ヨルダンの世界遺産 ぺトラ | ドイツ,ピアノ日和

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ヨルダンでは色々見たけれど、とりあえず見所、世界遺産の、

ぺトラという街の遺跡から、写真と旅行記を整理してみる。


ぺトラとは、ギリシア語で石の塊、という意味らしいです。


その名のとおり、岩、岩、岩、石・・。

気温は多分35~40くらいだったと思うのですが、

午前中涼しい間に言ったので、陰に入ると、結構涼しかったです。

峡谷はひんやりしていてよい感じ。


観光客は、白人、イスラム教徒の人達、日本人グループも一部見ました。


ヨルダンの首都アンマンでは、2006年三つのホテルで

同時自爆テロが起きて60人も一般人が亡くなるとかいう

惨劇も起こったとかいう・・。その後は治安は比較的安定

しているヨルダンらしいですが、完全に安全を保証するのは

もちろん無理らしいし、日本人に観光地として人気がないのは

多分明らかだろうな。私もこのニュースを読んで正直来たくなくなりましたが・。

知人がいる間だけのことだし、機会を逃すのももったいなく来てしまいました。


さて観光です。 内部へ向かうのに、峡谷をゆっくりと歩いていきます。

結構長い道のりなので、入り口付近では、こんな風に

馬や馬車、ロバを紹介してくれます。


ぺトラ

「タクシー?」と聞かれてみると、こんな感じ。(^_^;)



この街自体の歴史はというと・。


本紀元前7000年から始まる新石器時代に遡り・・。

紀元前4000年ほどからナバタイ民族による

ナバタイ王国が徐々に築かれていく。

ローマ帝国には一部影響を受けつつもナバタイ王国の

権力は失われることなく、残念ながら度重なる地震のせいで崩壊し、

7世紀以降は再建されることがなくなった・。


なので、街には、紀元前と思われる簡素な墳墓があったり、

ローマ帝国の円形劇場やその影響を受けた華麗な建物、街が廃墟となった後、

十字軍が残した城のそのまた廃墟があったり、と脈々と流れる歴史がうかがえる様相。


Wikipediaではこんな感じで紹介されています。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%88%E3%83%A9


さて、写真を少し・。片道はゆっくり写真を撮りながら

歩きました。 貯水槽、墓など。


本かつて3万人が暮らしたペトラには不思議にも泉や川が見あたりません。

砂漠の都市は普通、水源を求めてオアシスに建設されるのですが

ペトラにはそれがないのです。ところが近年の発掘で高さ8mの

岩壁中に精巧な水道管が張り巡らされていたことが分かり・・。


「ぺトラの謎」より抜粋


カメラこの写真付近には無数の水道管が集まっていたのが(見る人が見ると)

分かるらしい。中央くぼみが貯水槽。
ヨルダン ぺトラ


カメラ墓。死者のモニュメントとして塔のような象徴が

使われているのは今にも通じる。
yorudann petora


カメラ1・5キロ続くシク峡谷。100メートル以上の岸壁。

交通路として重要な役割を果たしたが、

訪れる人を町の魂の内部に導くという意味で宗教的な価値が高かったとか。

yorudann petora


カメラメインの建築物と思われる、宝物殿。

インディジョーンズの映画に使われたことで有名。

ローマ時代、2世紀の建築物らしいです。

岩石をくりぬいて、ここまでの芸術作品を作り上げてしまうというのが

すごい。砂漠の王国と、ローマ、ヘレニズム、の融合。素晴らしいです。

ヨルダン 宝物殿

夜にはこの宝物殿の前で、アラビアの民俗音楽を聞きました。

これを聞かなかったら、一生私はアラビア音楽を敬愛できなかったろうな。

やっぱり本場で本物の音楽を聞くのは一番。


峡谷からみえる空には満点の星、ろうそくの明かりの中で音楽を聞いて、

すっかり別世界に導かれてしまいました。とても素敵でした。


カメラ宝物殿の前には駱駝が観光客をおもてなし。

ヨルダン ぺトラ

とりあえず写真に載せたのは、入り口からシク峡谷の出口、

宝物殿まで。まだまだぺトラの街は続くのだけど、写真が編集できないので今日はここまで・・。


自分の為とは言え、アルバムと旅行記作りは結構時間かかります。また続く。