神戸ほど異国を感じさせる街はない。
震災前の神戸にはルルやみつばちなど外国にあってもおかしくない本物のバーがたくさんあった。
失望したくない気持もあって、それ以降神戸のバーで飲んだことがなかった。
真の大人の雰囲気を味わえる上質なバーはないかと思ってハンター通りを徘徊してみる。
神戸人がここを認めなかったら神戸は終わりだという話を耳にしたバー・ル・サロンの前に着く。
店内にゆっくりと入ってみる。
深い赤と黒が印象的な広いスペースの店内である。
まさに大人の雰囲気だ。
広い店内にはオーナーバーテンダーの吉成さんが一人で静かにお酒を作っている。
挨拶を交わし、一杯目のカクテルを注文する。
一杯目はネグローニにした。
ヴェルモットはアンティコ・フォーミュラーを使っていた。
氷を包丁で削り落としホウ酸の結晶のような形にしてグラスに沈めてくれる。
一口、口に含んでみる。
オレンジの香りを仄かに利かせていて優しく美味しいものだった。
飲み物に合わせたお通しが出される。
立派なマカデミアナッツ、ナッツ類をホワイトチョコレートで固めたもの、ドライフルーツがお皿の上に載っている。
お洒落だ。
隣の客が帰られたので、両切りのゴロワーズに火をつける。
吉成さんとフランス煙草や葉巻の話になった。
私が一番好きなのは両切りのジタンである。
それもパピルスというトウモロコシの粉で作った濃いベージュの紙状のものに巻かれているものに限る。
フランスにしか売っていないので…というとりとめのない話をした。
二杯目はアメール・ピコンのソーダー割りをコーリングラスでとお願いする。
馴染みのお店のように何か香りや味わいをプラスしてもらう。
できあがったカクテルには柑橘系の味わいが加えられ、グラスの外側を香水のスプレーのようなものでマーテルのコルドン・ブルーの香りをさりげなく吹きつけてくれた。
香りを飲むなんて、エル・ブジのようである。
香り高く素敵な一杯だった。
訪れた時間も遅かったので最後の一杯をお願いする。
シャルトリューズのヴェールを使ったグリーン・アラスカにしようと思ったが、吉成さんがそれに似たオリジナルのカクテルがあるとおっしゃったので、それをお願いすることにした。
シャルトリューズとフランスのジンと柑橘系のジュースを使ったカクテルであった。
東中野の日登美の坂本さんのジェルモンに材料は似ていたが、凛としていて華やかで素敵なカクテルである。
美味しかった。
バーテンダーによって味が変わるのが厭で、吉成さんはこの広いお店をお一人で切り盛りしているらしい。
その潔さとこだわりに感心する。
単なる高級志向ではなく本物の大人の空間とお酒を追求される吉成さんにエールを送りたい。
本物の神戸っ子がこの店のよさを認めないわけがないと思った。
これで胸を張ってまた神戸のバーを愉しめるようになれたことを嬉しく思う。