ブログを通して仲良くしていただいている土居賢三シェフの料理を食べるために関西方面に旅行することにした。
お店「シュガーボーイプロヴァンス」
は兵庫県加古川市にある。
昼前に加古川駅に着いたら、シェフのお父様が車で迎えに来てくださっていた。
お店のロゴのついた素敵な車である。
店まで少し遠回りをして眺めのいい川沿いの道を通ってくださった。
ゆっくりと通り過ぎる景色が素晴らしい。
お店に着く。
白いシックな店内の庭の見える奥の席に案内される。
まもなく土居シェフが現れ挨拶を交わす。
シェフは森の中で出会ったバンビのような印象を感じさせる若く精悍な方であった。
お話を通して優しさと誠実さが強く感じられる。
この方の今日の料理はきっと凄いと直感できた。
お任せしてある本日の料理のあらましや飲み物について会話をした後、シェフは厨房に戻られた。
パイパー・エイドシックのシャンパーニュのピッコロとともに最初に届けられたのは山口の立派な岩牡蛎だった。
フランスの種で作った本物のエシャロットとシブレットとビネガーで作られたソースがかけられている。
この組み合わせは抜群であった。
こういうスタートを望んでいたのである。
本日の野菜は姫路のシャンデエルブで作られたフランスと変わらない本物の西洋野菜が使われている。
それも今日に合わせてすべて採れたてである。
次に前菜である。
ブロッコリーとサーモンのキッシュ、自家製ロースハム、シェフの知人でハム造りの名人が作ったロースハム・ベーコン・豚肉の薫製の盛り合わせ、シャンデエルブの野菜のサラダが一枚の皿の上に載せられている。
サラダにはパースニップ(白人参)や夢先フルーツトマトまで使われている。 同じレタス系でも味と風味が全く違うのだ。
すべて心が込もっていて優しく力強く完璧と言っていい程美味しい。
赤ワインも料理の移り変わりとともに開けてくれた。
それもグラスでいいとシェフは言ってくださる。
最初はイタリア・ピロバーノのボナルダという赤ワインである。
最初は微発泡だがそのうちコクのある赤ワインになる。
面白くて美味しいワインだった。
二杯目は日本人女性がフランスで造る赤ワイン、キュベ・オトーサンだった。
コクと深み、香りも申し分のないとてもチャーミングなワインだった。
次は煮込み料理が届く。
黒毛和牛のポテ、フランス人参添えである。
シャンデエルブのセルフィユやコリアンダーも散らしてある。
パリのマキシムのクー・ドゥ・ブッフ・ア・ローヴェルニャートを思い出した。
コクと旨みがきれいに出ているたいへん美味しい煮込み料理だった。
次に出てきた料理を見て驚いた。
ブリオッシュの中にソーシソン(ソーセージ)が入っているのだが、このブリオッシュは…
リヨン郊外にあるあのレストラン・ピラミッドとほぼ同じ色・形である。
水は一滴も入れていない。卵とたっぷりのバターと小麦粉と牛乳だけで作られているはずだ。
このブリオッシュはピラミッドで出されたフォアグラ・ブリオッシュ詰めの時のブリオッシュと同じ味がした。
フェルナン・ポワン伝承のブリオッシュである。
この加古川のこの土地で若き日本のポワンに会えるとは…
食事パンは焼きたての自家製ロールパン、金胡麻ロールも出してくださったがどれも美味しかった。
感動はこれで終わりではない。
次に出された魚料理は、明石の天然の桜鯛とイイダコのポアレ、オゼイユソース、春キャベツのブレゼ添えであった。
桜鯛やイイダコの美味しさも驚愕ものだが、舌を巻いたのはソースの美味しさである。
香草を効かせたソースだったが基本に則った丁寧な作り方であるとともにソースにキレと冴えを感じる。
今度は生前のトロワグロの魚料理のソースを思いおこしてしまった。
私はフランス料理の研究が好きでエスコフィエやニニョンの料理やソースを文献を見て作ったことがあるが、シェフはきっとそのような伝統的なものからボキューズのヌーベルキュイジーヌまで本格的に幅広くそれも実践的に勉強なさった方だと思う。
メインの肉料理は、丹波鹿のロースト・赤ワインソースである。
付け合わせとしてわさわざグラタン・ドフィノワを20分かけて作ってくれるという。
お腹もだいぶ膨れてきたので、その間しばしすぐ前の庭を散策させてもらうことにした。
庭に出ると左側に樹齢20年の立派なミモザの木があった。
様々な彩りの可憐な花が咲き乱れている。
私は素晴らしい香りに包まれていった。
うっとりとしているうちにメイン料理ができあがったようだ。
グラタン・ドフィノワは本格的なものでとても丁寧に作られていた。
ジャガイモは一枚一枚重ねるごとにソースを塗っている。
チーズはグリュエールではなくパルミジャーノ・レッジャーノを使っていたのでこの日の肉料理にとてもよくあっていた。
丹波鹿はシャトー・マルゴーかクロ・ヴージョもしくはヴォギエのミュジニー・ヴィエーニュ・ヴィーユのようなビロードの味がした。
肉の繊維質がきめ細かく繊細で、かつ上品な旨みがある。
難しい火の通し方も完璧であった。
そしてソースがこれはどちらかというとトロワグロというより古のピラミッド、ギィーシェフのソースのようであった。
こんなに繊細で美味しい鹿料理はフランスでも食べられまい。
しかもソースはパリのそこらのグラン・メゾンのシェフに負けはしない味わいだった。
気迫と誠実さが感じられる入魂の一皿である。
ここは日本のヴィエンヌである。
そしてこのお店が日本のラ・ピラミッドになりえる実力を持ったシェフがいる。
心をこめ自信を持ってその凄さを啓蒙していけばラ・ピラミッド以上の微笑ましいフランス料理店になると思う。
もしシェフが事情があって加古川に帰って来なかったらフランスできっと名のあるシェフになっていたであろう。
でもこんなに素敵な関西郊外のお店は存在しなかったはずだ。
まだ地元の方中心のお店だが日本にこの店があることを幸せに思ってどこからでも訪れるべき価値のあるお店だと思う。
ちなみにシェフの奥様、マダムは優秀なパティシエでもある。
最後に出されたデセールはしみじみと優しく人間性が溢れ出る素晴らしいものであった。
特にこのレベルの質の高いショコラは他店の追随を許さないと思う。
店を出てしまうのが名残惜しく結局5時間程滞在してしまった。
お土産にいただいたクッキーもフワッとしていてとてつもなく美味しいものだった。
お別れした後、帰りにもシェフのお父様に加古川の名所を車で案内していただいた。
このお店で過ごした時間と思い出は生涯忘れられないことだろう。
手厚く歓待してくださったシェフ、マダム、シェフのお父様に心から感謝の念をお伝えしたい。