インスタントジョンソン じゃいオフィシャルブログ『マルいアタマをぐちゃぐちゃにする』powered by Ameba -300ページ目

ポジション

結構色んな意味があるポジション。


スポーツの守備位置、会社などの役職、物などの位置、等々。


お笑いでもこのポジションはかなり大事である。

回し役、いじられ役、かき回し役…


自分がどのポジションに付くか、これがまた難しいのだが。


お笑いでもサッカーと同じように、素人が集まると全員がボールに向かって突っ走る現象が起きる。


結果、グダグダになる。

一流の人は自分のポジションを分かった上でいい仕事をする。


ああいう風になりたい。

最近、自分探しの旅にでる人や、自分が何をしたいのか分からない人が多い。


この世の中での自分のポジションが分からなかったり、探していたりする人だ。


「自分はこの世で何の役にも立っていないのではないか?」


「自分が死んでも何も変わらないのではないか?」


そんな悩みをよく耳にする。


しかし、生きている限り、世の中の役に立ってないなんてことは絶対ない!


ご飯を食べている時点で食品会社には有り難いことだ。


電車に乗った時点でJRや私鉄は少なからず助かっている。


お笑いライブに来て、少しでも笑ってくれたら芸人としては救われる。


逆に笑わなくても、次は笑わせようと頑張れる。

辛いことがあって毎日泣いていても、スコッティやエリエールにとっては有り難い。


ティッシュじゃなくハンカチで涙を拭いても、アタックやトップ、アフロン、ソフランは助かってる。

私が死んだらライオン製品が困る!


というのを糧に生きてる人もいないと思うが、そんな感じでいいんじゃないかと思う。


ちなみに俺は、「俺がいなくなったらいつもDVDを借りてるレンタルビデオ屋が危ない!だから俺は頑張る!」


というのを糧に生きている。

ペッティング

ABCのB。


意味を調べたら、性交の伴わない愛撫だって。


人間の体は本当に良くできている。


エネルギーを補給する為に食欲がある。


体を休息させる為に睡眠欲がある。


子孫を残す為に性欲がある。


なら、ペッティングは何の為にある?


直接Cに行けばいいではないか?


子孫を残す為の行為の準備体操みたいなものか?

裁縫をする前の針に糸を通す行為みたいな?


相手の人との間に子孫を作るべきかどうかのシンキングタイムか?


勃起しなかったり、濡れなかったりした場合は子孫を作ってはいけないというサインか?


だったら、A(キス)だけで、Bはなくても成立するはず。


AとBは何が違う?


絵になるか、ならないかだと思う。


映画やドラマの名シーンでよくキスシーンは使われる。


橋の上、非常階段、砂浜、空港、駅のホーム、相合い傘の中…


しかし、これらの場所でペッティングシーンやったら、そりゃもうAVだわさ。


つまり、AとBは光と影なんだ!


Cにたどり着く為にAとBを通過するということは、子供は光と影を経て誕生するということだ!

AとCだけで生まれた人は格好や見た目を大事にする。


BとCだけで生まれた人は内面を大事にする。


バランスの良い子孫を生む為には、キスだけじゃダメだ!


ペッティングは必要不可欠なんだ!


こんなことを考えながらペッティングしてみっ!

超ムードねぇ!

プロセス

今日、私はこのブログで新しい学説を発表する。

今後、学会にも発表するつもりだ!


プロセス…過程、行程、手順。


物事には過程があって結果がある。


果たして、大事なのはどっちだ?


過程が大事という人もいれば、結果が全てという人もいるだろう。


皆さんはどっち派ですか?


昔、バイトで遅刻したときに


「何で遅れたか理由を言いなさい!」と言われた。


正直、答える意味は何だ?と思った。


正当な理由がないと許さないのだろう。


ということは、遅刻したプロセスによっては許されるということだ。


それなら俺は嘘をつく!

親が病気、電車が人身事故で止まった、途中頭をぶつけ30分だけ記憶喪失に、悪の組織との闘いが長引いてなど、いくらでも嘘つける。


しかし、どんな理由でも遅れた時間が一緒ならバイト先に及ぼした影響も一緒だ!


となると、この遅刻したプロセスというのは店長にとって何なんだ!?


たしかに、親が死んだと言って怒る人はあまりいなそうだ。


そこが人間の情というやつなのだろう。


一生懸命勉強して、努力して、受験に失敗した場合と、カンニングして受かった場合はどうなんだろ?


結果は大事だけど、そこまでして…


いやいや、受かっちゃえば勝ちだ!


うーん…


イライラして人を殺した人と、恋人を殺された復讐で人を殺した人はどうだろう?


前者は許せない!


でも後者はしょうがない!


いやいや、人殺しには変わりない!


うーん…


結果が全てか?


過程が大事か?


答えを出すのは難しい!

そこで、私は新しい学説を発表しよう!


人生を死ぬまでと考えた場合、その人生は全て過程なのだ!


遅刻したという結果ではなく、遅刻した事実を受け入れて今後どうするか?


受験に受かった、失敗したことにより人生の方向が変わるが、そこがゴールではないのだ!


人殺しをしても、人生は終わりじゃない。


結果は死んだときに初めて分かる。


野球で試合が終わるまで結果が分からないのと一緒だ!


自殺をする人はコールドゲームということなのか?


つまり、ギブアップだ!

こんな辛い試合をするくらいなら負けでいい!


ってことなのか?


次の試合があるかは分からないが、それに賭けてみるってことか?


別に悪いこととは思わない。


「生きてればいいことあるさ!」


なんて、事情も知らずに軽はずみなことも言うつもりもない。


ただ悲しいだけ。


湿っぽくなってしまった。


つまり、人生は全てプロセスだ!


結果は死んだときに出るものだ!


これが私の画期的な学説である!


ただ、学会への行き方が分からない!