本日もほんの少しの進捗Updateを。

D51 フロントデッキの組み立てと追加加工を。


その1

 フロントデッキ上の箱の再組み立て。

 フロントデッキ横スロープに合わせてサイドビームのとりつけ。

 サイドビームはスロープ形状に成形された真鍮板を貼り付けるもの。

 フロントデッキの曲げが合っていないとハンダつけも苦労するので、作業前に形状を確認しておく。


その2

 フロントデッキ上の箱。

D51は吸水温め器が、煙室扉の上、おでこの上あたりに設置されているため、フロントデッキのスペースに余裕ができたところに設置されているこの箱。

シンダー受けという話と、蒸気弁へのアクセスという話。どちらが本当なのだろうが。


写真を見て気がついてしまったのが箱の上の部分の網目板が、微妙に曲がっている点。

うーん。。やり直すべきか、目を瞑るべきか。。


その3

 フロントデッキ端部のボルト表現。

少し大袈裟になる気がして加工をためらっていたボルト表現。

 何もなしなのは逆に寂しすぎる感じがして左右5本の真鍮線の埋め込みを実施。写真はまだ加工途中のためボルトが長すぎ。


この後、先細のモーターツールで頭を削る予定。

 



いくつか気になる点はあるのでもしかすると又分解、再組立をするかもしれないが。とりあえず現状にてフレームに設置できるよう干渉箇所を削るなどの処理を実施中。


平日は時間が確保できない日が多く、限られた土日の、隙間時間で取り組むと進捗はこんなものかなと。。


その後の生活では、残念ながら鉄道趣味に多くの時間を使うことはなく、鉄分控えめの日々が続いていた。

そんな中、30代の頃に仕事でドイツを訪れる機会があった。
週末の休みを利用して訪れたのが、バイエルン地方ネルトリンゲンにあるBayerisches Eisenbahnmuseum(バイエルン鉄道博物館)である。

ネルトリンゲンは、隕石衝突によってできた地形の中に築かれた城郭都市としても知られる美しい街で、その城壁の外側に保存鉄道車両の整備・保存を行う機関庫がある。
日本で言えば、かつての梅小路蒸気機関車館に近い存在と言えば分かりやすいかもしれない。




普通の日本人観光客であれば、ノイシュバンシュタイン城などを訪問するのが定番コースではあるが、その時の自分を動かしたのは観光名所ではなく、少年時代から心の片隅に残っていた蒸気機関車への憧れだった。
インターネットで訪問方法を調べ、ミュンヘン駅からネルトリンゲンまでの鉄道の切符を購入するところから、すでに小さな鉄道旅行を楽しんでいた記憶がある。

博物館では、残念ながら少年時代から憧れていた01型蒸気機関車を見ることはできなかった。
しかし、戦時設計ながら高性能であったBR52型蒸気機関車や、TEE牽引機として有名なBR103型電気機関車など、実際に見たかった車両を間近で見ることができ、写真を撮り続けた。



扇形庫を見学している時、一両の緑色の蒸気機関車に目が止まった。
それは、模型雑誌の広告で眺めていた巨大な赤い動輪を持つ力強いドイツ蒸気とは、全く雰囲気の異なる機関車。
美しい緑色のボディ、流れるような流線型の車体。
煙室扉からシリンダーへ続く前頭部の造形は、力強さよりも優雅さを感じさせるものだった。
その時は形式名すら知らなかったが、後に調べて、その機関車がバイエルン邦有鉄道の名機、S3/6であることを知った。

S3/6は、その美しい外観だけでなく性能面でも非常に優れた機関車で、ドイツ国鉄成立後も急行列車牽引機として長く活躍した形式である。
現在でも一部では「世界で最も美しい蒸気機関車」の一つとして語られることがある。

少年時代、模型雑誌の中だけで見ていたドイツの蒸気機関車を、まさか数十年後に実際に見ることになるとは思ってもいなかったが、このネルトリンゲンへの訪問が、その後再び鉄道模型へ戻るちょっとしたきっかけになったのかもしれない。

少し大きくなって中学、高校時代には鉄道&鉄道模型誌を購読していた。
インターネットという物がまだまだ一般的ではなかった時期。(アナログ回線を使ったパソコン通信というものが一部では開始されてはいたころか。。。)

自分には実際に見ることも、知ることもできない実車や運用に関わるレポートや、読書による模型制作(真鍮、プラ、ペーパー各種)の記事など、様々な記事を目にしては「いつか自分も。。」ほとんど諦めに似た感情と、羨望の気持ちを抱えながら”ハラハラ”しながらページをめくっていた記憶がある。


雑誌の中でもよく見ていたのが模型店各社の写真入り広告。
学生のお小遣いではとても購入できない額の長編成セットや、天賞堂の高級真鍮蒸気機関車など見ているだけでも楽しかったが、様々な広告の中でもひときわ目を引いたのが、メルクリンや、ROCO製のドイツ製の蒸気機関車の模型。




”巨大で””赤く””繊細な”スポーク動輪を履くドイツ型蒸気の雰囲気は、黒一色の日本の蒸気機関車とはちがう美しさと力強さがあった。
模型の写真の見とれるとともに、言ったことも見たこともない欧州の雰囲気への憧れもあったものと思う。


 当時の価格で数万円を超える値段。
当時の自分には模型の購入すら夢の又夢。
ましてや、機関車を見るためだけにドイツまで飛行機に乗って行くなどということは全く想像したことすらなかった。

その後、成人して、就職して、家族を持ってという流れの中では、今風にいうと”鉄活”に時間という資産を投入することがなくなってしまった。
さらにその後、誕生した長女が機関車トーマスが好きになったこともあり、プラレールをいくつかそろえてみたりしたのが、その後の自分の鉄分再活性化のちょっとしたきっかけになったのかもしれない。


なお、少し大きくなった娘に聞いてみたところ、娘としては機関車というよりも、トーマスという機関車とその仲間が出てくる“物語”が好きだったのだそうで。

 その後、長男、次男も生まれそれぞれトーマスプラレールで遊んではいたが、鉄道に興味を持つ子供は今のところいない模様。


子供というのは、見た目や性格は遺伝するらしいが、鉄分自体は遺伝しないらしい。

こちらも長らく手のついていなかった中古D51の再生。

c55の組み立てがひと段落(DCCの調整と塗装前で停滞中)さたので久々に再開。

すでに分解は完了していたが、購入当初の状態がこちら。

気になるのはやはり各部にはみ出ているハンダ。

一つ一つの部品に分解しつつ、残っているハンダを吸い取り線とキサゲ刷毛というか、ルーターに取り付けたワイヤーブラシで除去。



一通りの清掃が完了したところで組み立てを開始。

まずは前端梁に取り付けられている開放テコと開放テコ抑えから。


開放テコはφ0.4mmの真鍮線を現物合わせで折り曲げて作成。

治具などもないので手作業での作成の割にはそれなりにできた感触。

四個ある開放テコは表面にもハンダが載ってしまっている+一部は曲がってしまっていたので慎重に修正。

この開放テコ、左右の二つずつで捻り方向が変わっているので慎重に左右、裏表を確認しながら取り付けを行う。

実機には捻れ方向が全て同一のものもあったり様々な形態があるようだが、今回は大宮に静態保存されている187号機に倣って取り付けを完了。



次に取り付けたのがフロントデッキのステップ。

こちらもパーツ表面のハンダを除去しつつ角度を調整しながら再取り付け。

ステップは裏面からのハンダ付け。

裏面なので見えなくはなるが、事前に塗布したフラックスに倣いハンダも広範囲に広がだてしまうのが気になり、固定完了後にワイヤーブラシで除去をしてておいた。


最後に連結器の取り付けと、端梁とスロープを合体。




今日のところはこの辺まで。家事、その他諸用の合間の加工なので。だいたいこの再加工だけでも4.5時間はかかったであろうか。


まだ、スロープ横に取り付けるビームと正面に設置される箱(蒸気分配の弁などが入っているはず)の再生、取り付けは未完了。

左右のステップが一つ紛失しているようなので、そのうちロストパーツでも購入しようか。


ランボードの再生も早めに終わらせてボイラーにつけるところまでか当面の目標です。。



ブログ更新もだいぶ時間が空いてしました。

 

加工をサボっているわけではないのですが、トライしてはやり直し、別の方法を試してはやり直しを繰り返しており、目に見える進捗が非常に少ない状態。

 

ざっと本日までの進捗をまとめると以下の通り。

まずは非公式側キャブ下の配管類。

その1:キャブ内から床下を通り抜けて、二子三方便の裏あたりを通過、最も手前側に出てくる蒸気暖房管

    布巻き表現の真鍮線を使用

その2 二子三方弁周り

   2-1テンダーから二子三方弁に向かう給水配管

   2-2&3 二子三方弁向かって右側及び背面から出て、ランボード下を通り、火室に沿って動輪内側の方に延びる2本の水撒き管

 それぞれ留金はt0.3mm真鍮板、0.1mm銅板を適当な寸法に切り出したものをハンダ付けで表現。

 ロストパーツの使用も考えたがかなり目立たない部分であること+このくらいは自作したほうが面白いのでは?ということで。

 あいにく、従台車と水撒き管が若干の干渉を起こす状態出会ったが、二子三方弁の取り外し、再設置は大変すぎるので従台車上部を1mmほど削ってしまおうかと。。

 
公式側キャブしたについては
その1ランボード下のブレーキ管、ブレーキシリンダ管の再設置
   以前取り付けは行ったが、全く平行担っていなかった2本の配管を再実施。
その2分配弁+無火装置+チリこしと該当の配管の加工+取り付け
   C55の場合、チリコシはキャ部の後端側に取り付けられているケースが多そう。
   兄弟機C57の場合、空気分配弁の下側に設置されているケースもあるようなので、難易度+目立ち度を考慮して分配器下に取り付けることに。
その3ATS吹き出し弁 吐き出し弁
  ステーはt0.3mm真鍮板を切り出し、Z上に折り曲げて作成。
 
 
実は、ランボード下からくるブレーキ管、ブレーキシリンダ管もL時継手を介してキャブしたに取り付け作業を行ったのだが、
どうも、水平、垂直が再現できていないため、取り外し中。。。
 

 

全体的に気になっていた前照灯周りなど、いくつか修正加工を実施し、あとは、ブレーキ配管と、ATS弁への配管をつければとりあえずの完成予定というところまで到達。

 

なんとか夏までには走行確認+塗装完成まで持ち込みたいと考えている。

 

蒸気機関車の塗装も、近年のステンレス車両の塗装とは異なり、ほぼ全部ただの黒。とはいえツヤの有無、配管類のマスキングor色差しなどを考えるとなかなか難易度は高そう。

初のトライなので、失敗も経験のうちとはいえ、せっかくなら満足の行く仕上がりを目指したい。

期待通りの結果替え得られるかどうかは別として、今の段階で考えているのは

・事前に黒染め。洗浄を何回か実施予定 (狭い隙間、奥まった場所の塗装を兼ねて+厚塗り防止)

・軽いつや消し(濃い黒。白っぽく見えない程度)

・空気作用管など銅管はもとの真鍮色を残して黒茶くらい

・火室も黒に近い赤

・キャブ内は緑

・操作バルブ、弁を金色で色差し

 

といった内容。

さて、ラストスパート頑張らねば!

 

 

 

 

まだまだ完成しないC55。

空気分配弁周りの加工を再開。

 

すでに空気分配弁はそれらしい配管をつけて取り付け済みではあったが、周辺機器(ちりこし、無火装置など)の取り付けを考慮すると一旦分解したほうがよさそう。

 

ということで、本体から取り外しし、取り付け済みの配管5本も一旦取り外し。

で、亀の歩みの如くスローペースでの再加工。

image

分配弁向かって左側一番上の配管はキャブないにまっすぐ引き込まれるもの。

分配器を出てすぐのところにT字接続管を設置(手間はかかったが、T字接続管の中をΦ0.5mmのドリルで貫通加工した)

T字管からは右方向に無火装置、その右側にφ0.8mm/o.5mmのパイプを設置し、φ0.4mm配管に接続。

この配管は分配器右、上側に接続しつつ、この後設置予定の渦巻きちりこしに繋がる配管用にT字接続管を入れておいた。

 

現物合わせをしながら従台車との干渉を確認しながら+やり直し作業発生により、加工をしているのか分解をしているのか判別が難しい状態ではあるが、終わりの見えない配管加工はまだまだ続く。。。

 

 

 

 

 

中々進まないc55の作成。

原因はキャブ下配管が理解できないこと。特に公式側キャブ下の圧縮空気、ブレーキ配管あたり。

 

いくつかの雑誌の写真、蒸気機関車の構造説明本などを交互に見比べていたが、写真の中の蒸気機関車の配管はさまざまな形態があり、同じものは二つないのが当たり前。

そうなると、構造説明本にはあるべきの配管が見当たらなかったり、その逆も然り。

そうこうしているうちに一体何をしようとしたいるのかがわからなくなってリセット作業を経て又最初に戻るの繰り返し。

 

 空気分配弁と、ブレーキ弁制御台の間には複数の配管があり、このあたりの役割、機能が理解できなければ当然正しい配管もできないわけで。

たかが配管、されど配管。

ある程度正しい形を目指す以上は、空気分配弁あたりの仕組みもある程度理解しなくてはならない。

これだけのことでこれまで数ヶ月を要していたが、繰り返し書籍を読み返す作業を行ってだいぶ整理ができてきた。

今回は模型制作にあたり配管の経路を理解+整理するため配管の接続経路を絵で描いてみた。

大まか空気の流れをまとめると以下の通り

1. 元空気だめ管系統(緑色

  非公式側の元空気ダメからランボード下を経由してキャブ下に伸びる元空気ダメ管。

本流はコックを通過して分配弁に供給される。その後、分配弁の機能により2種のブレーキ間に文字通り”分配”される。

なお、一部は分岐してブレーキ弁御台に供給され、ブレーキ制御用(ブレーキ用に直接消費されるのではなく、ブレーキを制御するため)に消費される。

 また無火装置という、他の機関車に牽引される場合(自機で圧縮空気を作れない状態)に使用される、圧縮空気の減圧及び逆供給のための装置がキャブ床下に付いている場合がある(キャブないに設置のケースもあるらしい)

 

2.  ブレーキシリンダ管系統(黄色

 分配弁向かって、右側上方からのラインはブレーキシリンダ管。

蒸気機関車本体、およびテンダのブレーキ用に供給、消費される圧縮空気用の配管。

機関車及びテンダの”ブレーキシリンダ”に供給されるため、次にのブレーキ管との区別の意味でもブレーキシリンダ管と呼ばれる。

 

3.ブレーキ管(赤色)

 分配弁右側下方からは、牽引される客車、貨車のブレーキ制御に供給される圧縮空気用のブレーキ管。

こちらは配管の途中にはうずまきちりとりが入れられている。

 

もう一点ATS弁がどこかに入るはずなのだが。。

 

あらかたイメージが整ってきたところで、ブレーキ周りの配管を再開したい!

先日、Youtubeで名取紀之さんの「鉄道模型趣味1000号記念インタビュー」を拝見した。
学生時代に読んでいたRail Magazineの編集長として記憶している方だが、2026年現在でも『鉄道模型趣味』の編集長を続けられているらしい。

その中で印象に残ったのが
 「趣味っていう言葉を公言できる世の中でなければいけない」 という言葉。
正直な話、この歳になるまでについて、”ただの趣味”についてそこまで真剣に考えたこともなかった.
長年趣味そのものを仕事として扱われていた方ならではの言葉なのかと。

そんなことを考えていると、自分の鉄分の由来や、“鉄道趣味”というものへの憧れを、少し文章として残してみたくなった。
誰かに読んでもらうためというより、ましてや“いいね”をもらうためでもなく、趣味人の記録程度に。

****

鉄道好きな人は昔から一定数いるが、今は取り鉄、乗り鉄など、〇〇鉄という、各々の好み毎の呼び名が増えているらしい。
 自分が子供の頃を思い返すと、父親に連れられて近場の電車に"乗る"と、父のお下がりでもらった35㎜ハーフのカメラを使って、最寄りの電車を撮るがメインであった気がする。

 物心がついた頃には蒸気機関車はすべて引退しており、身の回りで蒸気機関車を見る頃はほとんどなかった。
その頃は横浜周辺に自宅があり、都内の母の実家を訪れる際などに東海道線の湘南色の電車に乗っては、国鉄、私鉄の様々な車両や、貨物列車や機関車を車窓から一生懸命探していた。

 ちなみに、幼稚園のころの夢は”電車を修理する人”なぜなら、運転している人は電車が見えないから。修理する人なら大好きな電車がいっぱい見れるから。
そのころから性格が捻くれていたのか、実利優先主義だったのか。

 小学生の頃には、旅行好きであった叔母に連れられて大井川鉄道、山口線の動態保存の蒸気機関車に乗せてもらったことを覚えている。
念願のC57-1の牽引する山口号に乗車、停車駅で写真をいっぱい撮ったものの、フィルム装填が正しくできておらず、旅行の一番の目的の写真が一枚も残っていないという悲しい記憶も。。
 細々とではあるもののNゲージの購入や作成を続けていたが、その時にも(買って)欲しかったのは新幹線ではなく蒸気機関車だった。
C62やD51などの大型テンダー機関車を手にしてみたいとおもってはいたが、他の電気機関車に比べて、蒸気機関車は価格も高く高嶺の華。
誕生日プレゼントであったかクリスマスプレゼントでやっとC11型蒸気機関車を買ってもらい、父親に手伝ってもらって作成した半畳ほどのサイズの小型レイアウト上を走らせては、田舎を走る蒸気機関車を心のなかで想像して楽しんでいた。
 オーバル+ポイント一つというシンプルな構成ではあったが、C11がせわしなく動くロッドや動輪の動きを見て、情景を空想するのが好きだったのかもしれない。
そんなこんなで気が付くと、電車より機関車、電気機関車より蒸気機関車への憧れが強くなっていった。

 ちなみにそのころは、KatoやTomixなどの完成品よりも安く手に入る、GreenMaxのキット(今でもエコノミーキットとして販売されているらしい)を購入しては一生懸命組み立てることに熱中もしていた。
残念ながら塗装用のエアブラシや精密な加工をするための工具をそろえるような金銭的な余裕はなく、出来上がった模型の質はイマイチどころかイマサンくらいの出来ではあったが、自分で買って、切って、つけて、色を塗った東武8000系の編成は、
当時のお気に入りであった、KATO製のブルートレイン牽引機・EF66電気機関車と同じか、それ以上の宝物だった。
思い返せば、人生の中で最も純粋に”趣味に没頭”できていた貴重な時間であったのかもしれない。


そして、この時の”鉄分”が完全に消えていなかったことを知るのは、ずっと後になってからである。

作成中のC55、長期間の加工になっていることと、蒸気機関車ならではの複雑な造形の影響もあってかなり見た目がよろしくない。

キットを開封した時の真鍮のキラキラとした輝きはどこへ。

 

この見た目のよろしく無さの理由をよくよく観察してみると

いくつかの種類がありそう。

たかが模型、されど模型。せっかくなのでこの汚れの正体と解決策少し科学的・化学的視点を込みで調べてみた。

 

●汚れの正体

1.真鍮自体の黄ばみ

 真鍮という素材は手の油や、空気中の酸素の影響で自然とくすみが出る

2.さらに進んだ黒ずみ

 黄ばみがさらに進むと黒ずみに進化

3.赤変色

 真鍮は銅が約7割と亜鉛が約3割の2種の金属でできているらしい。

 半田で加熱をしすぎた時は、銅の酸化が進んで赤色に。

 又、強力な酸で洗浄すると、亜鉛が溶け出して銅の赤色に。

4.白よごれ(?)

 これは真鍮自体の反応というよりも洗浄時に使用した洗剤(石鹸)や、水道水の中のカルシウム成分の残渣

5.真っ黒な固着状汚れ

 黒は黒でも表面の変色にとどまらず若干の凹凸感があるもの。

 ハンダ付け時に使用したフラックスや、周囲に付着していた汚れの焦付き

6.緑青

   流石に模型加工の短期間で発生するものではないが、中古模型などでは発生し得る、銅の錆。緑青。

 ちなみに昔は緑青は人体に対して有毒とされていたが、今では無害なんだそうで。

 別に緑青の成分が変わったわけではないのだけど、そういうものらしい。

 

ちなみに⇩が洗浄前の状況。白、赤、黄ばみ、黒。汚れのオンパレードの様な。

 

●次に汚れ除去と、洗浄について

 真鍮の輝きを取り戻すための最高の方法をはなにかというと、”表面を研磨”すること。

白も赤も黄色も黒も、基本的には真鍮の表層部の非常に浅い部分もしくは表面上で発生する化学反応なので表面を研磨する程度で元の”金色の地肌”に戻すことができる。

ただし、今回は、配管などの入り組んだ模型が対象であり研磨は難易度が高い。

今回は洗浄による加工途中の模型のリフレッシュと、自身のモチベーションUPを目的として、色々と調べて洗浄実施した後の状態が↓

 元通りの金色の地肌というわけにはいかないが、全体的な黒ずみ、白汚れは大分軽減された感じはする。洗浄を何回か繰り返すともう少し黒ずみも除去できるのかもしれないが、今回の目的は”金ピカに戻すこと”ではないので、今日のところはこれでよしとしておこうと思う。

日々の加工後にここまで丁寧な洗浄を毎回行う必要はないが、定期的に実施することでさらにきれいな状態を保つこともできると思われる。

 

以下、今後の参考のために、実施した洗浄の方法と使用したものを順に整理

洗浄は以下の6ステップで実施。

Step1 中性洗剤+温水洗浄

Step2 クエン酸温水洗浄

Step3 薬液洗浄(チオグリコール系)

Step4 重曹水洗浄

Step5 IPA洗浄

Step6 温風乾燥

 

詳細は以下。

Step1 中性洗剤+温水洗浄

 用意するもの:台所用中性洗剤(食器洗剤でもよし。マジックリンだとなおよし?)

 目的:フラックス残渣、油、白残り除去

 手順:洗面器に50度くらいのお湯を準備。

 台所用中性洗剤を少量投入

 真鍮製の模型を浸漬して、柔らかいブラシ(絵の具ブラシでよいかと)で全体を軽くこする。

 洗浄後は流水できれいに洗剤成分を流しておく。

 この段階では真鍮地肌の色合いに大きな変化はなし。白い汚れは濡れると見えなくなる。

 

Step2 クエン酸温水洗浄

 用意するもの:クエン酸(100均で売っているものでOK)

 目的:軽い黒ずみ除去、白い金属塩除去(フラックスや、サンポール洗浄に含まれている塩酸系成分とが真鍮と反応して生成されたもの)

 手順:こちらも洗面器に50度くらいのお湯を準備。

 クエン酸を投入(濃度は3〜5%程度=100ccあたりクエン酸を小さじ1〜2杯程度)

 真鍮製の模型を浸漬して、柔らかいブラシ(絵の具ブラシでよいかと)で全体を軽くこする。これだけで全体が明るくなった感触あり。

 洗浄後は流水で成分を流しておく。

 

Step3 薬液洗浄(チオグリコール系)

 ここで登場の薬品洗浄

 用意するもの:チオグリコール酸アンモニウム系洗浄剤

        つまりは:マッハ模型のブラスクリーンだったり、ブラスケアだったり、Amazonでみつかる錆取り剤

 目的:まだ残る黒ずみ、酸化物の除去

 手順:チオ系洗浄剤は中性であり、取り扱いは容易(≒安全)ではあるが、パーマ液の主成分であり、匂いは若干気になるので、よく換気のできる環境での作業をおすすめ。

 このチオ系洗浄剤は、酸化被膜を優先的に除去する効果が高いものではあるが、ベースの真鍮、ハンダにもわずかながら侵食する効果はあるらしい。

  原液につけてしまう方法もあるようだが、使用後の液の保管(何回か再利用はできる)も面倒なので、今回はAmazonで購入のジェル状洗浄剤を水で5倍程度に薄めたものを筆塗りしてみた。

使い捨てではあるが、粘り気のある洗浄剤を筆塗りにすることで使用量は抑えることができると期待。

 1分ほどで表面の黒ずみが徐々に明るくなり、模型から滴り落ちる液は黒色に変色していくのがわかる。

 数分程度筆でこすり洗をしたら、再度流水でよく洗う

 

Step4 重曹水洗浄

 用意するもの:重曹(これも100均で入手可能)

 目的:Step3までの酸系の洗浄後の中和作業。

 手順:洗面器などに薄い重曹水を作る。100mあたり小さじ1〜2杯でOK.

    模型を浸漬させて1〜2分ほど筆で細部をこするように洗浄

    終了したら、これまで同様流水でよくすすぐ。

    酸系の洗浄剤が残留しても白い粉上の汚れが発生するが、重曹が残っても同じように白い汚れになって残る可能性があるので、重曹洗浄はあくまで薄め+よく水洗するといいらしい。

 

Step5 IPA洗浄

  用意するもの:IPA,エタノール(消毒用エタノールなどで)

  目的:水残りの防止、乾燥促進、白残り防止

  手順:手順4で水洗を完了した模型は軽く水を切っておく

     IPAを容器に10~20cc程度取り出し、筆で模型全体になじませるようにかける。特に配管の間や、隙間などに行き渡るようにする。

   目視では確認できないが、純度の高いアルコールが、隙間に残留していた水分を追い出してくれる。

 

Step6温風洗浄

 用意するもの;ドライヤー

 目的:IPA,水の除去、乾燥

 手順:ドライヤの温風を当てて、模型の表面を乾かすだけ。

   前後、左右、裏表、まんべんなく温風を当てて十分に乾かすこと。

    水だけのときに比べるとIPA洗浄を行った場合は、水切れの速さ、乾燥の速さがかなり改善する。

 

 

今回の洗浄で、白汚れはだいぶ改善。黒汚れも軽減。あいにく赤色変色はベースの真鍮の脱亜鉛によるものなので薬液洗浄では改善しないことは確認できた。

これまでに何度かサンポール洗浄を行っておりその影響が大きいのかもしれない。

 

なお、金色地肌に戻すor維持することが目的ではなく、塗装作業前の洗浄+下地鳴らしとしては上記の洗浄を行えば十分なのではないかと想定中。

(白汚れは塗膜剥がれの原因になるようだが、多少の黒、赤変色は塗装には影響は無いらしい。)

 

 

    

 

 

 

 

 

引き続きc55の作成。

キャブ下の配管に進みたいものの、まだ配管のイメージが固まらないこととブレーキ管(特にATS吹き出し弁周り)の流れが整理できていないので、気晴らしに煙室扉とデフ周りの加工などを。


まずは前照灯周り。

キットに含まれている前照灯は電球の入らないロスト製ではあるが、DCC化して前照灯は灯火式にするため大型の前照灯パーツに交換。

ボイラーないに配線を通すため筒が形成されているパーツを使用する。

ボイラー、煙室扉の干渉部をやすりで削り落として前照灯がうまく入り込む様に加工して完了。





 前照灯の裏には0.25mmの、燐青銅線をボイラーに沿わせてランボード下まで。

途中で中継用の箱を設置。写真では未作成だがこの後、この中継機からキャブ方向にも線を伸ばす予定。(ボイラー手すりの中に電線を通していることが多い様なのでパイプを使って表現をしてみようかと。)



次に準備しているのが、九州型の特徴でもある門デフ。





金岡工房さんのK7タイプを使用。

デフの、折り曲げ、梁のハンダつけなどを完了。

付属のステーはあいにく長さが合わなかったので、端材から切り出し、現物合わせで折り曲げて作成。

門鉄デフの場合、デフレクターの下側が切り取られているのが特徴だが、標準型のデフに比べて上側がより高い位置になっている。

 このためステーも階段状になっているが、この辺りの形状も号機毎に差異があるらしい。

このため、デフとボイラーを繋ぐ梁の形状も、折れ曲がった形状となっている。

↓は左右のデフを仮置きした状態。

デフがつくと大分日本制式蒸気の雰囲気が出てくる。


それにしても大分色も黒ずんできてしまったの。

定期的に洗剤+お湯での洗浄はしているがそろそろ薬品洗浄もしてみようかと。