金沢競馬所属の池田敦騎手は、現在通算453勝。昨年52勝をあげていますから、年内にも通算500勝に到達することが期待されます。
池田騎手は、1977年生まれの41歳。
これは現在、金沢競馬に所属する騎手の中では、最年長の米倉知騎手に次ぐ「年長2位グループ」の一人ということです(沖静男騎手、堀場裕充騎手もこのグループ)。
今年、桑野等騎手が引退したことで、俄然、ベテラン組と目されるようになった彼らに、自身の騎手人生を少し語っていただきたいと、突然思い立ちまして、まずは池田騎手にお話をうかがいました。
池田騎手は95年デビュー。
騎手生活24年目…と言いたいところですが、さにあらず。
池田騎手には途中、大きなブランクがあります。一度、騎手を引退、数年後にあらためて騎手デビューして今に至るのです。
(先日も使った写真ですが。たくさんしゃべってくれる池田騎手)
どうしたいきさつで引退し、カムバックしたのか。
前々から聞きたいと思っていたことを、語っていただきました。
「騎手の同期は、今は調教師の加藤和義や大井の坂井英光です。
2006年のシーズン途中でやめてますね。10月か11月だったと思うな」
06年…それってつまり、あの頃ですよね?
「地方競馬が、だんだん、だんだん、つぶれていったころでした」
ですよね。
わたし(大川)自身が北関東でこの仕事を始め、05年春を最後に廃止となった宇都宮から、南関東や金沢を担当する現所属にうつり、ようやく金沢を担当させていただくようになった直後くらいに、池田騎手は引退されているのです。
「それと、自分自身も、騎手になってから…なった瞬間に『ホントに自分は騎手になりたかったのかな?』みた
いなことを思ったこともあったんですね。若いころですからね、いろいろ考えるでしょ(笑)」
考える…でしょうか?
考えるかも。
「小学生の途中から勉強がイヤになって、親戚から『アイツはもうダメだ』みたいに言われて。
『どうにもならん』みたいに言われてしまったのを見返してやりたいという思いもあったんですね。
それで違う親戚のひとに競馬好きなひとがいて、『騎手になってみないか』ってすすめられて。
元々動物好きで、馬にも乗ってみたかったのと、身長体重軽かったのもあるし、そういう仕事がいいのかなと。
で、騎手になったんですけど、誰でも20代から30歳前後、これがホントに自分にあった仕事かな?みたいなこと思うことがあるじゃないですか。
一度はそういうの経験すると思うんですけど、ちょうどその29歳、30歳になる前くらいのタイミングで、『今ならまだ、違う職を手につけてやっていくのに間に合うかな?』というのもあって」
それがちょうど廃止の波と重なった時期だったわけですか。
「考えたのは、そのまま成り行きで騎手を続けて、たとえば10年後に競馬場がつぶれました、ってなったときに、どこへ行くんだ?って。
牧場関係でも行ければいいけど、それもなければ、そのままよそへ行って何ができるんだ?ってなるのがイヤだったし、手に職をつけたいなと」
競馬界から全く離れた池田敦さんは、一時は
「自分は何がやりたいんだろう?って考えながらフラ~っと」
していたそうですが、人にサービスするのが好きだったということもあり、整体師として働き始めました。
7年~8年間、整体師としてマッサージ店で働いたそうですが、そのお店に諸々のトラブルがあり、しまいに店長さんまでがお辞めになるという事態に発展。
「ちょうどそんなころに、同期の河端秀俊くんが牧場の場長やってて、来てくれ来てくれって言われたんですね」
河端秀俊騎手は名古屋所属で通算460勝。ゴールドプルーフとのコンビで全日本サラブレッドカップ優勝、川崎記念3着などの成績が残っています。
「北海道で牧場やってたんですが、そっちに行くことにしました」
馬の世界に、7~8年ぶりに復帰した池田騎手。
ところがここでまたトラブルに遭遇します。
「仕事の内容が、事前に聞いていたのと違ったり、あと、ケガをしたときに労災が出ないなんてことがあって。
そういう社会的というか事務的なことが苦手だったんですね、河端くんは。
結局、河端は牧場をやめてしまって」
今度は関係する九州の牧場から誘われたのだそうですが…
「また労災出ないとか、そういうことになっても困ると思ったし、ちょっとこれはそっちには行けないなと思ったんですが、逃げたくて逃げられない困ったことになってしまって」
金沢競馬で騎手をする某後輩に相談したのだそうです。
「そしたら『競馬場の中に入ってくればいいんじゃない?』って言われて。
で、『もう一回、騎手やったら?』ってすすめてもらったので、それで騎手です」
ええと、それは何とも、
「波乱万丈な人生、送ってますよね(笑)」
ああ、自分で言うんだ。
そうですね、そう思います。波乱万丈です。
池田敦騎手は、95年にデビューし、06年シーズン途中で引退。
金沢JBCの翌年、14年に騎手に復帰。今年が復帰後5年目となるのでした。
金沢JBC後というと、地方競馬界全体が好景気に沸き始めてからの復帰になるわけで、廃止の波真っ只中で騎手をやめ、右肩上がりになって復帰したことになります。
今の売り上げ好調な競馬場を、どんな思いで見ているのでしょうか?
「インターネット競馬場っていうんですかね?今のやり方は、売り上げが上がってるんですからいいと思うんですけど、お客さんが本場になかなか来てくれないのが残念です。
そんな中、外観をキレイにしてお客さんにアピールするのもいいですけど、もっと総合的に見てもらって、中のひとたちの環境も整えてくれるとうれしいと思います。
調整ルームや厩舎もキレイにしてくれれば、関係者もやる気が出るし…ほら、子どもでも新しいノートもらうとちょっと勉強してみたりするじゃないですか(笑)。
あとは馬場の整備をがんばってもらいたい。
今の金沢みたいに内ラチぞいだけが有利という状況は、やっぱり好ましくないです。ダクを踏むから、そこだけ固まっちゃって、外の2頭目3頭目が重くなっちゃうんだと思うんですよ。
本馬場でのダク禁止にするとか、何か対策考えないと。
とにかく、お客さんのことももちろん、関係者も意欲を高めるようなやり方を、競馬場には考えて実施してもらいたいと思っています」
冒頭にもふれたとおり、池田騎手はまもなく通算500勝。
「一日でも早く達成できるように、とは思いますけど、数字は意識してないですね。
意識しちゃうとカタくなって勝てなくなってもいけないので、それよりは、自分の騎乗技術だったり、自分のレース見てどこがダメだったか反省するのと、逆にここを伸ばしていけばいいかな、みたいな感じで一つでも上に上がれるように・一つでも多く勝てるように、やっていきたいと思います」
池田敦騎手は、「とにかく明るくてしゃべりまくる」というタイプではなく、静かに静かにゆっくりとですが、いつまでもどれだけでも話してくれる方です。
今回ここにご紹介したお話も、たくさん話してくださったものの一部でして、けっこう大事な(?)ところをバッサリとカットしてあります。申し訳ありません。
騎手としてというより、ひととして、様々なことをくぐりぬけてきた池田敦騎手。
経験豊富なベテランの活躍に、ぜひともご注目いただきたいと思います。

