映画ブログ 市川裕隆の燃えよ ヒロゴン -22ページ目


「でっちあげ」
「羅生門」スタイルという言葉がある。
黒澤明監督の「羅生門」であれば、被害者、被害者の妻、加害者。
それぞれの視点で描かれる物語だ。


是枝裕和監督の「怪物」もそうだったし、フランス映画「悪なき殺人」も、このスタイルだった。
どちらが真実なのかが、後から明らかになるというミステリー。
「でっちあげ」も、視点が変わる。


「殺人教師」と騒がれた実際の事件を元に映画化。
学校側がクレームに大騒ぎし、マスコミが大きく取り上げ、彼は「殺人教師」と呼ばれた。
生徒の声と、生徒の親の声、彼らの声はエスカレートする。


「偽りなき者」という、デンマーク映画の傑作があった。
マッツ・ミケルセン演じる主人公が、1人の少女の声により、どんどん追い込まれていく。
小さな声が周りの声により、正しい方向を示す場合もあるが、間違った危険な状況を生むこともある。


ネットもデマが飛び交い、人を追い込む危険性を孕む。
一方的な意見しか聞かず、それを正しいと信じ込む人達。
裏取りをしないマスコミにも問題がある。


この怖さは、誰にでも起こり得るということだ。
先日無罪を勝ち取った元受刑者のドキュメンタリーを見たが、他人は自分の思い込みで人を判断する。
彼が犯人だと決め付ける人間も少なくないのだ。


いわれのない罪で追い込まれている人間をもっと苦しめて、それを楽しむ人間も中にはいる。
自分達が生きている日常には、そんな危険がいくらでも転がっている。
そういう人間がのうのうと生きている世の中、それが現実。


誰かの声で自分の身が危険に晒されたら?
これは他人事ではない。
主人公を見ていて、身震いする思いだった。







昔々、今から40年前の話。
音楽の専門学校に通っていて、渋谷陽一さんの講義を聞いた。
クソ生意気な自分は、絶対売れるから、ロッキングオンに載せてほしいと言った。
そんな小僧の言葉に、全然嫌がりもせず、上手に応対してくれた。
人間力を感じた。


ロッキングオンも好きだったが、長いこと購入したのは、映画雑誌CUTだ。
売れない役者だった自分が唯一毎月買う雑誌。
ゲイリー・オールドマンやジョニー・デップ、ブラッド・ピット、ショーン・ペン等憧れの俳優のインタビューが毎度掲載されていた。
これを手掛けていたのも、渋谷陽一さんだった。


試写会もよく応募して当たったので、随分たくさんの新しい映画と出会えた。
渋谷陽一さんの認めるもの、音楽でも俳優でも、そこに信頼している自分がいた。
音楽も映画も、彼が良質のものを教えてくれたのだ。
18歳の愚かなアピールを流しもせず、会話してくれた渋谷陽一さんに、ありがとうと言いたい。






100年以上の歴史ある映画に、新しいものを生み出すのはなかなか難しいし、観客を驚かせるのも容易ではない。
そんな中、実にチャレンジングなアメリカ映画が誕生した。
「 ストレンジ・ダーリン」


6章からなる作品で、3章から始まる。
脚本が面白いので、この意表を突いたスタートで一気に心を掴まれる。
追われる女と、追う男。


何が起きてこうなったのか、この怒濤の展開は何故起きたのか?
全く予想がつかないまま、我々はこの危険な二人の動向に引き込まれていく。 
3章の後は5章である。


謎が解けないまま、我々はもっと奥底のディープな世界に飛び込んでいく。
全てが明らかになるのは、ずっと先だ。
J.T・モルナー監督は、このアイディアと観客を裏切り続ける巧みな展開で、我々を翻弄し続ける。


目の肥えた映画ファンを唸らせる映画だ。
色鮮やかな赤と、少ない登場人物の分かり易さ。
疑問が解決されていくカタルシスは、この作品の醍醐味だ。


かつて観たあの映画を思い出すとか、あれに似てるとか、そんな意見もあるだろう。
もちろん全てが新しいわけではない。
にしても、この主なる二人の登場人物に息を呑むのは間違いない。


スカッと騙されるのは気持ちいい。
ラストの長回しも最高の没入感。
これだから映画ファンはやめられないのだ!