指示してくれ

従うから」

といった話は

聞いたことがありません。

 

 

 

主介護者としても

いちいち段取りを説明して

合意してもらうより

自分でやった方が早いのも事実。

 

 

さらに

介護の状況について

逐一報告する体力もありません。

 

 

 

かりに報告しても

「恩着せがましい」

嫌がられるのが普通です。

 

 

 

こういったことから

介護は主介護者に集中するのです。

 

しかも

義理の関係者に集中することが

ほとんどではないかと

判断されます。

 

 

どうしても

苦労していることを

親族に知ってもらいたいのなら

日誌として残しておくこと。

 

 

 

かりに

介護を引きつぐことになった場合

引き継ぎ書として

活用することができます。

 

お勧めです。