私は関西特有の箱寿司が大好きである。
箱寿司と言えば大阪に1600年代から営業している老舗が二軒あるが、何故か最早酢飯に化学調味料が使われるようになってしまっていて私には美味しく感じられない。
関西ではもう美味しい箱寿司を食べることはできないのだろうかと思いながら、私は京都先斗町を歩いていた。
公営駐輪場の近くの交番の横に続く路地にある吉野鮓というお店を見つけた。
箱寿司が置いてあるようである。
直感が働いて店の中に入ってみた。
夕方5時前だったので、まだ営業前だったようである。
それにもかかわらずお店の大将が快く迎い入れてくれた。
まず冷酒を頼み、箱寿司を食べたい旨を伝えた。
冷酒と一緒にお通しとして朝掘りの筍が出た。
京都では幸運にも旬の筍ばかりいただいている。
大将はいろいろな話をしてくれた。
京都のこと、変わってしまった先斗町のこと、桜のこと、都をどりのこと…
お店ができて50年程で70歳の大将は二代目らしい。
箱寿司ができあがったのを見たとたんこのお店の鯖寿司も食べてみたくなった。
大将はそれならこの量だと多いのでと言ってできあがった箱寿司の量を目の前で減らしてくれた。
皿の上に載っている箱寿司は決して絵画のように美しいものではないが見るからに美味しそうである。
一口食べてみる。
素材がしっかり生かされていて小気味よい美味しさである。
酢飯に化学調味料なんて入っていない。
海老、穴子、小鯛、卵焼きのどれもが酢飯と程よく合わさっていて活き活きとしているのである。
押さえられた酢飯の硬さもふんわりとしていて絶妙である。
鯖寿司もできあがった。
きちんと数を四個に抑えてくれている。
いづうとはタイプは違うが、元気がよく活きのいい上質な鯖寿司であった。
脂も程よくのっていてそれほど強く酢で〆ていない。
いい鯖を使っている証拠である。
たいへん満足すべき京寿司だった。
大将はたいへんいい方であった。
今度みえた時に私がまだこのお店にいるかどうかなどと大将は悲しいことを言っていた。
私はまた必ず伺う約束をして店を出た。
大将は木屋町通りまで私が見えなくなるまで店の前で見送ってくれていた。