知恵を求める人のためのブログです。
目は心の窓と言ったりします。
嬉しい、悲しい、問題を抱えている、思うように生きているなどは表情特に目に現れるものです。
ですから、これを研究している人にとっては、いわば、占い師の如く相手の心理を読み取ることが出来ると考えています。
俳優は、特に表情で演技をします。
その中でも特に「目」がポイントになります。
怒り、悲しみ、喜び、憂鬱などの表現は目によって表されるものです。
ですから、今日のテーマを最もよく理解しているのは俳優だということになります。
こうしたことは、人との関係特に付き合いでは重要です。
しかし、問題点は相手の考えや気持ちが分かった時、自分がそれに対してどのような態度をとるかという点です。
相手の気持ちを理解するというよりは、こちらの態度の方がより重大なことです。
これを間違うと相手を不機嫌にさせたり怒りや恨みを買うこともあるからです。
ストーカー被害に上、殺害されたという事件の大半はこれを上手く出来なかったからと考えられます。
ストーカー被害に遭わないために、最も大事なことは、日常から誰かの気を引くようなことをしないということも大事です。
と言っても、相手がどのように思うかは自分では決められませんが。
誰しもが、人に親切にしたり誰かに悪い印象を与えないようにしているものです。
そのため、誰かに一目惚れするということは良くあることです。
しかし、その自分の思いを相手に伝えるには少し勇気がいることです。
そのため、いわゆるプラトニック的な感情を抱いていることは人知れず日常茶飯事なのです。
こうした自分の気持ちをコントロール出来ない人は問題を抱えることになります。
このような自制心の欠如を表す人とは、距離を置くことは重要なことです。
少し前の記事の、聖書のコラム-103(不機嫌さを表に表す人は霊的には既に死んでいる)でも述べましたが、
自制心の無い人は既に「霊的には死んだ人」なので、何かを口実に近づいてきてもいろんな理由を言って避けるべきです。
個人情報を誰かれなく教える人は、現代では殆どいませんが、それでも、個人情報は様々な点から漏れているものです。
同じ社会で生活している以上、すべてを隠すことは不可能です。
目は口程に物を言うとも言います。
つまり、目で睨みを利かせるということさえ人はすることもあります。
イエスは次のように語っています。
20 さらにこう言われた。「人から出て来るものが人を汚すのです。
21 内側から,つまり人の心から,害になる推論が出て来るのです。すなわち,淫行・盗み・殺人・
22 姦淫・貪り・邪悪な行為・欺まん・みだらな行ない・ねたむ目・冒とく・ごう慢・理不尽さです。
23 これら邪悪な事柄はみな中から出て来て,人を汚します」。
-マルコ7:20-23
目は心の窓ということから、
心にあるこうした邪悪な事柄は、その人は「目」を通して「邪悪な事柄に焦点を当てて見ている」のであり、その人の「その視線は目に現れる」ということです。
勿論、この逆の善いことことにおいても同様です。
人は目を見て、その人の感情を理解することが出来ます。
怒り、悲しみ、喜び、満足感などは目を見れば分かります。
しかし、その人の心の考え(善い事柄や邪悪な事柄)までは見抜くことは難しいのです。
犬は人の目を見てその人の心の在り様を敏感に感じ取っています。
この点猫も同じですが、犬のような態度を示すことはありません。
猫は利己的であり、犬は利他的なのです。
終わりの時に、神もキリストもみ使いも人を一人ひとり分けますが、聖書には次のように記されています。
12 神の言葉は生きていて,力を及ぼし,どんなもろ刃の剣よりも鋭く,魂と霊,また関節と[その]骨髄を分けるまでに刺し通し,心の考えと意向とを見分けることができるのです。
13 そして,[神]のみ前に明らかでない創造物は一つもなく,すべてのものはその目に裸で,あらわにされており,この方に対してわたしたちは言い開きをしなければなりません。
ヘブライ4:12-13
目を見ればその人の感情が分かりますが、その人の話すことでその人の考えを知ることになります。
何を話し、何を話さないかはその人自身が決めていることです。
イエスが言ったように、それは「中から」出て来ます。
心にあるものの内、どれを出しどれを出さないかはその人の[意識]がコントロールしています。
つまり、自制心は[意識]が行っているのです。
パウロの次の言葉はこうした[意識]を変えるのに有益です。
5 ですから,淫行,汚れ,性的欲情,有害な欲望,また強欲つまり偶像礼拝に関して,地上にあるあなた方の肢体を死んだものとしなさい。
6 こうした事柄のゆえに神の憤りは臨もうとしているのです。
7 かつてそうしたことの中で生活していた時には,あなた方もまさにそのような事のうちを歩んだのです。
8 しかし今は,そうしたものを,憤り,怒り,悪,ののしりのことば,またあなた方の口から出る卑わいなことばを,ことごとく捨て去りなさい。
9 互いに偽りを語ってはなりません。古い人格をその習わしと共に脱ぎ捨て,
10 新しい[人格]を身に着けなさい。それは,正確な知識により,またそれを創造した方の像にしたがって新たにされてゆくのです。
11 そこにはギリシャ人もユダヤ人もなく,割礼も無割礼もなく,異国人も,スキタイ人も,奴隷も,自由人もありません。ただキリストがすべてであり,すべてのうちにおられるのです。
12 したがって,神の選ばれた者,また聖にして愛される者として,優しい同情心,親切,へりくだった思い,温和,そして辛抱強さを身に着けなさい。
(参考:この言葉により、パウロのこうした助言は、ある特定の人に対するものです。
私たちに対するものではありません。
しかし、それでもその助言に従うことは自分にとって有益となります)
13 だれかに対して不満の理由がある場合でも,引き続き互いに忍び,互いに惜しみなく許し合いなさい。エホバが惜しみなく許してくださったように,あなた方もそのようにしなさい。
14 しかし,これらすべてに加えて,愛を[身に着けなさい]。それは結合の完全なきずななのです。
15 また,キリストの平和があなた方の心の中を制御するようにしなさい。実際あなた方は,一つの体としてそれに召されたのです。そして,感謝を抱いていることを示しなさい。
16 キリストの言葉を,すべての知恵においてあなた方のうちに豊かに宿らせなさい。詩と,神への賛美と,慈しみのこもった霊の歌とをもって互いに教え,また訓戒し,心のうちでエホバに向かって歌いなさい。
17 そして,あなた方が言葉や業において行なうことが何であっても,すべての事を主イエスの名によって行ない,彼を通して父なる神に感謝しなさい。
18 妻たちよ,夫に服しなさい。それは主にあってふさわしいことだからです。
19 夫たちよ,妻を愛しつづけなさい。[妻]に対して苦々しく怒ってはなりません。
20 子供たちよ,すべての事において親に従順でありなさい。これは主にあって大いに喜ばれることなのです。
21 父たちよ,あなた方の子供をいらいらさせて気落ちさせることのないようにしなさい。
22 奴隷である人たちよ,肉的な意味で[あなた方の]主人である人たちに対し,すべての事において従順でありなさい。人を喜ばせようとする者のように,目先だけの奉仕をするのではなく,誠実な心で,エホバを恐れつつ[仕えなさい]。
23 何をしていても,人にではなくエホバに対するように魂をこめてそれに携わりなさい。
24 あなた方は,しかるべき報いである相続財産をエホバから受けることを知っているのです。主人であるキリストに奴隷として仕えなさい。
25 悪を行なっている人は,自分が行なった悪の報いを必ず受けるのです。不公平はありません。
4章
主人である人たちよ,自分にも天に主人がいることを知り,奴隷に対して,義にかなったこと,また公正なことを行なってゆきなさい。
2 たゆまず祈り,感謝をささげつつ[祈り]のうちに目ざめていなさい。
3 同時にわたしたちのためにも祈ってください。神が発言の扉をわたしたちに開き,キリストに関する神聖な奥義を語らせてくださるようにと。事実そのことのために,わたしは獄につながれているのです。
4 また,わたしが当然語るべき仕方で[語って]それを明らかにすることができるようにと[祈ってください]。
5 外部の人々に対しつねに知恵をもって歩み,自分のために,よい時を買い取りなさい。
6 あなた方の発することばを常に慈しみのあるもの,塩で味つけされたものとし,一人一人にどのように答えるべきかが分かるようになりなさい。
(参考:外部の人々とは、クリスチャンたち以外の人々のことです。
6節の助言はクリスチャンすべてが外部の人々と接する時の有益な助言です)
-コロサイ3:5-4:6
こうしたパウロの助言はすなわち「この事物の体制に合わせて形作られるのを止める」ことの実践であるということです。-ローマ12:2
以下のパウロのコリント会衆への手紙は、今の私たちに対するものではありません。
しかし、その内容は現代のクリスチャンの考え、振る舞いに関して役立つ助言となっています。
パウロのこうした助言などにより、信仰における確信がつけば、「あなたの目は曇りのない自信に溢れたもの」となるでしょう。
コリント人への第一の手紙
1章
神のご意志によりイエス・キリストの使徒となるために召されたパウロと,わたしたちの兄弟ソステネから,
2 コリントにある神の会衆,キリスト・イエスと結ばれて神聖なものとされ,聖なる者となるために召されたあなた方,ならびに,いたるところでわたしたちの主イエス・キリスト,すなわちその主でありわたしたちの[主]である方の名を呼び求めているすべての人たちへ:
3 わたしたちの父なる神と主イエス・キリストからの過分のご親切と平和があなた方にありますように。
4 キリスト・イエスにあってあなた方に与えられた神の過分のご親切を見るにつけ,わたしはあなた方について常に神に感謝しています。
5 すべての事,つまり話すための十分な能力という点でも,十分な知識という点でも,あなた方が[キリスト]にあって豊かにされたからです。
6 それは,キリストについての証しがあなた方の間で確固たるものとなっている[ことに見られる]とおりです。
7 その結果あなた方はどんな賜物にも欠けることなく,わたしたちの主イエス・キリストの表わし示されることを切に待っています。
8 [キリスト]はまた,あなた方を終わりまで確固たる者とし,わたしたちの主イエス・キリストの日にあなた方が何ら訴えられることがないようにしてくださるでしょう。
9 神は忠実な方であり,その[神]によって,あなた方は,わたしたちの主であるみ子イエス・キリストと分かち合う[関係]に呼び入れられました。
10 さて,兄弟たち,わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなた方に勧めます。あなた方すべての語るところは一致しているべきです。あなた方の間に分裂があってはなりません。かえって,同じ思い,また同じ考え方でしっかりと結ばれていなさい。
11 というのは,わたしの兄弟たち,あなた方について,クロエの[家の]者たちからわたしに打ち明けられたのですが,あなた方の間には争論があるとのことです。
12 あなた方がそれぞれ,「わたしはパウロに属する」,「いや,わたしはアポロに」,「わたしはケファに」,「わたしはキリストに」と言い合っていること,そのことをわたしは言うのです。
13 キリストが分裂してしまっています。パウロがあなた方のために杭につけられたとでもいうのですか。それとも,あなた方はパウロの名においてバプテスマを受けたのですか。
14 わたしは,自分が,クリスポとガイオのほかには,あなた方のだれにもバプテスマを施さなかったことを感謝しています。
15 あなた方はわたしの名においてバプテスマを受けたと,だれも言うことのないためです。
16 確かに,わたしはステファナの家の者たちにもバプテスマを施しました。ほかの人たちについては,自分がさらにだれかにバプテスマを施したかどうかは知りません。
17 キリストがわたしを派遣されたのは,バプテスマを施すためではなく,良いたよりを,ことばの知恵によらないで宣明するためであったからです。それは,キリストの苦しみの杭が無駄にならないようにするためです。
18 苦しみの杭についての話は,滅びゆく人々にとっては愚かなことですが,救われつつあるわたしたちにとっては神の力なのです。
19 「わたしは賢人たちの知恵を滅ぼし,知能のたけた者たちのそう明さを押しのける」と書いてあります。
20 賢い人はどこにいるのですか。書士はどこにいますか。この事物の体制の弁論家はどこですか。神は世の知恵を愚かなものとされたのではありませんか。
21 神の知恵によることでしたが,世はその知恵を通して神を知るに至らなかったので,神は宣べ伝えられる事柄の愚かさを通して,信じる者を救うことをよしとされたのです。
22 ユダヤ人はしるしを求め,ギリシャ人は知恵を求めます。
23 しかしわたしたちは杭につけられたキリストを宣べ伝えるのです。これは,ユダヤ人にとってはつまずきのもとであり,諸国民にとっては愚かなことです。
24 しかし,召された者にとっては,ユダヤ人にもギリシャ人にも,神の力また神の知恵なるキリストなのです。
25 神の愚かな事柄は人間より賢く,神の弱い事柄は人間より強いからです。
26 兄弟たち,あなた方が自分たちに対する[神の]召しについて見ていることですが,肉的に賢い者は多くなく,強力な者も多くなく,高貴な生まれの者が多く召されたのでもありません。
27 むしろ,神は世の愚かなものを選んで,賢い人々が恥を被るようにされました。また,神は世の弱いものを選んで,強いものが恥を被るようにされました。
28 また神は,世の卑しいものや見下げられたもの,無いものを選んで,有るものが無になるようにされました。
29 それは,肉なる者がだれも神のみ前で誇ることのないためです。
30 一方,あなた方がキリスト・イエス,すなわち,わたしたちにとって,神からの知恵,また義と聖化,そして贖いによる釈放となられた方と結ばれているのは,[神]によることなのです。
31 「誇る者はエホバにあって誇れ」と書かれているとおりになるためです。
2章
兄弟たち,それでわたしは,あなた方のところに行った時,もったいぶった話し方や知恵を携えて行って神の神聖な奥義を告げ知らせるようなことはしませんでした。
2 わたしは,あなた方の間では,イエス・キリスト,しかも杭につけられた[キリスト]以外には何をも知るまいと決めたのです。
3 そしてわたしは,弱さと恐れのうちに,いたくおののきながらあなた方のところに行きました。
4 そしてわたしの話し方,またわたしが宣べ伝えた事柄は,説得のための知恵の言葉ではなく,霊と力の論証を伴うものでした。
5 それは,あなた方の信仰が,人間の知恵によらず,神の力によるものとなるためでした。
6 さて,わたしたちは円熟した人たちの間では知恵を語ります。といっても,この事物の体制の知恵でも,この事物の体制の支配者たちの[知恵]でもありません。彼らは無に帰するのです。
7 わたしたちが語るのは,神聖な奥義の中の神の知恵,隠された知恵です。それは,わたしたちの栄光のため,事物の諸体制の前に神があらかじめ定めたものです。
8 この[知恵]を,この事物の体制の支配者はだれひとり知るに至りませんでした。[それを]知っていたなら,栄光ある主を杭につけたりはしなかったでしょう。
9 しかし,「神がご自分を愛する者たちのために備えられた事柄は,目も見ず,耳も聞かず,人の心に上ったこともない」と書かれているとおりです。
10 神はそれを,ご自分の霊によって,このわたしたちに啓示されたのであり,霊がすべての事,神の奥深い事柄までも究めるのです。
11 というのは,人の事柄は,その人のうちにある人間の霊を別にすれば,人々のうちいったいだれが知っているでしょうか。それと同じように,神の事柄も,神の霊を別にすれば,だれも知らないのです。
12 そこで,わたしたちが受けたのは,世の霊ではなく,神からの霊です。それは,そのご親切によって神から与えられている物事をわたしたちがよく知るようになるためです。
13 わたしたちはそれらの事も,人間の知恵に教えられた言葉ではなく,霊に教えられた[言葉]で話します。わたしたちは霊的な[こと]に霊的な[言葉]を結び合わせるのです。
14 しかし,物質の人は神の霊の事柄を受け入れません。それはその人には愚かなことだからです。また彼は[それを]知ることができません。それは霊的に調べるべき事柄だからです。
15 一方,霊的な人は実にすべての事柄を調べますが,その人自身はいかなる人によっても調べられません。
16 「だれがエホバの思いを知って,彼を教え諭すようになったであろうか」とあるのです。それでもわたしたちは,キリストの思いを持っているのです。
3章
兄弟たち,それでわたしは,あなた方に対して,霊的な人に対するように話すことはできませんでした。むしろ,肉的な人に対するように,キリストにあるみどりごに対するように[話しました]。
2 わたしはあなた方に,食べる物ではなく,乳を与えました。あなた方はまだ十分に強くなかったからです。事実,あなた方は今でも十分に強くなっていません。
3 あなた方はまだ肉的だからです。というのは,あなた方の間にねたみや闘争があることからすれば,あなた方は肉的であって,人々と同じ歩み方をしているのではありませんか。
4 ある人が「わたしはパウロに属する」と言い,ほかの人が「わたしはアポロに」と言うのでは,あなた方はただの人ではありませんか。
5 では,アポロは何者ですか。そうです,パウロは何者ですか。奉仕者であり,あなた方はその人々を通して信者となりましたが,それは主が各々に授けられたところによりました。
6 わたしは植え,アポロは水を注ぎました。しかし,神が[それを]ずっと成長させてくださったのです。
7 ですから,大切なのは,植える者でも水を注ぐ者でもなく,成長させてくださる神なのです。
8 さて,植える者と水を注ぐ者とは一つですが,各々はその労苦に応じて報いを受けます。
9 わたしたちは神と共に働く者だからです。あなた方は耕されている神の畑,神の建物です。
10 わたしは,自分に与えられた神の過分のご親切のもとに,賢い作業監督として土台を据えましたが,ほかの人がその上に建てています。しかし各人は,自分がその上にどのように建てているかをいつも見守っているべきです。
11 据えられているもの,それはイエス・キリストですが,それ以外の土台を据えることはだれもできないからです。
12 さて,この土台の上に,金,銀,宝石,木材,干し草,刈りわらで建てるなら,
13 各人の業は明らかになります。その日がそれを示すのです。それは火によって表わし示されるからです。まさにその火が,各人の業がどんなものかを証明するのです。
14 その上に建てただれかの業が残るなら,その人は報いを受けます。
15 だれかの業が燃え尽きるなら,その人は損失を被ることになりますが,その人自身は救われます。しかし,そうであるとしても,火をくぐるようにしてでしょう。
(参考:パウロは信仰の土台を信者に据えました。
その土台の上にどのようなものを建てるかは[その人自身]だと述べているのです。
各人の業は火によって(つまり、試練によって)明らかになり、例え、建てたものが燃え尽きても救
われると述べています。
救いの条件は、パウロによって土台が据えられた場合です。
ものみの塔によって据えられた土台がパウロの土台と一致しているという証はありません)
16 あなた方は,自分たちが神の神殿であり,神の霊が自分たちの中に宿っていることを知らないのですか。
17 もしだれかが神の神殿を滅ぼすなら,神はその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなた方はその[神殿]なのです。
18 だれも自分をたぶらかしてはなりません。あなた方の中で,自分はこの事物の体制において賢い者であると考える人がいるなら,その人は愚かな者となりなさい。こうして,賢い者となるためです。
19 この世の知恵は神にとっては愚かなものだからです。「彼は賢い者たちを彼ら自身のこうかつさによって捕まえる」と書かれています。
20 また,「エホバは,賢い人たちの論議が無駄なことを知っておられる」とあります。
21 それゆえ,だれも人間を誇りとしてはなりません。すべてのものがあなた方に属しているからです。
22 パウロであれ,アポロであれ,ケファであれ,世であれ,命であれ,死であれ,今あるものであれ,来たるべきものであれ,すべてのものはあなた方に属しています。
23 一方,あなた方はキリストに属し,キリストは神に属しています。
4章
それで人は,わたしたちを,キリストに従属する者,また神の神聖な奥義の家令と評価すべきです。
2 さらに,この場合,家令に求められるのは,忠実であることです。
3 さて,わたしにとって,あなた方に,あるいは人間の審判の場で調べられることは,ごくささいな事柄です。わたしでさえ自分を調べることはしません。
4 わたし自身,責められるようなことは何も意識しないからです。しかしそれによって,わたしは義にかなっていると証明されているわけではありません。わたしを調べる方はエホバなのです。
5 それゆえ,定めの時以前に,つまり主が来られるまでは,何事も裁いてはなりません。[主]は,闇の隠れた事柄を明るみに出し,また心の計り事を明らかにされます。その時,人は各自神からの称賛を受けるのです。
6 さて,兄弟たち,わたしは,あなた方のために,これらのことを移し変えてわたし自身とアポロとに当てはめました。それは,わたしたちを例にして,「書かれている事柄を越えてはならない」という[定め]を学んでもらい,あなた方がそれぞれ一方に付いて他方を退け,思い上がるようなことのないためです。
7 というのは,だれが人を他と異ならせるのですか。実際,自分にあるもので,もらったのではないものがあるのですか。では,確かにもらったのであれば,どうしてもらったのではないかのように誇るのですか。
8 あなた方はすでに存分に持っているのですか。あなた方はすでに富んでいるのですか。あなた方はわたしたちを抜きにして王として支配しはじめたのですか。いや,あなた方が王として支配しはじめていてくれたらと願うのです。わたしたちもあなた方と一緒に王として支配するためです。
9 というのは,神はわたしたち使徒を,死に定められた者として,出し物の最後に置かれたように思えるのです。なぜなら,わたしたちは,世に対し,み使いたちに対し,また人々に対して,劇場の見せ物のようになっているからです。
10 わたしたちはキリストのゆえに愚かな者ですが,あなた方はキリストにあって思慮深い者となっています。わたしたちは弱いのに,あなた方は強いのです。あなた方は評判が良いのに,わたしたちは不名誉のうちにあります。
11 今この時に至るまで,わたしたちはずっと飢え,また渇き,着る物に乏しく,こづき回され,家もなく,
12 手ずから働いて労しています。ののしられれば祝福し,迫害されれば忍び,
13 名誉を損なわれても懇願するのです。わたしたちは,今に至るまで,世のくず,すべてのもののかすのようになってきました。
14 わたしがこれらのことを書いているのは,あなた方に恥をかかせるためではなく,わたしの愛する子供として訓戒するためです。
15 あなた方にはキリストにあって一万人の養育係がいるとしても,決して多くの父親はいないのです。キリスト・イエスにあって,わたしが,良いたよりを通してあなた方の父親となったからです。
16 それで,わたしはあなた方に懇願します。わたしに見倣う者となってください。
17 そのために,わたしはテモテをあなた方のところに遣わします。彼は主にあってわたしの愛する忠実な子供なのです。彼はキリスト・イエスに関連したわたしのやり方を,わたしがいたるところ,すべての会衆で教えているそのとおりに,あなた方に思い出させるでしょう。
18 ある人たちは,わたしが実際にはあなた方のところに行かないかのように思い上がっています。
19 しかし,エホバが望まれるなら,わたしは間もなくあなた方のところに行きます。そして,思い上がっている人たちのことばではなく,その力を知るようになるでしょう。
20 神の王国はことばにではなく,力にあるからです。
21 あなた方は何を望みますか。わたしは棒むちをもってあなた方のところに行きましょうか。それとも,愛と霊の温和さとをもってでしょうか。
5章
現に,あなた方の間では淫行のことが伝えられています。しかも,諸国民の間にさえないほどの淫行で,ある人が[自分の]父の妻を有しているとのことです。
2 それなのにあなた方は思い上がっているのですか。むしろ嘆き悲しんで,この行ないをした人があなた方の中から取り除かれるようにしなかったのですか。
3 わたしとしては,体ではそこにいなくても,霊においてはそこにおり,あたかもそこにいるかのように,このようなことをした人をすでにきっぱりと裁きました。
4 わたしたちの主イエスの名において,あなた方が共に集まるとき,わたしの霊もわたしたちの主イエスの力と共に[そこにあり],
5 あなた方がそのような人を肉の滅びのためにサタンに引き渡し,こうして主の日に霊が救われるようにするためです。
6 あなた方が誇りにしている事柄は良くありません。あなた方は,少しのパン種が固まり全体を発酵させることを知らないのですか。
7 古いパン種を除き去りなさい。あなた方は酵母を持たない者なのですから,それにふさわしく新しい固まりとなるためです。実際,わたしたちの過ぎ越しであるキリストは犠牲にされたのです。
8 ですから,古いパン種や悪と邪悪のパン種を用いず,誠実さと真実さの無酵母パンを用いて祭りを行なおうではありませんか。
9 わたしは自分の手紙の中で,淫行の者との交友をやめるようにとあなた方に書き送りましたが,
10 それは,この世の淫行の者,あるいは貪欲な者やゆすり取る者,また偶像を礼拝する者たちと全く[交わらないようにという意味]ではありません。もしそうだとすると,あなた方は実際には世から出なければならないことになります。
11 しかし今わたしは,兄弟と呼ばれる人で,淫行の者,貪欲な者,偶像を礼拝する者,ののしる者,大酒飲み,あるいはゆすり取る者がいれば,交友をやめ,そのような人とは共に食事をすることさえしないように,と書いているのです。
12 というのは,わたしは外部の人々を裁くことと何のかかわりがあるでしょうか。あなた方は内部の人々を裁き,
13 外部の人々は神が裁かれるのではありませんか。「その邪悪な人をあなた方の中から除きなさい」とあります。
6章
あなた方の中には,他の人に対して訴え事がある場合,あえて法廷に,不義の人々の前に行き,聖なる者たちの前に[行か]ない人がいるのですか。
2 あるいは,あなた方は,聖なる者たちが世を裁くことを知らないのでしょうか。それで,世はあなた方によって裁かれることになっているのに,あなた方はごくささいな事柄を審理することもできないのですか。
3 あなた方は,わたしたちがみ使いを裁くようになることを知らないのですか。では,どうして今の生活上の事柄を[裁か]ないことがあるでしょうか。
4 それなのに,今の生活上の事柄で審理すべきことが現にある場合,あなた方は,会衆の中で見下げられている人々を裁きの座に着かせるのですか。
5 わたしは,あなた方を恥じさせるために話しています。あなた方の中に自分の兄弟たちの間を裁くことのできる賢い人が一人もおらず,
6 兄弟が兄弟と共に法廷へ,しかも不信者たちの前に行くというのはほんとうですか。
7 であれば,あなた方が互いに訴訟を起こしていることは,実際のところ,あなた方にとって全くの敗北を意味しています。なぜむしろ害を受けるままにしておかないのですか。なぜむしろだまし取られるままにしておかないのですか。
8 その逆に,あなた方は害を加え,だまし取る,それも自分の兄弟たちに対してです。
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。
12 わたしにとって,すべての事は許されています。しかし,すべての事が益になるのではありません。わたしにとって,すべての事は許されています。しかしわたしは,いかなるものにもその権威のもとに置かれたりはしません。
13 食物は腹のため,腹は食物のためです。しかし神はそれらを共に無に至らせられます。そこで,体は淫行のためではなく,主のためにあるのです。そして主は体のためにあります。
14 しかし,神はご自分の力によって主を[死]からよみがえらせましたし,わたしたちをもよみがえらせてくださるのです。
15 あなた方は,自分の体がキリストの肢体であることを知らないのですか。では,わたしはキリストの肢体を取り去って,それを娼婦の肢体とするのですか。断じてそのようなことはないように!
16 あなた方は,娼婦と一緒になる者が一体となることを知らないとでもいうのですか。「二人は一体となる」と言っておられるのです。
17 しかし,主と一緒になる人は一つの霊となるのです。
18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
19 あなた方の体が,あなた方の内にある聖霊の神殿であることを知らないとでもいうのですか。その[聖霊]はあなた方が神から受けているものです。また,あなた方は自分自身のものではありません。
20 あなた方は代価をもって買われたからです。どうあっても,あなた方の体によって神の栄光を表わしなさい。
7章
さて,あなた方が書いてきた事柄についてですが,男は女に触れないのがよいことです。
2 しかし,淫行がはびこっていますから,男はおのおの自分の妻を持ち,女はおのおの自分の夫を持ちなさい。
3 夫は妻に対してその当然受けるべきものを与えなさい。また妻も夫に対して同じようにしなさい。
4 妻は自分の体に関して権限を行使するのではなく,夫がそうするのです。同じように,夫も自分の体に関して権限を行使するのではなく,妻がそうするのです。
5 互いに[それを]奪うことがないようにしなさい。ただし,定められた時のあいだ相互に同意し,祈りに時をささげて,そののち再び共になる場合は別です。これは,あなた方の自己抑制が欠けていることのゆえに,サタンがあなた方を誘惑しつづけることのないためです。
6 しかしながら,わたしがこう言うのは譲歩としてであって,命令としてではありません。
7 それにしても,わたしは,すべての人がわたしのようであればと願います。しかしやはり,人はそれぞれ,ある人はこのように,他の人はかのようにと,神から自分の賜物を受けています。
8 さて,結婚していない人たちとやもめたちに言いますが,わたしと同じように,そのままでいるのはよいことです。
9 しかし,自制できないなら,その人たちは結婚しなさい。[情欲に]燃えるよりは結婚するほうが良いからです。
10 結婚している人たちにわたしは指示を与えます。といっても,わたしではなく,主が[与えるの]ですが,妻は夫から離れるべきではありません。
11 しかし,もしも離れるようなことがあるなら,結婚しないでいるか,さもなければ夫と和解しなさい。夫も妻を去るべきではありません。
12 しかし,他の人たちにわたしは言います。そうです,主ではなく,わたしが[言い]ます。ある兄弟に信者でない妻がいて,彼女が[夫]と共に住むことを快く思っているなら,その人は[妻]を去ってはなりません。
13 また,信者でない夫のいる女は,彼が[妻]と共に住むことを快く思っているなら,彼女は夫を去ってはなりません。14 信者でない夫は妻との関係で神聖なものとされ,信者でない妻は兄弟との関係で神聖なものとされているからです。そうでなければ,あなた方の子供は実際には清くないことになります。でも今,彼らは聖なる者なのです。
15 しかし,信者でない人が離れて行くなら,その離れるにまかせなさい。兄弟にせよ姉妹にせよ,そうした事情のもとでは隷属の身ではありません。神はあなた方を平和へと召されたのです。
16 というのは,妻よ,あなたは夫を救えないとどうして分かるのですか。また,夫よ,あなたは妻を救えないとどうして分かるのですか。
17 ただ各人は,エホバがそれぞれに与えてくださったところに応じ,神に召されたとおりに歩みなさい。そして,わたしはすべての会衆でこのように定めているのです。
18 割礼を受けてから召された人がいますか。その人は無割礼になってはなりません。無割礼のままで召された人がいますか。その人は割礼を受けてはなりません。
19 割礼には何ら意味がなく,無割礼にも何の意味もありません。ただ神のおきてを守り行なうこと[に意味があるのです]。
20 どんな状態で召されたにしても,各自それにとどまっていなさい。
21 あなたは奴隷の時に召されましたか。そのことで思い悩むことはありません。ですが,自由になることもできるなら,むしろその機会をとらえなさい。
22 主にある人で奴隷の時に召された人は主の自由民だからです。同じように,自由な人の時に召された人はキリストの奴隷です。
23 あなた方は代価をもって買われたのです。もう人間の奴隷となってはなりません。
24 兄弟たち,どんな状態で召されたにしても,各自神と結ばれて,それにとどまっていなさい。
25 さて,童貞の人について,わたしは主から何の命令も受けていませんが,忠実であるよう主から憐れみを示された者として,わたしの意見を述べます。
26 それで,現状による必要性を考慮して,わたしは次のことがよいと考えます。人は今あるままでいるのがよいということです。
27 あなたは妻につながれていますか。放たれることを求めてはなりません。あなたは妻から解かれていますか。妻を求めてはなりません。
28 しかし,たとえ結婚したとしても,それは罪を犯すことではありません。そして,童貞の人が結婚したとしても,その人は罪を犯すことにはなりません。しかしながら,そうする人たちは自分の肉身に患難を招くでしょう。しかしわたしは,あなた方が[それに]遭わないですむようにしているのです。
29 さらに,兄弟たち,わたしは,残された時は少なくなっている,という点を言います。今後,妻を持っている者は持っていないかのようになりなさい。
30 また,泣く者は泣かない者のように,歓ぶ者は歓ばない者のように,買う者は所有していない者のように,
31 世を利用している者はそれを十分に用いていない者のようになりなさい。この世のありさまは変わりつつあるからです。
32 実際わたしは,あなた方に思い煩いがないようにと願っているのです。結婚していない男子は,どうしたら主の是認を得られるかと,主の事柄に気を遣います。
33 一方,結婚している男子は,どうしたら妻の是認を得られるかと,世の事柄に気を遣い,
34 彼は分かたれるのです。さらに,結婚していない女,および処女は,主の事柄に気を遣い,自分の体と霊の両面で聖なる者であろうとします。しかしながら,結婚している女は,どうしたら夫の是認を得られるかと,世の事柄に気を遣います。
(つまり、パウロは結婚している夫婦は「世間体を気にする」と述べているのです。
こうしたことは、いわゆる事物の体制に合わせて形作られるということです)
35 しかし,わたしがこれを言うのは,あなた方自身の益のためであって,あなた方に輪なわを掛けるためではありません。あなた方を,ふさわしい事柄へ,また気を散らすことなく絶えず主に仕えられるような事柄へと動かすためなのです。
36 しかし,人が自分の童貞性にふさわしくない振る舞いをしていると考え,若さの盛りを過ぎており,しかもそれが当然の道であれば,その人は自分の望むことを行ないなさい。その人は罪をおかすわけではありません。その人たちは結婚しなさい。
37 しかし,心の中でしっかりと定めており,必要もなく,自分の意志を制することができ,童貞性を守ろうと自らの心の中で決めているのであれば,その人はりっぱに行動していることになります。
38 したがって,結婚して自分の童貞性を離れる人もりっぱに行動していますが,結婚しないで,それを離れない人は,さらにりっぱに行動していることになります。
39 妻は夫が生きている間はずっとつながれています。しかし,もし夫が[死の]眠りにつくことがあれば,彼女は自分の望む者と自由に結婚できます。ただし主にある[者と]だけです。
40 しかし,わたしの意見では,彼女はそのままでいたほうが幸福です。わたしは自分も神の霊を持っていると確かに考えています。
8章
さて,偶像にささげられた食物についてですが,わたしたちは,自分たちがみな知識を持っていることを知っています。知識は[人を]思い上がらせるのに対し,愛は[人を]築き上げます。
2 自分はあることについて知識を習得したと考える人がいるなら,その人はまだ,知るべきほどにも[それを]知っていません。
3 しかし,人が神を愛しているなら,その人は[神]に知られているのです。
4 さて,偶像にささげられた食物を食べることについてですが,わたしたちは,偶像が世にあって無きに等しいものであること,また,神はただひとりのほかにはいないことを知っています。
5 多くの「神」や多くの「主」がいるとおり,天にであれ地にであれ「神」と呼ばれる者たちがいるとしても,
6 わたしたちには父なるただひとりの神がおられ,この方からすべてのものが出ており,わたしたちはこの方のためにあるのです。また,ひとりの主,イエス・キリストがおられ,この方を通してすべてのものがあり,わたしたちもこの方を通してあるのです。
7 しかしながら,すべての人にこの知識があるわけではありません。ある人々はこれまで偶像に慣れてきたので,偶像に対する犠牲の捧げ物として食物を食べ,こうして彼らの良心は弱いために汚されます。
8 しかし,食物がわたしたちを神に推賞するのではありません。食べなくても後れをとるわけではなく,食べたからといって誉れになるわけでもありません。
9 しかし,あなた方のこの権限が,弱い人たちを何かのことでつまずかせるものとならないよういつも見守っていなさい。
10 知識を持つあなたが偶像の神殿で食事の席に着いて横になって食事をしているのをもしもだれかが見れば,その弱い人の良心は築き上げられ,偶像にささげられた食物を食べるまでになってしまわないでしょうか。
11 実際には,あなたの知識によって,その弱い人が,すなわちキリストがそのために死んでくださった[あなたの]兄弟が破滅に陥っているのです。
12 しかし,こうして自分の兄弟に対して罪をおかし,彼らの弱い良心を傷つけるなら,あなた方はキリストに対して罪をおかしていることになります。
13 それで,食物がわたしの兄弟をつまずかせるなら,わたしはもはや二度と肉を食べません。わたしの兄弟をつまずかせないためです。
9章
わたしは自由ではないのですか。わたしは使徒ではないのですか。わたしは,わたしたちの主イエスを見たのではないのですか。あなた方は,主にあるわたしの業ではないのですか。
2 わたしはほかの人たちに対しては使徒ではないとしても,あなた方に対しては確かにそうです。あなた方は,主との関連においてわたしの使徒職を確認する証印なのです。
3 わたしを調べる人たちに対するわたしの弁明は次のとおりです。
4 わたしたちには飲食する権限があるのではありませんか。
5 わたしたちには,ほかの使徒や主の兄弟たち,またケファと同じように,姉妹を妻として連れて歩く権限があるのではありませんか。
6 また,[世俗の]仕事をやめる権限がないのは,バルナバとわたしだけなのですか。
7 自費で兵士として仕えたりするのはいったいだれでしょうか。だれがぶどう園を設けてその実を食べないでしょうか。また,だれが[羊の]群れを牧してその群れの乳にあずからないでしょうか。
8 わたしはこれらのことを人間的な標準で話しているのでしょうか。律法もそう言っているのではありませんか。
9 モーセの律法の中に,「脱穀している牛にくつこを掛けてはならない」と書かれているのです。神が気にかけておられるのは牛のことですか。それとも,専らわたしたちのためにそう言われるのですか。
10 まさにわたしたちのためにそれは書かれたのです。すき返す者は希望をもってすき返し,脱穀する者はそれにあずかる希望をもってそうすべきだからです。
11 わたしたちが霊的なものをあなた方にまいたのであれば,肉体のためのものをあなた方から刈り取ったとしても,それが何か大それたことになるのでしょうか。
12 他の人たちがあなた方に対するこの権限にあずかっているのであれば,ましてわたしたちはそうしてよいのではありませんか。しかしそうではあっても,わたしたちはこの権限を利用しませんでした。かえって,わたしたちはすべての事を忍び,キリストについての良いたよりに何の妨げも来たさないようにしています。
13 あなた方は,神聖な務めを行なう人たちが神殿のものを食べ,絶えず祭壇のことに仕える者たちが祭壇と分け合う分を持つことを知らないのですか。
14 これと同じように,主はまた,良いたよりをふれ告げる者が良いたよりによって生活することを定められたのです。
15 しかしわたしは,こうした[備え]を何一つ利用したことがありません。事実,わたしはこれらのことを,自分の場合にそうなるようにと思って書いたのではありません。[そうする]くらいなら,むしろ死んだほうがわたしにとっては良いからです―わたしの誇る理由をだれもむなしくすることはできません!
16 わたしが良いたよりを宣明しているとしても,それがわたしの誇る理由ではないのです。わたしにはその必要が課せられているからです。実際,もし良いたよりを宣明しなかったとすれば,わたしにとっては災いとなるのです! 17 もしこれを進んで行なえば,わたしには報いがあります。しかしそれを自分の意志に逆らってするとしても,わたしにはやはり家令の仕事が託されています。
18 では,わたしの報いとは何ですか。それは,良いたよりを宣明するに際し,良いたよりを価なしに提供し,良いたよりにおける自分の権限を乱用しないことです。
19 というのは,わたしはすべての人に対して自由ですが,できるだけ多くの人をかち得るために,自分をすべての人の奴隷としたからです。
20 こうしてわたしは,ユダヤ人に対してはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人をかち得るためです。律法のもとにある人たちに対しては律法のもとにある者のようになりました。わたし自身は律法のもとにいませんが,こうして律法のもとにある人たちをかち得るためです。
21 律法のない人たちに対しては律法のない者のようになりました。自分は神に対して律法のない者ではなく,キリストに対して律法のもとにある者ですが,こうして律法のない人たちをかち得るためです。
22 弱い人たちに対しては弱い者となりました。弱い人たちをかち得るためです。わたしはあらゆる人に対してあらゆるものとなってきました。何とかして幾人かでも救うためです。
23 わたしは良いたよりのためにすべての事をするのです。それを[他の人々]と分かち合う者となるためです。
24 競走の走者はみな走りはしますが,ただ一人だけが賞を受けることを,あなた方は知らないのですか。あなた方も,それを獲得するような仕方で走りなさい。
25 また,競技に参加する人は皆,すべてのことに自制を働かせます。もちろん彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが,わたしたちの場合は不朽の[冠のため]です。
26 ですから,わたしの走り方は[目標の]不確かなものではありません。わたしの打撃の仕方は空を打つようなものではありません。
27 むしろ,自分の体を打ちたたき,奴隷として引いて行くのです。それは,他の人たちに宣べ伝えておきながら,自分自身が何かのことで非とされるようなことにならないためです。
10章
さて,兄弟たち,あなた方に知らずにいて欲しくないことですが,わたしたちの父祖はみな雲の下にあり,みな海の中を通り,
2 みな雲と海とによってモーセへのバプテスマを受けました。
3 そして,みな同じ霊的な食物を食べ,
4 みな同じ霊的な飲み物を飲みました。彼らはいつも,自分たちに付いて来た霊的な岩塊から飲んだのです。その岩塊はキリストを表わしていました。
5 それにもかかわらず,彼らの大多数に対して,神はご自分の是認を表明されませんでした。彼らは荒野で倒されたのです。
6 さて,これらの事はわたしたちに対する例となりました。それは,わたしたちが,彼らが欲したように害になる事柄を欲する者とならないためです。
7 また,彼らのうちのある者たちのように,偶像を礼拝する者となってはなりません。「民は腰を下ろして食べたり飲んだりし,また立ち上がって打ち興じた」と書かれています。
8 また,彼らのうちのある者たちが淫行を犯したように,淫行を行なうことがないようにしましょう。彼らは一日に二万三千人が倒れる結果になりました。
9 またわたしたちは,彼らのうちのある者たちが試みたように,エホバを試みたりはしないようにしましょう。彼らは蛇によって滅びる結果になりました。
10 また,彼らのうちのある者たちがつぶやいたように,つぶやく者となってはなりません。彼らは滅ぼす者によって滅びる結果になりました。
11 さて,これらの事は例として彼らに降り懸かったのであり,それが書かれたのは,事物の諸体制の終わりに臨んでいるわたしたちに対する警告のためです。
12 それで,立っていると思う人は,倒れることがないように気をつけなさい。
13 人に共通でない誘惑があなた方に臨んだことはありません。しかし,神は忠実であられ,あなた方が耐えられる以上に誘惑されるままにはせず,むしろ,あなた方がそれを忍耐できるよう,誘惑に伴って逃れ道を設けてくださるのです。
14 ですから,わたしの愛する人たち,偶像礼拝から逃げ去りなさい。
15 わたしは,識別力のある人たちに対するように話します。わたしの言うこと[の意味]を自分で判断してください。
16 わたしたちが祝福する祝福の杯,それはキリストの血を分け持つことではありませんか。わたしたちが割くパン,それはキリストの体を分け持つことではありませんか。
17 パンは一つですから,わたしたちも,たとえ大勢いるにしても,一つの体なのです。わたしたちは皆,その一つのパンに共にあずかっているからです。
18 肉的な面でのイスラエルを見てください。犠牲のものを食べる人は,祭壇と分け合う者となるのではありませんか。
19 では,わたしは何と言うべきなのですか。偶像に犠牲としてささげられるものには何か意味がある,また,偶像には何か意味がある,と[言うべき]でしょうか。
20 いいえ,そうではありません。諸国民が犠牲としてささげるものは,悪霊に犠牲としてささげるのであって,神に[ささげるの]ではない,と言うのです。それでわたしは,あなた方が悪霊と分け合う者となることを望まないのです。
21 あなた方はエホバの杯と悪霊の杯を共に飲むことはできません。「エホバの食卓」と悪霊の食卓に同時にあずかることはできないのです。
22 それとも,「わたしたちはエホバにねたみを起こさせるのですか」。わたしたちのほうが強いわけではないでしょう。
23 すべての事は許されています。しかし,すべての事が益になるわけではありません。すべての事は許されています。しかし,すべての事が築き上げるわけではありません。
24 おのおの自分の[益]ではなく,他の人の[益]を求めてゆきなさい。
25 何でも肉市場で売っているものは,あなた方の良心のために,何も尋ねないで今後も食べなさい。
26 「地とそれに満ちるものとはエホバのもの」だからです。
27 不信者のだれかがあなた方を招き,あなた方が行きたいと思う場合,自分の良心のために,何も尋ねることなく,何でも自分の前に出される物を食べなさい。
28 しかし,もしもだれかが,「これは犠牲としてささげられたものです」とあなた方に言うなら,そのことを明かした人のために,また良心のために,それを食べてはなりません。
29 「良心」とわたしが言うのは,あなた自身のではなく,相手の人の[良心]のことです。というのは,わたしの自由がほかの人の良心によって裁かれるということが,どうしてあってよいでしょうか。
30 わたしが感謝を抱いてあずかっているのであれば,わたしが感謝をささげているものについて,なぜあしざまに言われるべきでしょうか。
31 ですから,あなた方は,食べるにしても,飲むにしても,あるいはほかのどんなことをするにしても,すべての事を神の栄光のためにしなさい。
32 ユダヤ人にも,またギリシャ人にも,そして神の会衆に対しても,つまずきのもととならないようにしなさい。
33 わたしがすべての事においてすべての人を喜ばせ,自分の益ではなく多くの人の[益]を求め,こうして彼らが救われるようにしているのと同様です。
11章
わたしがキリストに[見倣う者]であるように,わたしに見倣う者となりなさい。
2 さて,あなた方がすべてにおいてわたしのことを思いに留め,また,わたしが伝えたそのとおりに伝統をしっかり守っているので,わたしはあなた方をほめます。
3 しかし,あなた方に次のことを知って欲しいと思います。すべての男の頭はキリストであり,女の頭は男であり,キリストの頭は神です。
4 だれでも,自分の頭に何かを着けて祈ったり預言したりする男は,自分の頭を辱めることになります。
5 しかし,だれでも,自分の頭を覆わないで祈ったり預言したりする女は,自分の頭を辱めることになります。それは,頭をそった[女]であるのと同じことだからです。
6 女が自分に覆いを着けないのなら,その髪を切るべきなのです。しかし,女が髪を切ったりそったりするのが恥ずべきことであるなら,自分に覆いを着けなさい。
7 男は自分の頭を覆うべきではありません。彼は神の像また栄光だからです。しかし,女は男の栄光なのです。
8 男は女から出ているのではなく,女が男から出ているからです。
9 そのうえ,男は女のために創造されたのではなく,女が男のために[創造された]のです。
10 それゆえに,女はみ使いたちのために自分の頭に権威のしるしを着けるべきです。
11 加えて,主にあっては,女も男なしにあるのではなく,男も女なしにあるのではありません。
12 女が男から出ているのと同じように,男も女を通してあるからです。しかし,すべてのものは神から出ているのです。
13 あなた方自身で判断してください。女が覆いをしないで神に祈るのはふさわしいことでしょうか。
14 自然そのものもあなた方に教えてはいないでしょうか。男が長い髪をしていれば,それは彼にとって不名誉なことですが,
15 女が長い髪をしていれば,それは彼女にとって栄光であるということを。[女]の髪は頭飾りの代わりに与えられているからです。
16 しかし,何かほかの習慣を支持する人がいるようであっても,わたしたちにはこれ以外の[習慣]はありませんし,神の諸会衆にもありません。
17 しかし,こうした指示を与えながら,わたしはあなた方をほめません。あなた方の集い合うことが,いっそう良い結果ではなく,いっそう悪い結果になっているからです。
18 それはまず,会衆に集まるとき,あなた方の間に分裂があるためだと聞いています。そして,わたしはある程度それを信じます。
19 あなた方の間には派もあるに違いないからですが,それは,是認される人たちがあなた方の間で明らかになるためでもあります。
20 こうして,あなた方は一つの場所に集まっても,主の晩さんを食べることができません。
21 あなた方が[それを]食べるとき,各自自分の晩さんを前もって取るので,ある者は空腹で,ある者は酔っているという状態だからです。
22 あなた方には食べたり飲んだりするための家があるはずではありませんか。それとも,あなた方は神の会衆を軽んじ,何も携えていない人たちに恥ずかしい思いをさせるのですか。わたしはあなた方に何と言いましょうか。あなた方をほめるべきでしょうか。このことについては,わたしはあなた方をほめません。
23 わたしは,自分が主から受けたこと,それをあなた方に伝えたのです。すなわち,主イエスは,渡されようとしていた夜,ひとつのパンを取り,
24 感謝をささげてからそれを割き,こう言われました。「これはあなた方のためのわたしの体を表わしています。わたしの記念としてこれを行なってゆきなさい」。
25 晩さんをすませた後,杯についても同じようにして,こう言われました。「この杯はわたしの血による新しい契約を表わしています。それを飲むたびに,わたしの記念としてこれを行なってゆきなさい」。
26 このパンを食べ,この杯を飲むたびに,あなた方は主の死をふれ告げてゆくのであり,それは彼が到来する時にまで及ぶのです。
27 そのようなわけで,だれでも,ふさわしくない仕方でパンを食べたり主の杯を飲んだりする人は,主の体と血に関して罪を負うことになります。
28 人はまず自分をよく吟味して確かめ,こうして後にパンから取って食べ,また杯から飲みなさい。
29 食べまた飲む人は,もしその体をわきまえないなら,自分に対する裁きを食べまた飲むことになるのです。
30 そのために,あなた方の中には弱くて病みがちな人が多くおり,相当数の者は[死の]眠りについています。
31 しかし,自分自身がどのような者であるかをわきまえるなら,わたしたちは裁きを受けることはないでしょう。
32 しかし,裁きを受けるとき,わたしたちはエホバから懲らしめを受けているのであり,それは,わたしたちが世と共に罪に定められることのないためです。
33 そのようなわけで,わたしの兄弟たち,[それを]食べるために集まる際には,互いに待ち合わせなさい。
34 空腹な人がいるなら,その人は家で食事をし,あなた方が裁きのために集まるというようなことがないようにしなさい。しかし,その他の事柄は,わたしがそちらに着いたときに整理します。
12章
さて,兄弟たち,霊の賜物について,あなた方に知らずにいて欲しくありません。
2 あなた方も知るとおり,諸国民の者であった時,あなた方はただ導かれるままに,声のない偶像のもとへと導かれていました。
3 それで,あなた方に知らせておきたいと思うのは,神の霊によって話しているなら,だれも,「イエスはのろわれている!」とは言わず,聖霊によるのでなければ,だれも,「イエスは主である!」とは言えない,という点です。
4 さて,賜物はさまざまですが,霊は同じです。
5 奉仕の務めはさまざまでも,主は同じです。
6 働きはさまざまでも,すべての人の中であらゆる働きをされる神は同じです。
7 しかし,霊の顕現は,有益な事柄を目的として各々に与えられます。
8 たとえば,ある人には霊によって知恵のことば,ある人には同じ霊にしたがって知識のことば,
9 ある人には同じ霊によって信仰,ある人にはその一つの霊によっていやしの賜物,
10 さらにある人には強力な業の働き,ある人には預言すること,ある人には霊感のことばを識別する力,ある人には種々の異言,そしてある人には異言を解釈する力が与えられています。
11 しかし,これらのすべての働きを同一の霊が行なうのであり,その欲するとおりに各々に分配するのです。
12 体は一つであっても多くの肢体に分かれており,また体の肢体は多くあっても,その全部が一つの体を成しますが,キリストもそれと同じなのです。
13 まさしくわたしたちは,ユダヤ人であろうとギリシャ人であろうと,奴隷であろうと自由であろうと,みな一つの霊によって一つの体へのバプテスマを受け,みな一つの霊を飲むようにされたからです。
14 実際,体は一つの肢体ではなく,多くの[肢体]です。
15 たとえ足が,「わたしは手ではないから,体の一部ではない」と言ったとしても,そのためにそれが体の一部でないというわけではありません。
16 また,たとえ耳が,「わたしは目ではないから,体の一部ではない」と言ったとしても,そのためにそれが体の一部でないというわけではありません。
17 もし全身が目であったなら,聴覚はどこなのですか。それが聴くことばかりであったなら,においをかぐことはどこなのですか。
18 しかし今,神は体に肢体を,その各々を,ご自分の望むままに置かれたのです。
19 もしそのすべてが一つの肢体であったなら,体はどこにあるのでしょうか。
20 しかし今,それは多くの肢体であり,それでもなお一つの体です。
21 目は手に向かって,「わたしにあなたは必要でない」とは言えず,頭も足に向かって,「わたしにあなた方は必要でない」とは[言えません]。
22 それどころか,実際には,体の中で[ほか]より弱く見える肢体がかえって必要なのであり,
23 また,体の中で[ほか]より誉れが少ないと思える部分,これをわたしたちはより豊かな誉れをもって包みます。こうしてわたしたちの見栄えのしない部分に[他]より豊かな麗しさが添えられ,
24 一方,麗しい部分は何も必要としません。しかしそうではあっても,神が体を組み立てたのであり,欠けたところのある部分に誉れをより豊かに与えて,
25 体に分裂がないように,その肢体が互いに対して同じ気づかいを示すようにされました。
26 それで,一つの肢体が苦しめば,ほかのすべての肢体が共に苦しみ,ひとつの肢体が栄光を受ければ,ほかのすべての肢体が共に歓ぶのです。
27 さて,あなた方はキリストの体であって,それぞれが肢体です。
28 そして神は会衆内にそれぞれの人を置かれました。第一に使徒,第二に預言者,第三に教える者,次いで強力な業,次いでいやしの賜物,助けになる奉仕,指揮する能力,種々の異言です。
29 すべてが使徒ではないでしょう。すべてが預言者ではないでしょう。すべてが教える者ではないでしょう。すべてが強力な業をするわけではないでしょう。
30 すべてがいやしの賜物を持つわけではないでしょう。すべてが異言を話すわけではないでしょう。すべてが翻訳者ではないでしょう。
31 それでも,より大きな賜物を熱心に求めてゆきなさい。ですが,わたしはさらに勝った道をあなた方に示します。
13章
たとえわたしが人間やみ使いの[いろいろな]ことばを話しても,愛がなければ,音を立てる[一片の]しんちゅうか,ただ鳴り響くシンバルとなっています。
2 そして,たとえ預言[の賜物]を持ち,すべての神聖な奥義とすべての知識に通じていても,また,たとえ山を移すほどの全き信仰を持っていても,愛がなければ,何の価値もありません。
3 そして,ほかの人たちに食物を与えるために自分のすべての持ち物を施しても,また,自分の体を渡して自分を誇れるようにしたとしても,愛がなければ,わたしには何の益にもなりません。
4 愛は辛抱強く,また親切です。愛はねたまず,自慢せず,思い上がらず,
5 みだりな振る舞いをせず,自分の利を求めず,刺激されてもいら立ちません。傷つけられてもそれを根に持たず,
6 不義を歓ばないで,真実なことと共に歓びます。
7 すべての事に耐え,すべての事を信じ,すべての事を希望し,すべての事を忍耐します。
8 愛は決して絶えません。それに対し,預言[の賜物]があっても,それは廃され,異言があっても,それはやみ,知識があっても,それは廃されます。
9 わたしたちの知識は部分的なものであり,預言も部分的なものだからです。
10 全きものが到来すると,部分的なものは廃されるのです。
11 わたしがみどりごであった時には,みどりごのように話し,みどりごのように考え,みどりごのように論じていました。しかし,大人となった今,みどりごの[時の]ことをやめたのです。
12 現在わたしたちは金属の鏡でぼんやりした輪郭を見ていますが,その時には顔と顔を向かい合わせて[見るの]です。現在わたしが知っているのは部分的なことですが,その時には,自分が正確に知られているのと同じように,正確に知ることになります。
13 しかし今,信仰,希望,愛,これら三つは残ります。しかし,このうち最大のものは愛です。
14章 略
15章
さて,兄弟たち,わたしはあなた方に良いたよりを知らせます。それはわたしがあなた方に宣明したもの,またあなた方が受け入れたものであり,あなた方はまたその中に立ち,
2 それにより,わたしがあなた方に良いたよりを宣明したそのことばをもって救われつつあります。もしあなた方がそれをしっかりと守っているなら,実際,いたずらに信者となったのでなければですが。
3 というのは,わたしは,最初の事柄の中で,[次の]ことをあなた方に伝えたからです。それは自分もまた受けたことなのですが,キリストが聖書にしたがってわたしたちの罪のために死んでくださった,ということです。
4 そして,葬られたこと,そうです,聖書にしたがって三日目によみがえらされたこと,
5 さらに,ケファに現われ,次いで十二人に[現われた]ことです。
6 そののち彼は一度に五百人以上の兄弟に現われました。その多くは現在なおとどまっていますが,[死の]眠りについた人たちもいます。
7 そののち彼はヤコブに,次いですべての使徒たちに現われました。
8 しかし,すべての者の最後として,あたかも月足らずで生まれた者に対するかのように,わたしにも現われてくださいました。
9 わたしは使徒のうち最も小さな者で,使徒と呼ばれるに値しないのです。わたしは神の会衆を迫害したからです。10 しかし,わたしが今あるのは,神の過分のご親切によります。そして,わたしに対するその過分のご親切は無駄になりませんでした。かえって,わたしは彼らすべてより多く労しました。といっても,それはわたしではなく,わたしと共にある神の過分のご親切です。
11 しかし,わたしにせよ彼らにせよ,このように宣べ伝えているのであり,あなた方はこのように信じたのです。
12 ところが,キリストは死人の中からよみがえらされたと宣べ伝えられているのに,あなた方のうちのある人たちが,死人の復活などはないと言っているのはどうしてですか。
13 実際,もし死人の復活ということがないのであれば,キリストもよみがえらされなかったことになります。
14 そして,もしキリストがよみがえらされなかったとすれば,わたしたちの宣べ伝える業はほんとうに無駄であり,わたしたちの信仰も無駄になります。
15 その上,わたしたちは神の偽りの証人ともなります。[神]はキリストをよみがえらせたと,神に逆らって証しをしてきたことになるからであり,死人が実際にはよみがえらされないのであれば,彼をよみがえらせることもされなかったからです。
16 死人がよみがえらされないのであれば,キリストもよみがえらされなかったのです。
17 さらに,キリストがよみがえらされなかったのであれば,あなた方の信仰は無駄になります。あなた方はまだ自分の罪のうちにあることになります。
18 また,キリストと結ばれて[死の]眠りについた者たちは,実際には滅びてしまったことになります。
19 今の命でキリストに望みをかけてきたことがすべてであれば,わたしたちはあらゆる人の中で最も哀れむべき者となります。
20 しかしながら,今やキリストは死人の中からよみがえらされ,[死の]眠りについている者たちの初穂となられたのです。
21 死がひとりの人を通して来たので,死人の復活もまたひとりの人を通して来るのです。
22 アダムにあってすべての人が死んでゆくのと同じように,キリストにあってすべての人が生かされるのです。
23 しかし,各々自分の順位にしたがっています。初穂なるキリスト,その後,その臨在の間に,キリストに属する者たちです。
24 次いで終わりとなります。その時,彼は王国を自分の神また父に渡します。その時,彼はあらゆる政府,またあらゆる権威と力を無に帰せしめています。
25 [神]がすべての敵を彼の足の下に置くまで,彼は王として支配しなければならないのです。
26 最後の敵として,死が無に帰せしめられます。
27 [神]は「すべてのものを彼の足の下に服させた」からです。しかし,『すべてのものが服させられた』と言うとき,すべてのものを彼に服させた方が含まれていないのは明白です。
28 しかし,すべてのものが彼に服させられたその時には,み子自身も,すべてのものを自分に服させた方に自ら服し,こうして,神がだれに対してもすべてのものとなるようにするのです。
29 そうでなければ,死んだ者[となる]ためにバプテスマを受けている者たちは,何をしていることになりますか。死人のよみがえらされることが決してないのであれば,なぜ彼らはそのような者[となる]ためにバプテスマを受けたりするのですか。
30 なぜわたしたちはまた刻々危難に遭っているのですか。
31 わたしは日ごとに死に面しているのです。兄弟たち,わたしたちの主キリスト・イエスにあってわたしが抱く,あなた方についての歓喜にかけて,このことを確言します。
32 わたしがエフェソスで,人間がするようにして野獣と戦ったのであれば,それはわたしにとって何の益になるでしょうか。もし死人がよみがえらされないのであれば,「ただ食べたり飲んだりしよう。明日は死ぬのだから」[ということになります]。
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです。わたしはあなた方を恥じさせるために話しています。
35 しかしながら,「死人はどのようによみがえらされるのか。いったいどんな体でやって来るのか」と言う人がいることでしょう。
36 道理をわきまえない人よ! あなたのまくものは,まず死ななければ,生きたものになりません。
37 そして,あなたがまくものについて言えば,後にできる体ではなく,ただの種粒をまくのです。それは小麦,あるいはほかの何かでしょう。
38 しかし神は,ご自分の喜びとなるとおりにそれに体を与え,種の一つ一つにそれ自身の体を[与え]られます。
39 すべての肉が同じ肉ではなく,人間の[肉]があり,また畜類の肉があり,また鳥の肉があり,また魚の[肉]があります。
40 そして,天的な体と地的な体があります。しかし,天的な体の栄光は一つの種類であり,地的な体の[栄光]は別の種類です。
41 太陽の栄光は一つの種類であり,月の栄光はまた別であり,星の栄光はまた別です。事実,星は他の星と栄光の点で異なります。
42 死人の復活についてもこれと同じです。朽ちる様でまかれ,朽ちない様でよみがえらされます。
43 不名誉のうちにまかれ,栄光のうちによみがえらされます。弱さのうちにまかれ,力のうちによみがえらされます。
44 物質の体でまかれ,霊的な体でよみがえらされます。物質の体があるなら,霊的な[体]もあります。
45 まさにそう書かれています。「最初の人アダムは生きた魂になった」。最後のアダムは命を与える霊になったのです。
46 とはいえ,最初のものは霊的なものではなく,物質のものであり,後に霊的なものとなります。
47 最初の人は地から出て塵で造られており,第二の人は天から出ています。
48 塵で造られた者たちは塵で造られた者のようであり,天的な者たちは天的な者のようです。
49 そして,わたしたちは,塵で造られた者の像を帯びてきたように,また天的な者の像を帯びるのです。
50 また,兄弟たち,わたしはこのことを言います。肉と血は神の王国を受け継ぐことができず,朽ちるものが朽ちないものを受け継ぐことはありません。
51 ご覧なさい,わたしはあなた方に神聖な奥義を告げます。わたしたちはみな[死の]眠りにつくのではありませんが,わたしたちはみな変えられるのです。
52 一瞬に,またたくまに,最後のラッパの間にです。ラッパが鳴ると,死人は朽ちないものによみがえらされ,わたしたちは変えられるからです。
53 朽ちるものは不朽を着け,死すべきものは不滅性を着けねばならないのです。
54 しかし,[朽ちるものが不朽を着け,また]死すべきものが不滅性を着けたその時,「死は永久に呑み込まれる」と書かれていることばがそのとおりになります。
55 「死よ,お前の勝利はどこにあるのか。死よ,お前のとげはどこにあるのか」。
56 死を生み出しているとげは罪であり,罪のための力は律法です。
57 しかし,神に感謝すべきです。わたしたちの主イエス・キリストを通して勝利を与えてくださるからです!
58 こうして,わたしの愛する兄弟たち,あなた方の労苦が主にあって無駄でないことを知っているのですから,堅く立って,動かされることなく,主の業においてなすべき事を常にいっぱいに持ちなさい。
16章略