James Setouchi

2026.1.5

丹羽文雄『菩提樹』    愛欲でドロドロ。お坊さんはどうすればいい? 

 

1        丹羽文雄

 1906(明治37)年三重県四日市市生まれ。父は浄土真宗高田派の僧侶。家庭の事情で母が家を出た。文雄は幼少時得度(とくど)した。県立富田中(現四日市高校)を経て大谷大学に行かず早稲田の第一高等学院から早稲田大学文学部国文科へ進む。尾崎一雄らを知る。卒業後一時僧職に就くが家出、上京、創作に専念した。昭和10年代には国策で漢口やソロモン海戦に従軍。昭和28年『蛇と鳩』で第1回野間文芸賞。昭和30~31年『菩提樹』連載。昭和35年『水溜り』。昭和37~41年『一路』連載。昭和39年『汽笛』昭和40~44年『親鸞』連載、昭和45年仏教伝道文化賞。昭和46~56年『蓮如』連載。2005(平成17)年没。(集英社日本文学全集の年譜や解説などを参照した。)

 

2 『菩提樹』昭和30~31年(1955~56年)『週刊読売』連載。

(最初のコメント)(ネタバレしないように)

 丹羽文雄文学全集第1巻(昭和49=1974年刊)で読んだ。

 丹羽文雄は三重県の浄土真宗高田派の寺の子として生まれた。その父親(僧侶)をモデルとした小説。どこまで事実を反映しているかは分からない。時代は戦後に設定してある。朝鮮戦争の頃。朝鮮帰りのアメリカ軍が出てくる。(丹羽文雄の8歳は事実としては明治末から大正のはじめだから、この点でも大きく虚構化していると言える。)

 家庭内の男女の愛欲を中心にドロドロの人間関係を描くが、その中で親鸞聖人の教えを考え、自分のあり方を考える後年の『一路』(昭和37~41年)と同じテーマを扱う。私は『一路』を読み衝撃を受けて、丹羽文雄を読み始めた。『一路』の方が物語の要素が多く広がりも大きい。『菩提樹』の方がテーマを絞り明確だから、初心者は『菩提樹』から読んだ方がわかりやすいかもしれない。だがラストでうまく一話完結の形をとっていて、物足りないと言えば言える。作者自身も物足りないと感じて数年後により長い『一路』を書いたのではあるまいか。男女のドロドロ愛欲(金曜サスペンス劇場や韓流ドラマ以上のドロドロ)が出てくるので純真な十代には難しいかも。露骨な性描写はない。親鸞の教え、宗珠の苦悩、自分のあり方を、考え考えしながら読めば、読むのに非常に時間がかかり、ある意味で非常にいいテキストとなる。なお丹羽文雄はのち大作『親鸞』(昭和40~44)で親鸞の生涯と思想に真っ向から取り組む。

 

(登場人物)(かなりネタバレ)

月堂宗珠:39才。丹阿弥市(架空の町。三重県四日市がモデルだろう)の親鸞聖人系の仏応寺の寺の僧侶。仏応寺は檀家が200軒あり、檀家にしっかり支えられた地元の寺。檀家は農家と商家がある。宗珠はこの寺に養子として入った。長身で美声。妻は蓮子。二人の間に良薫という子どもがある。だが、宗珠には秘密があった。それは、妻・蓮子の母・みね代(未亡人)と、結婚前から二十年来の男女の関係があったことだ。宗珠は親鸞聖人の前で苦悩する。

みね代:53歳。仏応寺の先代住職の妻。事実上仏応寺を切り盛りしている。宗珠と二十年来の男女の関係にあり、実の娘・蓮子(宗珠の妻)を寺から追放してしまう。

蓮子:30歳。宗珠の妻。夫と実母の関係に苦しみ、歌舞伎役者と恋愛沙汰を起こして家出してしまう。のちやや遠い町の村長の後妻として収まる。

良薫:8歳。宗珠と蓮子の子。幼い。家の事情がまだよくわかっていない。元気な子ども。向こう見ずに暗渠や川に入り、暗渠(あんきょ)の中や洪水で怖い思いをしたことも。

松寿:66歳。仏応寺の先代住職の弟。みね代により寺男の地位に追いやられたが、文句を言わず務めている。丘の上の墓にある小屋に住む。蛇を扱うのが得意。良薫の友だち。

お杉:女中。

館要助:檀家。共産党員だが親鸞の教えに関心を持ち、宗珠と対話をする。

山路茂輔:檀家総代。会社社長で財産家。寺への寄進の半分以上は山路から。やり手の経営者で、寺の墓を移転して土地を売却しようと提案し、他の檀家と対立し、日蓮宗に転向。また、小宮山朝子を妾とし思いのままに利用するが、朝子の苦悩には気づかない。

小宮山朝子:新しく転入してきた。未亡人で、娘(笙子)がある。美しい。山路茂輔の妾。苦悩し、宗珠と項心を通わせる。

三守なか:檀家の一人。睦家という芸者の置屋。

久志本家の未亡人(お松さん):檀徒の一人。40歳前の説教師に恋着し、ほぼストーカーのように出没し、人びとに批判される。宗珠は、聖書の姦淫した女性に対する人びとの批判(自分自身への反省意識のない)を想起する。また異性への執着は自分にもあり、他人事ではないと誠実に考える。

伊福部直太:檀家の一人。山代鶴子という戦争未亡人に手を出しつきまとわれる。うまく別れたいと相談を宗珠に持ちかける。宗珠は相談に乗りながらも、伊福部の自己保身のための無責任な態度と自分の保身の態度とは同じではないかと誠実に考える。

山代鶴子:戦争未亡人。伊福部直太に捨てられたくない。鶴子には鶴子の言い分がある。

保科種美:28歳。檀家の娘。未亡人。色白で大柄、明るい性格。檀家たちが、宗珠の後妻として推薦してくる。

樫村:檀家総代の一人。

 

(あらすじ)(ネタバレ)

 丹阿弥の仏応寺に養子に来た僧・宗珠は、妻・蓮子の母・みね代と二十年来の関係にあり、そのため妻・蓮子は家出してしまった。それでも住職としての務めがあり、檀家から相談を持ちかけられては、内面の苦悩を押し殺して相談に乗るが、自らの罪は自分自身がよく知っている。やがて魅力的な女性・小宮山朝子と秘密の恋に陥るが、檀家総代の山路茂輔(彼は小宮山朝子の「旦那」でもあった)の土地売却問題、宗珠とみね代との関係、宗珠の再婚問題が浮上する。親鸞聖人の生き方と照らし合わせ、苦悩した宗珠は、或る決意を抱いて檀家一同の前に出る。宗珠は、自分とみね代の不倫の関係と、檀家女性への恋心を告白し、罪深いのは自分であると述べ、遂に寺を去ろうとする。

 

(コメント)

 檀家一同は家業(農家や商家)で忙しいが、皆で寺を支える気持ちが強い。お金も出すし、奉仕も熱心にする。寺がコミュニティの中心になっている。互いが互いの噂をするが、本人の前では言わない。昔の日本の田舎の共同体はこのようであったな、とリアリティがある。

 

 戦争未亡人が何人も出てくる。戦後まだ数年、朝鮮戦争の頃が舞台だ。

 

 ざっとした言い方をすれば、みね代は初めから宗珠と再婚すればよかったと私は思う。娘の蓮子と結婚させたから、あとでこじれることになった。だが、年齢を考えると、自分が宗珠と再婚することは、当時の常識として、できなかったのだろうか。

 

 蓮子は実母と夫の不倫を知り家出をする。汚名をかぶったが、本当はいちばん辛い立場だったろう。あとで村長の妻になれてよかった、と見るべきか。本作では蓮子の苦しみはほとんど書いていない。他の作品には蓮子の苦しみが書いてある。

 

 子どもの良薫は、向こう見ずに暗渠に入り、全てが暗黒という中で怖い思いをする。また洪水の川に飛び込み、押し流され、自分の力ではどうにもならない現実を経験する。これらは、親鸞の(他力浄土門の)教える、人生は闇だ、自力では何もできない現実がある、他力にすがるほかはない、という教えを、いや、人生のリアルな現実を、子どもの経験する世界の例で示したものであろう。

 

 館要助は、無神論者で共産党員だが、仏教に関心を持つ。(略)

 

 山路茂輔は、信仰や罪の問題を深く考える習慣のない人物だ。小宮山朝子に金を出し自分の妾として好きなように扱う。朝子にも精神的な苦悩があることを理解しない。朝子が別れたいと言うと、急に優しくなる。優しい面もある人物なのだが、精神的な(宗教的な)深みを理解しにくい人物として造型しているのだろう。彼のような俗物が精神(宗教)の深みを理解する日は来るのだろうか? また、あえて言えば、精神(宗教)の深みを、誰しもが理解(理解、という言葉は浅いので、体感・経験・実感などと言うべきかもしれない)すべきなのだろうか? 結局「縁(えん)なき衆生(しゅじょう)」のまま生涯を終える人も多いのではなかろうか? 彼は終戦後朝鮮戦争の頃に土地を売買して利益を得た実業家の一人であると言える。

(脱線するが、日本人が精神(宗教)の深みを見なくなったのは、いつからか? 戦後の金儲け主義の時代からか、明治以降の国家神道・富国強兵政策で民の精神を国家が一元的に統制したせいか、江戸時代の檀家制度のせいか、あるいは精神(宗教)の深みは昔から一部の人が追究するだけで多くの人は俗物として暮らしてきたのか・・? 注1)

 

注1:江戸期の伊藤仁斎は「俗の外に道無く、道の外に俗無し」と言った。世間的な習俗を離れて高邁な所に聖人の道があるのではなく、聖人の道は人びとの世間的な習俗の中にあるというほどの意味だ。ここでは、聖人(仁斎の場合、儒学の)の道への追究をやめてしまってひどい金儲けに走ってよいと言っているわけではなく、世俗の道の中で聖人の道を追究すべきと言っている。そこには或る精神性がある。

 

 小宮山朝子は、山路茂輔に経済的に縛られ、身心ともに束縛されている中で、苦しんでいる。宗珠と出会い、人間として(私が与える言葉だが)の尊厳を認めて貰ったと思い、恋に落ちた。この恋がなく人間として覚醒しないままなら、山路との関係にここまで苦しむことはなかったのかもしれない。だが、人間は動物のように扱われていい存在ではない。いつかは必ず人間として覚醒し、人間として扱われたくなるものである。それでも山路の経済や肉体の縛りから抜け出せないから、苦悩する。ここが丹羽文雄の人間観かもしれないが、この現実から逃れられない苦しみを、業の深さのようなものととらえている。・・最後は、子どものためもあり、山路の妾の生活を続けつつ、宗珠を隠れ恋人として逢瀬を重ねたい、と朝子は希望する。だが宗珠は離別を決意し去って行くことに。朝子はその後救われるのだろうか? それは書いていない。思うに、意に反していやな相手と致し方なく生活し続けている人は、世界には数多くいるに違いない。或る場合には苦しみながら、或る場合には自分の気持ちにフタをして、或る場合には慣れによって。

 

 主人公・宗珠は、表面上僧侶の生活を続けることも出来た。「月まいり」と言って毎月檀家の家を訪れお経を上げる。檀家たちの素朴な信心が寺と宗珠を支えている。宗珠はお経の読み方がうまく、それなりに成功した、人気のある僧侶だ。もしかしたら男前なのかもしれない。背は高い。美声である。自己主張をあまりしない人柄で人気があるとも書いてある。朝子との関係も、秘密にして、このまま続けていくことも出来た。問題は、彼自身が自分の罪深さを自分でよく知っているということだ。(注2)宗珠は考える、医者は医者の仕事をしていればいいのだろうが、坊主は坊主の仕事をしていればそれでいいのだろうか? と(「過去」、143頁)。ここでは、「仕事」「業務」として日々の法要をこなしていればそれでいいのではなく、真の宗教者・信仰者として自分はどうあるべきか? を宗珠は自分に問うていると言える。親鸞聖人は僧侶にあるまじき肉食妻帯をして、救われない罪深い身でありつつ救われる信仰とは何か、自分とは何か、を問うた。宗珠も同じ問いを問うたに違いない。ラスト、檀家の前で宗珠は全てを告白し、この寺を去るべきは自分だ、と述べる。現状維持のまま秘密を続けることも出来たが、自分にはそれが出来ない、告白して寺を去ると息子の良薫が苦しむことになるが、自分は、この寺を去り、京都に行き、親鸞聖人の前で、自分の犯した罪についてあらためて考えたい、と述べる(377頁)。

 

 ただし、有力檀家の山路が他宗に転向し、寺の経済基盤は揺らぐ。他宗派や新興宗教も攻勢を強めている。その上住職の宗珠がスキャンダルで去れば、寺は打撃を受けるだろう。(ピンチヒッターの松寿と後継者の良薫がいるとは言え。)その後農村人口は減少し、都市住民は従来のコミュニティの絆から離れ、寺は往年の賑わいを失っていくことになることを、後年(2025年)の読者である私たちは知っている。既成仏教の、戦後社会の中での衰退のはじまりの姿を、図らずも描き混んだ作品だ、とも言えるかもしれない。

 

注2:ルース・ベネディクトは『菊と刀』で西洋キリスト教徒は神の前で内面的な「罪」の自覚を持つが、日本人は人間世間に対する外面的な「恥」の自覚を持つ(だから世間の目の届かない所では「旅の恥はかき捨て」となる)、と対照した。だが本作の宗珠は仏と親鸞聖人の前で内面的な「罪」の自覚を持つ。本作の宗珠に限らない。仏教(特に他力浄土門)では人間世間に対してばれていなくても「罪業」があるとの自覚が強い。また「神仏も照覧あれ」などの表現には、内面的な「罪」の感覚を問う態度があると言える。

 

 告白を終えた宗珠。「懺悔を終えた人の、安らかさが感じられる。宗珠は漸く、すがすがしい呼吸を喉いっぱいに感じているらしかった。そのさまは、檀信徒の眼に、宗珠の新しい生活と善きいのちの確証のように映った。親鸞像の前の二つの燈明が、またたいていた。」これがラストの文章だ。ここでは、苦しみ抜いてきた宗珠に、これから新しい生活が開かれるという予感が書き込まれている。宗珠が作家の父親をモデルとしたとして、作家は実父に幸せになって欲しかった、と祈るようにしてこれを書いたのかもしれない。私はそう思った。

 

 島崎藤村『新生』では、姪に手を出した主人公が、姪との関係を小説で告白する。告白することで傷つく人、怒る人が出るが、主人公は告白せずにはいられなかった。『新生』の場合姪が主人公を思い続けている、ときわめて都合のよい書き方になっていて、私は(本当かしら)と疑った。『新生』は、主人公は告白によって救われる、新生へと人生は転回する、という書きぶりになっている。丹羽文雄『一路』もこの点似ている、と私は思った。両者は「世間に対して告白する」点で同じだ。明治以降の日本文学では田山花袋『蒲団』は一種の内面告白小説だし、藤村『破戒』もラストで主人公は或る「告白」を世間に対してする。明治以降「告白」がブームのように扱われたのは、人間が「告白」すべき内面を持った個人だ、という人間観(人間重視の考え方)があったためでもあろう。だがその相手は神や仏ではなく世間だ。(但し藤村(明治浪曼派)は西洋近代の恋愛概念に触発され恋愛讃美の方向が強いが、『一路』は仏教以来の価値観を継承し恋愛は愛欲であり煩悩であり苦しみであり「業」である。)

 

 スタンダール『パルムの僧院』では、主人公ファブリスは後年教会で出世し総司祭となるが、それでもなお世間を欺き恋人クレリアと密会を重ね子どもまで生まれる。世間に向かって「告白」などしない。神の前には全てが明々白々であるだろうが、世間の眼は誤魔化し通す。これは『新生』や『一路』とは異なるあり方だ。『パルムの僧院』は結局悲劇に終わるのだが・・

 

 丹羽文雄『一路』でも、『パルムの僧院』のファブリスのように、阿弥陀如来や親鸞の眼は誤魔化せないが、世間の眼は誤魔化し続けることができる、という選択肢もあったはず。しかし、宗珠はその選択はしなかった。檀家の前で全てを告白したのだ。スタンダールの場合は封建的キリスト教道徳を欺いて恋愛に生きる情熱を讃美しようとしたに違いない。丹羽文雄の場合はそうではなく、男女の愛欲は罪深い、逃れようとしても逃れられない、人間は罪深い、それでもなお救われるためにはどうすればよいのか(どうしようもない、弥陀にすがるほかはない)、という問題意識が強いと言える。(島崎藤村は恋愛を「業」とは捉えていない。)

  (ここで簡単なまとめ:

    スタンダールは恋愛を讃美し、世間を欺く。

    島崎藤村は恋愛を讃美し、世間に告白する。

    丹羽文雄は男女の愛欲を業として捉え、世間に告白する。)

 

 本作では人間の悪は男女の関係(愛欲)を中心に描かれる。だが、人間は男女の関係だけで生きているわけではなし、人間の悪も愛欲だけではない。戦争では否応なく人を殺してきただろう。市場社会では客や従業員や取引相手からずる賢く搾取しているかも知れない。会社組織や官僚組織では責任を部下や他の部署に押しつけてズルく立ち回ることもあるかもしれない。そもそも他の命を殺して食している時点ですべての人が悪事をなしている。大小の嘘もつくかもしれない。こうして人間は様々な関係の中で悪をなして生きている。本作では男女の関係(愛欲)に重点を置いて描いているが、人間において男女の関係(愛欲)が最も重要な関係で最も罪深い、というわけではない。但し本作の宗珠の場合は、結婚前からみね代と男女の関係にあり、いやおうなく男女の愛欲ゆえの苦しみが中心だ。そこに僧としての世間体などもからんでいく。

 

 坂口安吾なら「生きよ堕ちよ」「肉体の論理がない」と言うだろうか?(漱石作品の登場人物、例えば『行人』の一郎が、くよくよ悩んでいることに対し、安吾は「肉体の論理がない」と批判した。夫婦でもめるなら離婚すればいいのに、という理屈だ。)どこかの女性なら「男の人は観念的に悩むくせがあるわね。女は子を産み生活するのに精一杯だからそんなにくよくよ悩まないわよ」と言うだろうか?(全ての男がくよくよ悩み、すべての女が悩まない、かどうかは私は知らない。この「どこかの女性」の言い方は一面的に過ぎると私は思うのだが。)誰かさんなら「あんたは暇だから悩むのだよ。体を使って肉体労働でもしてみたら」と言うかも知れない。(なるほど・・・だが、どうかな?)

 

 このコメントでは、親鸞・浄土真宗の理路と本作の宗珠の理路を丁寧に追いその違いを確認するなどのことはしなかった。厳密には両者は異なっているかも知れない。例えば、「親鸞は法然の弟子ですが、・・法然の教義を否定しているとしか思えないのです」「親鸞は・・・自力と他力の矛盾を統一してみせたのです」(238~239頁)と宗珠が言う箇所がある。これらは思想(教義)においては重要な言明かも知れないのだが、現段階での私の理解にあまる。(法然教と峻別して親鸞教のみを正しいとする立場が、私にはよくわからない。弥陀の目から見れば同じでは?)また本作と後の『一路』や『親鸞』でも丹羽文雄の仏教理解に変化(深化)があるかもしれないが、これについてもここでは扱わない。

 ただし、宗珠は実人生を生きながら親鸞の教えに照らして自分は何者であるか、を真摯に問い詰めた。丹羽文雄もまた作家として生活しながら(売文業者としては成功した作家と言えるわけだが、それにとどまらず、)親鸞の教えに照らして自分のあり方を問い続けた、親鸞聖人は(阿弥陀如来は)嘉(よみ)されるであろう、とは言っておこう。

 

 参考までに、

 丹羽文雄『再会』(昭和15年)(講談社の丹羽文雄文学全集第1巻所収)は、短篇。どこまで虚構か事実かはわからない。時代は戦前か。主人公・紋多(『菩提樹』の良薫にあたる)は大人になり、寺を継がず作家になり、父親と断絶している。父親(『菩提樹』の宗珠にあたる)は寺を出ず、後妻をもらい、生まれた子(主人公の異母弟)が寺を継ぐ。父親と関係のあった祖母(『菩提樹』のみね代にあたる)が寺を出て隠居し、闘病ののち亡くなった。母親(『菩提樹』の蓮子)は家出をし何十年か各地を放浪し、主人公の家で同居することに。そこに父親がやってきて、父と母と主人公は再会をする。この作品では母親の生涯がかなり詳しく書き込んである。また主人公夫婦と同居してからの嫁姑問題なども書いてある。

 

 丹羽文雄自身によると、母をモデルに『太陽蝶』ほか多くの作品を、祖母のことは『無慚無愧』に書いた。父のことは『父の記憶』におそるおそる書いたがまだまだだ、と『創作ノート』(昭和49年講談社丹羽文雄全集第1巻428頁)にある。

 

(ご挨拶)

 年賀状を頂き、「ブログを読んでいます」と励ましの言葉を書いて下さっている方が何人かあった。大変ありがたいことです。私のブログは玉成混交で(いや、果たして「玉」があるだろうか?)、優秀なみなさま方にお読み頂くにはお目汚しで恐縮な気がいたします。がボツボツと出来ることからやっていきたいと思います。ご指導ご助言を頂ければ幸いです。ありがとうございました。 R8.1.5 JS