いよいよ5日目最後のイベント走りの行法が始まる。

お水取りに通い始めた頃は、「走り」という言葉からイメージをふくらませていたため、本当に猛スピードで堂内をぐるぐると走るのかな?と思っていたが、実際は結構控えめの走りっぷりで正直なところ「なんだ?」という感じだった。でも、坊さんたちにして見れば長い時間修行しているのでここで大きく体力を使うわけにもいかないのだろう。(納得)

内陣から坊さんが次々と飛び出してくるので、入り口の長いのれんのような帳は巻き上げられ堂内が露になる、この時いつも思うのだが、あの椿の造花が欲しい、そして重ねられたお餅を食べたいとも思う。

走りが終わり帳が再びおろされると、二月堂のお香水が僧たちにふるまわれる。「お疲れさん」といったところだろうか?ついでに堂内にこもっている参観者にも少しだけ香水がいただける。冷たくて、なんとなく神聖な心持になる。この水は水質検査なんかしてるのかな?などと余計なことを考えてしまう。

これが終わると晨朝という最後のお勤めをやってから僧たちは下堂する。このとき童子が「手水、手水」と叫びながら、僧と童子がペアとなり走り下っていく。

これを眺めたら本日の行事は終わり。

友人と回廊側から二月堂をゆっくりと降り宿へ向かう。もう午前3時だ。
日吉館があった頃は近かったが、今回の宿は猿沢の池のほとりでちょっと遠い。でも今年はそれほど寒くなく。深夜の奈良公園を歩くのもおつなものだった。

宿に帰ってから、友人とちょっとだけ酒をくみかわし午前5時に寝た。

(続く)
過去帳読み上げが始まった。過去帳読み上げはお水取りの14日のうち、5日目と12日目だけ行われるが12日はとても騒々しいのでじっくりと聞けるのは5日目だけだ。
聖武天皇以来の東大寺に関係ある故人の肩書きと名前が読まれるのだが、特に「青衣の女人」のところは有名で過去帳読み上げの聴き所である。「青衣の女人」については、昔、坊さんの夢枕に青い衣を着た女人が、「なぜ私の名を呼ばない」といったようなことを訴えたので、ひそかに加えたというエピソードがある。源頼朝のすこし後にちょっとトーンを落として「しょーえの。にょにん。。。」と読み上げられる。なんとなくロマンがあって人気がある部分だ。

ところが今年の過去帳は聴き取りにくかった。大きく読み上げる部分と声をひそめて読み上げる部分のメリハリが効きすぎて、かえって「青衣の女人」の部分が目立ちにくくよくわからなかった。熱心な人は過去帳の写しを見ながら坊さんの読み上げている部分を確認しているのでわかると思うが、私みたいにただぼ~っと聴いている人間にはよくわからなかった。ちょっと残念。

修二会はメンバーが毎年変わるので、毎年雰囲気やテンポが違う。これもマニアには面白いところだろう。まあ、また来年聴けばいいか!

これが終わると次のイベントである「走りの行法」、「香水授与」まで時間がある。
ちょっと息抜きのために二月堂から出る。奈良の高台にある二月堂から見る夜景がすばらしい。
奈良ドリームランドの岩山の影が見えない。閉園してしまい取り壊されたのだろうか?
景色の良し悪しは別として、いつもあったものがないと少しさびしい。

いつもはもっと早い時間に近くの御茶屋ですごすのが常だが、この時間はもう閉店。北側の休憩所でひと休みすることにした。

(続く)
(ここの内容は、東大寺修二会をすこし知っている人以外は訳がわかりません。ご承知おきください。)

二月堂の中は外の喧騒から離れたまったくの別世界。さすがにシーンとしている。

突然いろいろな鳴り物が響いてくる。今年も法螺貝の音色が今ひとつ。苦しそうにヒューヒュー鳴っている。毎年法螺貝の音を出すのは苦労されているよう。たぶん難しいのだろう。修二会後半(3/8~3/14)あたりになると上手になって音が出始めるようだが、3/5はまだまだだった。

そのうち、南無観世音菩薩を繰り返し唱える僧達の叫びが聞こえる、ここのリズミカルな声明はファンには人気がある。そしてしばらくすると礼堂で五体投地がはじまる。僧が一人出てきて長い木製の板に体を打ちつけ祈るのだが、板に膝と肘を打ち下ろすたびに、ドカッと大音響が発生し堂内だけでなく、二月堂周辺に響きわたるのだ。五体といっても体の一部だが、打ち所が悪ければ怪我をしてしまうだろう。効果的な音の出し方にはスキルがいりそうだが、どこで練習しているのかな?

比較的人が少ない日の深夜などに、この「ドカッ」「ドカッ」をじっと聞いていると、人知れぬところで僧達が罪深い人間の業を懺悔し悔恨の祈りを捧げているような気がしておもわず厳粛な気分になる。

それにしても、静かな場所の広いお堂で発生する音は実に効果的に聞こえる。それだけでなく修二会は視覚、聴覚、そして臭覚、味覚など五感に訴求させる演出がたくみに配されている。古来ファンを虜にする由縁である。

静かになったかと思うと、神名帳読み上げが始まる。東大寺ゆかりに全国の神様を読み上げるのだが、「○○○の大明神」などとリズミカルにスピード感を保ち読まれる。ひとつの聞き所である。読み上げる僧たちの腕の見せ所でもある。今回は。。ちょっと聞き取りにくいかな?

(続く)

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今年はお松明の火の粉が少なかった。後半は上手になったかな?


お松明を拾った後ひと休みしているうちに、先ほどまでたくさんいた群集がぱっと消え二月堂の舞台にいるかたまりを除くとほとんどいなくなっている。みなさんこれから夕食でしょうか?私たちはこれからが本番。二月堂の堂内では、初夜の読経が始まっている。

いつも私はこの時間に、お守り、牛玉札なんかを買っている。昔は杉本健吉画伯の干支の絵馬が残っていて必ず買っていたが今はもちろんないので、人へのプレゼント用に須田刻太の椿の絵馬をよく買っている。 それとよくおみやげに買うのが、二月堂の常夜灯を模擬した小さな鈴のストラップ。そうそう!2年前には売っていなかったが今年は椿のストラップを売っていた。これは二月堂内陣に飾られている椿の造花を模したもので、なかなか色鮮やか。思わず3個買ってしまった。
ということをやっているうちに、もう時間が20:30頃になっている。

今年ははじめての友人と一緒なので、そろそろお堂の中に入ることにした。事前に東大寺に申し込んでもらっていた堂内への参篭許可証を警備のおじさんに見せて中に入れてもらう。ギギギと音を立てて扉を開け堂内に入るとすぐ左の方に童子さんが座っている。中は練行僧たちの声明。最初にお水取りに来た時は、なんとも緊張したものだ。どうしていいかわからない。さすがに年季が入ってきた私は堂々と中に入り、左の方の内陣の入り口でスリッパを出して靴を袋に入れ一息。今回はじめての友人は、おそるおそる中に入り緊張している。申し訳ない事に女性は内陣に入いれないが、申し込んだ男性は中に入れる。基本的に通っていけない正面以外は自由に移動できる。このときいつも感じるのは東大寺の懐の広さだ。
参拝者にとてもやさしい。奈良の大仏の東大寺をみんな好きになるわけだ。

外の喧騒と隔絶され、薄暗い堂内でおごそかに初夜の行事が進行している。1250年前にもどった気がしてくる。堂内は本当に清らかな雰囲気に満ちている。

(続く)
今回は二泊三日の旅でしたが、目的は東大寺修二会だったので、あまりあちこちに行けませんでした。

着いた日(3/5)は、昼頃奈良に到着し、少し奈良公園付近をぶらぶらしました。昼ごはんは、カフェに変身した下下味亭でランチをいただき、ちょうどお水取りの特別展示をやっている奈良博に長くいました。二月堂内陣を模擬したディスプレイもあり、また過去帳なども展示されていて勉強になりました。
奈良漬とお菓子を私と妻の実家へ送ってから宿にチェックイン。

夕方東北から飛行機で来た友人Aと合流、すでにお松明が始まっている時間なので、ゆっくりお風呂に入り、部屋で食事をしてから日吉館の時には考えられないリラックス状態で二月堂へ。はじめての友人Aを案内して過去帳のちょっと前に堂内に入りました。聞き取りにくかったのは残念でしたが、走りの行法の後お香水もいただき、最後の「手水!」まで二月堂にいました。いつもより暖かく感じられましたが、もしかしたらお風呂のせいかな?3/5は翌日の午前3時くらいまで行事が続いていたので宿に戻ったのが午前3時30分頃。それからちょっとお酒を飲んだので寝たのは午前5時!結局その日の午前中は宿で寝てました。

3/6は、結局昼過ぎに宿を出て奈良町をぶらぶら。友人Aが昔お母様と入った思い出の料理屋で遅い昼食。それから高畑方向に歩き途中迷いながら新薬師寺へ。久しぶりにぎょろ目の薬師さんと再会。出たところでいい時間となり宿へ戻りました。そこで、東京から来た友人Bと合流、この日は少し気合を入れてさっさと風呂と食事を終え二月堂へ。

みなさんの目を気にせずに、どんどん上に上がりとてもいい場所をお松明を見れました。お松明が終わり大半の観衆は帰ってから二月堂の舞台の下まで行きお松明のかけらを拾いました。今年は松明のかけらが少なく心配でしたが、なんとか拾えたのでひと安心。 あとは、いつも私がしているお水取りの楽しみ方を、偉そうに二人の友人たちに力説しながら、まずは余裕でお茶屋でひと休みしました。

(続く)