妄想の突っ走るままに

書くのだ

熊野とインドを言葉遊びで繋げて

妄想を深める🤣

 

私の妄想はこうだ。熊野の「那智」の名前とナチケータという少年の名…インドの聖典「カタ・ウパニシャッド」に登場する少年の名前が似てる。ウパニシャッドが語る、ナチケータ少年の向かったところ…それは、黄泉の国

インドの聖典

カタ・ウパニシャッド

ヤマ神(閻魔)が

心臓から親指大の神人プルシャ(真我)

を引き出すシーン

image

那智の滝

 

───「閻魔さま」→元はインド神話の「ヤマ」という死神が、日本に伝わって閻魔様となったものですが、そのヤマ神が支配るすのがヤマ・ローカ、つまりあの世、黄泉の国。熊野はイザナミが葬られた場所であり、「熊野」とは奥まったところ、つまりあの世の入り口とかそんな意味合いもある場所。

マンガのネタにしたいくらい楽しい妄想が膨らむ設定ではないですか…

ニヤリよいこはマネしない

そのマンガの主人公は那智啓太という少年で、実は出身はインドのブラフマナ階級の子供だった。で、父に疎まれてヤマ・ローカ、つまり熊野にやってくる…というオープニング。

那智啓太くんとか
 

なんだそりゃと思うけど、妄想は無料😅その物語がやがて伝説となって伝わり、インドでは日本の熊野が黄泉の国として伝わり、裸形上人がそれを辿って来日。みたいな。わははは。妄想やりたい放題。

 

 

  裸形上人の伝説について

インドから熊野に「裸形上人らぎょうしょうにん」という聖者がやってきて青岸渡寺せいがんとじを開基したという伝説があるそうです───

飛鳥時代(6〜7世紀頃)とされるが具体的な年代は不詳

・那智の滝の神聖さに感銘を受けこの地で修行を行い、仏道を広めたとされる──

・裸形」は、衣を身につけず自然体で修行したことからという極端な苦行を行った高僧・聖者であることを示しているとも考えられる→インドならあり得るこういうスタイル…

・青岸渡寺の創建:裸形上人が那智山に庵を結び、そこで観音菩薩を祀ったのが青岸渡寺の始まりと伝わる

image

熊野那智山:青岸渡寺

何気に獅子のお手々がかわゆい

 

関連する伝説や文化

熊野信仰との関係:青岸渡寺は後に熊野三山の一つ「那智大社」とともに、神仏習合の中心地となる。裸形上人も、熊野の自然信仰と仏教的な修行が融合した象徴的な存在と捉えられる。

『補陀洛渡海』の思想:青岸渡寺では、観音浄土である「補陀洛(ふだらく)」への渡海(=自ら船に乗って海へ出て命を捧げる修行)も行われるようになるが、裸形上人の「現世離脱」の姿勢がその信仰に影響したという説もあります。→ナチケータ少年の黄泉行と似てる。ナチケータがどうやって黄泉に行ってヤマ神に会ったのか、謎なのだ。

補陀落渡海船 by wikipedia

(蛇足:「補陀落渡海」は、ほぼ生贄のように船に乗せられて強制的に海に流された人もいたとかいう怖い話も聞く…まじか)

 

〜裸形上人の位置づけ〜

歴史的人物?:史実として確認できる情報はほとんどなく、空海や役行者のように後の時代から神格化・伝説化された可能性がある。裸形上人のような「神秘的な開山者」の物語は、庶民の信仰や巡礼文化の広がりに大きな影響があったと考えられる。

 

〜伝承〜

1. 那智の滝との出会い

裸形上人は各地を巡って修行をしていたとされ、あるとき那智の滝にたどり着き、その壮大な滝の姿に魅せられこの地に庵を結ぶ

2. 脱衣

上人は衣を脱ぎ捨て、裸で滝のそばで修行したと伝えられる。「この世の欲望を全て捨て去った」ことを象徴的に表す。

  裸=無垢、無我、仏の境地を象徴。

3. 観音の霊告

修行中に観音菩薩が夢に現れ「この地を補陀洛の浄土とし、衆生を導け」と告げられた。これにより、観音を祀る青岸渡寺が開かれたという。

 

 

 おまけ:サンスクリット語の解析

無理やりインドと結びつけるために、地名その他をサンスクリット語変換してみました❣️

日本語─サンスクリット語─

裸形上人=Digambara Śramaṇa(ディガンバラ・シュラマナ)    「衣をまとわぬ修行僧」“Digambara”=「空を衣とする者」

青岸渡寺    Śītānīra-Tīrthavihāra「青く冷たい岸の霊場の寺」

那智の滝    Nācī-jala-dhārā    「那智の水の流れ」

補陀洛浄土    Potalaka-pure śuddha-lokaḥ    観音の浄土「補陀洛(ポータラカ)」の清らかな世界

観音菩薩    Avalokiteśvara Bodhisattva    サンスクリットの原名

 

ディガンバラという語

(Digambara)はインドの出家者に実在する用語で、特にジャイナ教の修行者を指すこともあり…仏教でも「衣を脱ぎ捨てた苦行者」などの用法ができるかも的

 

青岸渡寺という名前

  意訳

Śītāparyaṇa-vihāra(シーター・パリャナ・ヴィハーラ)

・śīta(シーター):冷たい、清らかな → 「青」のイメージ

・paryaṇa(パリャナ):岸、彼岸、または渡ること

・vihāra(ヴィハーラ):寺院、修行の場

>「清らかな岸(あるいは渡岸)の修行場」AIによる詩的意訳

  直訳

Nīla-tīra-vihāra(ニーラ・ティーラ・ヴィハーラ)

・nīla(ニーラ):青、深い色

・tīra(ティーラ):岸

・vihāra(ヴィハーラ):寺院

>「青き岸辺の寺」

青岸を「西岸」と訳してみる

「西岸」=西の岸=彼岸(仏の世界)を象徴する言葉で訳する

「西岸渡寺」=「西の岸を渡るための寺」=彼岸に至る修行の場

Paścima-tīra-vihāra

(パシュチマ・ティーラ・ヴィハーラ)

・paścima(पश्चिम):西、西方

・tīra(तीर):岸、岸辺

・vihāra(विहार):寺、僧院、修行の場

पश्चिमतीरविहार(Paścima-tīra-vihāra)

पश्चिमतीरविहार は「西方の岸に至るための修行寺院」すなわち阿弥陀仏の西方浄土などとも重なる、仏教的意味を持った表現。

 

熊野があの世ならば、青岸よりも西岸の方がよりそれっぽい。ナチケータがインドからたどり着いたあの世ならば、西岸だよね〜

っと、妄想を深くする。

image
あの世の入り口???

 

那智啓太が面会したえんま様はどんな方だったろうか?

ウパニシャッドでは、ヤマ神が説いた教えは、この世の真理で、覚者が知る知識だったけど、やはり日本にはその知識が元からあったのか???それが言霊なのかしらね…

 

はい、終わり。

 

 

 

 

 

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キャンプしました

 

ときがわ町という埼玉の片田舎。梅雨のさなかのホタルが飛ぶ頃に、友人に誘われタープ泊。

「タープ」とは、一枚の布を折ったりひっぱたりして、色々な形にしてテントのように使うもの。一枚の布を立体的に使う方法は、折り紙を折るような感覚です。今回はダイヤモンド張りという形。一辺3mの正方形のタープで、直火の上を覆うように立てました。川釣りをする人はテントでなく、タープを張ることが多いようです…

もうちょっと屋根が高くてもいいような気がしたけど、友達のテントポールはここが限界だったので、まあこんな感じ。居住性はいまいちだったな。

タープより私はテント派なんだけど、今回は二人で入るのでタープ。ここに二人で寝るのだ。

 

 八丈島ではテントを張りました。やっぱテント楽。

image

この時は風が強くて、テントが飛ばされそうでした。実際、同じテント場に立てていたテントが飛ばされてました。夜中に叫び声が上がり、なんだろう?と思ってましたが、夜があけて現場を見るとテントが無くなって…?いや、倒れてただけかもだけど…海風の強さを思い知りました。あの経験は忘れられない。

image

 

 

さて、ときがわ町は雨の予報。深夜でパラパラ降り1ミリ程度でしたので、たぶん大丈夫だろう予想😅まあ、大丈夫でしたけど。

ときかわの流れ

ホタルが棲めるくらいに清流でした

 

夜も更け始めの頃にキャンプ飯。友が全部作ってくれました。

スパゲティをリクエストしたら作ってくれた。きのこと青紫蘇。

私は火の番で、とうもろこしを焼く。

 

 

暗闇の中に、スーッとホタルの光が横切る。だんだんと光の数が増えていき、カメラをあちらに向けこちらに向けしますが、上手く撮れない😱

世の騒がしさとは別世界の時間を飛ぶホタルたち……人のマインドは世の動きに連れて激しく動くけども、蛍や水の流れは静かにいつもの風景を続けて行く。

世界の騒がしさは、人のマインドの中にだけあるものだと実感する。インド哲学のいう通り。世界を見るのは私。私が世界を判断している。世界をそういう風に見ているのは私。

 

時間の感覚が失せていきます。

 

 

光の儚さが、まるで夢の中の様です。この世こそ幻想、マーヤーなのだよと教えている様な光でした。

 

 

よはながれ

ひとこころしり

あらわけし

しじまとらえて

たまりたまりに

 

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いつもの秩父

今回は武道教室の合宿で「神庭」(かにわ)の武道館にて体術のワークショップなどに参加しました。夜はバーベキュー、そのあとにフィンランド式サウナで汗を流して、翌日は川遊び。そのあと三峰神社に移動して、三峯神社鳥居横のちどりやさんで昼食のカレー🥗そして神社散策、お参り。鹿さんに挨拶。夏を満喫させていただく。

それもこれも日本がまだまだ平和だという証拠です。

ありがとうございます。

三峯神社は三ツ鳥居

ちどりやさん

雑貨とか服とかご飯とか

カレーでランチ

ココナツ風味で美味しいよ!

三峯神社にお越しの際は是非

 

かのこ模様があるので、まだ若いのでしょうか?

 

荒川の上流はこんな感じの渓谷です

 

武道館の神棚

稽古着の猛者たちが同宿で

上の階で大騒ぎしてました

 

 

皆様も夏休み楽しくご安全にね

 

 

 

 

ひのこわき

やまひだあおく

かげみちて

ときはしぐれの

さわがしき

 

 

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何の話やらですが

雑談トピです

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コミケも近いですしね

 

自分の解釈では「オタク」とは、何か特別に興味のあるトピックを掘りまくる人のこと。異様(異常)なほどそのトピックに詳しかったり、研究してたり、妄想をふくらませていたり、そんな存在だと思っています。リスペクトを込めて「オタク」と…image

 

ところで、マンガなんか描いてた私の周りにはオタクのひとがたくさんいました😱「オタクの人」ってどんな表現😱創立直後のコミケを知っている化石のような自分=>今の巨大なコミケからは想像もできない小さなイベントでした…

image

それはさておき私は、夢中になって没頭する周りの人たち(オタク)に憧れてました…自分にはない没頭力が羨ましかったというか…な…?自分は深掘りするタイプでなくて、二次創作とか独自の世界と本編を微妙に混ぜて作品にするとかなかったし。ひとつだけ愛する一点集中で広がらないタイプ。描く作品はオリジナル。でも、二次創作を読むのは好きだったな〜人の情熱に触れるのは好きなのね❤️

そういうわけで、自分はオタクではないなーっと思ってました。

自覚のないオタクだったらしい。すみません。こんなこと書くと、私を知っている人からは「あんた何言ってるんだ」と突っ込まれそうだけど。

何しろ実は自分の中にもオタクの血は流れてて、時々爆発してました。マイケル・ムアコックというイギリスの作家のエルリックシリーズにめちゃ心酔してましたし。。。あら、私ったら立派なオタク…😱😳😱

 

日本では天野嘉孝さんのイラストでしたが

私が好きだったのは何と言っても

マイケル・ウェラン!!!!!!!!!

↑マイケル・ウェランの

エルリック

 

情報のない時代だったから、海外の作品の詳細を知ることがすごく大変で。あれやこれや手を回したり。してた。コスプレもした。いや〜オタク創世記時代。オタクジェネシス。伝説の伝説。わら。

 

その後、色々な経験を経るにつれ、自分の中にあるオタクの深奥にあるものに気づいたのはインド哲学に出会ってから。なんだそりゃな展開でしたが、自分の中では全てが一本に繋がっていて…つまりこんな世界観↓

image

この世とあの世の狭間

こんな同人誌も作ってました
 

それはつまり、現象世界の裏側にあるもの。心だったり、彼岸だったり、この世の神秘だったり、生々流転する世界の本質、現象がよりどこにする真理「true」…だから哲学に行き、言霊学に出会うことになったのだと思うのでした。

元はオタクの探究心なんだねえ

 

 

オタクの片鱗が出ている

ネットイラストーリー

続きを書こうと思って6年経ってしまいました。。。(^◇^;)きゃーっっっごめんなさい!誰に謝ってのかわからんが
アマビエとか出てきてて、時の流れを感じますな…

 

 

 

 

ときなながれ

あらわれきえる

うたかたの

かたち代わりて

いまここおもう

 

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毎年夏至の日に

秩父の武甲山に登っています

その時の写真

image

今年はいつになく神秘的な姿を見せてくれました…

梅雨空の雨模様で、麓からは山頂あたり雲にすっぽりと覆われまっしろ。しっとりと苔むした山頂直下のフィールド。。。

 

青々とした苔が美しいです!

雨露がレースの様に

ふわりと地を覆っています

三十三丁目大杉の広場も神秘的

不動滝

「どうも〜」

山の神様に遭遇

 

塔婆のある広場

 

今年のお山は

太陽が中天にいた数分だけ霧が晴れ

素晴らしく美しい光景が現れました

この星の神秘です

感謝が溢れて言葉が解けた瞬間

 

生かされていることを実感

 

 

 

 

 

みはるかす

このはのうえの

いろあおき

こころあらわれ

すごすよすがの

 

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説明できないものを

説明しようとするのがインド哲学

 

「説明できないもの」とは

この世の神秘の全て

宗教が語る神、あの世、宇宙、生と死

………

 

 

だいぶ前の書き込み(2019年)で 、こんなうんちく垂れてたことがありました…🤣垂れちゃん🤣byデビルマン

英語の「エゴ」を梵語、つまりサンスクリット語では

「アハンカーラ」と言います…

aham アハム=ワタシ

kaara カーラ=行為

「ワタシが行為をしている」という『意識』がエゴである、とインド哲学は教えます。実際のところ、ワタシ= I (アイ)は行為をしてはいない。行為をしているのは肉体であったり思考であったり。アイ・アム I am の『アイ』I  は、本当のところは行為者ではないのですが…なぜか人は皆、自分は肉体だ、マインドだ、知性だ、感覚器官だ、なんだ、かんだ、と全くずれたところを「私です」と言う。これが、そもそも大きな間違いであると、インド哲学は言うのです。。。このことをラマナ・マハリシという聖者ははこんな風に語りました。

 

あなたの務めはは、在ることであり、

これであったりあれであったりすることではない

「私は私であるものである」ということが

すべての真理の要諦である

 

行為をしていないのに「これは私がやっています」と言い張るのが「エゴ」…アハンカーラ。つまり、勘違い。行為をしていないのに、ワタシがやっている、と主張するのがエゴ。なんか、ややこしい???

 

『ヴァガバッド・ギーター』の冒頭で、盲目のドリタラーシトラ王が「我が一族よ…」と言うのだが、その「我が一族…」といっているドリタラーシトラとは「無知」の象徴。無知のゆえに「行為者である自分の一族が…」と言っている。勘違いの為に、自分がやっている、と嘆く。

古代インドのマハーバーラタ戦争はここから始まる…

その戦いは同族同士の争い。同族、というのも実は哲学的比喩で、ひとりの人格の中の行為知識の戦いがギーターの主題。心の中で起きる葛藤がマハーバーラタ戦争というメタファーで語られる。

image
マハーバーラタ戦争の最中
クリシュナとアルジュナの会話が始まる
それは真我とアルジュナの会話

 

「私が行為する者だ」と言う意識は肉体と密接に結びついていまして、肉体が行うことがワタシの行為である、と言うのが、普通の人の思考…

覚者は、行為は自己(真我=アートマー:プルシャ)とは別(プラクルティ)であると知っている

  =>肉体と『私』は別物ってね

  (『私』真我を「魂」と呼ぶとわかりやすい)

肉体に起こる様々な出来事(=カルマ)は、真我とは別のものと知っているので、それに惑わされない。

 

なので真我であるクリシュナはこう語るのだ──

「彼は断たれず、焼かれず、濡らされず、乾かされない。彼は常住であり、偏在し、堅固であり、不動であり、永遠である」

giitaa2-24  上村勝彦 訳

と冒頭で教える。だけど凡夫代表のアルジュナはちんぷんかん…😱そのため、長い対話が戦場の只中で始まります。

その教えは、私たちの生活の只中に置き換えることができる哲学。戦場のような日々をどう生きるかを、教えてくれる。

正しさを保ち、尊敬を持って道を見極め、やるべきことをする。

そして、その結果にはこだわらない。

 

そんな単純で難しいことを

どうなすべきかを

哲学というのは

教えてくれるものと思いますハイ

 

最後に、上記のラマナ・マハリシの言葉の続き

合格

「私-私」が自己である

「私はこれこれである」というのがエゴである

「私」が「私」のみを保ちつづけるとき

それは自己である

それが突然に脇道にそれて

「私はこれであり、あれであり、これこれである」

と言うとき、それはエゴである

 

 

これからの時代に

哲学ほど必要な学問はないよ

 

 

 

こちらも合わせて炉読みくださいラブラブ

『川』という主体(真我)と『流れる水』という客体(現象)を、たとえ話で説明しています。

 

image

ではでは

ニャンコでも見て

癒されてね

 

 

 

みえぬもの

いづるもとのは

こころより

あらわれみえて

ひとはしるなり

 

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哲学なんて人生に不要…なんて

思ってませんか?

とんでもございませんよ

哲学ほど現代社会に必要なものは

ありません

明日どう生きるか

季節の変わり目に何を思うのか

一歩踏み出す勇気をどこに求めるのか

常に迷いの中にあり

手探りで人生を歩む

人生を支える知恵

それが哲学

image

というわけでインド哲学を

語ってみようと思います

 

 

インド哲学って何を教えてるの?それはこの世の神秘を。神秘なんか生活の種にならないよ?でもね、生きていることが神秘とわかっている人とわからない人の人生は違うと思うんだよ…

    
それは、自然の前で頭を垂れることができるかできないかみたいな

 

なぜ全てのものは生々流転を繰り返すのか…命が生きて死んでいくのは何故なのか…昨日笑っていた人は今日いない。彼は何処に逝ったのか。これを考えてる私とは誰なのか?

その答を知れば、人生から一歩退いて自分を俯瞰して見ることができる。その知識を教えるのがインド哲学。インドで育まれたこの思想は、仏教を通じて日本に入って来ています。日本では仏教の方が馴染んでいますが……仏教はインド哲学をよく継承してるけども、足りない部分が多いという印象です(仏教シンパの方、ごめんなさい)

 

 

 ヴェーダという書物

 

書物とは言いつつ、もとは口伝の教えなので書物とは言い難い…

なんでも、古代に於いて人の記憶力が欲望に囚われて下落してしまったため、仕方なく文字に残したという言い伝えの本。

もとは人の口から口へ、師から弟子へ伝えられたもの。

 

文字化された教えは、書物プラス注釈が付けられて受け継がれて来た。なので、聖典だけ読んでいても本質はちょっと解りづらいのが困ったところというか。。。凡夫には如何ともしがたい。

ヤジュルヴェーダ

昔はヤシの葉に書かれていた

 

 

「ヴェーダ」という言葉の語源は「知識」

語根の√vid は「知る」という意味。

英語の「フィロソフィー」は知識を愛するという意味なので、近い概念ですよね。

 

さて、その知識とは何か?と、凡夫は問います。知識には二種類あって、世俗の知識と真我の知識。

この真我というのが「私は誰か?」の、問いの答えです。

 

 

 

 

 

あぁまた長くなっちゃった

続くだよ

 

 

 

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かたくるしい話じゃありません。いえ、もしかしたら途中でかたくるしい話になっちゃうかも……いつものことで💧

キャーッimage

 

『ムーミン』の登場人物はどれもこれも異様なくらいキャラが立っていて、これがファンにはたまらない……

ファン→image

一番はなんと言ってもニョロニョロだと思います

ウチのニョロニョさん>

数十年前に友達がくれた

目が薄くなっちゃってきた…

籠入り息子

 

知ってますか?彼らは集団で集まって雷に打たれるという奇妙奇天烈な習性があるんです。動物なのか植物なのかも定かでない。移動できるんだから、動物なのかなぁ。雷でチャージするなんて、植物っぽいとこもあるし。変すぎる。山で見かけるこれ派もしかしたら、彼らの仲間?

ギョリンソウとか

 

 ❤️❤️❤️❤️❤️

レアキャラとしては「飛行鬼」というキャラも好きです。スティンキーというけむくじゃらで「びとーんびとーん」(アニメ版では)言いながら跳ねてるだけの訳のわからん絶妙キャラも好だったし、どれもこれも愛しいわ〜💕

 

中でも異才中の異彩キャラがおります✨「無駄、無駄、無駄!」と、彼はつぶやく…彼の名はジャコウネズミ。

いつも、気難しそうな佇まいで、無駄、を連発する。最初に紹介したキャラです。

…人目から遠ざかり、洞窟の奥で暮らす偏屈親父にしか見えないお方😱ほんものの賢者か、ただの愚者か……

このムダ哲学は、本当は西洋哲学のニヒリズムを土台にしているらしいのだ。近代西洋哲学の流れ、神は死んだと言ったニーチェとか、そんな一派と思えるジャコウネズミ様。

洞窟の奥の隠遁生活は、私の憧れでもある。羨ましい…

現世の流れから離れて孤高に生きる。

たまらん。

単なる現実逃避とも言えるが、そうでもない一面もある。現代の忙しすぎる生活から、少し引きこもって自分と対話する時間があっても良いと思うのです。

いつも思考の中は、あれしてこれして、あっちにいって何某に会い、こっちで心配して、向こうに気を遣い、明日の予定を立て…休まる時間がない。

思考の中は常にパンク状態

明日の予定を立てる前に、今を生きる。そんな簡単なことが、現代は難しい。なら、ジャコウネズミ様の様な生活に憧れたってバチは当たらないわラブラブ

て、わけで。

ジャコウネズミ様ラブ❤️な、るーぱでした。

 

ついでだから、インド哲学の話も続くよ!

 

 

 

たのつづき

あらはれつきて

やすらはで

いつきみてとて

こころあらわれ

 

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神社紹介トピックその他、修験など

 

里山をふらふらしてると

たまに気の流れの素晴らしい神社に

巡り合うことがあります

 

 奥沢神社

 

 小川町の(というより東秩父村ですが)山沿いにある神社です。名前の通り奥沢という沢の神格。

官ノ倉山に登った時に見つけた神社で、ここの尾根筋がめちゃくちゃ気持ちいい。そして、その気を受けてか、巨木が悠々と育っている。その佇まいがまたたまらなく素晴らしい。天に向かって、枝が伸びる様のなんと神々しいことか。

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見事な巨木たち

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竹林と混然一体

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御由緒には
 
 ◇獅子舞を回した天王祭り
鎮座地奥沢は大部分を山林が占め、村の中央を通る熊谷から小川 を経て秩父を結ぶ道路に沿って集落が散在する山村地域であり、 『新編武蔵風土記稿』に「地名の起こり山沢多きが中にも、沢の奥 と云義なるベし」と紹介されている。同じく『新編武蔵風土記稿』は 当地の神社を挙げて「熊野社除地一段一畝、村中の鎮守、例祭九月 十九日、社は翼向、神体は白幣、別当大行院東林山と号す、本山修験 (中略)妙見社村持、椎の大木あり、画一丈八尺許、天王社村持」 と載せている。
社記に当社は「天正六年(一五七八)九月紀伊国熊野三社権現を勧 請して字腰村中山に奉祀し熊野社とよび鎮守とする。明治七年 (一八七四) 村社となり社号を熊野神社と改める。同四十二年(一九〇九) 二月に現在地に移転して、字半場東山の八坂神社を合祀、大字名 を冠し奥沢神社と改称」とあり、社記を裏付ける「奉修熊野三社 大権現天正六年(一五七八)九月十九日別当東林山大行院」銘の棟札 (五十二㎝)が内陣に納められている。
現社地は、『新編武蔵風土記稿」にある「妙見社」の社地で、現在 境内東に隣接する妙見神社は天之御中主神を祀っている。
尚、合祀した八坂神社には「奉造立牛頭天王御氏子繁昌息災祈 所・妙栄山浄蓮寺」と記す元禄十年(一六九七)の棟札(七十四四)が 現存する。
◇御祭神
いざなみのみこと伊弉冉尊
はやたまのおのかみ 速玉之男神
ことさかのおのかみ 事解之男神
・素戔鳴尊(合祀神)
と、いうことはもともとこの沢の神格の祀られていた古い場所に、妙見と熊野が後からやって来たってイメージかな。古い感じは、自然崇拝の聖地とかね… 縄文臭です😅笑…

本殿への急な階段

 
 

妙見宮があります

image
 そしてこの素晴らしい尾根筋ある石尊宮
(地図では奥沢神社奥宮とされている)

 

石尊とは石尊権現。つまりここも修験の香り強く、行場としての山の姿が見え隠れします。大山信仰の流れみたい。ふむふむ。大山信仰なのね。色々入り組んでるなあ。それにしても「石尊」って、古代の磐座信仰にも通じていそうです>「石神」=シャクジ(ミシャクチ)などなど。

梵天が立ってました
 
梵天と祭りと山岳信仰とかって
どんな関係か…?大山信仰は天狗信仰でもあるとか。秩父・横瀬の丘陵にある小さなやしろは「お天狗様」と呼ばれて、梵天を高く挙げるお祭りがありました。

そのお天狗様の社

梵天揚げの説明

 

 

残念なことに、横瀬のお天狗様のお祭りは数年前に途絶えました。武甲山と共にあった信仰でした。祭りを守ってきたご家族に感謝です。

こちらは武甲山御岳神社里宮の梵天

梵天って色々な種類があるのね🧐

 

 梵天・御幣・ぼんでん

神を招く目印として祭礼に用いられる道具。樹木や長い棒や竹などの竿に幣束を取り付けたもの。

神の依代(よりしろ)または奉納物としての大きな御幣(ごへい)。「ぼんてん」ともいう。語源については諸説あるが、「ほて」の語が梵天に引き寄せられたものであろう。「ほて」は目印として立てるものであり、西日本など広い地域で占有標をいう。秋田県その他でぼんでん祭りというのは、杉丸太に大きな御幣をつけ、火消しの纏(まとい)状にしたものを土地の神社に担ぎ込んで奉納する祭りである。福島・栃木・茨城県境の八溝山(やみぞさん)には干瓢(かんぴょう)ぼんでんなどを奉納する祭りもある。また江戸時代には、ぼんてんという、棒の先に魔除(まよ)けの御幣を数多く刺したものを、担いで売り歩く者があった。そのほか、魚などを串(くし)に刺して巻藁(まきわら)にたくさん突き立て、いろりの上などに吊(つ)る「べんけい」をいう地方もあり、魚の行商人を「ぼてふり」というのも、天秤(てんびん)棒から数本の縄を下げた形からの連想であろう。近世、劇場の櫓(やぐら)の左右に立てた2本の「招き」もぼんてんとよんだが、それらの先後関係は不明。

 

かかげるぼんでんに降りてくるのは

天狗?はたまた宇宙人?🤣

 

 

さて、話を小川町に戻すと、古墳がありました。穴八幡古墳。ここの気の流れもめちゃいい〜💕なんだか、小川町ってすごいパワーなんだな。古代から人が好んで住んでいたのはうなづけます。ほんと、気持ちいい。

 県指定史跡 穴八幡古墳

小川町大字大塚と増尾の間に位置する八幡台地のほぼ頂部に立地する穴八幡古墳は、埼玉県内でも最大級の規模を持つ方墳です。首長を治めた横穴式石室は南に開口し、内部には下里産出と考えられる大きな緑泥石片岩を利用しています。また、この位置が小 川の盆地を一望にみわたせることなどから、この古墳の被葬者はこの盆地を治めた有力人物であったのかも知れません。

新編武蔵風土記稿によれば、この古墳は寛文(1661〜1673年)の頃、切りくずして陸田にしようとしたとこ ろ、石室が現れたので中止したことが記されています。なお、文政十二(1829) 年、島田氏が八幡神社を勧請したので穴八幡と呼ばれるようになり、遠く江戸吉原のおいらん衆が奉納した提灯や手ぬぐいが残っていました。

 

すぐ側には八幡神社。ここも気持ちよかったよ。面白いのは狛犬。と、狛鳩。笑。下の下に写真。

八幡神社

所在地 比企郡小川町大字大塚

八幡神社は、元弘三年(1333)に、創建されたと伝えられている。

もりくにしんのう鎌倉幕府の滅亡に際し、将軍であった守邦親王は、慈光寺山麓の古寺の里に亡命し土豪猿尾氏に迎えられ、梅香岡に仮寓したという言伝えがある。

守邦親王が鎮守神明社の境内に勧請したのが、八幡神社のはじまりであるといわれている。

慶安二年(1649)、三代将軍家光より社領十石二 斗余を賜って以来歴代将軍から、御朱印を受けていたと 伝えられている。

守邦親王が生前、小字的場で馬術を練習した故事にな らって境内でかつて流鏑馬や馬くらべが行なわれていた。

八幡神社の大けやきは、町の天然記念物に指定されている名木で、この木が下から水を吸い上げるため、この地の井戸はどんな日照りでも水が涸れることがないと言 われている。

鳩!それも親子。鳥関係。鴨か烏か白鳥か。はたまた、金鵄か。

 

狛犬がじゃれてますよ!わんわん!…じゃないか…😅

ここもまぁ気持ちの良い神社でした。勧請された八幡神の前から聖地だったことがうかがえる、気持ちの良い場所でした…

 

 

 

以上

 

 

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秩父の連続投稿です

『秩父修験』とは?

熊野とつながりのある山岳信仰の由

武甲山の頂上には蔵王権現が祀られる

つまり熊野信仰

 

 「秩父修験道」

影森*はその名の示すとうり武甲山の陰に位置し立冬から立春まで日の出が遅くその上水の便悪く飲料水にも事欠く状態でしたから開発が遅れたことと思います。然し武甲山の北尾根?に伸びる岩山が走り東の斎所山・東の護国観音の地は共に大きな磐境で樹木もまばらでしたから(東南東?)には武甲の峰乾(北西)には両神山を眼前に望むことができました。その間一枡岩づたいの道は大木に覆われ?うっそうとしていたことと思われます。このような地形を利用して秩父修験の行者たちはこの道を何往復もし武甲山頂を拝し両神山をおろがみ邪心を去り?行を積まれました。こうした行者の方々が江戸へ出て観音講を広め喜捨をを受けその御寄進によって大仏を作りこの地に運び建てられました観音様には正徳四年の年号と江戸の大勢の方々の戒名が記されています。二十六番の岩井堂、二十七番の?影堂そして二十八の御堂も行者の方々の努力と地元の方の労力奉仕によって建造されたものであります。

「影森*」というのは、武甲山の北西山麓の地名です。

武甲山麓に琴平ハイキングコースという道があります。武甲山の北側を沿うように歩く道で、ここはいにしえの修験の道。巡礼道でもあったと思われます。その起点に札所二十六番の「岩井堂」があり、岩井堂を下ると二十七番大渕寺に至り、さらに西へ回り込むと二十八番橋立堂に辿り着きます。

 

ハイキングコースの途上には修験のお堂があり───

そこに上記の「秩父修験道」の木札があります。だいぶ雨風に晒され文字が消え掛かってます。あと何年持つのやら。新調しないのですかね。

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堂内部には、修験にまつわる仏尊の名が連なる…

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「象頭山大権現」とは金毘羅権現のことであり、金毘羅つまり「クベーラ神」インドのクベラ神の信仰がもともと???でも、「象頭」って、どう考えても「ガネーシャ神」だと思うのよね。。。。。習合されると、元々の神がわけわかめになるので、わかりませんけどね……

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雰囲気たっぷりのお堂です。丘陵のコースですが、アップダウンが激しく歩くかたは必ず登山靴で。

 

秩父地域の修験をたどるなら、ここも紹介せねば。

秩父大滝「普寛神社」木曽の御嶽山の王滝口を開いた上人を祀る神社です。

 
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「修験者、普寛行者は越後の八海山上州武尊山等を開き…云々」
ほぅほぅ八海山に武尊とは…びっくり
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「天台修験〜」と見えます、そうなんだね〜
ここ、大滝が普寛上人の生誕地なので、遺徳を偲び神社として祀っているということですね。

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境内の塚には、北辰講の文字が。つまり「星信仰」です。
 
その境内から山道を探りますと………何やら諏訪のミシャグチ信仰が臭ってくるぢゃないですか!えっっっ?!ミシャグチ???びっくり(急くあまり端折ってしまいましたが下記に説明あり)やはり、秩父と諏訪はとても密接ということがわかります。星信仰と、スターナビゲーション。
映画「旅するカジの木」……
合格♪お諏訪様だ〜縄文だ〜←─単純汗あいだの説明なさすぎてわけわかめになっている汗
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稲荷社
天神社
山神社
(合祀)
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ここはお稲荷さんですが、稲荷信仰とミシャグチ信仰は密接に繋がっているらしい(ミシャグチに詳しい友人によると)。そこには必ず巨石があり、磐座信仰と結びついている。磐座つまり、宇宙開闢の縄文の神とのつながり。自然崇拝の名残り。
そして

修験と縄文は切っても切り離せない何かがある。自然崇拝と山岳信仰。修験の行者は山を歩くことで、人の世界と神の世界を行き来することになる。

山は異界──

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人の世界ではないのです。昔の人は、山は平地から拝するものとしてきました。信仰の対象であり、田畑を潤す水神のおわす場所です。そして、祖先神がいる。子孫を見守り、幸せを願っている。この場所にはその一端が見えます。

 

 

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近くにあった祠に「諏訪」「意波羅山三社宮」(→ミシャグチ=三社宮)とある。この祠から秩父御嶽山に登るコースがあり、その脇に意波羅山がある。意波羅、なのか、意和羅、なのか?この名前の謂れは何か気になるのですが、わからない。
イワラ……イーシュワラ…インド頭で考えすぎ!
ミシャグチの痕跡が修験(普寛上人)と重なり、稲荷と重なり、縄文の息吹を伝えている…………山が、歴史を伝え、記憶をつなげてきたことが分かる。

スゴイネ

 

 

以上

 

 

 

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