久しぶりの帰ってきた山梨、春は到来し始め、朝の散歩でフキノトウを見つける

 

お昼にそれを天ぷらにして、うどんと頂いた、春に少しアクのあるような物を食べると体がクッとして何かを引き締めてくれる気がする

 

近くに住む頼れるドクターのところに人生で初めての鍼灸を受けに行った

 

前に載せた「マラリアのもたらした不思議体験」を話すと

 

「それは三途の川だったかもね、意識を置いてった体に菌がはびこったのなら、次はしっかり繋ぎとめて帰ってこなくちゃね」と言った

 

マラリアでは貧血になり輸血もしたので、肝臓が弱ってると教えてくれた

 

もぐさの温かみと香り、煙に乗って毒素が抜けていくようだ

 

久しぶりスケボーもした、体力も筋肉もとっても落ちていることに気がついた

 

感覚としていつものように飛び上がっても体はそのイメージには到達しない

 

でも徐々に回復するだろうと歩くことにした

 

そして四日後には東京に自分で運転して行った

 

 

その四日の間に、一個前のブログに載せた本を読んだ

 

まず感染症の章では、感染症を戦争にたとえている

 

感染症の症状はほとんどが炎症疾患

 

この本は語源から探ることも多くしていて

 

「炎症には[燃え上がる火花]という意味が含まれている。火薬の入った大樽を爆発させるだけの力がある。中略 導火線に火がつけられ燃える松明が家々に投げ込まれる。ヨーロッパが炎につつまれる。火種にはこと欠かないので、おっつけ爆発するだろう。せき止められてたまったものが一挙に吐き出される。これは戦争ばかりでなく体にもみられる。小さな吹き出物や膿瘍から膿がでる(出て、なくなる)のがそれだ。」

 

*松明(タイマツ) 膿瘍(ノウヨウ、膿が溜まってる状態)

 

「精神レベルでの類似性を考えてみよう。人が爆発するという場合、膿瘍をさすのではなく、心の中の葛藤から自由になろうとする、感情的な反応のことをいう。

 

[心―体―国]という三つのレベルをこれから同時にみていくことによって、[葛藤―炎症―戦争]の類似性を学びたい。これが病気を理解するためのカギだ。」

 

ここでのキーワードは「葛藤」だ

 

感染症は全て、葛藤が原因だという

 

葛藤?

 

俺の中に葛藤なんてあるのか?

 

考えた、まず葛藤というのはなんなのか、自分の知らない定義があるのかもしれない

 

わざわざ紙の辞書を引いた

 

「葛藤 心の中でいろいろな感情が対立し、なやみくるしむこと。ジレンマ」角川 必携 国語辞典角川書店より

 

「心の中でいろいろな感情が対立し、なやみくるしむこと」そんなことあるか?疑問だった

 

楽しかったタンザニア体験、なやみくるしむことなんかない

 

しかし、「ジレンマ」この言葉には反応した、きっとこっちのニュアンスの方がわかりやすいんだろう

 

ジレンマは、何か矛盾だったり、二つくらいのものが、対立やかみ合わずどうしようもない状況にハマってることを意味するものだと思っていた

 

矛盾?何か対立しているもの?原因を見つけねば

 

でもふと思うところは、タンザニアでの最後の番にも考えた「1と2と3」の1の生活と2の生活

 

 

 

ここでもう一度説明しておくと、昔から人類が営んできた生活、言わば原始的な生活を1の生活と呼び

 

そして今、発展と言われる文明の築き上げた便利な生活を2の生活と呼んだ

 

タンザニアで目の当たりにしたシンプルな生活

 

もちろん携帯は大人なら持っているし、文明の発明はそこかしこにあるが精神レベルではシンプルで理にかなっている

 

食べ物は自然から獲る、生活はいたって単純、持ち物は少ない

 

方や日本の自分の空間を思い出した

 

本棚が浮かび上がった、そこにはズラリ、本がいっぱいだ

 

でもほとんどが読んでいない、読み終わっていないものばかりだ

 

もちろんバランスだと思ったし、どちらの生活に対しても違和感はあった

 

必ずしも対極のものでもないし、何故どちらも同時に存在しているんだ?そう思った

 

「1と2」と名付けたのは、そこで導き出した答え、単に1から2への進歩だったのだ、良くも悪くも

 

だからこそ、そこに囚われるのではなく、3という全く新しい生活スタイルを作っていきたい、創造していきたいと思ったのだ

 

ただ1と2を合わせ足したものではなく、新しい発想を取り入れたい

 

そして、これからそれを作っていくんだ、ここからが始まり、形のないものでまだ想像はできないが

 

と、そこで納得しての帰国だった、はずだった

 

次はこの数日改めて、というよりちゃんと「病気が教えてくれる、病気の治し方」を読んで、わかった事を載せる

 

厳密に言うとまだわかりつつあるというラインで、でももうそこにゴールがあるのは感覚的にわかる

 

これを終えなくて、またマラリアのある世界に足を運べるものか

 

だからこそ出発が伸びたのだ

 

PS: 出発が14日から25日に伸びました