大田区の臨海斎場からの帰り道だった。
芝浦あたりの交差点の停止線で車を止めた。
信号が赤になったのだ。
交差点は、片側二車線どうしが交わっている。
右折レーンも四方にあった。
さて、停止線で止めた後、フロントガラス越しに正面奥の横断歩道をみた。
そこで待っている人が気にかかったのだ。
余程急いでいたのだろうか。
かなりはみ出して待っている。
いや、正確には、まだ信号が赤なのにソロソロと進んでいる。
三十才くらいの男の人だった。
「気が早い人だな」
私は一人つぶやいた。
すると、その直後、その人はいよいよ横断歩道を普通の歩調で渡り始めた。
堂々と歩いていた。
まだ歩行者用信号は赤である。
「危ない」
私は再び一人車内で声を出した。
なんと、右折レーンから来た車が、その人の直前を横切って曲がったのだ。
車の右折を許可する矢印信号は青だった。
完全に歩行者の見切り横断である。
事故にならなくてよかった。
それにしても、どうして、たった十秒か十五秒を待てないのだろうか。
おおいに不思議である。
さらに驚くべきことに、その人は歩道を横断した後、普通に歩いていた。
数十秒を惜しんでいたのである。
渡り終えれば走っているくらいで当然だろう。
いったいどんな意図があったのだろうか。
身勝手にも程がある。
自分が怪我をするだけなら自業自得である。
しかし、まきこまれた運転手は大迷惑である。
あの人にとって、この世は人並み以上に生きづらいことであろう。
世の中、我慢しなければいけないことは多くある。
それなのに、あの程度の忍耐力しかないのである。
心穏やかに生活できるはずがない。
情けない。
お釈迦さまの御教えに、以下の御言葉があります。
『忍耐・堪忍は最上の苦行である。ニルヴァーナは最高のものであると、もろもろのブッダは説きたまう。他人を害する人は出家者ではない。他人を悩ます人は〈道の人〉ではない』
【岩波文庫 ブッダの真理のことば・感興のことば中村元先生訳P36】
ありがとうございました。