様々な意見
ある事象があると、様々な意見が現れる。
批判する人、擁護する人。
その中でも色んな見解があり、独自の倫理観を披露する。
ネット社会な現代では、そんな様々な意見を目にする数も昔とは違うだろう。
生まれた環境、育った環境、出会った人達、みんな違う。セロリが好きだったり嫌いだったり。
物事に関する考え方が一緒になるはずもない。
だから、十人十色の意見があることは当然なことなのだ。
僕が何かを発したり、インタビューに答えたりした時に、批判的なもの、賛同するもの、感銘するもの。中傷するもの、色んな意見をいただく。
別に構わない。
批判的なものでも、こんな意見もあるんだ。
まあ人それぞれ考え方は違うからで収まる。
問題なのは、自分の主観以外のことを受け入れないということだ。
自分の言っていることが正しく、絶対だ。
この意見に反するものは間違っている。
こういう人がとにかく多い。
「俺が合ってる、お前が間違っている」
「いいえ、あなたは間違っている。私の方が正しい」
ネットだと、侵害派、擁護派みたいな派閥戦争みたいなことにもなる。
自分の考えを持つことは大切なことだと思う。
その考えに誇りを持つのもいい。
同時に、人の意見を聞くことも大切だ。
討論は必要だが、口喧嘩に生産性はない。
ネットで行われているのは、口、文字という武器を使った戦争。
確実に相手を傷付けようとしている。
言葉の先が鋭利になっている。
一方的なものもあれば、やり合うものもある。
まさに地獄絵図。
この世に正しいものはないと思っている。
正しいか間違っているかは、個人にしか存在しない。
正しいと思っていたものを間違いと感じたり、間違っているものを正しいと思うようなこともあるだろう。
とある出来事や人の話を聞いて変化することもある。
固定観念が強い人、脳が凝り固まっている人との話し合いは意味がないのでしないようにしている。
それと、言葉遣いは暴力性を持たないでいてほしい。
まあ色々自論を述べたが、今僕が書いてることも、別に正しいとは限らないということだ。
この人と仲良くなっといた方がいいよ
「この人と仲良くなっといた方がいいよ」
以前、有名なクラブのママが、その時にその場にいた、きっと影響力があるお金持ちの偉い人を指して僕に言った。
「そういう付き合い方はしてないので」
そう答えた。
仲良くなるかは自分で決める。
偉い人、お金持ち、イケメン、美人、地位がある人、何も関係ない。
そんなものは仲良くなる要因にはならない。
フリーター、貧乏、ブス、ダメ人間だろうが、その個人に魅力が あれば仲良くなる。
その人と付き合って得をするとか損をするとかは考えない。
多分、自分はビジネスには向いてない。
お利口さんではない道を歩いていると思う。
でも、お陰で今僕の周りにいる人達は魅力的な人ばかりだ。
アホも多いが。