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ジャック・デュトロン☆Bon Anniversaire


♡Jaques Dutronc et Françoise Hardy♡

 4月28日は 昨年6月に惜しまれつつ他界された🇫🇷の歌手フランソワーズアルディさんの夫JACQUES DUTRONC ジャック・デュトロン氏のお誕生日です。 1943年生まれなので82歳になられました。

 アルディさんが眠るコルシカ島Corseに今も住んでおられるとか…この島はお2人のラブストーリーが始まった場所でもあり挙式した場所でもあります。(挙式は1981年)

 後年のアルディさんの回想によると 2人の最初の出会いは1964年頃でジャック・デュトロン氏がヴォーグレコードでレコード制作助手をしていた頃だったそうです。

 ジャックは初期のアルディさんに"va pas prendre un tambour" と"le temps d'a mour"を提供されております☺️

 偶然にも2人はパリの9区に住んでいました。でも

 まだこの頃は(少なくともアルディさんは)将来恋人になるとは全く予想していなかったとか…ジャックは アルディさんとの出会いの後 1965年に自作の"Et moi et moi et moi"(エモア エモア エモア)⬇️という曲が大ヒットしスターになります。また俳優としても大活躍していきます。

, ※作詞はJacques Lanzmann

お2人が恋人になったのは アルディさんが恋人の写真家と別れた1966年の夏以降でないかと思います。 (前回ブログで深掘りしましたボブ・ディランコンサートの後ですね)
大スターどうしの恋愛☺️💞想像しただけでドキドキしますね
1973年に2人の間に誕生したトマ・デュトロンくんは現在🇫🇷で歌手として大活躍中 ジャックパパとも最近までツアーもしていました。⬇️親孝行息子トマくん☺️merci💞

 ⬇️アルディさんのかつての恋人写真家ジャン・マリーペリエ氏が撮影した有名な写真(アルディさんの方が少し背が高いと話題)
実は2人が恋人になるきっかけのあったコルシカのお家もペリエ氏の紹介でした。 まさに運命の巡り合せでしたね☺️
大スターの2人は紆余曲折しつつも互いの仕事と生活スタイルを尊重し 別居の形をとりながらも人生の伴侶であり続けたのです✨️そう 人生は難しくとも…
⬇️1967年のお2人(le plus difficile)
2:50頃アルディさん登場(4/30追加)



デュトロン氏作曲のアルディさんの歌⬇️
なぜか一生懸命オールを漕ぎながら歌われるアルディさん😅






 話題のパパと息子のアルバム

 


 アルディさん♡デュトロンの曲が交互に入ってます。

 

 1966年のアルバム イエイエ時代を感じます☺️ 

 試聴版はこちらから⬇️

https://artrockstore.com/ja-jp/products/jacques-dutronc-jacques-dutronc-1966-album-artrockstore

参考

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Jacques_Dutronc











深掘りボブ・ディラン♡フランソワーズ・アルディ 


 ボブ・ディランの若き日々を描いたという伝記映画 「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」ご覧になられましたか?
 私は見に行く予定でおりましたが 先月は 立て続けに高齢の家族と親しい友人の突然の訃報を受け…ショボーン気持ちに余裕がなくなり気がつけば地元での公開が終わって見れず…とても残念。
いずれ配信されたらいち早く見たいと思ってます。

さて この映画には 恐らく描かれていないと思うのですが…ボブ・ディランがフランソワーズアルディさんの大ファンであった事は ご存知の方も多いかと思います。

 本日のブログではアルディさんとボブ・ディランの1966年の2人の出会いをあらためて深掘りしてみたいと思います。

パリのオランピア劇場でのコンサートの1部が終了した時
ディランが「アルディが会いに来ないなら続きの第2部はやらない!」 とゴネました。そこで関係者が大慌てで 会場で観覧ていたアルディさんを楽屋連れて行った…???
 実はこの日 5/24はボブ・ディランの25才のお誕生日でした。 このコンサートのあと 宿泊するホテルで大規模なBirthdayPartyが催される予定だったのです。そこで ディラン氏は 自分から大好きなアルディさんにご招待をお伝えたい…という事だったようです。


1966/5/24 パリでのBirthdayParty㊗️
左隣りはジョニーアリディ氏

 さて この日から遡ること2年前の1964年発表されたディランの4作目のアルバム 「Another side of Bob Dylan」の裏面にアルディさんへ捧げる詩を掲載されている事はよく知られていました。
裏ジャケの⬇️この部分

フランソワーズ・アルディに捧げる/セーヌ川のほとり/ノートルダムの/大きな影が/僕の足を捕まえようとしている/ソルボンヌの学生たちが/幅の狭い自転車で駆け抜け …

以下略 原文⬇️


曲としてでなく あくまでも詩作品(poem)としてのDedicateです

 なぜディラン氏はこのアルバムにアルディさんへ捧げる詩を掲載したのでしょうか…? 

  ヴォーグの表紙を飾ってた美しいアルディさんにディランがひと目惚れした?説もありますが…

1963年のヴォーグの表紙を飾るアルディさん⬆️
 実はこの1964年ディラン氏は失恋の痛手にとても苦しんでいたようなんです。ディランの最愛の恋人
スージー・ロトロさん(スーズとも呼ばれてます)

Suze Rotolo&Dylan♡

 ボブ・ディランと同じ🇺🇸生まれだけど 生粋のイタリア系のcuteなスージー・ロトロとディランの出会いは ロトロ17歳 ディランは20歳 青春真っ只中でした✨️
 左派寄りの両親の影響で公民権運動など社会活動をしていたロトロはまだ無名だった当時のディランに多いに影響を与えたとか…2人は一緒に暮らすほど愛し合っていたのだけど ディランが歌手として急速に有名になり ロトロは 姉の家で暮らすようになりました。
 ところがロトロの姉は ディランとロトロの交際を良く思わず…問題が起き 更にディランは この頃 ジョー・バエズという女性シンガーソングライターとの同志のような関係から恋愛に発展していたとか…😮
 この事実はスージー・ロトロをとても傷つけ 「イタリアに留学に行く」とボブの元を去って行った…💔
 この失恋を元にした作品「Ballad in plain D」も このアルバム「Another side of Bob Dylan」に入っています。
ハートブレイクなディランが自分と同じ頃水星の如く有名になった🇫🇷シンガーソングライターフランソワーズアルディに(会った事ないまま)心惹かれたのはわかる気がしますウインク 以上は私の勝手な推測です。 
雑誌などに掲載されているアルディさんによると… 
その日 楽しみにしていたコンサートは期待したほど全然よくなかったそうです。 アコースティックギターのチューニングに問題があり…ディランも困っていて演奏Qualityが良くなく"残念なコンサート"だったそうでした。 そしてお呼びがかかった楽屋での面会では 自分はこの頃 まだあまり英語がよくわからず(アルディさんはドイツ語は堪能でしたが)ディランもフランス語がよくわからず だんだん気まずい雰囲気に…    
 確かに⬇️の楽屋での写真はなんだか2人ともつまらそうにも見えますね。 座っている箱が小さいからなのか無理やりの距離感を取らされての…パチリ📷️ 
アルディさんが手に持っているのはこの1966年のツアーパンフレットだと思われます。 実は このパンフレットにもアルディに捧げられた詩が掲載されていたというウワサもあります…(SNS書き込み情報なので真偽未確認です)
 コンサートの終了後アルディさんは宿泊ホテルのボブ・ディランのスイートルームのBirthdayPartyにジョニー・アリディなど他の招待されたフランス人アーティストたちと一緒に行きました。
 「普段はこんなことはないので本当に恥ずかしいんですが…ボブ・ディランは(Partyの最中に)寝室にいて 私を招き入れました。そして フランスではまだ発売されていなかった彼の最新アルバムブロンド・オン・ブロンドから2曲『Just Like A Woman』と『I Want You』を聴かせてくれました。嬉しかったわ (誤解が多いのですが演奏されたわけでなく試聴版のレコードをディランがかけた) 彼の言いたいことは はっきりわかりました。でも 私は曲を聴くことに夢中でした。それまで聴いてきたものとはあまりにも違う音楽だったので…彼は私に恋していたわけではなく "私のイメージ"に恋していたんです。彼は 舞台裏で見た時よりずっと痩せ細っていて 青白くおかしな様子で… 正直長くは生きられないんじゃないかと思いました。本当にそれで終わりで2度と彼に会うことは ありませんでした。」
 当時 著名なカメラマンのジャン・マリー・ペリエ氏とお付き合いされていたというアルディさん 正直に雑誌記者からの質問には このように答えておりました。

たぶんボブ・ディランさんは これらのコメントを読んで
落胆されたのではガーンと思います。

 2021年のある日の夜の事  

 BS朝日でベスト・ヒットUSA「ボブ・ディラン80歳記念特集」を見ておりました。

するとディランのビデオに「アルディさんの姿」が

突然映りびっくり1人で大騒ぎしたことがありました。

前半0分55秒ごろ突然現れるフランソワーズアルディさん⬇️

 フル動画⬆️「Just Like Tom Thumb's Blues」 

親指トムのブルース

ドキドキしながら司会の小林克也さんのコメントを期待しましたが…ガーン残念ながらスルーでした。(笑) 

でも…笑っていますよね?

ちょっとホッとしました爆笑 

ボブ・ディランはこの時 パリでも もちろん大人気で アルディさん以外に 多くのセレブの方々に会ったそうです。 とても楽しんでたと思います。

しかしながら…びっくり私は気づきました

実はこの時ディランはすでに既婚者でした。お相手はサラロウンズ(Sara Lownds)さんという2歳年上のディランと同じアメリカ生まれの元モデルの美しい女性で 1965年9月からの全米ツアーの休暇中 11月22日 ディランの伝記作家ハワード・スーンズによると 結婚式はロングアイランドの判事事務所前の樫の木の下で行われたとか…サラはすでに懐妊中でした。そして1966年の1月にはジェシー・ディランが生まれていて…つまりアルディさんとの楽屋面会の頃 ディランは 

もうパパだったんですよびっくり

 プライベートは殆ど公表してなかったとはいえ ニューヨークの新聞には結婚の記事が掲載されていたとか…

アルディさんは ご存知だったのかしら? 

もしアルディさんといい感じになれてたら

全てを捨てる覚悟

ディランにできていたのでしょうか?  

ニューヨークのウッドストックの自宅にて妻と子供とくつろぐディランさん@1968 めちゃめちゃ健康そうですよね?

1967年のバイク事故で瀕死のケガから回復した頃かしら?素敵な家庭ですねニコニコしかしながら1977に離婚してしまわれたそうですが…恋多きディランの人生は続く

参考

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Sara_Dylan


アルディさんにディランが聞かせたという曲①

アルディさんにディランが聞かせたという曲②


 裏ジャケにアルディさんに捧げた詩が掲載されたレコード⬇️


この1966年のパリ公演の2日後にロンドンで行われた

ボブ・ディラン伝説のライブが2CDで楽しめます 

⬇️


スージー・ロトロとディラン♡の写真ジャケットで有名

⬇️

 



 







エヴァリー・ブラザーズとフランソワーズアルディさん


1962年 Tous les garçons et les filles でデビューした頃の

フランソワーズ・アルディさん 18歳

 お部屋で愛用のギターとポーズ♡


 パリ9区 オマール通りの小さなアパートのお部屋で(妹さんと一緒のお部屋だったとか) こんな風にギターを奏でたりお気にいりのレコードを聞いては ご自分のメロディを創作されていたのですね☺️
 壁のピンナップはブリジットバルドーやヘップバーン(違うかも?)と女性ばかりですが… もしかしたら写真撮影の為に男性スターのピンナップははずしてしまったのかも…? 
 1960年のはじめ頃 アルディさん16歳頃 
お母様が ラジオを購入され その時流れてきた
「ラジオルクセンブルクイングリッシュ」

この放送局で アルディさんは エルビス・プレスリー エヴァリー・ブラザーズ クリフ・リチャード そしてブレンダ・リーといったアメリカの音楽を聞くようになったそうなのです。 その中でもアルディさんは少し悲しいメロディが多いエヴァリー・ブラザーズがとりわけお気に入りだったとか…「私はいつも 悲しい音楽しか好きになれなかった…」と。

 実はアルディさんは未婚のシングルマザー家庭の環境で育ったのです。 そして別の家庭があって離れて暮らす めったに会えない父親の方針で とても厳しい宗教学校に通っていたそうなのです。

 両親の揃った家庭の子供達ばかりの その私立学校で

自分がとりわけ”他の子供とは違う家庭環境”である事に

強いコンプレックスを持っていました。

 また成績が優秀であったため(詳しくはわからないのですが)2年も飛び級をしたため 仲の良い友人を持つことができず 休み時間はいつも隠れるようにシスター達の居る礼拝堂に行き ひとり時間を過ごしていたそうなのです。

”シスターのお気に入り”と見られますます友人らは離れていき孤独さが更に増していく日々なのでした。

エヴァリー・ブラザース 1950年代後半から1960年代前半に活躍した、ドンとフィルのエヴァリー兄弟によるデュオ。

私はサイモン&ガーファンクルがカヴァーした曲しか知らなかったので Spotifyでエヴァリー・ブラザースを聞いてみました。 

 声質が似ている兄弟2人のハーモニーがとても美しいからなのでしょうか 不思議と飽きることなくずっと聴いていられる感じ そして アルディさんが「悲しい…」と感じた音色かあると思いました。

 アルディさんの歌う曲に感じる悲しみ… tristesse それは

 例えハッピーな歌詞であっても 消せるものではない… 不思議と 飽きることなく聴きたくなる感じ

アルディさんが この頃に好んで聞いてきた音楽と深く結びついているのだと思いました。

最初の2曲はサイモン&ガーファンクルのカヴァーで有名↓ 

 
タイトルもずばり…So Sad という曲


アルバム En l'anglais (オール・イングリッシュ)の中でエヴァリー・ブラザースのヒット曲である ※Let  It Be Meをアルディさんもカヴァーしています↓

ジルベール・ベコーのシャンソンt'appartiensを英語カブァーしヒットした曲 アルディさんもカブァーしEn l'anglais に収録


 アルディさんが聴いていた時代のエヴァリー・ブラザースの同曲



 今回ブログの為に検索していて偶然発見して驚きましたが
1965年のアメリカのTV番組「スティーブローレンスショー」でアルディさんが 憧れのエヴァリー・ブラザースと共演されているという貴重な映像です。

向かって右側の女の子デュオはJacky &Gailというアメリカのフォークデュオ 全員で歌っているこの曲は 「Down Town」というタイトルでイギリス出身の女性歌手ダスティ・スプリングフィールドの大ヒット曲なのだそうです。(イエロードッグさんコメント欄にて教えて頂き感謝です)
 なおこの動画はEverlyBrothersの公式インスタグラムでも見れます。
ビートルズやサイモン&ガーファンクルに深く影響を与えたという このEverlyBrothersについて
「エヴァリー・ブラザースこそ世界最高のバンド」と語るポール・マッカートニー氏のブログ記事を併せてご紹介します

http://lightnews.blog137.fc2.com/blog-entry-5219.html