答えの明確なもの
塾の講師をしてると
必然的に、大学受験生を持つことがあります
大学受験なので
目指す、大学のレベルによって
努力の差を生じますが
それでも、長期計画を立て
辛抱し
勉強を継続して行わなければいけません
でも、最近感じるのは
「やる前に、明確な利益や答えがないと行動しない」
という、無意識のうちにそういう行動をとる人が多いなってこと
これは、大学受験をする学生のみならず
社会人も
みんなそうかもしれません。
塾の生徒に関しては
4月の段階での偏差値で入れる所を
志望校にしたり
時間は十分にあるのに
「そんなところ絶対いけませんよ」
とかを聞く。
その気持ちは自分も受験生の経験があるから非常に理解できる。
挑戦することは、対象がデカければデカい程
不安も大きくなる
でも、今となって
そういうものに囚われていては、自分の人生の支配者でない
という考えかたができるようになった
といっても
十分、不安も感じれば
目先の利益を求めてしまうこともあるが
それだけではいけない
ということは学んだ。
自分の可能性を
自分の人生を
不安というもので
左右される。
がんばって抗うしかなく
がんばって努力するしかない
こういうことを
自分の生き様で伝えていけるような人になりたい!!
リーダーとは?
リーダー論にまつわる
ハツツー本って沢山ありますよね
そりゃ「リーダー」
響きカッコイイから誰しも一度は、憧れたりしますよね?
ならば、リーダーとはなんぞや?
リーダーシップってなに?
という疑問。
先日、サークルの後輩が
「トップになりたい」
的な上昇志向を相談してきました。
自分は、その子に対しては
「上ばっかりみて、自分の実力が正確に理解出来ないようじゃ、いつまでたってもなれないんじゃない?」
いちを
サークルの代表やらせてもらっていますので
ある種の、リーダーとして
後輩は、相談してきたのだと思いますw
自分は、子供の頃から
「リーダーカッコイイ論」=リーダーカッコイイからなりたい。
から、リーダーを目指していました。
気づいたのは、憧れが理由で
リーダー目指しても
上手くいかない。
最終的に、人が話を聞いてくれない
ついてきてくれない。
今のサークルは、自分がリーダーになろうとして
なったものでなく
関東学院大学の学生みんなでレベルアップが出来たらなと
考え
そこから自分なりに必死に行動し、考えに理解してくれる仲間を集めたからこそ
メンバーも、話を聞いてくれる、一緒に創り上げようとしてくれる
そこには
「人のためのリーダー論」
があると思います。
自分が良い思いをしたいがために
リーダーになったとしても
リーダーとしての結果は、最悪。
でも、人のためになにかをしたい
だから、リーダーにならないといけない
つまり
リーダーになるための
目的・大義名分が
どれほどの価値であり
それに対して、どれほどの熱意があるのか
これが、強ければ強いほど
世間的に言われる
リーダーシップが強い人になるのではないでしょうか?
と
思いますぉw
悩み
夢や希望っていうのは
大切
これは、誰しも認めるものだと思う
でも
どうやったら夢をもてるのだろうか
どうやったら希望をもてるのだろうか
自分の父親はめちゃ厳しい人だった
手もあげて自分を厳しく育ててくれた
それが今の自分の基礎となり
親父がの考えが今の自分の基礎となった
親父は、俺に親父の希望を押し付けてきた
「お前は、~になれ!」
という具合に
当時の自分は、親父が怖くて逆らえなかった
でも、最近すごく感じるのは
「人に押し付けられたものは、希望でもなんでない、ただ陳腐なものにすぎない」と
アドバイスとして
ヒントとして
自分が主体的に考える機会を提供してくれたとしたら
それは、押し付けでないと思う!
最近、少しずつ自分の中で固まりつつあるものがる
でも、本当にそれでいいのか?
本当にそれがやりたいのか?
悩む。
おそらく
親父は
大反対
自分は、親父と二人暮し
親父は、体も悪く
厳しい反面
とても、自分を愛してくれた
親孝行するとしたら
親父の言うことに従うのが一番なのか
自分は、何の為に生まれてきて
何をすべきなのか
悶々としているときが
多い。
でも、時間は過ぎていくし
立ち止まっても
すべきことは溜まっていく
ローリングストーン
になるおおお!!
めーーーんw