終活を考えるよりも | 介護の誤解

介護の誤解

いま苦しんでおられる介護者のために

このブログは義父と義母を介護した過去の経験をもとに書いたものです。

思いつくままに書いており時系列順ではありません。

あらかじめご了承ください。

 

エンディングノートが流行りです。

 

自治体をはじめ

猫も杓子も

といった印象です。

 

セミナーも開催されています。

 

 

 

「何も書き残していなければ

相続人が大変だ

 

などと騒ぎます。

 

 

しかし

そもそも

エンディングノートには

 

遺言(いごん)のような法的効力は

ありません

 

そもそも

法的手続きではありません。

 

 

 

そして

特養や老健などの介護施設では

話題になることもありません

 

「終活など縁起でもない」

多分

エンディングノートをいう言葉を

口にしただけで嫌われます。

と言うよりむしろ

タブーに近いでしょう。

 

 

そもそも

エンディングノートの定義

マチマチのような気がしています。

 

 

 

先ほども触れましたが

遺言書と同じレベルで捉える人

 

財産目録を作ろうとする人。

 

葬儀を自分で決めようとする人。

などなど

 

 

「相続人に迷惑をかけないように」

葬儀社のコメントです。

 

では

葬儀がエンディングノートどおりに

執り行われるよう

記入者に対して

どのように保証していくのでしょう。

 

 

 

「太平洋に散骨して欲しい」

 

「樹木葬がよい」

 

思いつきのように書かれては

親族が迷惑します。

 

 

 

「今後を生きるために

今までの人生を振り返ろう

そういったコメントも

見受けられます。

 

こうなってくると

「何故

作らなければならないのか」

溜息すら出てしまいます。

 

 

 

おそらく

エンディングノートなるものは

一時の流行で

廃れていくと判断しています。

 

 

 

それよりも

高齢者が

社会生活をどう送って行くのか

当面の課題だと考えます。

 

 

とくに

入所介護施設などで

検討されなければならない課題と

判断しています。