インスタントジョンソン じゃいオフィシャルブログ『マルいアタマをぐちゃぐちゃにする』powered by Ameba -142ページ目

マスク

最近よくマスクをしている。


もちろん、覆面レスラーの様なマスクではない。


口と鼻を覆う程度の白く四角いマスクだ。


ここ1週間風邪を引いているのでマスクを着用している。


あれ?マスクってよくよく考えてみたら、何のため?と思う?


まず、外の菌を自分に入れないため。


これはある!花粉症の時にするマスクがそうだ。


自分が持っている菌を他の人にあげないため。


これもある!病気の人はマスクをしないで咳していると、マスクをして欲しい!もしくは、マスクがしたいと思ってしまう。


仮にその場所に百人の人がいて、その中に一人病原菌を持っている人がいたら?


99人がマスクするより病気の人一人がすればいい問題だ。


ところが、実はそうではないのだ!


マスクがあるなら99人マスクした方がいいのだ!


何故か?


病気が治らないからである。


今回の風邪で思った!


マスクを着用するということは、他の人に菌はあたえないが、


咳をしてもその菌が全て自分に帰って来る。


自分で自分に写しているようなものだ!


一生風邪のループを繰り返す。


薬の力に頼ることになる。


何てことを考えてみた。


真相はいかに?

一緒にカクテル作ろうよ

というメッセージが色んな方から来ます。

作りません!

カクテルは好きですが、作るなら一人で作ります。

まだ一緒にカクテル飲みませんか?
の方がマシだ。

それもしませんけどね。


大体、そのメッセージを数人、数十人と無差別に送っているのだろうけど

いいのか?

僕にとっては、一緒にカクテル作るというのはセックスと同様の繋がりである。


それをそんな簡単に、会ったことも無い人となんて考えられない。


だから僕にとっては、『一緒にセックスしませんか?』


というメッセージと一緒なのです。


そして何より、ファンの方や、僕に質問がある人などのありがたいメッセージを楽しみにしている僕は、『一緒にカクテル作ろうよ』メッセージを見ると


ガッカリします。


出来れば送らないで欲しい。


本気で一緒にカクテルを作りたいなら、会いに来てください。


一緒にカクテルを作るって、それくらいのことだと思っています。

昔の人は一緒にカクテルを作る=結婚くらいの覚悟はありました。

古い考えだ!と言われそうですが、僕は両親に『一緒にカクテル作るパートナーはちゃんと選びなさい』


と教わってきた。

子供の頃は反抗していたが、今ならその意味が分かる気がする。

カクテルは液体と液体のコラボレーションです。

カクテルを作るというのは人と人とのコラボレーションです。

どちらがないがしろでも美味しいカクテルは出来ません。

少なくとも、知り合って半年はカクテルを作りたいと思いません。

そんな軽い男じゃないです。

せっかく誘って頂いたのに申し訳ありませんが、二度と一緒にカクテル作ろうよというメッセージは送らないで下さい。



ストーカー

ストーカーと呼ばれる人がいる。

僕はストーカーになったことがないし、ストーカーの素質もない。

ストーカーされるのも嫌だ。

ストーカーというのは、一つの愛の形。

好き過ぎるゆえにストーカーに変身する。

元カレ、元カノ、一方通行・・・

中には現カレ、現カノでもストーカーに近いことが行われている事例もある。


ストーカーにも色々なパターンがあるだろうが、

基本的に相手が嫌がることをするということには間違いない。

相手が喜んでいたならそれはもうストーカーではない。

それはストーカーごっこだ。


愛が止まらない、好き過ぎて自分が押さえられない、行動が抑えられない。


どうなんだ!?


これが愛なのか?


愛しているならば、相手が嫌がるような行為をするのだろうか?

それって愛なの?

単に大き過ぎる自分の感情を抑えられないだけではないか?

愛してるという気持ちに酔ってるだけ。

相手の気持ちを無視した愛は愛なのだろうか?


恋とは奪うもの


愛とは与えるもの

という定義だとしたら恋だ。


ストーカーがいい結果をもたらすことなんてまずない。

死が絡むことさえある。


恐ろしい。


愛に見返りを求めてはいけない。


ストーカーはやめましょう!