武甲山の丁目石
丁目石(ちょうめいし)は、昔の日本において街道や町の区画を示すために設置された石のことです。「丁目」は都市の区画を示す単位で、現在の日本でも住所の一部として使われています。丁目石はその区画を示すために道沿いに設置され、町名や丁目番号が彫られていることが一般的です。
江戸時代には、町の大きさや距離感を示す目印として重要な役割を果たし、特に大都市では頻繁に見られました。現在でも歴史的な地区や古い町並みを歩くと、当時の丁目石が残っていることがあります。これらは、昔の都市計画や街道の仕組みを知るうえで貴重な歴史的資料となっています。
武甲山の丁目石を、一番から頂上まで載せたいと常々思っていたので、今回やっと実行しました。が、数枚足りなかった。
足りない丁目は、ぼちぼち追加していく予定です。
早速、一丁目〜六丁目が無い![]()
とりあえず、七丁目から………
(未:十一〜十三丁目)
(未:十五、十六丁目)
しかし、写真の季節と年度がバラバラなので、劣化の激しいものとか、新し目のものとかごちゃ混ぜです。
(未:二十五丁目)
大杉の広場:三十三丁目
(未:四十一丁目)
(未:四十三〜四十五丁目)
四十六丁目辺りに
武甲山の生きとし生けるものへの
慰霊を込めての塔婆がある
頂上直下の水場…観音様が祀られています。
(未:四十八丁目)
〜頂上の白鳥神社〜
頂上
う〜む…19個の石を撮り残しています。。。
また登るので、追加されたらお知らせします。
全体の風景:冬 琴平ハイキングコースから
武甲山は、破壊の激しい山ですが、これほど愛されている山もないような気がします。登る人たちが、祈りを込め感謝し願い、地元の人には日々生活の中に見上げる山として存在します。
秩父の歴史を見守り、信仰を支え、ある人には利権の、ある人には感謝の対象。
ここまで破壊され、なお人の生活を支え続けた慈悲深き山。
観音霊場、秩父の象徴としてこれほどの存在はありません。
ただただ感謝。
いにしえの
かげささやきて
ここになと
ときは名枯れり
おもひもせずと
お粗末です
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