壁にぶち当たったってことは
進んでる証拠やな〜
止まってたら
どこにも当たらへんもんね〜笑
壁にぶち当たったってことは
進んでる証拠やな〜
止まってたら
どこにも当たらへんもんね〜笑
●「意味がないことをしたくない」などの感情がもたらす「無意味なこと」笑
「意味がないことをしたくない」
「意味がないことに意義を見出せない」
「意味があることを有意義にやり遂げたい」
「意味があることにこだわっていきたい」
など・・・
やたら「意味」にこだわる人ほど、遠回りを嫌うし、最短最速で無駄がないことを実感できると安心するけど、
実は・・・
っていう可愛らしさがてんこもり〜💕
しかも本人は、超マジメで真剣そのものなところが、憎めへんのやな〜
● モラハラ夫との生活で、私の自己肯定感は、気づかないうちにどん底まで落ち込んでしまいました。
【質問】
【回答】
結論から言うと、
「はい!それもあなたの思考が創り出したことです」
になってしまうんやけど・・・
気持ちはわかるで〜?
自分で自分の
「自己肯定感を下げたい」なんて思うわけがない!
って思うよね〜
わかるわかる!
ただ・・・
あなたのその思いは「わかる意識=顕在意識」のもの!
私が言うてるのは「無意識=潜在意識」のこと!
無意識やから意識してへんの!
↑当たり前〜笑
だから考えて答えを出せる=理解納得できる
=わかる領域じゃないねん!笑
長年モラハラ夫との生活を続けたことは、
自己肯定感を下げるキッカケ
にはなったかも知れへんけど、
実際に自己肯定感を下げるかどうか
は自分だけが決めることができる!
ってこっちゃ!
”長年モラハラ夫と生活を続けたら、誰もが必ず100%自己肯定感が下がるのか?”
って言うたらそうでもないもんね〜
「上がった」「下がった」
みたいな
「自分の意思とは関係なくそうなった」
的な表現じゃなくて
「上げた」「下げた」
みたいな
「自分がそうすることに決めてそうした」
な表現にしてみると
ちょっと感じ方が違うかもよ〜?
って言うてみると、
「モラハラ夫の存在を利用して、自己肯定感を下げたかった」
っていう
「すべては自分」
「すべての因は自分の中に」
っていう絶対法則に当てはめていけるんだな〜
信じたくないときは信じなくてええからね!
「信じてみようかな〜?」
ってなる時にやり始めればええねん!
「信じない」っていうプロセスを踏むこと
そこを通っていくことこそが
あなたにとって最善な道やから!
なんでも人のせいにして
責任転嫁が当たり前なモラハラ夫
を
自分の人生に登場させて
わざわざモヤモヤすることに
メリットを感じてるのは自分の思考
ということには責任を取らず
ぜんぶモラ夫のせいにする
という責任転嫁をしてるのは
”モラ被害者である妻”
やったりしてね〜笑
知らんけど!笑
●「意識して探してみると、愛は至るところに転がってる!」って・・・愛が枯れ切ってるんかぃ?
自分の中に愛を見出せへんと
周りを見回して
愛を信じようとしたり
愛を見出そうとする
探すものでもなければ
見つかるものでもない!
愛とは
自分の中にあふれ出てるのを
感じるもの
【保存版】実はあなたが臭いことに、自分で気づけるようになります。
DV、借金、自己破産、依存症、などを網羅したカナダ人夫と、別居・離婚→再婚→DVシェルターを経て、再度復縁して、四六時中一緒にいても飽きない関係を築いてる、カナダ在住の太田智子です。
あなたが、あなたの今の状態を、笑い飛ばせると、現実を、一気に好転させられます。
たとえそれが、どんなに悲惨な状況であってもです。
あなたの人生に、追い風(突風)が吹き荒れて、あっという間に、吹き飛ばされて、気づいたら「楽園の住人」になれます。
たとえば仮に、病院で・・・
みたいに言われたら、こんな風に変換してみると、笑えるのです。笑
オモシロいから笑うのではなく、笑うからオモシロくなってしまうのです。
●”毒親育ちを乗り越えて掴んだしあわせ?” 自分は「毒親育ち」って言いたいのは、まだまだ”わかってほしい”がてんこもり〜かもね?!
「毒親の程度や定義」
はほんまに人それぞれ!
親が精神不安定だった
料理が手抜きだった
殴られた
罵られた
放置・放ったらかしだった
支配的だった
精神的な虐待があった
威圧的な態度
過干渉&過度な管理された
価値観の押し付けがひどかった
無視が続いた
養育を放棄された
意見を尊重されなかった
「あなたのため」と押し付けられた
「言葉の暴力」がひどかった
価値観を否定される
etc....
過去の記憶なんて
どんな風にでも改ざんできる!
どんな程度の出来事も
「悲劇のヒロインドラマチックストーリー」
にも仕立て上げることができるし
「楽しかった思い出話」
にすることもできる!
自分の主観&視点から見たものを
語ってるにすぎへん!
例えば・・・
「放ったらかしにされた(放置)」
って事実も
ってドラマクィーンにもなれるし
っていう記憶にすることもできる!
「放置度測定機」があるわけでもないから
「ヒドかった」とも表現できるし
「大したことなかった」と捉えることもできる!
すべては自分のチョイス!!
「毒親育ちを乗り越えて掴んだしあわせ!」
みたいなのを前面に出して主張したいのは
まだまだ
「苦しみを乗り越えた私」
「大変な子供時代を過ごした私」
「虐待されてた私」
に酔っ払ってるからかもね〜笑
そんな自分のことをみんなに
「わかってほしい」
って思いがてんこもりかもよ?笑
そもそも!!
「私は毒親に育てられました」
なんてことを言いたいのは
無意識レベルで
「私が一番不幸だった」
を主張したくて
「不幸レベル」を競いたい
被害者でい続けたい思考!
でも実際話を聞いてみると
「どこが毒親?」
「それって毒親か?」
って程度の毒加減やったりする!
そもそも
毒のない親(人)
なんて存在するんか?
って話もあるけどな〜笑
親が毒親だったせいで・・・
「こんなに大変だった」
「こんなツライ思いをした」
よりも
すべての記憶を
みたいなことに改ざんしてみる!
↑
これに抵抗ある人は
悲劇のヒロイン&被害者
としての自分にまだまだ未練があるから
もうちょっとしっかり
悲劇のヒロイン&被害者
をやり切った方がええ〜!!笑
とことん
悲劇のヒロイン&被害者
に浸りきって
やりきってからの方が
すんなり移行できたりするから!
信じなくてもええで〜?!
でも
信じてみると
見える世界が広がるかもよ〜笑
すべては自分のチョイス〜笑
しあわせに生きやがれ〜〜笑
●「なんの取り柄もなく、特別スゴイスキルもない自分では駄目&無理!」って思うときに必要なのは?
ズバリっ!!
そう信じてることが一番あかんのやった!
と思い直すこと〜!
取り柄がないことより
凄いスキルがないことよりも
それがダメなこと!って信じてることの方が
ダメージがデカイ!!
『取り柄もすごいスキルもないからこそ』
を探せ〜〜笑
定期的に自分にリマインドしておくれ〜笑