僕らの日々 Tant de belles choses -5ページ目

Tuca とアルディさんの動画


前回ブログでご紹介しましたブラジルのTucaのギター演奏とアルディさんのライブが含まれている動画がYouTubeにありましたので追ってご紹介します☺️ 

 20分ほどもありますが8分過ぎたあたりでアルディさんが出演してます。 前回のブログの1番下部にも貼り付けのですが なかなか貴重なので投稿しました

Tucaの人柄がわかる豪快な歌声も素敵 お時間あったら
フルでご覧くださいませ☺️ 


タイトル Même sous la pluie   雨が降っても 

作曲 Tuca 4分20秒頃Tuca本人の歌声

この頃同じ年齢で仲良しだった2人はまだ27歳なんですね。もっとTucaが長生きしてたら(1944〜1978)きっとまた一緒にアルバムを制作していたことでしょう。





ドラマ「沿線地図」とTucaとフランソワーズアルディ

 1979年放送のドラマ「沿線地図」見終わりました☺️

最終回(第15話)あれれれ?と けっこうバタバタな展開で(笑)TVerでまだ見れますし ネタバレは書かない主義です

 さて このドラマの時代 急ぎの連絡手段は電話ぐらいでしたが留守電機能もなく 不在などで電話連絡がつかなければ とりあえず「家まで訪ねてみる」か 会えそうな場所で

「待ちぶせ」が主流。 このドラマではそのような場所として喫茶店のようなバー「かもめ」が設定されておりました。 

 第12話ではバーの壁に貼られたポスターのアルディさんが見守る中 店主(新井康弘)がカセットデッキの再生ボタンをガチャっと押す。すると流れてきたのがアルディさんの歌う♪私の騎士 Si mi caballero このドラマの副主題歌です。


タイトルはスペイン語で私の騎士(紳士)という意味。

 なんとも懐かしい既視感…いえ既聴感のあるメロディー✨️この曲はアルバム『私の詩集』 La Questionに収録されてた作品で ブラジルの女性ギタリストのTUCA(トゥーカ  )が作曲しました。

私が大切に持っている1990年のフランスの音楽雑誌のにアルディさんがTucaの事を書いてましたのでご紹介☺️




 ここにいるトゥ−カ(写真左)はお気に入りのレコードを一緒に作った女性。初めてトゥ−カに出会った時 彼女はブラジルのクラブで歌っていました。とても残念な事に彼女は 亡くなってしまったのだけど… トゥ−カは人々をとても心地よくさせる方法を知っていて 私の音楽は彼女のおかげでとても進歩しました。
彼女の前で私はとてもシンプルで単純なことをしていてビートに乗って歌っていました。彼女のブラジルっぽいリズムと人間的な暖かさのおかげで 私は自分自身を解放する事ができたのです。 
確かにこの写真のトゥーカと一緒のアルディさん弾けるような笑顔✨️✨️一緒に制作したこのアルバム
 La Question  はとてもシンプルで芸術性が高い素晴らしいアルバムでオススメです。
発売当初はUn Recuiel De Mes Poesies ( 私の詩集)のタイトルでした。中古で探される場合は このタイトルで🔍️
補足
トゥ−カ(Tuca、Valeniza Zagni da Silva)は
ブラジル出身のギタリストで歌手(1944〜1978)作曲活動も行った。トゥッカと表記されることもあり 33歳で亡くなりましたがナラ・レオンのアルバムに参加するなど
今も評価の高い方です。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%83%E3%82%AB



なお この曲についてはこちらのブログもオススメです。
さてバー「かもめ」の店内では BGMとして第9話のラスト56分頃に アルディさんの他の曲が使われていました。よく聞かないとわからないくらいのボリュームでしたが…

♪Au fil des nuits et des journées


 タイトルの意味は 夜と昼(うまく訳せませんが…)

もしかしたら 他にも使われている曲があったかもしれませんね。もし気がつきましたら コメントで是非教えてください。

ドラマの感想

政治や宗教的な理由も 差し迫ったほどの経済的理由もなく ただ漠然とした心の寂しさを埋めようと 親が望む進路を若い2人がコースアウトしたら…?

 ドラマだからこそできる実験をしてみたのかな?

とも思いましたが

このドラマの様な生き方をした誰かがきっと山田太一監督の周りに居たのかもしれませんね。

 受験社会の裏で「そういう進路もありだよ」と視聴者にメッセージを送っているのだと思いました。

 アルディさんの曲の使い方には なんとも昭和的センスを感じました(笑)

 ルルルルル〜♪とスキャットになったり 編曲されて 他のメロディーとつながったりと全く違う曲に聞こえたりもしました。 とはいえ 多くの視聴者が この番組でアルディさんの事を知ったり 思いだしたりしたのですから大感謝です💞


 Tuca et Hardy✨️✨️楽しそう☺️

Tuca とアルディさんの動画↓ même sous la pluie 












再放送ドラマ「沿線地図」と立川直樹氏とアルディの深い森



1979年に放送されていた 山田太一監督のTVドラマ

「沿線地図」がBS放送のTBSで今週(2025年1月13日)午後12時30分から再放送中です。

https://www.tbs.co.jp/tbs-ch/item/d0320/


このドラマは昨年惜しくも亡くなられたフランスの歌手

フランソワーズ・アルディさんの名曲「もう森へなんか行かない」が主題歌になっております。




さりげなくアルディさんもポスターにてご出演☺️ちなみに岸恵子さんもパリから帰国してのご出演だったとか


放送当時 私は中学生 残念ながら このドラマを見ることがなく 今回✨️初めて☺️拝見しております。このドラマ再放送の情報を教えてくださいました音楽ブログ「B面に恋をして。」のイエロードッグさん↓

に感謝申し上げます。 

https://b-side-medley.blogspot.com/2024/06/f.html?m=1

 さて1979年(昭和54年)のこのドラマ。

予想通り 新聞 タバコ インベーダーゲーム‥街の風景など端々も懐かしく現在より厳しい「昭和的価値観」の中で展開する人間ドラマ 恋愛模様にハラハラします😧

「もう森へなんか行かない」はオープニングに流れる他 ハミングのようなBGM♪でドラマの要所に深みを与えていています。

この曲の 原題はMa jeunesse fout le *camp 訳すと「私の青春(若さ)は去っていった」となるのですが… 

(foutre le camp=兵隊が*野営地を逃げ出すことから逃げる去るの意味)

 印象的な歌詞の「Nous n'irons plus au bois」から「もう森へなんか行かない」に邦題タイトルを決めたのは日本版レコード担当者の✨️センスを感じています。

 いったい誰がこのタイトルをつけたのかしら…?と 以前から気になってネットをひたすらサーチしたところ このようなページを見つける事ができましたのでご紹介します☺️


http://www.morinaga-hiroshi.com/club/club23.html

こちらのページは当時の人気雑誌『POPEYE』 

や『BRUTUS『PLAYBOY』の編集者であり ラジオやアーティストとしてもご活躍の森永博志氏のオフィシャルサイトなのですが  


ジェーンバーキン&ゲンズブールの映画の邦題タイトルの話題などから下方へとスクロールしていきますと突然

「もう森へなんか行かない」の日本版ジャケが掲載されてあります。ニックネームから

立川直樹氏「М」=ミック

森永博志氏 「M'」=マッケンジー  

と表記された会話(恐らくラジオ番組の対談書き起こし)

を 勝手ながら要約いたしますと この曲の日本語タイトル「もう森へなんか行かない」を名づけたのは音楽評論家 ライナーノーツやプロデューサーとしても有名な立川直樹氏であり さらに「Comment te dire adieu」を「さよならを教えて」と名づけたのもやっぱり立川氏なのだそうです。(当然ではありますが邦題に著作権などは ない為その事実はあまり知られていない この曲の入ったアルバムのライナーノーツも立川氏が書かれてましたが邦題についてはふれておられない。)

現在では洋楽曲に邦題をつける事は かなり少なくなっているようですが 昭和の頃は もう絶対なくてはならない大切なお仕事でしたね☺️ 特にアルファベットの読みが難しいフランス語の歌のタイトルに邦題は必須であった事でしょう。この曲の「森」という謎めいたキーワードはフランソワーズ・アルディさんの物静かで神秘的なイメージにピッタリで他のアルディさんの曲のイメージにも通じておりました。素晴らしい邦題ですね。

 でも実際に私が1991年にお会いしたアルディさんは

明るく朗らかな印象でありましたが(笑)

あらためてドラマ「沿線地図」の深い森に身を委ね

 昭和に浸りたいと思います。 回が進むごとにはまりそうなストーリーです☺️

参考↓

立川直樹氏のプロフィール
興味深い著書 「セルジュゲンズブールとの一週間」
残念ながら まだ未読です。近いうちに読んでみたいと思っております😊