知恵を求める人のためのブログです。

今回は、イスラエルとパレスチナに関して、多くの人が間違った考えをしていることに関する話です。

まず、今回の戦いはハマスによるイスラエル人の殺害と人質が発端であるという点です。
イスラエルが反撃でハマスだけではなく一般市民をも巻き込んでいるという点もあります。

世界の大半の人々は特に後者の一点だけを取り上げてイスラエルを非難しイスラエルの攻撃に反対をしています。
しかし、原点はハマスが計画的にイスラエルを攻撃し人質を取ったことにあるのです。
この点を忘れてはなりません。

例えば、
日本が真珠湾攻撃をしたことに対して、アメリカは、東南アジアの日本軍を壊滅にし、沖縄では大勢の一般市民を殺害し、本土空襲で、更には広島、長崎での原爆で大勢の一般市民を殺害しました。
世界は、これを非難したでしょうか

 

ベトナムでもアメリカが枯れ葉剤などを用いて、多くの奇形児を誕生させました。
焼夷弾よりも残酷な爆弾を用いて大勢の市民を殺害また薬害を生じさせて来たのです。
ベトナム戦争では世界中の人々がアメリカを非難し戦争を止めるようデモを行いました。

 

イラクでは言いがかりをつけてフセインを捕え、イラクに引き渡し殺害させました。
こうしたアメリカを非難しアメリカに仕返しをしたオサマ・ビンラデンをオバマの時に殺害しました。

今回のハマスの攻撃に対して、なぜ、多くの人々がイスラエルを非難するのか分かません。
非難するなら、まず、ハマスを非難するべきです。

そして、過去の戦争に関して、アメリカを
他にも、ドイツ、ロシア(ソ連)も非難の対象です。
日本もこれに加えられるべきです。

日本人は加害者でもあり被害者でもあるからです。
 

ハマスの肩を持つのは、ガザの人々に対する同情からです。
戦争では一般人が巻き込まれることは当然のこととして行われるのです。

兵士だけの戦争というのは有り得ないし現実的ではないからです。


ウクライナに対するロシア軍は無関係なウクライナ市民を大勢殺しています
世界中が反対してもプーチンは考えを変えようとしません
トランプが言っても聞かないのですから、誰が言っても聞かないでしょう。
もはや、プーチンを亡き者にする以外方法はないのです。

ガザでの根本原因は、
西暦1世紀にローマ軍によってイスラエル人(ユダヤ人)が国を失い、世界中に散らされたことに始まります。
そこに、異教徒のパレスチナ人たちが無断で住み着くようになったのです。
エルサレムにイスラム教のドームが建設されたのもこの後のことです。
パレスチナ人たちが住んでいる土地もともとはユダヤ人もしくはイスラエル人のものだったのです。
したがって、第二次世界大戦後イスラエル人たちが自分たちの土地に帰って来た時にパレスチナ人たちは土地を明け渡すべきだったのです。
イギリスにより、ヨシュアにより確保された土地のおよそ半分だけがイスラエルに与えられましたが、残りの土地ではパレスチナの人々が住み続けました。(地図を参考)
そのため、イスラエルはパレスチナ人に対し攻撃を続けて今日に至っているのです。

歴史的背景を無視したある人たちパレスチナ人を擁護しテロや戦闘が行ってきたのです。

あなたは自分の土地に他の人が住んでいたら立ち退きを求めるのではありませんか
イスラエルは当然のことをしているだけなのです。

 

ただ、ネタニヤフの考えはただ人質を解放させるというだけではないようです。

ハマスの攻撃をきっかけにハマスの壊滅を目的としている点です。

加えて、ハマスを支援するイラン(ペルシャの時代からの敵)やシリア南部にいるヒズボラなどや一部クルド人も含まれているようですが彼らがハマスの動きに乗じてイスラエルを攻撃したことに対する反撃もあります。

  

中東地域で四面楚歌状態のイスラエルとしては自国の防衛のために周囲を威嚇することはある意味当然のことだと思います。

イスラエルを政治、軍事共に支援しているのはアメリカです。

ウクライナへの軍事支援に関しても強力な武器支援の元はアメリカです。

今や、ロシア対アメリカおよびEUという構図になっています。

おそらく、戦っている当事者のウクライナの考えや思いは状況により殆ど考慮されず、アメリカとEUの思惑で物事が進展していくのです。

依然として、ロシアによる攻撃は続いています。

なぜ、世界はロシアに対する非難の声が小さくなったのでしょうか。

なぜ、ガザに、より注目しているのでしょうか。

ロシア兵はそれより酷いことをウクライナでして来たのです。

なぜ、多くの人々は問題の本質を歪めているのでしょうか。

それは、世界的に漂っている「同情」という空気感です。

同情することが悪いと言っているのではありません。

そうした空気感の背後にいる「存在」の目的があるのです。 

 

(参考 ヨブ記

ヨブはサタンの攻撃を受けて二度の災難で、息子たちや財産を失いそして自分の体が病気にかかりました。

勿論、ヨブやヨブを慰めに来た三人の友(?)はヨブに生じた事柄の背後にこうしたことがあったことを知りません。

そのため、三人の友たちは、ヨブが罪となることをしたので神が罰を与えたのだと主張し、それに対してヨブは自分は罪となることをしていないと述べた上に、神に対する間違った考えを主張しました。

 

ヨブと三人の友は、エリフによって間違った考えを正され、最後に、神がヨブと三人の友を諫めます

二度も酷い災難に遭遇しても「神を呪う」ことをせず神の期待に応え、ご自分に対する忠実を保ったゆえに、神はヨブの持っていたものすべてを元の二倍した報いを与え元の状態に戻しました。

 

このヨブに生じた出来事は今の私たちに何を教えているでしょうか

1 ヨブはノアのような存在だったこと。

2 人が災難に遭遇した時、神に対する正しい考えの持ち方とはどのようなものか。

3 エリフのような「助言者」も存在すること。

4 神に対する忠実を保つなら、ノアやヨブのような報いを受けること。

などを教えています。

 

世界中に漂っている「空気感」の背後にいるのはヨブを攻撃した悪魔またサタンと呼ばれる存在であることは明らかです。

最後に、現代に対する「神の預言」を皆さんにお伝えします。

参考、終わり)  

 

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参考 ヨシュアによって分配されたイスラエルの所有地

     

 

  

この地図でわかるように、ガザを含めパレスチナ人たちが住んでいる土地はすべて神により与えられたイスラエルの土地だったのです。

およそ、2000年前にローマ軍によって散らばされたとはいえ、放棄したわけではないのです。

  

戦争などの戦いは、いつでも残酷なことです。

一般市民が巻き込まれることも仕方がないことです。

非難されるべき人間は、戦争を起こした人々であることは自明なことです。

それは、プーチンであり、ハマスの指導者であり、アメリカの歴代の大統領であり、戦前の日本の陸海軍の指導者たちなのです。 

  

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ヨハネによる啓示の書

14章-18章

14章
またわたしが見ると,見よ,子羊がシオンの山に立っており,彼と共に,十四万四千人の者が,彼の名と彼の父の名をその額に書かれて[立っていた]。

2 またわたしは,多くの水の音のような,そして大きな雷鳴のような音が天から出るのを聞いた。わたしが聞いた音は,自分で弾くたて琴に合わせて歌う歌い手たちの[声]のようであった。

3 そして彼らは,み座の前および四つの生き物と長老たちの前で,新しい歌であるかのような[歌]を歌っている。地から買い取られた十四万四千人の者でなければ,だれもその歌を学び取ることができなかった。

4 これらは女によって自分を汚さなかった者である。事実,彼らは童貞である。これらは,子羊の行くところにはどこへでも従って行く者たちである。これらは,神と子羊に対する初穂として人類の中から買い取られたのであり,

5 その口に偽りは見いだされなかった。彼らはきずのない者たちである。
6 また,わたしは別のみ使いが中天を飛んでいるのを見た。彼は,地に住む者たちに,またあらゆる国民・部族・国語・民に喜ばしいおとずれとして宣明する永遠の良いたよりを携えており,

7 大声でこう言った。「神を恐れ,[神]に栄光を帰せよ。[神]による裁きの時が到来したからである。それゆえ,天と地と海と水のわき出るところとを造られた方を崇拝せよ」。
8 また,別の,二人目のみ使いがそのあとに従って,こう言った。「彼女は倒れた! 大いなるバビロン,あらゆる国民に自分の淫行の怒りのぶどう酒を飲ませた者は倒れた!」
9 また,別のみ使い,三人目の者が彼らの後に従い,大声でこう言った。「野獣とその像を崇拝して,自分の額または手に印を受ける者がいれば,

10 その者は,憤りの杯に薄めずに注がれた神の怒りのぶどう酒を飲むことになり,聖なるみ使いたちの見るところで,また子羊の見るところで,火と硫黄による責め苦に遭わされるであろう。

11 そして,彼らの責め苦の煙は限りなく永久に上り,彼ら,すなわち,野獣とその像を崇拝する者,まただれでもその名の印を受ける者には,昼も夜も休みがない。

12 ここが,聖なる者たち,すなわち神のおきてとイエスの信仰を守る者たちにとって,忍耐となるところである」

(参考 この三人のみ使いたちは前のみ使いの後に従っていることから、この出来事は連続して生じる

 ことを示しています)


13 またわたしは,天から出る声がこう言うのを聞いた。「こう書きなさい: 今からのち主と結ばれて死ぬ死人は幸いである。しかり,彼らはその労苦を休みなさい,彼らの行なったことはそのまま彼らに伴って行くからである,と霊は言う」。
14 またわたしが見ると,見よ,白い雲が[あり],その雲の上には人の子のような者が座っており,その頭には黄金の冠があり,その手には鋭い鎌があった
15 また,別のみ使いが神殿[の聖なる所]から現われ出て,雲の上に座っている者に大声でこう叫んだ。「あなたの鎌を入れて刈り取ってください。刈り取る時が来たからです。地の収穫物はすっかり熟しているのです」。

16 すると,雲の上に座っている者がその鎌を地に突き入れ,地は刈り取られた。
17 また,さらに別のみ使いが天にある神殿[の聖なる所]から現われ出たが,彼も鋭い鎌を持っていた。
18 また,さらに別のみ使いが祭壇から現われ出たが,彼は火に対する権威を持っていた。そして,鋭い鎌を持つ者に大声で呼ばわって言った,「あなたの鋭い鎌を入れて,地のぶどうの木の房を集めなさい。そのぶどうは熟したからである」。

19 すると,み使いは鎌を地に突き入れて,地のぶどうの木の取り入れを行ない,それを神の怒りの大きなぶどう搾り場に投げ込んだ。

20 そして,その搾り場は都市の外で踏まれ,搾り場から血が出て馬のくつわに届くほどになり,千六百ファーロングの距離に及んだ。

15章
また,わたしは天に別のしるしを見た。大いなる不思議な[しるし]であり,七つの災厄を携えた七人のみ使いがいた。これは最後の者たちである。彼らによって神の怒りは終わりに至るからである。
2 そしてわたしは,火の混じった,ガラスのような海と思えるもの,また,野獣とその像とその名の数字から勝利を得る者たちが神のたて琴を持って,そのガラスのような海のそばに立っているのを見た。

3 そして,彼らは神の奴隷モーセの歌と子羊の歌を歌ってこう言う。
「全能者なるエホバ神,あなたのみ業は偉大で,驚くべきものです。とこしえの王よ,あなたの道は義にかない,真実です。

4 エホバよ,本当にだれがあなたを恐れないでしょうか,あなたのみ名の栄光をたたえないでしょうか。ただあなただけが忠節な方だからです。あらゆる国民はみ前に来て崇拝するのです。あなたの義なる定めは明らかにされたからです」。
5 また,これらのことの後にわたしが見ると,天において証しの天幕の聖なる所が開かれ,

6 七つの災厄を携えた七人のみ使いが聖なる所から現われ出た。清い,輝く亜麻布をまとい,胸には黄金の帯を締めていた。

7 そして,四つの生き物の一つが,それら七人のみ使いに,限りなく永久に生きておられる神の怒りを満たした七つの黄金の鉢を与えた

8 すると,神の栄光のゆえに,またその力のゆえに聖なる所は煙で満たされ,七人のみ使いの七つの災厄が終わるまでだれも聖なる所の中へ入ることはできなかった。

16章
そして,わたしは聖なる所から出る大きな声が七人のみ使いにこう言うのを聞いた。「行って,神の怒りの七つの鉢の中から地に注ぎ出しなさい」。
2 そして,第一の者が出て行って,自分の鉢の中から地に注ぎ出した。すると,害をもたらす悪性のかいようが,野獣の印を持ち,その像を崇拝していた者たちに生じた。
3 また,第二の者がその鉢の中から海に注ぎ出した。すると,それは死人の血のようになり,すべての生きた魂が,[しかり,]海にあるものが死んだ。
4 また,第三の者がその鉢の中から川と水のわき出るところとに注ぎ出した。すると,それらは血になった。

5 そしてわたしは,水をつかさどるみ使いがこう言うのを聞いた。「今おられ,かつておられた方,忠節な方,あなたは義にかなっておられます。このような決定を下されたからです。

6 彼らは聖なる者と預言者たちの血を注ぎ出しましたが,あなたは彼らに血を与えて飲ませました。彼らはそうされるに価するのです」。

7 また,わたしは祭壇がこう言うのを聞いた。「そうです,全能者なるエホバ神,あなたの司法上の決定は真実で義にかなっています」。
8 また,第四の者がその鉢の中から太陽の上に注ぎ出した。すると,[太陽]には,人を火で焦がすことが許された。

9 そして,人々は激しい熱で焦がされたが,彼らは,これらの災厄に対して権威を持たれる神の名を冒とくし,悔い改めて[神]に栄光を帰するようにはならなかった。
10 また,第五の者がその鉢の中から野獣の座の上に注ぎ出した。すると,その王国は暗くなり,彼らは苦痛のあまり自分の舌をかみはじめた。

11 しかし,その苦痛とかいようのために天の神を冒とくし,自分の業を悔い改めなかった。
12 また,第六の者がその鉢の中から大川ユーフラテスの上に注ぎ出した。すると,その水はかれてしまった。日の昇る[方角]から来る王たちのために道が備えられるためであった。
13 そしてわたしは,かえるのように[見える]三つの汚れた霊感の表現が,龍の口から,野獣の口から,偽預言者の口から出るのを見た。

14 それらは実は悪霊の霊感による表現であってしるしを行ない,また人の住む全地の王たちのもとに出て行く。全能者なる神の大いなる日の戦争に彼らを集めるためである。
15 「見よ,わたしは盗人のように来る。目ざめていて自分の外衣を守り,裸で歩いて自分の恥を人に見られることがないようにする者は幸いである」。
16 そして,それらは[王たち]を,ヘブライ語でハルマゲドンと呼ばれる場所に集めた。
17 また,第七の者がその鉢の中から空気の上に注ぎ出した。すると,大きな声が聖なる所の中から,み座から出て,「事は成った!」と言った。

18 また,稲妻と声と雷が生じ,人が地上に現われて以来起きたことのないような大地震が起きた。非常に大規模な地震で,甚だ大きかった。

19 そして,大いなる都市は三つの部分に裂け,諸国民の[数々の]都市が倒れた。そして,大いなるバビロンは神のみ前で思い出された。それは,[神]の憤りの怒りのぶどう酒の杯を彼女に与えるためである。

20 また,すべての島は逃げ,山々は見えなくなった。

21 そして,それぞれの重さが一タラントほどもある大きな雹が天から人々の上に降り,人々は雹の災厄のために神を冒とくした。その災厄が異常に大きかったからである。

17章
また,七つの鉢を持つ七人のみ使いの一人が来て,わたしと話してこう言った。「さあ,多くの水の上に座る大娼婦に対する裁きをあなたに見せよう。

2 地の王たちは彼女と淫行を犯し,地に住む者たちは彼女の淫行のぶどう酒に酔わされた」。
3 そして彼は,霊[の力]のうちにわたしを荒野に運んで行った。そこでわたしは,冒とく的な名で満ちた,七つの頭と十本の角を持つ緋色の野獣の上に,ひとりの女が座っているのを目にした。

4 また,その女は紫と緋で装い,金と宝石と真珠で身を飾り,手には,嫌悪すべきものと彼女の淫行の汚れたものとで満ちた黄金の杯を持っていた。

5 そして,額にはひとつの名が書いてあった。それは秘義であって,「大いなるバビロン,娼婦たちと地の嫌悪すべきものとの母」というものであった。

6 またわたしは,その女が聖なる者たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。
さて,彼女を目にした時,わたしは非常に不思議に思った。

7 すると,み使いがわたしに言った,「なぜ不思議に思ったのか。わたしは,女と,その[女]を運んでいる,七つの頭と十本の角を持つ野獣の秘義をあなたに告げよう

8 あなたの見た野獣はかつていたが,今はいない。しかし底知れぬ深みからまさに上ろうとしており,そして去って滅びに至ることになっている。こうして,その野獣がかつてはいたが,今はおらず,後に現われるようになるのを見る時,地に住む者たちは驚いて感心するであろう。しかし彼らの名は世の基が置かれて以来命の巻き物に書かれていない。
9 「ここが知恵の伴うそう明さの関係してくるところである。七つの頭は七つの山を表わしており,その上にこの女が座っている。

10 そして七人の王がいる。五人はすでに倒れ,一人は今おり,他の一人はまだ到来していない。しかし到来したなら,少しの間とどまらなければならない。

11 そして,かつていたが今はいない野獣,それ自身は八人目[の王]でもあるが,その七つから出,去って滅びに至る。

(参考 八人目の王には「山」がありません。

 つまり、この[現代の]王支配する「地域」を持たないことを示しています)


12 「また,あなたが見た十本の角は十人の王を表わしている。彼らはまだ王国を受けていないが,一時のあいだ野獣と共に王としての権威を受けるのである。

13 これらの者は一つの考えを抱き,それゆえに自分たちの力と権威を野獣に与える。

14 これらの者は子羊と戦うであろう。しかし子羊は,主の主,王の王であるので,彼らを征服する。また,召され,選ばれた忠実な者たちも彼と共に[征服する]」。
15 また彼はわたしに言う,「あなたの見た水,娼婦が座っているところは,[もろもろの]民と群衆と国民と国語を表わしている。

16 そして,あなたの見た十本の角,また野獣,これらは娼婦を憎み,荒れ廃れさせて裸にし,その肉を食いつくし,彼女を火で焼き尽くすであろう。

17 神は,ご自分の考えを遂行することを彼らの心の中に入れたからである。すなわち,彼らの王国を野獣に与えて[彼らの]一つの考えを遂行し,神の言葉の成し遂げられるに至ることである。

18 そして,あなたの見た女は,地の王たちの上に王国を持つ大いなる都市を表わしている」。

18章
これらのことの後,わたしは,別のみ使いが天から下って来るのを見た。彼は大いなる権威を持っており,地は彼の栄光によって明るく照らされた。

2 そして,彼は強い声で叫んで言った,「彼女は倒れた! 大いなるバビロンは倒れた。そして,悪霊たちの住みか,あらゆる汚れた呼気のこもる場所,またあらゆる汚れた憎まれる鳥の潜む場所となった! 

3 彼女の淫行の怒りのぶどう酒のためにあらゆる国民が[いけにえ]にされ,地の王たちは彼女と淫行を犯し,地の旅商人たちは彼女の恥知らずのおごりの力で富を得たからである」。
4 また,わたしは天から出る別の声がこう言うのを聞いた。「わたしの民よ,彼女の罪にあずかることを望まず,彼女の災厄を共に受けることを望まないなら,彼女から出なさい。

5 彼女の罪は重なり加わって天に達し,神は彼女の[数々の]不正な行為を思い出されたのである。

6 彼女自身が返したとおりに彼女に返し,二倍を,つまり,彼女が行なったことの二倍を彼女に行ないなさい。彼女が混ぜ物を入れた杯に,二倍の混ぜ物を彼女のために入れなさい。

7 彼女が自分に栄光を帰し,恥知らずのおごりのうちに暮らしたその分だけ,彼女に責め苦と嘆きを与えなさい。彼女は心の中で,『わたしは女王として座す。やもめなどではない。嘆きを見ることは決してない』と言いつづけているからである。

8 そのために,彼女の災厄は一日のうちに来る。それは死と嘆きと飢きんであって,彼女は火で焼き尽くされるであろう。彼女を裁いたエホバ神は強い方だからである。
9 「そして,彼女の焼かれる煙を見る時,彼女と淫行を犯し,恥知らずのおごりのうちに暮らした地の王たちは,彼女のことで泣き,悲嘆して身を打ちたたくであろう。

10 また,彼女の受ける責め苦を恐れるあまり,遠く離れたところに立って,こう言うであろう。『気の毒だ,気の毒なことだ,大いなる都市よ,強力な都市ともあろうバビロンよ,あなたの裁きが一時のうちに到来したとは!』

 

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ここに記されている事柄は、必ずしも順番通りではありません。

比喩的に表現された予告でもあり実際に生じた出来事でもあり、これらが重複しているので少し分かりにくくなっているだけです。

おそらく、現在の世界情勢は、最後の七つの鉢が注がれる「いずれかの段階」にあると思われます。

具体的に記されていないので、この預言の適用に関する解釈は「広範囲」に渉るものと考えられ、また、理解するには神慮と深い洞察力を必要とします。

現在、この理解と解釈を正確に、また、明確に伝えている組織、また、個人はいません

理解する人はいたとしてもそれを伝える人も聞く人もいないからです。

参考:ものみの塔もその存在ではありません。 

知恵を求める人のためのブログです。

今回は、二分された世界の行く末についてです。

 

あなたはこの先世界がどのようになると予想していますか。

希望に満ちた明るい将来ですか、それとも、競争と争いに満ちた混沌とした将来ですか。

どちらの将来にしても、人々の欲望や犯罪は無くなりません

 

つまり、平和で穏やかな将来は期待出来ないということです。

おそらく、見識のある人々は皆このように考えていると思います。

 

そうです、今のままではどんなに科学が進歩し便利な世の中になったとしても「決して平和で明るい将来は来ない」のです。

 

確かに科学が進歩し便利な世の中になりました。

しかし、それにより人々の生活が住みにくい世の中になっているのです。

便利さが逆に住みにくい世の中にしているのです。

 

この現実に気が付いていますか?

気が付いていなければ「犯罪や事故」などに巻き込まれる可能性が極めて大きいと言えます。

 

便利さはすべて「人工的なもの」です。

人工的なものは僅かな故障や欠陥で大事故に繋がります。

リチウムイオン電池による火災、自動車や飛行機などの事故、医療によるミス、コンセントに埃が溜まり漏電による火災、こうしたことは挙げれば切りがありません。

 

この便利さは、生きずらさだけではなく犯罪の元にもなっています。

 

最近社会で活躍しているAIやChatGPTなどについても、既に多くの懸念がなされています。

更に、ドローン技術は、今や兵器として用いられ、相互に無人機による攻撃を時、場所を問わず行われています。

そして、トランプによる核実験の再開通達という「時代錯誤」も甚だしいことも現実的となっています。

 

今や、スマホはどの国でも普通に使われており、あらゆる情報が瞬時に世界を駆け巡っています。

同時に、他を貶めるフェイクや誹謗中傷も横行しています。

更に、

鍵を使用しない車のドアの開閉や始動でもセキュリティーが破られ盗難被害に遭っています。

 

アメリカだけではなくヨーロッパでも精神に異常を来した若者が増えて「銃乱射」事件も多発しています。

この精神の異常便利なものが社会に浸透した「副産物」「後遺症」と言えるものです。

便利なもの住みにくさだけではなく人の精神にも大きな影響を与えているのです。

 

こうした世界にあって、政治の世界も混沌としており各国の政府も自国の保身と他国へのけん制などを強めており、どの国も極めて不安定な状態であることは明らかです。

こうした中、

アラブ諸国でイスラエルはアメリカのように振る舞っています。
世界でアメリカの力、傲慢さはロシア以上です。
そのアメリカの態度に似ているのが、アラブ諸国におけるイスラエルなのです。
イスラエルは1世紀に国を失って以来国を持たない民族でしたがイギリスなどが第二次世界大戦後に当時住んでいたパレスチナの地にイスラエルを建国したことは周知の事実です。
当時、今でもそうですがパレスチナは国家としては承認された国家ではなかったのです。

パレスチナはいわば他人の土地で勝手に暮らしていた民族なのです。

イラクの北部やシリアで暮らしているクルド人のような民族だったのです。

第一次世界大戦、第二次世界大戦、第二次世界大戦後と世界は二分されて来ました。

特に、アメリカによる共産主義に対する攻撃は個人のみならず他の国家に対しても行って来ました。

自由と民主主義の「敵」だからです。

現在でも待ったく変わっていません。

これにイスラム過激派に対しても同様の考えを持っています。

 

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参考(追記

日本も戦前から共産主義者やキリスト教を弾圧して来ましたが、戦後も共産主義を敵対視する社会の風潮は続いていました。

戦後の生まれですが、こうした社会の風潮を不思議に思っていましたが、今でもその影響は続いています。

イスラム過激派に対しても同様で、彼らの行うテロに対して反感を抱いていました。

加えて、パレスチナ解放などでテロが行われたり、いわゆる赤軍派などの過激派も残虐なことが日本国内で行われ、当時は自分には関係ないことだという認識でしたが酷いことだと思っていました。

イスラム過激派組織はそれ程多くはありませんがその他のイスラム教信者は宗教の中では、おそらく最も多いのです。

 

宗教や○○主義などは、生活に大きな影響を与えるものです。

加えて、国家間や社会に分断をもたらす原因ともなります。

日本人がイスラム教の信者などが食べられないはらるハラル食物などを受け入れて提供していますが、

必ずしもどの国でも行われている訳ではありません。

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世界が平和な秩序を達成できない最大の原因は、アメリカの傲慢で独善的な振る舞いと行動なであることは明白です。

これに懲りず、ウクライナとロシアやパレスチナとイスラエルに対しても「アメリカの押し付け」を行っているのです。

正に、世界の警察官が再び登場したと言えます。

これにより、アメリカは世界各国で紛争解決などと称して戦争を繰り返して来たのです。


戦後は特に、アメリカとソ連のいわゆる冷戦時代と言われ、両国の直接の戦闘は避けられてきました。
その後、冷戦が終わるとソ連が崩壊しロシアが引き継ぎました。
ロシアが弱体化していた間、ロシアに変わってイスラム過激派などが台頭し、あちこちで紛争を巻き起こしました。
やがて2000年代に入ると再びロシアが力を付けプーチンになってからのロシアは帝国の様相を帯びて来ました。
そして、ついにウクライナ侵攻という実力行使に打って出て世界を敵に回しています
これに乗じたのがアメリカに敵対する中国、北朝鮮です。
こうして、世界は再び二分された状態となりました。

正に、ダニエル書の預言にあった南の王国と北の王国を象徴する展開となっています。
預言に寄れば、こうした状態は終わりまで、つまり、神が事物の体制を終わらせるまで続くことになっています。

従って、人々は世界情勢に深入りすることなく識別力を働かせ何をすべきかどうあるべきかの立場を決める必要に置かれていると言っても過言ではありません。

両陣営のいずれかに加担した立場に立つか、それとも、これらとは離れた別の立場に立つかという二者択一の問題です。

 

こうした態度は、人間が見ても明らかな状態となるかも知れませんが、神とキリストにより遣わされた天のみ使いたちが人を一人ひとり分ける時にはすべての人の立場は明らかなものとなり、滅びと生存が神の目から見て明らかなものとなるのです。

さて、あなたは今の時代をどのように見ていますか。
対立する二つの陣営についてはニュースで毎日のように放送されています。
ロシアによる戦争のニュースも同様です。
イスラエルによるガザへの攻撃もです。
ロシアによるウクライナ侵攻により、イスラム過激派などの活動が隠れてしまっています

  

便利さが逆に人々に暮らしにくさを生み出している上に、国民生活に対する政府の対応が後手後手に回りトランプ関税に振り回され、世界中が混乱し二分されている今日、世界に平和な将来は望めません。

 

さて、このような状況にあってあなたはどうしますか?

どのような考えを持ってどのように行動しますか?

何もしなくても世の中の動き、世界の動きは止まりません

激流に押し流されるか、運よく岸辺にたどり着き生き延びることが出来るかどうかの「瀬戸際」にいることは確かです。

  

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日本では、比較的穏健な石破政権から強健な高市政権に変わりました。

その仕掛け人は、麻生太郎であり旧安倍派の議員たちです。

こうした人々「日本を崩壊」に導く「ガン」のような存在であることに「どれほどの人が気が付いている」でしょうか。

 

勢いづいた「高市早苗」の振る舞いに「世間は目を丸く」し「驚いて」います。

石破政権とは余りにも異なるからです。

国会議員の中には、こうした安倍政権にも似た高市政権に「尻尾を振る」人々も少なくありません。

メディアも「批判を恐れて」います

 

例えれば、

石破は「羊」であるのに対し、高市は「虎」のような存在です。

虎からライオンになれるかどうかは分かりません。

しかし、そうなると日本は益々「力」の支配が強くなり「自由が失われて行く」のです。

 

国民が気が付いた時にはロシアに対するウクライナのような存在となっているのです。

自民党議員は「こうした状況を良い」と考えていますが、より強力な力」が働いて「終わりを迎える」ことになるのです。

断末魔が今から「聞こえる」ようです。

 

神の力は偉大」です。

こうした「日本政府」を含めた「事物の体制」「神の力」により間もなく滅ぼされるからです。

 

賢い人は、巻き添えを食わないように遠くから「高市政権の行く末」を眺めているだけです。

さて、あなたは現状をどのように見ていますか?

知恵を求める人のためのブログです。

今回は、物事をトラブルなく進めるためのヒントの話です。

 

経験ある人なら誰でも分かっていることですが、物事を上手く運ぶにはコツがあるものです。
 

急がない、全体を俯瞰して見て考える、必然、必定を行う、意識を少し離れたところに置き「ボー」と眺める感覚で今やっていることを思うなどなど
 

こうすることで、やりたい、しなければならないと思い込んでいる自分の気持ちを抑え、物事を冷静に考えることが出来るものです。
 

なによりも焦りや苛立ちから解放されます。

また、「ボー」とすることで、「頭が少しリラックス」し全体が良く見えたり「気が付く」ことが多いものです。

つまり、リラックスすることでいろんな細かい点にまで思い出したり気が付くことがあるということです。
これは物事を上手く運ぶには最も大事なことです。

 

失敗は「ちょっとしたこと」から生じるのです。

 

ボー」としているということの意味は、

茫然(広大なさま、とりとめのないさま、判然としないさま)としているに似ています。

物事を決めつけないさまのことを言っています。

つまり、一瞬の間「頭をリセット」するようなものです。

ボー」としているからと言って何も考えないのではなく、これからしなければならないことやすることを決めつけることなく、様々な状況を「思い浮かべる」ことでこれからしようとしていることに対応する「気持ち」を養う(培う)という意味です。

 

人の失敗の最大の要因は、

思い込み、決めつけることであることは周知の事実です。

人は自分のすることすべてに失敗する訳ではありません

失敗するのは、大抵十のうち一つ位のものです。

 

上手く行かないこと、つまり、思い通りにならないことは逆に十のうち半分かそれ以上です。

失敗することと上手く行かないこととは別の事柄です。

 

失敗するとは、自分の考えなどでしなければならなかったことややるべきことが出来なかった場合です。

自分が考えている通りにやったけど上手く行かなかったり失敗するということは良くあることです。

 

上手く行かないとは、物事の進展状況が考えているように進まないということです。

これは、知識や経験の不足からくることが多いものです。

ある事柄について、自分の考えていること実際やってみること違っているということも良くあることです。

 

そうです。

上手く行かないので、人は失敗するのです。

従って、

理屈上は上手く行かない時点で、上手く対応出来れば失敗をしなくて済むことになります

ボー」としているのは、

この上手く行かない場合のことを含めて「気持ち」とその対応の心の備えをする、その心を養うということなのです。

 

ハッキリとした状態ではなく、いわば「宙に浮いたような感じ」なので、理解することは難しいかも知れませんが、そういうことなのです。

 

物事を上手く運ぶということについては、杓子定規のような、決まった形や方法がある訳ではありません

すべてにおいて、各々状況が異なるものです。

まず、この点を認識している必要があります。

しかし、すべてにおいて「同じような気持ちや考え」を持つことは出来ます。

数学の方程式のようなものです。

代入する数値によって答えが無限にありますが、式は一つなのです。

 

具体的には、 

思い込みが強かったり集中して考えていると、周囲が見えない場合が多いものです。

細かい点の見落としをすることがあり、時には失敗予測が出来ない時もあります。

こうなると失敗の原因が分からなくなってしまうことさえ出て来ます。

兎角、人は思ったことを余り深く考えずにやる傾向にあるものです。
つまり、その時の直感や思い込みで即座に物事を処理することが多いものです。
それゆえ、すべてを上記のようには出来ませんが、大事なことは上記のようにした方が「痛い目(失敗)」に遭わなくて済む場合が多いものです。

何事も思い込みは失敗の原因となります。
これを俯瞰し、客観的に物事を考えるには、気持ちの持ち方が重要になって来ます。

  

現実に、人は誰でも上手く行かないことや失敗はあるものです。

問題は、その失敗をどのように思うかなのです。

やり直しがきく失敗なら、改善や工夫をしてやり直せば良いことです。

悔しく思うことも残念に思うことも絶望感を抱く必要もないのです。

 

何事も成し遂げるには「継続」する形、姿勢や気持ちが最も重要であることは言うまでもないことです。

  

加えて、人には直感という動物的な「」が働くこともあります。

それは、アイデアであったり不安だったり、訳もなく自信過剰となったり様々です。

時には、これが自分の助けとなることもあります。

 

物事すべては「理屈通り」には行かないものです。

そうではあっても巧みに物事を処理出来る人がいることも事実です。

丁度、普通の人には皆目見当もつかないこと」でも職人の目から見れば明らかに見えていること」ように。

  

話しは自分が行う事柄について終始しましたが、こうしたことは「人間関係」においても適用出来ます。

  

人生を平穏に、また、思い通りに過ごすことが出来るにはそれなりの理由」があるものです。

そうした「環境」を作るのは自分であり、自分の思いであり性格です。

 

例えば、常に誰かと張り合っている人は、絶えず「怒り」「苛立ち」「失敗」「ストレス」などを持ち続けています。

こうした人々は、望む大学に合格することや会社に就職することや仕事で成功することなど「自分の思いを遂げる」ことを「人生の成功」と考え追求し続けているものです。 

こうした人々には常に「難儀と有害」なことが付きまとうのです。

 

神の預言者モーセは次のように語っています。

詩編90篇

わたしたちの年の日数そのものは七十年です。
そして,特別の力強さのために,たとえそれが八十年であっても,
ただ難儀と有害なことが付きまとうだけです。
それは必ず速やかに過ぎ去り,わたしたちは飛び去ってしまいます。-詩編90:10

 

一方、ソロモンは神により与えられた「知恵」により次のように語っています。

箴言24章
悪人をうらやむな。彼らと一緒になることを渇望してはならない。

2 彼らの心は奪略を思い巡らし,彼らの唇は難儀を語りつづけるからである。
3 家は知恵によって築き上げられ,識別力によって堅く立てられることになる。

4 そして,奥の部屋は知識によって,価値あるあらゆる貴重な快いもので満たされる
5 強さにおいて賢い者は強健な人であり,知識のある人は力を強化している。

6 あなたは巧みな指導によって戦いをするからである。助言者の多いところには救いがある[からである]。-箴言24:1-6

知恵を求める人のためのブログです。

今回は、学習効果を高めるものとその影響という話についてです。

人は覚えなければならないと思った瞬間、記憶障害が発生すると言っても過言ではない位記憶を難しいものになることがあるものです。

つまり、脳が緊張し委縮してしまうことが原因と考えられます。
これに反して、例えば、朝食に何を食べたかということは覚えようとしなくても大抵は覚えているものです。
実際、体験したことは良く覚えているものです。

であれば、これを学習などの記憶に適用すれば記憶は格段に向上します。
例えば、
歴史の出来事や年代などは沢山あって覚えにくいものですが、漫画で学習すると簡単に覚えていたりするものです。
なぜ、漫画だと覚えやすいのでしょうか
それは、漫画は絵で説明されている点と、興味深く展開されているからです。
学校の授業では、教師が事実を淡々と説明するだけなので、聴いている方も興味もわかないし頭に入りにくいのです。
それでも、教師が歴史上の逸話を話したり印象深い出来事を話すとそれを覚えていたりするものです。

数学で公式そのものを覚えることは難しいことではありません。
数学の難しさの一つは、問題を読んだ時、問題に即した式を立てられるかどうか、どの公式を適用出来るか、条件がどのようなものかなどを自分で考えなければならない点にあります。
授業では分かり易い例で説明されていますので、聴いている生徒は簡単に考えがちですが、実際に、問題を解くと全く解けないということは良くあることです。
こうした場合は、同じ種類の問題を沢山解き様々なケースを分類し解き方のコツを身に付けることでその種の問題をマスター出来るものです。

興味のあることは覚えやすいものですし、それに費やす時間も多く知識も理解もどんどん増えて行くものです。
何事もこのように取り組めば、凡人でもかなり知識を増やし理解を深めることも物事のコツも身に付けることが出来ます。


長く生きているとこうしたことは自然と分かってくるものです。
しかし、分かった時には既に年を取り、こうしたことは無用の長物になってしまいます。
人間の寿命がせめて後100年位伸びれば、人生も社会も今とは全く異なったものになるに違いありません。

人間の能力を考えた時、人生100年は余りにも短すぎます
人の寿命を短くさせているのは、脳の働きだけではなく肉体の衰えです。

医学的には、人は25歳ごろから既に老化が始まっているとさえ言われています。
以前、ブログで書きましたが、妊娠出産は25歳までにすべきだと。
年齢的には若いですが、肉体的には最も良い時なのです。
これ以降は、子供に何らかの悪い影響が出やすくなると考えられるのです。
これに、今の若者たちには大人以上に有害物質が体内に蓄積されている可能性があり、それが子供の誕生に大きな影響を与えていると考えられます。
障害児やいろんな面で問題を持つ子供が増えている原因は人工的に作られた様々な有害物質による環境汚染が最も大きいのです。

日常無害とされている様々な物や食品添加物などに含まれる人工的な物質などが影響を与えていることは間違いありません。
つまり、便利さや効果や効能などが有害物質を増加させているということなのです。

人体への影響直ぐには出ません
公害ですらそのようなので、補償を中々受けられない場合が殆どです。
原爆後遺症、水俣病、アスベストによる被害、他にも水質汚染による様々な病気などに対する政府の対応は遅すぎます

 

こうした影響学習効果にも大きな影響を与えていることは間違いありません。
食べ物や環境による害が学習にも影響を与えているのです。

加えて、スマホ依存が学習にも大きな影響を与えています。

いつの時代も、人は分からないことは調べるか実験をして確かめたりするものですが、現代はパソコンやスマホなどで「簡単」に調べられることが出来ます。

そのため、確かに「思考の速さ」は劇的に良くなっています。
しかし、それはあくまでも「ツール=道具」を利用したからであって、自分の頭で考え自らの時間と努力によって得られたものではないのです。
つまり、ツールを用いることで「頭をあまり使わなくなって来た」ことも事実です。

学校の教育現場でも同様のことが起きています。
学校でも、パソコンやタブレットを用いて「多くのことを確かめたり調べて」います。

そして、得られた情報の「価値を判断し取捨選択」しているだけなのです。

つまり、誰からか「与えられたもの」で考えているということです。

自らが、試行錯誤して考えたもの、作り出したものではありません

こうしたことは学習には効果はありますが「頭をあまり使わない」ため、これらのツールで調べても分からないことに関しては「お手上げ状態」になることはしばしばで、その都度教師に依存しているのです。

これでは、一体何のための学習かと言えます。

加えて、パソコンで文章を作ると「きれい」だし「速い」し漢字が分からなくても変換を選択するだけで済みます。
しかし、実際に、自分の手で書いていないので、字を書くことが苦手か下手になります。
手首や指に十分な力を入れることが出来ないからです。
それに「字」や「ことば」を忘れたり覚えられないことに繋がっているのです。

学習方法と学習効果とは因果関係があります。
しかし、それによって脳の働きを弱めてしまっては本末転倒」です。
これは、効果や結果を速く得ることで多くの利を達成するための手段でしかないという点に気が付くべきです。

こうして優れた結果を出しても、その人自身が「能力を高めた訳でも優秀になった訳でもない」のです。
ただ、ツールを上手に使いこなしただけなのです。

ChatGPTを活用すると更に良い文章などを作成することが出来ます。

結果は優れていたとしても、それは他力本願なのです。

つまり、道具がなければ「何も出来ない存在」でしかないのです。

現代は、こうしたスマートな若者が増えています
従って、現代の若者が優れた結果を出しても「褒められる」訳ではないのです。

多くの情報に自分の僅かなアイデアを付け加えただけの、いわば「偽物」的なものです。

 

こうしたことの社会的影響は大きく、現代における人々の情報の氾濫による「混乱」「方向性の誤り」「間違った考え」などの拡散に繋がっているのです。

その最も顕著なのが、SNS上のフェイク、誹謗中傷、批判的投稿です。

これにより、冤罪を生じさせたり、仕事を辞めざるを得なかったり「人生を狂わされた人」も少なくありません。

 

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批判的投稿に関する言い訳

私が政治家や誰かを批判する内容は、独善的な考えよりも聖書による根拠に基づくもの「世間的常識」の範疇のことだけです。

誹謗中傷とならないように細心の注意を払っています

もし、私の投稿の中に誹謗中傷がありましたらコメント(メッセージで)を頂ければ、改めて検討します。

ものみの塔の批判に関しては、宗教のことなので「独善的な批判」となります。

これは、ものみの塔とその信者たち「自分たちの知識や解釈」と異なる解釈に耳を傾けようとしないからです。
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昔の、自然の法則を発見した人や数学や物理や化学の法則や公式を導いたなどの人のようではないのです。

  

現代の、このスマートさは非常に危険です。
なぜなら、速さや結果だけを求め、方向性や目的が「誤った」方向に向かっていることに気が付かない場合が多いのです。
問題が起きて、初めて間違っていたことに気が付くのです。  

 

現代のスピードでは、気が付いた時には「手遅れ」ということも十分あり得るのです。

あたかも、F1の車のような車で猛スピードで走行し、急カーブを曲がれなかったり目の前の崖で止まることが出来ないようなものです。

走っている時は「気分が良い」ですが、事故直前には「パニック」に陥っているのです。

 

さて、あなたはこうした実情にどのように対応するでしょうか。

今や、パソコンやスマホは欠かせません。

自分が「異常な人間性」を表すか「より人間らしく振る舞う」かの思案のしどころです。

気が付けば、他人の迷惑を考えない極端な考え、思考」に陥っているかも知れません。  

  

知恵を求める人のためのブログです。

今回は、認知症の初期の始まりについてです。

 

人は多少に限らず思い出さないことは誰にでもあることです。

近年、それが酷くなると認知症だと言う人がいます。

 

もし、人間がすべてのことを思い出せたとしたらどうでしょうか

国語や歴史のテストでは常に100点を取るのではありませんか。

 

人が忘れることには意味があるのです。

それは、物事を前に向かって考え、進めるためです。

動物のように行き当たりばったりだけではないのです。

人は、認知症の初期の始まり理解、あるいは、自覚していないことは事実です。
単に、思い出さない、覚えられない、識別できない、いわゆるボケなどの症状を「認知症の兆候」と診断されることが多いものです。

しかし、私の考えは違います

(私の頭は、かつての自分は)人の価値観を、自分の知らない、新しい「良いと思う情報、知識、技術」を持っていることと考えていました
しかし、そうしたことに興味は持っているものの価値観を以前ほどは持たなくなって来たのです。
そして、時々現実と空想の世界(テレビなど)で、意識ではなく、頭が勝手に少し混乱したような気分になることがあります。
これって、認知症の始まりかも知れないということなのです。
単に、覚えられない、記憶にない、思い出さないというのは「重症例」だと考えています。

 

脳の衰えは記憶力の衰えだけではありません

例えば、将棋のプロ棋士は数百手先まで読む(頭の中だけで駒を動かし先を見通すこと)ことが出来ます。

将棋の難しさは、次の手が幾つにも分かれる場合があり、その一つひとつの手の先を数百手まで読み切ることにあります。

つまり、

例えば、次の一手の最善手が三通りあり、その三通りの各々一つに付き更に数手の選択肢があることです。

次の一手の先に数百手の読みがあり、次の一手のもう一つの手の先にも数百手の読みがあるという具合で、とても、このすべてを「限られた時間で読み切る」ことは「難しい」ことです。

その中で最善手を考え、原点に戻って最善手を一手決め、一つ駒を動かすということを繰り返している訳です。

この先読みが優れている方が最終的に「王を詰める」ことで勝者となります。

今、プロ棋士の中で最も優れているのが藤井聡太棋士です。

かつては、羽生善治棋士がそうでした。

こうした天才的な頭脳の持ち主でも「一手の間違いで敗者」となることもしばしばです。

 

脳が衰えるとこうした「先を考える能力」が衰えて来ます。

つまり、

物事の先を考える「推理力、洞察力、思考力」が低下します。

「想像力」「空想力」なども低下しますが、「推理力、洞察力、思考力」の衰えの方が先に来ます。

 

認知症の初期の始まりには、単に認識の混乱だけではなく「推理力、洞察力、思考力」の衰えも現れるということです。

 

こうしたことは、簡単なゲームなどで確かめることが出来ます。

将棋や囲碁だけではなく、パソコンやスマホなどの単純なゲームで確かめることが出来ます。 

  

記憶の衰えは既に重症になっている症状です。

 

残念ながら、今これを回復する薬も治療法もありません

アルツハイマー型認知症では、医学的には、脳の中のある物質の増減が関係していることは分かっています。

その物質をコントロールすることで認知症を遅らせるなどの研究が世界中で行われています。

しかし、決定的な治療法はまだ実現していないのです。

 

昭和50年代、つまり、1975年頃に「恍惚の人」などという言葉が世に出ました。

つまり、認知症の人です。

当時は、いわゆる「ボケ」と言われていたものですが、普通の人でもボケや恍惚感などはあるものです。

しかし、度が過ぎると「病気」なのです。

こうしたことは「昔からあったこと」ですが、その人数に圧倒的な違いがあるのです。

昔は少数、今は多数なのです。

 

介護施設や老人ホームに入っている人の中で「認知症」の人は少なくありません。

今でも、夜中だけではなく昼でも「徘徊」する人もいます。

そして行方不明となり、家に戻れなくなるということさえ起きているのです。

小学1年生のように、名札を付け身元が分かるようなものを身に付けさせておくことは大事なことです。

繰り返しますが、こうした脳の衰えから認知症になることを防ぐことは出来ません

遺伝が関係していることも分かっています。

であれば、出来ることは遅らせることだけです。

 

現実の記憶障害、つまり、思い出せないというのは次のメカニズムによるものと考えています。
実は、人間は生まれた時から死ぬまですべてのことを記憶しています
思い出せないだけなのです。

つまり、記憶回路において、記憶する方向は常に正常でも、その逆方向の流れに何らかのバイアスがかかり思い出せないのです。
このバイアスが深くかかると信号の流れが小さくなり思い出せなくなり、浅くなると大きくなり大抵のことは思い出せるようになるというメカニズムです。
真空管やトランジスタの動作のようなものです。 

    

認知症を遅らせるために、していることは、
トイレに行った時、何時に何を食べたかなどを自分の健康管理と合わせて記録することです。
これは、記憶することの助けにはなりませんが、思い出すことには役に立ちます


農作業の日誌も付けています。
これは1か月間の出来事を俯瞰して見ることが出来るものです。
全体を俯瞰して見ることは思考の整理と将来の計画に役立ちます。
 
そして、怒らない、可能な限りやさしくする、急がない、一度にたくさんのことをしない、
思いつきを大事にする、余計なことを考えずに気分をゆったりさせ、いろいろ考えてはいるがいわゆるボーとした気分でいる
ようにしている(細かいことを余り気にしないこと、例えば注文した物がいつ届くかなどを余り気にしなくなった、というより考えないようにしている)などなどを実行しています。

 

他にも、ルービックキューブや数独や単純なトランプゲーム(フリーセルのように先を考えるもの)などをして可能な限り脳を使うようにしています。

こうしたことは、

ただ、自分の衰えを実感するだけかも知れませんが、それでも認知症を自覚することは大事なことです。

周囲にもそれを知らせることにもなるからです。

 

私も高齢者の部類に入っていますが、こうして文章を書くことは「記憶の整理」だと思っています。

この「記憶の整理」が認知症予防になっているかは分かりません。

おそらく、なってはいません

 

認知症を防ぐことは出来なくても、脳の刺激となることは確実です。

 

特に注意することは「脳の萎縮」です。

これは、おそらく「何かに集中すると眠くなる」という症状に出ると考えられます。

脳の画像診断では分からないことかも知れません。

これも要注意です。

 

あなたもやってみることを勧めますが、仕事や学校などに行っていると「時間的にも、精神的にも」余裕がないかも知れません。

人生、急がば回れです。
狭い日本、急いで何処へ行く?

今は、実際に行かなくても、世界中どこにでもバーチャルで行けます。
バーチャルなので現実の犯罪に遭遇することもなく安全です。
しかも、俯瞰して観ることも出来ます。

忙中閑ありという格言を知っていますか?
そのをどのように用いるかで、あなたの人生が「良い方に変わる」のです。

現実と空想や仮想との混乱が「認知症の始まりの兆候」です。

このを有効に用いることで「混乱した世界」にあって「自分を見つめなおす」機会となります。

それは、いわば自分の思いや心の「監視カメラ」であり記憶の整理の時間なのです。
こうしたことを続けることで「認知症予防」とはならなくても、記憶の定着にはなると考えています。

一日の終わりにスマホを見て、そのまま日記を付けることもなく、その一日や今していることを全体的に思い出したり考えることもなく布団に入って寝ていませんか。

記憶や思考の整理は「記憶の定着」となります。

正確な記憶は「人を賢くする源」となります。

  

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参考

人間の感情と胃や肝臓や心臓が深く関係しているように、脳の働き(思考など)は腸と深く関係していることは知られています。

もしかすると、腸の宿便を定期的に排泄出来れば認知症を遅らせることが出来るかも知れません

この腸の宿便を排泄するには、最低でも3日間以上の断食が必要とされています。

断食することは簡単ではありませんが、腸の中のいわば蓄積された古い便は黒い便として排泄されます。

あるいは、人工的に腸内洗浄を行うと良いかも知れません。

これが宿便の排泄と同じ効果があるかは分かりません

しかし、やってみる価値はあります。

宿便を排泄した時、脳の働きに改善が見られれば効果があるということになります。

  

また、ガムを噛んだり堅いものを食べると脳の働きに良いともされています。    

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今回は、アンドロイドとAIの組み合わせに関する話です。

この二つの組み合わせで、亡くなった人を再生(再現ではなく)出来るでしょうか。

亡くなった人をビデオとAIで複製しそれをあたかも現実のテレビ電話のように会話することが出来るようになりました。
これではアバターか実際の人物か見分けがつきません。
これを見ている人にとっては、あたかもその人が生きているかのように思ってしまうでしょう。

果たしてこのバーチャル映像は人間にどのような影響を与えるでしょうか。
もし、これにいわゆるアンドロイドが加わったら、現実の目の前に[その人]は現れ、生前と同じように会話をし振る舞いをすることになります。

身近な家族や親しかった友人を失った人にとっては、この現実はとても嬉しいと思います。
そして、そのアンドロイドは病気もしない悩みもない食事もしないそして[死なない]のです。
いつまでも、年を取らず永久に○○才のままです。

それでも、設定によっては次第に年を取らせたり老化させることも出来ると思います。

つまり、短期的には嬉しい長期的になったらそのアンドロイドをどのように思うでしょうか。
短期的には精神的な慰めを得ることが出来ます。
例えば、父や母が亡くなった息子のアンドロイドといつまでも対面したらどうでしょうか。
自分たちは年老いて行くのにアンドロイドは年を取らないのです。
それゆえ、むしろ自分たちの将来に不安を感じるようになるのではないでしょうか。
逆に、幼い子供が亡くなった父や母のアンドロイドといつまでも対面したらどうだろうか。
幼い子供にとっては[それ]が父であり母であるという意識は強いですが、次第に、それがアンドロイドであることを認識して接するようになって行くと思われます。

つまり、アンドロイドは「話し相手」にはなりますが、今のところそれ以上のことは何もしてくれないので、

例えば、何かトラブルや恋愛など助けを必要とした時には「アドバイス」以外、約に立たないし、現実にそのアドバイスが良い結果を与えてくれるとは限らないからです。

確かに、こうしたことは現実の父母のアドバイスでも起きることですが、現実の父母はアドバイス以上のことをしてくれるものです。

この違いが精神に与える影響は小さくないのです。

このように立場によってその影響は異なるのです。

最終的に、人間はやはり生身の人間を相手にするようになって行くようになることは必然です。

実際、そのアンドロイドはあくまでも機械なのです。
話し相手や他に何かをしてくれたとしても機械は機械なのです。

一時の感情が過ぎ去り、現実に自分がケガや病気になった時、そのアンドロイドに自分の苦しみや悲しみをぶっつけることになりませんか。
それに対してそのアンドロイドは慰めてくれるだけです。
それは、互いに次第に、無味乾燥的な反応となって行くことになるでしょう。

  

また、もしそのAIを搭載したアンドロイドが人間と同じように共に外出するとしたらどうでしょうか。

今のところ、「攻撃型」のアンドロイドは存在していません。

もし、戦うアンドロイドが作られ人を攻撃するようになったらどうでしょうか。

有り得ないことではありません。

ロボット同士が兵士として戦う戦争となることも有り得ます。

現実のドローン攻撃が「正確に、ピンポイント」で行っています。

これは、将来人型であったり、あるいは、非常に小さい蟻のようであったり、獰猛な犬のように変わることもあり、その場合「人はこれらに対処、対応、戦う」ことが出来るでしょうか。

非常に難しいことです。

 

反面、犯罪者や犯人と思われる人を逮捕するのには十分貢献すると思います。

アンドロイドは機械ですから壊れることはあっても死ぬことはないからです。

危険な場所や状況にも対応出来るでしょう。

火災現場に適したロボットも出来るかも知れません。

あるいは、ドローンのように空中を飛ぶアンドロイドも出現するかも知れません。

こうなると、「鉄腕アトム」のような存在となるのです。

 

こうなると人間とアンドロイドの統制を取ることが難しくなってしまします

沢山の規制が必要となることは必然となります。

 

また、機械には誤作動というものが付きまといます。

その場合、もし、人間に危害を加えた場合の保障はどうするのでしょうか。

何らかの制御装置が組み込まれることになるのでしょう。

 

更には、ロボコップのように、人間とロボットが融合した[人]サイボーグと言っても良いかも知れませんが登場するかも知れません。

  

不可能を可能にする「発想」としては有り得るかも知れませんが、現実の世界にサイボーグが出現したら一体どうなるか想像も付きません。

平和になるか、犯罪が増え無秩序状態となるか全く分かりません
しかし、人間にとって助けとなる存在となる可能性は十分にあります

今、介護ヘルパーが不足したり障害者施設の従業員の不足、農業や工場でも労働者不足などを補ってくれるかも知れません。
人間ではないので、労働時間が問題にはなりませんし賃金も初期投資だけで済むかも知れません。
つまり、コストパフォーマンスに優れているのです。

 

こうして考えて見ると、人間の能力には限界がないようにさえ思えます

しかし、誰かがこれをコントロールしないと人類は滅亡することは火を見るよりも明らかです。

 

現代の、人間の進歩発展をこのまま野放しで良いのでしょうか

例えば、医学や医療の発展で人々の寿命が延びたとしても、ただ「お荷物となる人間が増える」だけなのではないでしょうか。

便利で、性能の良い機械を作り人間を助けることは良いと思いますが、その結果人間が衰退したら本末転倒ではないでしょうか。

現実には、人間が何をしたとしても「いつかは必ず死ぬ」のです。

これから逃れられる人は一人もいません

 

この先、社会は一体どうなってしまうのでしょうか。

政治も混沌としていますし、トランプのような存在が世界を掻き乱しています。

地球環境が変化し大規模災害が増加し食料の安定供給も危なくなってきています。

その内人工肉だけではなく人工野菜まで登場するかもしれません。

人々はもはや農作物を作らなくなってしまうかも知れませんし家畜も必要なくなるかも知れません。

すべてではないにしてもこうしたことが実現すると生活形態そのものが変わってしまうことになります。

人々は傲慢になり「神の存在を認めないか無視するようになる」でしょう。

「人にとって、成し得ないことは何もない」とさえ言うかも知れません。

ダーウィンの「進化論」は嘘であり、その嘘を信じ科学の進歩発展を追求している人々は、クリスチャンと公言していても「神の存在を認めていない」のです。

進化論者は唯物論者でもあり無神論者でもあるのです。

 

++++++++++++++++++++++++++  

しかし、次のことを知って忘れるべきではありません

その人間を創造したのは神であるという点。

天地とその中のあらゆるものや現象(仕組み)を創造したのも神であるという点。

唯一絶対正しい神がこれらを創造したのであるという点。

預言しそれを必ず実行する神であるという点。

絶対的権威と力を持っている唯一の神であるという点。

人の心や思いや考えのすべてを知っている神であるという点。

こうしたことに加えて、

義人、神に信仰のある者、神に忠実な者、神に対する忠誠を守る者、平和と義を愛する者、
霊の実を体現している者、肉の業を習わしにしない者、
こうした者たちに対する愛ある親切と真実に富、慈しみ、憐みを示される神であるという点。

決して嘘や間違ったことをせず真実のみ行う神であるという点。

決して悪を行うこともない神であるという点。

悪と悪人を滅ぼす神であるという点。
更に、
悲しみの涙も嘆きも叫びも苦痛も、そして、病気や死さえも無くすことの出来る神であるという点。

最後に、宇宙全体に「真の崇拝を回復する神であるという点。

こうしたことを成し遂げるための「時程表」を持ち、それを実行している神であるという点。

 

また、この神とは反対の立場の存在もいるという点。

それは、悪魔、また、サタンと呼ばれる者とその使いたちや悪霊たちであるという点。

今、人間に苦しみや悲しみや苦痛そして病気や死をもたらしたのが悪魔であるという点。

唯一真の神の存在を認めずこれら悪魔とその仲間の影響を受けて「あらゆる悪」を行っている者たちが神の裁きを受けて永久に滅ぼされるという点。

今の事物の体制=今の世界は神によって跡形もなく滅ぼされるという点。

 

これらはすべては「真実」であり、遠からず必ずそうなるという点を知るべきです。

知った後、どのような行動をとるかは「自分で決定」する必要があります。

  

自分の命がそこに掛かっているからです。
それが自分の行動に対する責任なのです。
神は各々のその責任を問われ各々を裁くのです。

分かり易く言えば神に従う人は報いを受け逆らう人は滅ぼされるということです。

これが、人間であるならば「傲慢、独裁、独善」などと言って反発するでしょうが、人間ではなく「唯一真の神」が行うことなのです。

  

人類がこの先何を成し遂げたとしても、間もなくすべての者を裁く時が来るのです。

これは、個人的な予言でも予測でもありません

神がそのようにすると断言し、そして、そのようになる(する)という預言なのです

 

宗派に関係なくどのキリスト教の「聖書」に記されている事柄です。

どの聖書にも記されていることなのです。

例え、聖書を上辺だけ読んだとしても「分かる」内容です。

クリスチャンであってもなくても、聖書を読んで調べて見て下さい。

もしかすると、あなたの[未来の]命の扉が開くかも知れませんよ。 

無神論者はこの地球上からすべて除き去られる時が来るのです。

  

++++++++++++++++++++++++++  

人類がどんなに進歩発展しても神の時程表」を妨げることも変えることも出来ません。

起こることになっていることは、必ずその通りになるのです。

その日は「突然やって来る」ことになっています。

その日人々は「何が起きているのか理解出来ずに死んでいく」ことになるでしょう。

 

人間は賢いようで結果から見れば「愚か」です。

自然界の動物の方が「本当の意味で賢い」と言えます。

 

あなたはこれをどう思うでしょうか?

知恵を求める人のためのブログです。

今回は、人間はいろんなことを知り過ぎたという話です。


知識欲は古代からの人間の、いわば本能です。
自然から学び、学んだことを応用する知恵を働かせ工夫をしたりいろんな道具などを作って来ました。
さらには、自分自身の誇示の仕方や人間関係においても知恵を働かせるようになり、中にはずる賢く自分の欲のために行動する者が出て来ました。
こうした点で人類が進歩・発展するのに、初めは少しずつであり長い時間が掛かっていましたが、知識や情報が増えるにしたがって次第に早くなり、今では急速に、しかも、様々な分野で発展しています。
その増え方は指数関数的で、今日発表されたことが明日にはもはや時代遅れであるかのような雰囲気さえ漂っています。
病気や人体に関する知識や医療の進歩は驚くばかりです。
少し前までは不可能と思われていたことやSFの世界の出来事が現実になりつつあるのです。
人間の能力に限界がないかのようです。

 

しかしながら見過ごしてはならないのはこうした発展が人類に多くの問題を引き起こしている点です。
進歩発展に伴い人間の欲望も限りなく膨らんで来ました
特に、犯罪という点では無限の可能性を引き出し、日夜多くの犯罪が巧妙に行われています。
そして、その被害者もかつてない程急増し、その被害金額もおそらく合計すると年間数兆円かそれ以上にもなっているのです。
更に、独善的な人も急増し、他者への攻撃も激化しています。
ちょっとしたことで称賛される一方では誹謗中傷されたりフェイクで嘘が拡散されているのです。
そのため、ネット上で自分を明らかにしない人も増えています。
個人情報を誰にも知られないようにするためです。

 

知識や情報の氾濫は、幼い子供でさえも大人びていろんな発言や考えを持つことさえ生じています。
昔では考えられなかったことです。
、西洋の子供たちは日本の子供たちより大人びていると思っていましたが、こうした現象は西洋の方がはるかに進んでいたということであり、日本も西洋に追い付いて来たということだと思います。

冒頭に述べましたが人間はいろんなことを知り過ぎたのです。
良い点もありますが、人間の性質上悪い面の方を多く生じさせていることは事実です。

例えば、
人里離れた山奥で生まれた時から家族以外の誰とも接しないで成長した子供は、今の世の中の子供よりも「遥かに純粋な人間性」を表し素直に育ちます。
断言出来ます
どんなに良いことでも知らないこと教えないことの方が平和で幸せな暮らしが出来る場合もあるのです。
この方が健全な人生を送れるというものです。

 

物質的な満足や喜びは「一時」のことです。

何かを成し遂げるにしろ美味しいものを食べるにしろ「すべては一時」の出来事です。

その感覚はいつまでも残るにしろ次にやるべきことが待っています。

それは普通の日常生活でもあり新たな挑戦の始まりでもあります。

こうして人間は生涯を生きて行くことになります。

 

また、自分のすることに「常に責任が伴います

そのため、何でも好き勝手に出来る訳でもないことを「大抵の人は認識」しています。

これを逸脱した人が「犯罪者」になっているのです。

 

より多くを成し遂げようとする人の満足や喜びに加えて「幸せ」は長くは続きません

それはまさに一杯の美味しいラーメンを食べた時のようなものです。

しかし、多くを求めずあるもので満足する人「平穏な生活=幸せ」は長く続きます

 

多くのものを欲し、多くのことを成し遂げようとする人の「心」は常に不安と緊張の連続です。

あるもので満足する人の「心」は常に穏やかです。

 

昔、太く短く生きるか、細く長く生きるかということが言われた時代がありました。

1970年代位迄は言われていたように思います。

実際、私もそのように思った時もありました。

太く短く生きる方が「良い生き方」のように思われ、細く長く生きる方を役に立たない無能な人間の生き方のように思われていたのです。

 

太く短くとは、「したいことをして楽しく人生を過ごせるなら、長生きなどはしなくてもかまわない」という生き方であり、いわば自分のしたいことや立身出世のために懸命に生きる生き方のことで、自分の満足や喜びのために能力を最大限に活用する生き方のことです。

欲望に満ちた野心的な生き方です。

太く生きるとは「何事にも一生懸命に生きる」という意味で用いていました。

細く長くとは、社会的に目立たず地道に静かに生きる生き方のことで、いわゆる細々と長く続く、あるいは、物事を地道に継続的に続けて生きる生き方のことです。

いわば、自分の能力を「他との比較や競争」などに用いない生き方です。

無欲で目立たない生き方です。

細く生きるとは「無理をしないで生きる」という意味で用いていました。

 

この表現には理由があるのです。

つまり、欲望を追求し野心的な生き方をする人は心身ともに使い果たし早く死んでしまうこと、

丁度、車をフルスピードで走らせるようなものです。

直ぐに、燃料がなくなります。

F1レースのように。

無欲で目立たない生き方をする人は心身ともに穏やかで健康的なので長生きをすること、

丁度、車をゆっくり走らせるようなものです。

燃料も長持ちします。

これは、走行距離ではなく「走行時間」のことを言っているのです。

 

太い細いは「生き方」のことであり、短い長いは「命の長短」のことです。

 

現代は「太く短く生きる」という欲張った生き方を追求しているように思えます。

そのため、より多くの情報や技術やツールを必要としており、かつ、自らの「賢明な努力」を費やしているのです。

つまり、F1の車のように「速く」走り、他との競争に勝つために必死になっているように見えます。

性能が良く長時間に耐え得る車だとしてもエンジンや車体が「持たない」ことは当然の成り行きです。

きっと、「意に反して」寿命も短くなるに違いありません。

実際、若者よりも、今の年よりの方が体が丈夫で健康のように見えます。

私の子や孫たちは薬で誤魔化してはいますが「弱弱しく」見えます。

病弱でありアレルギーを持ち「薬」なしでは健康を維持出来ない子供は沢山いるのです。

 

人は、物事を知り過ぎると「賢く」なり、身の程を弁(わきま)えなくなり無謀な生き方をするようになるものです。

特に、化学薬品に対する「期待感」は異常なほどです。

今迄落ちなかった汚れが落ちるとか食器洗いの時の泡切れが良いとか、また、より薄いより速いより軽いより硬いより丈夫などを謳い文句に多くの商品が氾濫しています。

しかし、こうした物の多くは有害な化学物質を使っているか製造段階で排出され地下水を汚染している場合があります。

そのため、最近の子供たちが様々なアレルギーを発症したり障害を持って生まれて来る場合が昔よりかなり増えています。

 

更に、社会や周囲の人々を見て、自分もつられて同じような生き方をしていることが多いのです。

こうしたことは「自分と他人を比較している」かどうかで分かります。

もし、自分を他人と比較して見ているならいつの間にか無謀な生き方に引きずり込まれている」可能性があるのです。

 

少し話しがそれますが

日本の政治である党が過半数を取って、野党の反対を押し切って次々と法案を可決させていく政治を良いと考えている人が多いのには驚きます。

そういう政治を自民党が長年やって来て、日本が本当に良くなったでしょうか。

答えはです。

むしろ悪くなったのです。
常に、与党の考えが通ることは「異常な政治」です。

政治にスピード感を持って国民生活に対応するために、与党が過半数である必要があると考えることは「異常な政治」であり「傲慢政治」になるものです。

逆に、少数党乱立で、法案ごとに常にどこかの党が組んで法案を可決させた方がより健全な政治になるのです。
今迄の石破政権の時のように
自民党議員の傲慢さが石破首相を引きずり落したのです。

過去2回の選挙で自民党にノーを突き付けたのは国民です。
しかし、その国民も正しい考えを持ってそうした訳ではありません。
国民の身勝手がそうさせたとも言えるのです。
国民はいつでも身勝手なものなのです。

政治は「騙し合い」と言いますが、いわば「情報戦」と言い換えても良いと思います。

なぜこうなるのでしょうか。

それは、思い通りの法案を可決させ国民生活を牛耳るためです。

 

政治や政治家がしているすべてのことが「明るみに出る」と、政治は混乱に陥ります。

勿論、犯罪や過ちが見過ごされることは良くありませんが、知り過ぎても「物事が正される」訳でもありません

 

こうしたことは、政治に限らず個人であれ企業であれ同じようなことをしているものです。

人はより多くを知ることで「良いこと」も「悪いこと」もするものです。

例えば、科学技術や医療の面では便利にしたり病気を治したりしますが、その一方でそれを悪用する人も必ず出て来るのです。

江戸時代、「戦(いくさ)」が無くなった分、人々の間には平和が訪れました。
そのため、人々は「より生産的」になり、考え工夫し、それが「江戸の文化を栄えさせて来た」ことも事実です。

しかし、おそらく「貧富の差」が大きくなり、貧しい人は「自分の子供たちを奉公」に出したり「身請け」に出されることも少なかったはずです。

江戸時代、テレビドラマのような、いわゆる下克上はなかったのです。

人は知識や情報が少ないと、いわゆる「力の世界」となり、腕力のある者が物事を優位に進めて行くものです。
ガキ大将が良い例です
頭の良いものがガキ大将になる訳ではありません。

しかし、知識や情報が増えると、「頭脳の世界」に変化するのです。
規則や法律を作り、権力を握り「腕力」がなくても「リーダー」となれるのです。

社会の最小単位である「家族」は「力の世界」です。
その一方、現代社会は規則や法律に縛られており、いわゆる「頭脳の世界」となってしまったのです。

人間一人の力は限られていますので、規則を作りより大きな力を発揮出来るような「仕組み」を作ったのです。

古代において、エジプトの王ファラオ、バビロニア帝国の歴代の王たち、ギリシャの王アレキサンダー、ローマのカエサルもしくは皇帝などは力で世界を支配してきました。

日本では、聖徳太子は例外として、平清盛のように、織田信長、秀吉、家康のように殆どは力のある者、武士が権力を保持して来たのです。

日本でこれが変化したのは江戸時代になってからです。
皆さんもご存じのように、家光が死んだ後徳川幕府の転覆を図った由井正雪のような人物は江戸末期まで登場しません。
むしろ、将軍の側近であった者たちが「頭脳」で権力を支配して来たのです。
柳沢吉保、真鍋詮房、田沼意次、松平定信、水野忠邦、安倍正弘、井伊直弼など、いわゆる将軍の側用人、老中、大老と言った役職にある者が権力を支配して来たのです。

ドラマでは、皆悪役です。
つまり、人々はこうした権力者を「良く思っていなかった」ということです。

単なる、知識の多少の話が権力の話に発展しましたが、まさに人類の歴史は「力と頭脳」によって築き上げられて来たのです。

ヒトラーは法律よりも「精神」でドイツ国民を支配し、トランプは規則や法で「力」を示し世界を牛耳っています。

現代においては、トランプは異質な存在であり「脅威」となっています。

 

人は「知らない方が幸せである」ことの方が「多い」ものです。

果たして、あなたは「いつ、そのことに気が付く」でしょうか。

 

あなたはどう思いますか?

知恵を求める人のためのブログです。

今回は、深刻なスマホ依存症についてです。

スマートな現代の若者たちスマホ依存症は深刻です。
ある国ではスマホの有害性を理由に若年層に対してスマホを禁止する国さえ出て来ました。

老若男女問わず殆どの人はスマホを持ち、ある若者たちは常にスマホを見ています
メールのやり取りだけではなく、ネット情報、ビデオ鑑賞、line、電話、メッセージなどで誰かとやり取りをしています。

こうしたツールに縛られたり、ゲーム依存症になったり、競馬や賭け事をしたり、ある人々はドラマや映画や漫画を見続けたりしています。
ドイツではゲームをすることで現実を忘れられると言って年寄りに流行っているということです。

複雑な社会において、複合的なものより単純なものを求めるような時代となったということです。
文明が終わりに近づいた証拠かも知れません。

人類が成長段階にある時には、より複雑なものより精密なものを追求したものですが、文明も終わりに近づくと逆に単純なものを求めるようになるようです。

スマホなどに「縛られている人々」を傍から見ていると、もっとするべきことが沢山あるだろうと思います。
そのような人々を「愚か」にさえ思う時もあります。

しかし、大半の人々は「分かっているがやめられない、気になってしょうがない」のです。

仕事をしていても、授業を受けていても、通勤や通学途中でも、買い物をしていても、食事をしていても、遊んでいても、何をしていても常にスマホに注意を向けています。

実に、疲れることです。

 

こうした現象の背景にあるのは「常に、誰かと繋がっていたい」という願望です。

常に、誰かと話をしていたい、話したいことがある、聴いてもらいたいことがある、こうしたことに加えて、何かに「疑問」を持つと直ぐに調べたくなる、知らないことがあると直ぐに調べるということを直ぐに出来るようになったのです。

スマホなどで手軽に、かつ、直ぐに出来るツールがあるから「する」ことです。

 

こうしたツールがない時代には、いわゆる固定電話で電話を掛けるか、自分で辞書や本などで調べる必要がありました。

こうしたことは、時間も場所も限られるので「簡単には出来ませんでした

このような時代で暮らしたことのない若者たちにしてみれば、実に「苛立つ」ことであり、物事を放棄する原因ともなります。

 

今の時代、何事もスピーディーに物事が進まないと「苛立つ」のです。

(参考:

 物事を上手くする人は、一見ボーとしていて全体を俯瞰して考えられる人です。

 急がず、慌てず、何事もゆっくりすることで「失敗を未然に防いでいる」ものです。

 そのボーとしている間に「新しいアイデアや見過ごしていた点に気が付く」ということは多々あるの 

 です。

 現代の人々には「欠けている一面」です)


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以下は、私事です。

関心雄ない人は素っ飛ばして別のブログに移って下さい

 

以前、携帯を持っていた時、いつも気になっていたことを思い出します。
今は必要ないので携帯もスマホも持ってはいません
そのため、時々連絡に困る時がありますが、それでも支障はありません。

常に考えている訳ではありませんが、緊急の場合は、近くにいる誰かに連絡して貰えば良いかなと。

普段は家でパソコンと向き合い、時々何かを書いています。
それ以外は、メールの確認、ネット注文、クレジットの請求の確認、知りたいことの検索、ネットニュース、Xへの投稿、ブログへの投稿などが主なことです。

それでも、たまにニュースからニュースへと移っていると「いきなり詐欺と思われる画面が現れ、一瞬フリーズする」こともありました。
普通にそのブラウザをシャットダウンし、再び立ち上げると問題は消えています。

その場合は単なる「脅し」だったのでしょう。

ブラウザをシャットダウン出来ない時は強制的にパソコンをシャットダウンします。

時には、その日ダウンロードされたファイルすべてを削除した時もありました。

回復ポイントを設定しておけば、パソコンに特定の日付まで戻すことも出来ますが、面倒なので今はしていません。


2000年代当初も同じようなことがありましたが、その時には慌てました。
しかし、私のパソコンに侵入しても「金目のもの」や「役立つ情報」は殆どありませんから問題は殆どありません。

ただし、クレジット情報は販売元が提携している決済業者に依存していますので、これが破綻したらどうにもなりません

その時には、クレジット会社に連絡してカードの停止をする以外に方法はありません。
また、遠隔操作パソコン画面を覗き見られても見ている人には無用のものばかりですから、初めは見ていてもそのうち見なくると思います。

ちなみに、カメラ機能は停止しています。

ですから、テレビ会議などは出来ないようにしています。

悪意のあるソフトやウィルスに感染すれば、マイクロソフトやブラウザがそれを防いでくれると思っています。
実際、今のパソコンはそのように機能しているようですから。

ですから、アンチウィルスソフトは導入していません

実は、2000年当初は導入したのですが、いろいろとセキュリティーが働いて面倒でした。

テレビのニュースも同じことばかりでうんざりしていますし、娯楽番組も全く興味がありません

CMが嫌いなので殆ど民法は観ない録画してCMをすっ飛ばして観ています。
なので、殆ど関心を持ってテレビを観るということもないのです。

今のところ、畑仕事が趣味で殆ど畑のことを考えています
周囲の誰かが問題を起こさない限り平穏です。
長く続くことを願っています。

 

スマホを必要としない、持たない私の思いはいつも平穏です。

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余分なこと

以下は、私個人の、最近の身近な出来事についてです。

(時間がないのと疲れで、日々の出来事に関してブログに上げることが出来ないので、ついでに、書か

 せてもらいました)


極、普通の頭なので、いわゆるカリスマ性はありませんから「霊感的」なことや極端なことはありません。
ただ、悪に対する怒りの感情が時々生じることがあります。
これを抑えてはいますが、時々現れることがあります。
勿論、自制をしていますが顔や態度に出てしまう時もあります。
普通の人間です。
可もなく不可もない平凡な人間です。
自分に欲が出なければ、普段通りで全く何も起きません。
ただ、何かを必要となり欲しいと思った時が要注意です。
罠や落とし穴があるからです。
それは自分の心であったり相手の悪意であったりです。

幸いなことに、最近は通勤のために電車に乗ることが無くなりました
電車を利用している時にはいつも嫌な思いをしていました。
人ごみが嫌なのです。
誰かが触れたところに素手で触りたくないのでいつも手袋をしていましたし、マスクも常時、仕事中もしていました。
帰宅したら必ず着ている物すべてを洗濯しています。
埃と雑菌とウィルスを取り除くためです。

(現実には、細菌やウィルスなどは除去できませんが少しは効果があるようです。

 実際、予防接種もしていませんが、コロナやインフルエンザにも罹らずかぜもひいてはいません、今 

 のところ)

しかし、異常な潔癖症という訳ではありません

うっかりは靴です。
我が家には洗い場というか踊り場がないので靴底を洗うところがないのです。

そのため、玄関を時々掃除はしますが、おそらく汚れと共に雑菌も存在していると思います。


スマホの話から個人的な話しになってしまいましたが、注意深く暮らしている平凡な人間の平穏な暮らしです。
トラブルが殆ど生じない普通の時が最も幸せに感じる時です。
ゆっくりやれば物事も大抵は順調です。
我を張らない、急がない、後戻り出来ない場合は慎重にやることにしています。
出来ること、思ったことを少しずつやるようにしています。
以前よりは気が長くなりました。

年は取るものです。

目もショボショボ、記憶も忘れがち、言い間違いはしょっちゅう、風貌もだらしない(誰に見せる訳ではないので)誰かが言ったように「無為徒食」そのものかも知れません。

唯一、続いているのが聖書理解の探究と畑仕事です。
聖書理解は「ライフワーク」です。
思い続け、考え続けていると「様々なことが見えてくるものです」
これは主に断片的な記憶と思考によるものですが「いろいろ考えが浮かんでくるものです」
更に、テレビのニュースなどがきっかけとなる場合もあります。
人はボーとしていても何かを閃いたり思う時があるものです。
その瞬間が頭が最も働いている時です。

リラックスすることは大事なことです。
それは、自分にとっての楽しみの一つでもあります。
良いアイデアが出て良い文章にまとめ上がると満足しています。
満足行かなければ、何度も考察したり推敲繰り返します。
自分が納得していないことをブログに乗せる訳には行かないからです。
間違ったことを書く場合もありますが「嘘」をついている訳ではありません。
つまりは、間違いは失敗なのです。
失敗ならば誰でもあることですから気にしません
気が付いたら修正すれば済むことですから。
誰かと議論する訳ではないので「意地を張る」ということも全くありません

(誰かの、コメントを表示しないようにし、こうしたことを避けています

 

「急がば回れ」です。

つまり、私の今の生き方は「殆ど、自由そのもの」です。

仏教用語ですが「唯我独尊」と言えるかも知れません。
殆ど何らかの強要や制約もありません
金銭的な面では、一般の人の収入から見るとかなり少ないですが今のところ全く問題ありません。

生活保護受給者より少ないのです。

家は持ち家ですが非課税世帯であり税金は最小限なのです。

生活費は夫婦折半ですし食費は各々ですしその中から毎月蓄えをして万が一に備えてもいます

経済的には互いに独立していますが生活は共同で、お互い自分の考えや思いで買って来たものを互いが食べることも少なくありません。

畑だけでなく、家の中で使用する「器具」は殆ど私が買っています。

それを使うのは大抵は妻です。
家の中のもので、今迄で最も大きな出費はエアコンだけです。

(畑のために、軽トラを買いました。これは高額でした)
最も、畑の必要(肥料、農具、燃料、苗、シートなど)にはかなりのお金が掛かっています
収穫物はすべて無料で兄弟姉妹や近くの友人などに配っています。

初めから、収穫物を売るつもりは全くありません
トマト、ナス、きゅうり、トウガラシ、シシトウ、大葉、赤しそ、モロヘイヤ、ゴーヤ、ピーマンなど未だに収穫出来るものもあります。
サツマイモを収穫していますが少し遅くなってしまい、芋が大きくなりすぎてしまいました。
落花生は12月ぐらいまで、枯れるまで放置しようと思っています。
今年は陸稲もやりましたがこれは上手く行きませんでした

穂が付いたのですが実にならないのです。
普通の農家より1か月半位遅かったのと水や肥料不足のためかも知れません。

来年は作らないつもりです。

失敗したからではなく、今の畑に向いていないと思うからです。

代わりに、ジャガイモと蕎麦を植えたいと思っています。

給料のために人に使われるよりはるかに自由で気楽で楽しいものです。

収穫物で生計を立てている訳ではないので
農家のじいさんばあさんが長生きする理由が分かるような気がします。

こうした生活が出来るのも人の善意のおかげです。
畑を貸してくれる人がいなければ出来なかったことですから。
幸い、畑を貸してくれている二人とも無料で合わせて一反五畝(約1,500㎡)借りています
これに、更に同じくらい加わり、少し離れたところに約1400㎡の畑を買うことが出来所有権移転登記を自分で行い完了しました

売買の話からおよそ2か月で完了しました。

早かったと思っています。

2か月かかった主な理由は農業委員会の許可と法務局の手続きでした。

この時も、法務局で「親切な人」に助けられました。

市の農業委員会の許可を貰う時や面接の時には事務局の「親切な人」にも助けられました。

畑を売ってくれた人も「善い人」で他人に気を遣う人です。

この年になって、親切な人の善意に「遭遇」出来たことは「ラッキー」でした。

勿論、そうでない場合も想定して「心の準備」をしていましたから、何とかなったと思います。

その場合の方法を熟知しているからです。

ですから、私はこうした物事で失敗することは余程相手が悪くない限りありません。


追加した新しい畑は平地でとても水はけもよく良い所です。

栗や柿やイチジクや柚子の樹が既に育って沢山の実を付けていますし、前にこの畑をやっていた人が育てたサツマイモや落花生それに沢山のオクラも収穫し有り余っています
今借りている畑にもビワ、梅、柿、グミ、などの樹があり沢山実を付けています。

他にも、タケノコ、フキ、セリ、野生の木の実などもあり、妻が喜んでいます。
その他に、私が植えた杏子、スモモ、洋ナシ、幸水、温州ミカン、夏みかん、レモン、オリーブ、ブルーベリーなどが来年3年目になり少しずつ実をつけ始めると思います。

お金がなくても豊かな生活をしています。
人生、最後の「褒美」です。
満足しています
このまま長く続くことを願っていますが、いずれいつかは「その時」が誰にでも来るものです。
そのための準備もしておかなければなりません。
最後は、病気や発作ではなく老衰で死にたいものです。
私の祖父母や父母も誰の世話にもならず、ある日突然亡くなりました
祖父母は寝ている間に亡くなりました。
私もそのようでありたいと思っています。
父も突然亡くなりました。
母だけ入院中に亡くなりました。
皆、平均寿命の85歳前後でした。
私も後何年かでこの年に近づきます
その日までのんびりと暮らしたいと思っています。

人生終わり良ければ総て良しです。
正に、大団円というところです。

知恵を求める人のためのブログです。

今回は、人はより多くの情報を求めていることについてです。

社会の出来事に関するコラム-その12(ChatGPTの危険性)も参考にして下さい。

人は、より多くの情報ではなく自分に役立つ情報を必要としているものです。
それが、人の活動の幅を広げていることは間違いありません。
生活が豊かになったり楽しみが増えたり物事が上手く行ったりするからです。

人々は昔からより多くの、あるいは、より重要な、より役に立つ情報を欲して来ました。
それが、現代ではスマホなどで誰でも簡単に入手出来るようになり状況が変化したのです。
ところが、その情報を提供しているグーグルなどの検索サイトでは、個人や全体の傾向を分析し検索結果によりその人が欲する方向へと誘導することが実際に行われていることは周知の事実です。

このため、アメリカではグーグルが独占禁止法違反で多額の罰金を科されました。
例えば、
パソコンやスマホである事柄に関して検索し調べたりすると、それに関連したCMが次から次へと紛れ込ませて検索した人の目に付くようにし、それが実際の売り上げに繋がるようにしているのです。
こうした検索サイトの行いを裁判所が違法行為とする場合が多いのですが改善されてはいません。
その理由は検索サイトやいわゆるアフィリエイトの収益に関わっているからです。

(ちなみに、Amebaサイトによる広告が自動的に入りますが、この点私にはどうにもなりませんが、

 これによる収入を私はこのブログで1円も受け取ったことがありませんし、実際、受け取り方を知ら 

 ないし興味もないのです。ブログで利益を上げることが目的ではないからです)

人はことばに反応する生き物ですが、こうした情報にも反応する生き物です。
こうしたことは単に利害関係だけとは限りません

 

このような問題は兎も角として、人は知らない情報を知りたがることは真実です。

最近では、検索するとAIがネット情報を調べそれを丁寧に纏めて教えてくれます

自分でより深く調べなくても教えてくれるのです。

便利と言えば便利です。

しかし、大抵のこと、個人に関わることやある種の情報は「必ずしも正しい」とは言えない場合があります。

ネット上の不確かな情報や間違いや噂や誹謗中傷もAIは拾ってしまうからです。

しかし、例えば行政や法律や自然や科学や物理現象などについては正確な情報を提供してくれます

また、あらゆる「もの」の作り方さえ教えてくれます。

しかも、「ただ」で情報を提供してくれるのです。

知識や情報を持っている人以外、殆どの人はAI検索の結果を信じていると思います。

AIは機械であり人を騙すことを「意図的に行う」ことがないからです。

 

この点、あるAIプログラムが意図的に特定の方向へと導くように作られていたら大問題」です。

これが発覚すると誰もAIを信用しなくなります。

 

ChatGPTは、対話型生成AIサービスで、質問に答えるだけではなく「文章などの創作?」もしてくれるのです。

その殆どは誰かの文章の「盗作」の繋ぎ合わせなのですが、それを感じさせない位「精巧」に出来ています。

ある人は、これを利用し「芥川賞」を受賞したと言われています。

選考委員も何を考えているのか「全くナンセンス」です。

 

一説には、ChatGPT銃や核爆弾の製造方法さえ教えてくれると聞いたことがあります。

ハーバード大学ではChatGPTが人類に与える影響を危惧する発表をしたとも言われています。

ChatGPTを最も懸念するのは、高校や大学のレポートや卒論や研究論文などに利用されることです。

人間のアイデアより優れた論文を書くことが出来るのです。

 

普通、卒論では自分の研究分野の一般的な傾向や問題点を指摘し、それを解決するためのアイデアとその検証結果などを示した「独自の持論」であることが求められます。

ところが、ChatGPTではこの「独自の持論」が欠落しているのです。

知識の寄せ集めや切り貼り「独自の持論」とは言えません

  

人がより多くの知識や情報に加えて、他の人と比べた優れた独自の技術、能力を求める気持ち」は理解出来ます。

しかし、ここまで行くと「行き過ぎ」であり、もはや、人間としても存在感を失いかねない事態だという点にどれほどの人が認識しているでしょうか。

 

生成AIが悪用されないことを願っています。

 

ちなみに、私のブログでは、ChatGPTを利用したことは一度もありませんし、これからもしません。

より正確な情報のためにネット検索をすることもありますが、AIによる検索を参考にしたこともありません。

ネット検索結果とその内容を「自分で判断」して用いているからです。

細かい点を「確認するために」ネット検索や辞書などを用いることはあります。

 

私のブログを読んで分かると思いますが、AIでは出来ない、しないことが沢山含まれています

あなたはそれに気が付いていますか?

気が付かなければ、AIに騙されることがあるかも知れませんよ。

 

追記

ChatGPTを用いて「聖書研究」が出来るかも知れません。

しかし、ChatGPTが教えてくれる内容は「不正確」なものです。

なぜなら、ChatGPT一般に伝えられている内容しか知らないからです。

例えば、十字架の使用や、ミサについて、偶像礼拝、占い師、霊媒、姦淫や淫行、罪と罰、命、老化、病気、死などに関して「正確な知識」あるいは「真理であると断定すること」をどこからも得ることが出来ないからです。

 

それでも、活用方法がないわけではありません。

例えば、

聖書の歴史上の出来事については、おそらく正しく教えてくれるかも知れません。

もし、AIが「預言」というものを理解しているなら、その文言や出来事をすべて列挙してくれるかもしれません。

律法についても、すべて教えてくれるでしょう。

イエスのすべての行動や発言も教えてくれるでしょう。

ペテロやパウロのすべての行動や発言も教えてくれるでしょう。

 

ちなみに、私はAIを用いなくても既に知っていることもありますし自分でこれらを調べることも確かめることも出来ます。-人間ですから。

 

ChatGPTを用いるのも人間ですが、それをどのように活用するかで、その人の「人間的価値」が決まると言っても過言ではありません。

 

あなたはどう思いますか?

知恵を求める人のためのぶろぐです。

今回は、頭脳の優れた人は国のリーダーにはならないという話しです。

 

古くは、江戸時代の学者であった佐藤一斎、佐久間象山、吉田松陰、などは政治批判はしましたが政治に携わることはありませんでした。

福沢諭吉は初めから政治とは距離を置いていました。

勝海舟は江戸幕府においては政治に深く関わりましたが、明治政府の要請に応じたことはありますが、基本的には深く関わることを避けていました。

坂本竜馬は積極的に政治に関わり、幕府の京都見回り組によって暗殺されました。

ある意味、政治に深く関わると「命」に係わることもあるということです。

実際、暗殺された政治家は多いと言えます。

それだけ、恨みを買い敵を作る職業だと言えます。


国のリーダーは、頭脳の善し悪しではなく信念、理念、思想、勇気、決断において優れた者がなる場合が多いものです。

例えば、西郷隆盛は軍人ですがリーダーとしては人望もあり優れた資質を持っていました。

日本人は良いものを作るという点で優れた能力を発揮する国民です。
忍耐強く、物事を成し遂げるために可能な限り努力する性質を持つ国民です。
指導者による対立などがなければ平和を好む国民でもあります。
その一方で悪を憎み正義と公平を求める国民でもあります。
誰かの暴力や差別などがなければ幸せの国」に成り得た国民なのです。

こうした国民性では優れたリーダーは誕生しないものです。

ドイツに関しても非常に有能な人材が多く、特に化学や科学技術の面では世界最高の頭脳を生み出す国です。
他にも、インド人、中国人などに天才的な頭脳を持つ人が時々出現しています。
人口が多い国には天才の数も多いのです。
人口が少なくてもハンガリーのように頭の良い国民もいます。

こうした歴史を見ると、頭の良い人の多い国が世界の覇権を握っているのではなく野蛮でずる賢い人が多い国が世界の覇権を握っています
つまり、大人しくて頭の良い子ではなく、ガキ大将がリーダーとなるのと同じだということです。

正に、今のアメリカやロシアはいわばガキ大将が大統領なのです。
ただ、力だけで世界を牛耳っているのです。

アメリカ人が最も多くのノーベル賞を受賞していますが、私はアメリカ人が頭が良いとは一度も思ったことはありません
エジソン、カーネギー、フォード、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズなど事業で成功し億万長者になった人や、

あるいは、ベーブルース、マイケル・ジョーダンなどのスパースターなど多くの有名人を輩出していることは事実です。
俳優でも綺羅星の如くいます。

 

私は、彼らを羨望の眼差しで見たことは一度もありません
しかし、多くの人々の考えは私とは異なるようです
日本のプロ野球で優秀で有能な選手は皆大リーグで活躍することを目標にしています。
私には奇異に見えます。

力が世界を制するということは「当然」と言えば当然です。
しかし、
その力が「正義の力」とは限らない点に問題があります。

国内における、日常的な力は「警察による武力」と「法律による司法」です。
生活面においては、時には暴力的な人が支配している場合もあります。

暴力的で野蛮な力の強い人が支配しリーダーとなるのに対し、大人しく頭も良く賢い人は表に出ようとはしない場合が多いものです。
こうしたことは理想とは言えません。
理想は、平和と正義による力を持ち、頭が良く賢い人がリーダーとなるべきだからです。

ではなせ理想の人がリーダーにはなれない、あるいは、ならないのでしょうか。
頭の良い人は分別があり暴力を好まない傾向にあり、
一方で、ガキ大将は思慮分別に欠け感情的で暴力的な傾向にあります。

頭の良さが力を発揮するのは試験の時や法律など「他の力」を利用する時です。
その良い例が弁護士であり裁判所であり司法なのです。
国家権力である警察、検察、軍隊をコントロールしているのは、いわゆるシビリアンコントロールという制服以外の「腕力の弱い」頭の良い人々です。

ところが、どの国のリーダーも選挙による投票で決まっています。
いわば、人気投票で決まるということです。
この人気には人々の様々な思いが加わったものであり、正義や公平などで決まるものではありません。
選挙の問題点は正義や公平で選ばれないという点です。

(参考:ベラルーシ、ウクライナ、モルドバなどでは、ロシア系の議員が少なからず存在しています 

 が、彼らは、果たして正当に当選したのか怪しいものです。

 ロシアによる関与があったことが裏付けられている場合もあるからです)


加えて、国会においても同じで、力のある「人」がリーダーとして選ばれているのです。
しかし、この場合、そのリーダーは理想的なリーダーとは限りません
安倍晋三を一度も善い人だと思ったことはありませんが、自民党内では絶対的な力を持っていましたし、戦後最も長期に渉る首相にもなりました。
しかし、彼の主導した政治は「良いものではありませんでした」
むしろ、「悪」や「膿」を残しただけとも言えます。

国家にしろ企業にしろ組織のトップに求められているのは、
高い道徳的な理念であり、その実現のために知恵を出す有能な人材は、いわゆる参謀としてトップを支えることです。
トップは全責任を負うものとして、正しい信念、理念、思想、勇気、決断を示す必要があります。
有能な人材は時に決断が出来ない場合や理想を追い求め過ぎる傾向にあるので、トップとしてはふさわしくない場合が多いのです。

実際、学者が政治のトップに立って行った政策で、市民生活が向上したということは聞いたことがありません。
そして、トップの責任は国民の希望や要求に応じるのではなく、国民にとって最善のことを行うことであり、参謀はそのための知恵と力を有している必要があるのです。

私は昔も今もこのような人物を見たことがありません。
このような人物が存在しなかったということではありません
このような人物がトップに立つのを独善的で利己的な人々が抑え込んできたのです。

ヒトラーのように全国民の支持を得るには、国民に理解してもらう必要がありますが、それにはかなりの時間が掛かります。
ヒトラーは時に乗じて、第一次世界大戦の戦後の世界恐慌によるドイツの不況と国民の不満を利用し、また、その憤りをユダヤ人にぶつけることドイツ国民の憂さを晴らさせたのです。
こうして、国民の支持を拡大しついには独裁者の地位を手に入れたのです。

方法や手段は良くないとしても、このような人物は近代では比類のないものです。
先に述べた理想的なトップがヒトラーと似たような手段で国民的支持を得れば、理想的な国家が出来るかも知れません。

しかし、中にはこのような人物の動機を疑ったり誹謗中傷をしたりあらゆる妨害をする人々が必ず出て来るものです。
これに適切に対処できなければ、理想的なトップでも「悪の餌食」になってしまうのです。
丁度、石破首相が自民党の「悪の餌食」にされたように

単に、自民党議員の不満だけ石破首相は自民党総裁の立場から降ろされたのです。
実に愚かなことです。
このような自民党は解党する以外方法はありません
過去から現在に至るまで、公務員や大企業と癒着し多くの議員を得て来たことは歴然としています。
それゆえ、自民党は企業による献金を禁止する法案に反対しているのです。
また、政治資金を得るためのパーティーも禁止したら、政治活動費を捻出出来なくなってしまうのです。
アメリカのように、小口の献金を多数集めることで支持者を確保するという方法を日本ではなぜ取らないのでしょうか。
これでは、必要な資金が集まらないからなのでしょうか。
政治家のお金の使い道は、殆どが選挙のための準備資金であることは明白です
つまり、政治活動とは名ばかりで、実際には選挙活動の一環として行っているのです。
あなたはこうした政治家の行動を理解して投票していましたか

ハッキリ言って、政治家は馬鹿でもなれます
法律は一人では決まらないからです。
大勢の人がいて議論するから法律が出来るのです。

今の日本の政治家で善い人は一人もいません
その中でも石破首相が最も良かったのに、自民党の利己的な欲望のために総裁を降ろされたのです。

 

こうして次の自民党の総裁に誰がなっても国民から信頼されることはないでしょう。

また、政治も旧態依然としたものか、前より悪くなり、一体なぜ石破首相が辞めなければならなくなったのかと疑問に思う人が増え、自民党を批判する人が増えることは目に見えています。

こうして、着実に自民党は衰退していくのです。

さて、漁夫の利を得る野党はどの党でしょうか?

参政党それとも日本維新の会?

少なくとも、国民民主党は解党すべきです。

 

今の社会は様々な意見や考えを持つ少数の乱立の時代なのです。

昔と違って、自民党を支持する人は確実に減っています。

明治の政治リーダーたちのしたことは良いとは言えませんが少なくとも、国民を引っ張っていく点ではリーダーとしては良かったのです。

あなたは間違いだらけの日本の政治をどう思いますか?