妄想の突っ走るままに
書くのだ
熊野とインドを言葉遊びで繋げて
妄想を深める🤣
私の妄想はこうだ。熊野の「那智」の名前とナチケータという少年の名…インドの聖典「カタ・ウパニシャッド」に登場する少年の名前が似てる。ウパニシャッドが語る、ナチケータ少年の向かったところ…それは、黄泉の国…
インドの聖典
カタ・ウパニシャッド
ヤマ神(閻魔)が
心臓から親指大の神人プルシャ(真我)
を引き出すシーン
那智の滝
───「閻魔さま」→元はインド神話の「ヤマ」という死神が、日本に伝わって閻魔様となったものですが、そのヤマ神が支配るすのがヤマ・ローカ、つまりあの世、黄泉の国。熊野はイザナミが葬られた場所であり、「熊野」とは奥まったところ、つまりあの世の入り口とかそんな意味合いもある場所。
マンガのネタにしたいくらい楽しい妄想が膨らむ設定ではないですか…
よいこはマネしない
そのマンガの主人公は那智啓太という少年で、実は出身はインドのブラフマナ階級の子供だった。で、父に疎まれてヤマ・ローカ、つまり熊野にやってくる…というオープニング。
なんだそりゃと思うけど、妄想は無料😅その物語がやがて伝説となって伝わり、インドでは日本の熊野が黄泉の国として伝わり、裸形上人がそれを辿って来日。みたいな。わははは。妄想やりたい放題。
裸形上人の伝説について
インドから熊野に「裸形上人らぎょうしょうにん」という聖者がやってきて青岸渡寺せいがんとじを開基したという伝説があるそうです───
・飛鳥時代(6〜7世紀頃)とされるが具体的な年代は不詳
・那智の滝の神聖さに感銘を受けこの地で修行を行い、仏道を広めたとされる──
・裸形」は、衣を身につけず自然体で修行したことからという極端な苦行を行った高僧・聖者であることを示しているとも考えられる→インドならあり得るこういうスタイル…
・青岸渡寺の創建:裸形上人が那智山に庵を結び、そこで観音菩薩を祀ったのが青岸渡寺の始まりと伝わる
熊野那智山:青岸渡寺
何気に獅子のお手々がかわゆい
関連する伝説や文化
・熊野信仰との関係:青岸渡寺は後に熊野三山の一つ「那智大社」とともに、神仏習合の中心地となる。裸形上人も、熊野の自然信仰と仏教的な修行が融合した象徴的な存在と捉えられる。
・『補陀洛渡海』の思想:青岸渡寺では、観音浄土である「補陀洛(ふだらく)」への渡海(=自ら船に乗って海へ出て命を捧げる修行)も行われるようになるが、裸形上人の「現世離脱」の姿勢がその信仰に影響したという説もあります。→ナチケータ少年の黄泉行と似てる。ナチケータがどうやって黄泉に行ってヤマ神に会ったのか、謎なのだ。
補陀落渡海船 by wikipedia
(蛇足:「補陀落渡海」は、ほぼ生贄のように船に乗せられて強制的に海に流された人もいたとかいう怖い話も聞く…まじか)
〜裸形上人の位置づけ〜
・歴史的人物?:史実として確認できる情報はほとんどなく、空海や役行者のように後の時代から神格化・伝説化された可能性がある。裸形上人のような「神秘的な開山者」の物語は、庶民の信仰や巡礼文化の広がりに大きな影響があったと考えられる。
〜伝承〜
1. 那智の滝との出会い
裸形上人は各地を巡って修行をしていたとされ、あるとき那智の滝にたどり着き、その壮大な滝の姿に魅せられこの地に庵を結ぶ
2. 脱衣
上人は衣を脱ぎ捨て、裸で滝のそばで修行したと伝えられる。「この世の欲望を全て捨て去った」ことを象徴的に表す。
裸=無垢、無我、仏の境地を象徴。
3. 観音の霊告
修行中に観音菩薩が夢に現れ「この地を補陀洛の浄土とし、衆生を導け」と告げられた。これにより、観音を祀る青岸渡寺が開かれたという。
おまけ:サンスクリット語の解析
無理やりインドと結びつけるために、地名その他をサンスクリット語変換してみました❣️
・日本語─サンスクリット語─
裸形上人=Digambara Śramaṇa(ディガンバラ・シュラマナ) 「衣をまとわぬ修行僧」“Digambara”=「空を衣とする者」
青岸渡寺 Śītānīra-Tīrthavihāra「青く冷たい岸の霊場の寺」
那智の滝 Nācī-jala-dhārā 「那智の水の流れ」
補陀洛浄土 Potalaka-pure śuddha-lokaḥ 観音の浄土「補陀洛(ポータラカ)」の清らかな世界
観音菩薩 Avalokiteśvara Bodhisattva サンスクリットの原名
ディガンバラという語
(Digambara)はインドの出家者に実在する用語で、特にジャイナ教の修行者を指すこともあり…仏教でも「衣を脱ぎ捨てた苦行者」などの用法ができるかも的
青岸渡寺という名前
意訳
Śītāparyaṇa-vihāra(シーター・パリャナ・ヴィハーラ)
・śīta(シーター):冷たい、清らかな → 「青」のイメージ
・paryaṇa(パリャナ):岸、彼岸、または渡ること
・vihāra(ヴィハーラ):寺院、修行の場
>「清らかな岸(あるいは渡岸)の修行場」AIによる詩的意訳
直訳
Nīla-tīra-vihāra(ニーラ・ティーラ・ヴィハーラ)
・nīla(ニーラ):青、深い色
・tīra(ティーラ):岸
・vihāra(ヴィハーラ):寺院
>「青き岸辺の寺」
青岸を「西岸」と訳してみる
「西岸」=西の岸=彼岸(仏の世界)を象徴する言葉で訳する
「西岸渡寺」=「西の岸を渡るための寺」=彼岸に至る修行の場
Paścima-tīra-vihāra
(パシュチマ・ティーラ・ヴィハーラ)
・paścima(पश्चिम):西、西方
・tīra(तीर):岸、岸辺
・vihāra(विहार):寺、僧院、修行の場
पश्चिमतीरविहार(Paścima-tīra-vihāra)
पश्चिमतीरविहार は「西方の岸に至るための修行寺院」すなわち阿弥陀仏の西方浄土などとも重なる、仏教的意味を持った表現。
熊野があの世ならば、青岸よりも西岸の方がよりそれっぽい。ナチケータがインドからたどり着いたあの世ならば、西岸だよね〜
っと、妄想を深くする。
那智啓太が面会したえんま様はどんな方だったろうか?
ウパニシャッドでは、ヤマ神が説いた教えは、この世の真理で、覚者が知る知識だったけど、やはり日本にはその知識が元からあったのか???それが言霊なのかしらね…
はい、終わり。
こころあらわれ
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