本日2021年9月5日の天声人語は、また不要不急の取材で能登まで行ったらしい。愚かなことだ。
しかも「赤字の砂浜」とは、陳腐な言葉で笑ってしまった。話しは笑い事ではない。もしかしたら温暖化の影響で海流の変化もあるかも知れない。人為的な活動が自然を間接的に破壊することはよくある。人間のために砂浜が存在していたわけでもない。人間が自分たちに都合がよい形に残したいだけだが、それを壊したのも人間だった。
それにしても天声人語の記者は馬鹿なのか読者を馬鹿にしているのか?海あるところに砂浜はあるが、砂浜は形を変えている。どこだったか外国のリゾートはホテル際まで浸食が進んでいる。砂浜を守るため浸食を止めるために対策しているところは山ほどある。初めて現実を知ったのなら、無知蒙昧と言うしかない。作文はよくても中身はないのが最近の天声人語。天の声とは片腹痛い。
朝日新聞は過去ばかり総括せよと言うが、私は総括という言葉が大嫌いだ。総括と聞くと、連合赤軍が榛名山で仲間を殺したことを思い出す。仲間に些細なことの総括を求め永遠に総括になっていないと言い続け殺していった、忌まわしい事件だ。言葉に罪はないが、求める側が納得しない限り終わらない一方的な押しつけ反省をイメージしてしまう。
過去の分析は必要だ。同じことを繰り返してはいけない。だが、総括はいらん。身勝手な評価は意味がない。総括は朝日新聞が独自にやればよいことだ。
そんなことより、基軸を明確にすべきだ。日本は米国の傘に入るのか入らないのか?入るのなら米国への協力は必要だ。入らないのなら独自の安保が必要で、例えばスイスは軍備を持ち徴兵制もあると聞く。永世中立を守るための決意がある。朝日新聞の論調は何でも反対。何にでもケチをつける。芯が全くない。結果の悪いところだけを強調する見出しといい、どんどん質が低下している。困ったものだ。
菅首相が自民党総裁選に出ないことになった。今まで散々批判してきた新聞やコメンテーターは喜んで、次の政権を予測すればよい。だと思うのだが、1日で判断を変えたとか言う必要あるのか?辞めるべきと言っていて辞めたんだから、よく決断したでいいのでは?新聞やコメンテーターがこれだから、イジメなど無くなるはずがない。政策は批判してもよいが、辞めるんだから無責任とか誰でも言えるが責任って何かも説明できないのに、言っても仕方がない。自民党の選出責任を言うなら、それは有権者の責任を問うべきだ。この状態でも、安倍氏が選挙に当選するなら、有権者の問題だ。菅首相も衆議院選挙に勝かもしれない。それは有権者が菅首相は悪くないと考えているのだ。少なくとも地元の有権者は。
立憲民主党が選択肢になるならよいのだがそんな気は毛頭しない。まず自民党に危機感を持たせられれば今回の選挙は意味があったと思える。それには自民党の総裁選なんかどうでもよく、今どうするかを言うことだ。自民党の批判しても、自民党が目立つだけ。露出も増えて有利になるだけなのだがな。