以前、ある場所で、映画のワンシーンを受講生の皆さんに演じてもらったことがあります。
その台本を演じるのは、その日が初めて。
まだ、何の役作りもしていません。
一度演じてもらったあと、僕は聞きました。
「相手とセリフを交わして、あなたは何を感じましたか?」
すると、皆さん、台本に書かれた設定に沿って答えるんです。
「この二人は、15ヶ月ぶりに再会した夫婦だと書いてあるから、懐かしさを感じました」
「相手に子どもを預けたきりだったので、子どもが心配になりました」
「15ヶ月間も子どもを任せきりにしていたことを、すごく申し訳なく感じました」
そこで、僕は聞き直しました。
「『あなたは』、いま、何を感じましたか?」
すると、一人の受講生が、静かに手を挙げました。
「正直、15ヶ月離れていたという実感が湧かなかったです。セリフを交わしていても、どこか他人事のように感じました」
すると、ほかの人からも声が上がり始めました。
「子どもに対する実感は、正直なかったです」
「相手に申し訳ないという気持ちは湧かなかった。ただ、初めてセリフをやり取りして、楽しかったなって」
「自分が演じているキャラクターに対して、『イヤな奴だなぁ』と思っちゃいました」
面白いですよね。
最初の答えでは、みんな、台本の中に「正解」を探していたんです。
この設定なら、こう感じるはず。
この人物なら、こう感じなければならない。
でも僕が聞きたかったのは、
「あなたは、本当に何を感じた?」
ということでした。
正解を出す必要はありません。
そもそも、初めて相手とセリフを交わしたその瞬間に、正解なんて分からない。
実際に相手を見て、声を聞いて、やり取りをしてみる。
そしてまず、俳優自身の中に何が起こったのかを受け取ってみる。
そこから始めてみてほしいんです。
自分が実際に感じていることよりも、「台本にはこう書かれているから」という情報を優先してしまうと、台本の設定を説明するように演じ始めます。
そして、やがて。
本当に自分が感じていることに、気づけなくなってしまう。
自分に正直でいること。
自分の中から湧き上がってきた感覚、感情、衝動を、まずは素直に受け取ること。
そこから始めましょう。
ところが、台本を手渡された途端、僕たちは「正解探し」を始めてしまいます。
これは、ある意味では自然なことなのかもしれません。
台本を演じるということは、「役を正しく演じなければ」「演出家や観客から評価される」という意識にもつながりやすい。
怖くなれば、正解が欲しくなります。
だからこそ、ありのままの自分に起きたことを、そのまま受け取るのが難しくなる。
そこで、僕がトレーニングとして大切にしていることの一つに、
「台本のないコミュニケーション」
があります。
設定もありません。
そこにいるのは、いつもの俳優同士。
まず、ただ握手をする。
そして聞きます。
「何を感じた?」
次に、一言だけ言葉を交わしてみる。
「こんにちは」でもいい。
「久しぶり」でもいい。
まだ、設定は作りません。
ところが、たった一言を交わしただけでも、自分の中に何かが生まれることがあります。
それを少しずつ、二行、三行と増やしていく。
すると不思議なことに、設定を与えていないのに、俳優の中に勝手に世界が見え始めることがあります。
つまり、
想像力が、自分から動き始める。
「久しぶり」
そう言った時の、相手の表情を見ただけで、
「おや? この人、あまり嬉しそうじゃないな。僕、何か悪いことをしたのかな?」
「昔は仲が良かったけれど、疎遠になってしまった友人同士なのかな?」
「これ、もし親子だったら……『久しぶり』って、ずいぶん切ない言葉だな」
そんな想像が、自然に湧いてくる。
誰かに「想像してください」と言われたわけでもないのに。
人は、日常でも、いつも想像しながら生きています。
目の前にあるわずかな情報から、その先を予測したり、相手の気持ちを推し量ったりする。
しかも、その想像はとても具体的です。
ところが、演技になった途端、その自由な想像が働かなくなることがある。
なぜでしょう。
もしかすると、
「正解」を探し始めるからなのかもしれません。
だから。
正解探しを手放すほど、想像は自由に動き始める。
僕は、そう考えています。
この自由が少しずつ育ってきたら、それを損なわないように、徐々にセリフを増やし、やがて台本へ移っていきます。
すると、
「この設定なら、こう感じるべきだ」
という答えを先に作るのではなく、
目の前の相手から受け取り、自分の中に生まれた感覚や想像から、役の世界へ入っていけるようになります。
今、ここにあるものを受け取ること。
そして、
ここにあるものから、演じること。
「きっと、こう感じるのが正解だろう」
そう考えたとしても、今この瞬間にそう感じていないのなら、それはまだ「ここにはないもの」です。
まずは、自分が何を感じているのか。
それが正しいか、間違っているかを判断する前に、素直に受け取ってみる。
そのためには、正解を求められる環境では難しいこともあります。
何を感じても、
「Yes!」
と受け止めてもらえる場所が必要です。
現場では、いつもそうできるとは限りません。
だからこそ、自分が素直でいられる稽古場を持っておくことは、とても大切だと僕は思います。
俳優に「Yes!」と言える、肯定的な環境。
自分の感覚や想像に「Yes!」と言える、素直な俳優。
そして、相手の演技に「Yes!」と言える、相手への尊重を忘れない俳優。
これは、無理にすべてを肯定しようとすることとは違います。
まず、
「今、ここに、それがある」
という事実を否定しないこと。
そこから、探究を始める。
だから僕は、
まず、
「Yes!」
なのです。
もうひとつ、探究を読む
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