★今日のベビメタ
本日3月9日は、2015年、第7回CDショップ大賞に「BABYMETAL」が選出された日DEATH。
以前、「日本文化とBABYMETAL」という連載を書いたことがあったが、少しだけ違うのは、今回のテーマはあくまで、欧米人にとって何が「日本的」なのかを考えてみるということである。もちろん多少重複するのは、ロス期間でネタがほとんどない状況なので、なにとぞご容赦いただきたい。m(__)m
日本を舞台にしたり、日本人を悪役とした映画は多いが、欧米人が日本的なものに魅了されていく過程を、欧米人自ら語るというスタイルのハリウッド映画は、1987年にスティーブン・スピルバーグが監督した『太陽の帝国(Empire of the Sun)』が最初だろう。
これは、太平洋戦争勃発時に、上海租界に住んでいた金持ちの白人少年が、戦勝を続ける日本軍のゼロ戦に憧れるが、混乱の中で家族とはぐれて苦労した末、アメリカ軍のムスタング-P51に敗れ去るゼロ戦を見て、最後に「推し変」するという物語。
この映画で少年の視点から描かれる日本軍人は、規律正しく、自己犠牲をいとわず着実に目的を達成していく「強くてカッコいい人たち」である。
残虐行為が描かれることはなく、面従腹背で保身を図る中国人や、資産を失って右往左往する欧米人の大人たちとは対照的に描かれており、国のために生きるという「日本的」な論理のカッコよさと違和感とが同時に観客に提示される。のちの『A.I』にも通じる少年の流浪-帰還というドラマ構造を持ちながら、異世界としての「日本的なもの」への憧れと惧れが吐露されている。
これがスピルバーグ本人の関心を反映したものであることは、2005年に『SAYURI (Memoirs of a Geisha)』(ロブ・マーシャル監督、チャン・ツィイー主演)、2006年に『父親たちの星条旗』(Flags of Our Fathers)』『硫黄島からの手紙(Letters from Iwo Jima)』(どちらもクリント・イーストウッド監督)を製作したことからもわかる。
ハリウッド映画で、欧米人の「日本」への憧れをモロに描いた作品といえば、トム・クルーズ、渡辺謙共演の映画『ラストサムライ(The Last Samurai )』(2003年)だろう。
明治維新の西郷隆盛をモデルにしたと思われるが、日本人の目から見れば、間違いだらけのフィクションである。北軍の中尉としてインディアンの村を無慈悲に全滅させ、以来トラウマで酒浸りになった心優しきオールグレン(トム・クルーズ)が、武士道を忘れて近代化を急ぐ明治政府のお雇い士官として来日するが、カツモト(渡辺謙)を首領とする叛乱軍との戦いのさ中に捕らえられて村へ連行される。
そこでオールグレンは武士道を学び、才能を見出され、カツモトの妹(小雪)と恋に落ち、甲冑と刀を授与され「ラストサムライ」になって戦うという欧米人男性にとっては夢のようなお話。
ここでは、「武士道」は神聖なものとして描かれており、いかに生きるかより、いかに死ぬかが人生の目的であるという哲学がテーマになっている。
1960~1970年代以降、近代的な合理性や経済中心の社会に対する疑義、「別の生き方」=オルタナティブな哲学を求める問題意識は、欧米人に広く共有されている。その一つの現れがロックという音楽であり、一部クリスチャンロック(CCM)というジャンルを生み出しつつ、メタルを含めて、様々なバリエーションをとって現在まで続いている。
『ラストサムライ』も、ハリウッド映画の娯楽性を前面に出しているが、その根底にはオルタナティブな生き方への憧れという心情があるだろう。
それが「サムライ」であり、「日本」だったのである。
映画の最後、政府軍のガトリング砲に壊滅させられた叛乱軍の首領カツモトに対して、政府軍の兵士たちは、跪き、礼をする。ただひとり生き残ったオールグレンが、カツモトの佩刀を天皇(中村七之助)に返納すると、天皇は深くうなずき、「われわれはどこから来たか、カツモトは思い出させてくれた。これからもわれわれは武士の心を忘れまい」と誓う。
日本人から見れば「何じゃこりゃ?」であるが、映画製作者の意図は、日本は近代化しても「サムライの心」を忘れていないということになるのだろう。
しかし、戦後まもなく、GHQは、それこそ太平洋戦争のカミカゼ特攻を生んだ「非合理的な狂信」だと言っていたのではなかったか?
ちょうどこの頃、中国や韓国では反日デモが盛り上がっている。
だが、スピルバーグ製作、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』(2006年)と合わせてみると、欧米人にとって、日本人の自己犠牲の精神は、この時期、神秘的だが、評価すべき意味を持ち始めたことがわかる。
『硫黄島への手紙』は、陸軍の栗林中将(渡辺謙)を大将とする硫黄島守備隊が、上陸する米軍の猛攻を耐え抜き、玉砕した際、将兵が家族へのメッセージとして残した「届かなかった手紙」をテーマとした実話である。
1945年2月、戦局が悪化する中、硫黄島は米軍の戦略目標となっていた。現在も東京都下である硫黄島に米軍の前進基地が構築されれば、首都圏、中京圏への直接空爆が可能になる。
圧倒的な兵力を持つ米軍は5日間で硫黄島を陥落させると豪語していたが、栗林中将は、硫黄島の岩山の内部にトンネル陣地を築き、36日間耐え抜いた。
自分たちが犠牲になって米軍の基地建設を1日遅らせれば、その1日、本土の人々は生き伸びることができる。70度にも達する岩山トンネルの内部で、将兵は必死で戦った。
同じ戦いを米軍側から描いた『父親たちの星条旗』を監督したクリント・イーストウッドは、当初日本人監督に委ねるつもりだった『硫黄島からの手紙』のプロットを読んで、自らメガホンを取ることに決めたという。日本人の悲愴な「自己犠牲の精神」は、家族のために戦うアメリカ人となんら変わりがないと思ったからだという。
『硫黄島からの手紙』は、第79回アカデミー賞の作品賞・監督賞・脚本賞・音響編集賞にノミネートされ、音響編集賞を受賞した。
「日本的」で「異質」「狂信」だと思われていた「武士道」や「自己犠牲の精神」は、不利な条件の中でも戦い抜く人間性の極致ではないのか。
たとえ敗れたとしても、その精神には敬意を払うべきだ。「死にざま」を重視する生き方とは、悪名高い精神主義や根性論ではなく、高貴な人間の在り方なのではないか。
それはあらゆる日本製品や日本文化、日本人の仕事観の「もと」になっているのではないか。
こうした理解が2000年代の欧米に広がっていき、「クールジャパン」ブームをもたらしたのだ。
BABYMETALの楽曲は、さまざまなメタル音楽の要素を巧みに組み合わせ、ジャパン・クオリティで仕上げられている。2014年にはまだミドルティーンだったメンバーたちの歌唱、ダンスは、過酷な練習とライブツアーで鍛え上げられ、神バンドの演奏力は超絶技巧を凝らしている。
ロックバンドは、演奏力や歌唱力だけが評価基準ではないにしろ、大方のバンドの水準を超える緻密なプロジェクトであるBABYMETALは、その意味で「日本的」であるととらえられているのかもしれない。
(つづく)


