いやーやられたな。
『ガン』というイメージ、或いは先入観はヒトに最悪な印象を与えますね。
私もそうでした。
だから絶望感てやつはとんでもなく強烈でしたよ。


まさか自分がガンだったなんて今でも信じられないし、信じたくてもうまく受け入れてくれないんですよ、俺の脳は。


今となってはガンだったんだと過去形になるんです。
摘出しちゃったもん。
そして今のところは転移してないらしいです。


御心配をかけてしまった方々、どうもすみません。
生命に関わるような重大なケースではないようです。

私も以前より精巣腫瘍に関することは事前に調べていました。
発生率は日本人で10万人に1人だそうです。
見事、当選しました!
選ばれちゃいました。
だもんで、もともと確率的にありえないと、これっぽっちもガンだなんて考えてなかったもんだから先生から、
「検査の結果がでました。悪性のガンですね。」
と、ガンの宣告を受けたときは
「あー、そうですか。」
と、まるで他人事のように先生が淡々と説明する話しに耳を傾けていたわけです。
だって先生も事務的にあっさり淡泊過ぎるしね。


病院を出て妻にケイタイで報告した時も、
「えー、ウソー、どうしよう!」
などと、やたらテンションも高く、なかば笑い気味だったし。(実際は衝撃的過ぎてパニックを起こし、笑うしかなかったらしい)
私も
「参ったよね。」
などと、まだ他人事のようだったし。
イマイチ何らかの手応えを感じぬまま、心を手放してしまった文字通りの『放心状態』だったのでしょうか。
しかし、母親に電話をすると、それまでの流れが一変しました。
私「あっ、俺だけど。」

母「検査の結果どうだった?」

私「ガンだって。」

母「・・・」

この沈黙のあとの母の涙を押し殺した一言が、

「大丈夫だよ。」

私の身体の中で何かが駆け巡りました。

「だよね。」

私もそう答えるのが精一杯で早々に電話を切りました。


私も2人の娘を持つ親です。
もし今回のことが私ではなく娘達だったとしたら、想像を超えた心的苦痛を抱えることになるでしょう。
母がどれほどの衝撃を受けたか、1秒に満たない沈黙と『大丈夫だよ』という一言に集約されていることは容易に察しました。

そしてどれほど親不孝な単語を私が発したのかということも。


その後は友人、上司、親戚に報告した訳ですが、皆さん一様に深刻な気分にさせてしまったと思います。
ただ、ガンの中でも完治する可能性が高い種の物であることを告げると、安堵の言葉や表情をしてくれました。
私自身もそうやって自分に言い聞かせていたんでしょうね。


今後は月一回の血液検査とCTによる検査で経過観察をしていきます。
転移が確認されて初めて抗がん剤などの化学療法が始まるのです。


あーもぅ、なんか頭がグルグルしてる。
混乱してるとかではないんだけどね。
ただ、1つだけはっきりしてるのは、妻や娘達を養うのはこれからも私なんだということです。
病理検査の結果、
悪性の癌だそうです。
高校卒業後、私は静岡の短大へ進学しました。
親元から離れての一人暮しは、毎日が自由に溢れていて開放的でした。
誰も私の生活を咎める人物がいないのです。

当時の生活ぶりは、2、3日睡眠をとらなかったりと、若さに任せた生活を送っていました。

私は勉強もそこそこに、深夜のコンビニでバイトをするようになりました。
深夜で時給がよかったこともあり、ある程度の額を手にした私は、高校時代の初体験も手伝ってか、ふらり立ち寄ったパチンコ店でパチンコの魅力に取り憑かれていきました。

当時は様々な仕様の機種がありました。大工の源さんやモンスターハウスといった連チャン機、現在の海物語の始まりであるギンギラパラダイスやカリブ6、フルーツパッションといった権利物、一般電役のナナシー、など。

なかでも図柄を女の子が背負い投げしたり、押さえ込みをして大当りを演出する現金時短機柔キッズをよく打っていました。

基本的に一人で行くパチンコではなく、友人何人かとリーチの度に一喜一憂し、大当りすれば大騒ぎでハイタッチなど、若干周囲の人々に迷惑をかけつつも、パチンコ本来の楽しさを実感し、満喫していた時代だといえます。

収支も異常にお金に執着することなく、大勝ち、大負けはないもののバイト代の範囲で収まっていました。
この頃は趣味程度だったのではないかと思います。

大学時代は次回に続きます。
意味深な紛らわしいタイトルですみません。


今日から暫く、私がギャンブル依存症になってしまった経緯を振り返りたいと思います。



これまで両親からは、パチンコなどのギャンブルの類いは一般人が手をだしちゃいけないこと、悪いこと、として教えられてきました。


私は高3で初めてパチンコというものを体験しました。
その時は経験者の友人もいたので一種のノリで入店しました。
もちろん種銭もあまりないので、友人のすすめる羽物コーナーへ向かい、京楽の初代タヌ吉くんに座りました。
未知の世界、ましてや両親が言うところの悪いこと!?をする訳ですから、心臓はドキドキを通り越してバクバクしてました。


見よう見真似で5百円投入後、程なくしてV入賞。
いきなり台が賑やかになり、下皿から玉がでてきます。
パニックです。
隣で友人がいろいろ説明していましたが、聞いてる余裕などありません。
訳もわからずハンドルに力が入り、
結果的にビギナーズラックを発揮したんでしょう、ある程度勝ってる内にやめ、2、3千円換金したことを覚えています。
無論楽しみながらやっていた訳もなく、終始ビビリながらの実践でした。
まぁでも初体験にしては上出来だったのではないでしょうか。


もしもここで負けていれば、今後の私の人生に大きな影響を及ぼさなかったのでは?
なんてことが頭に浮かびますが、きっとそれは錯覚、後悔、または負け惜しみなんでしょうね。
きっとここで負けていたとしても遅かれ早かれ、ドップリ腰に浸かることになったと思います。


短大時代は次回へ続きます。
今日から一週間ぶりの勤務に赴きます。

これまでの私の時間軸であれば、一週間というスパンは短いものでした。
しかし振り返ると、改めてこの一週間の間に様々な出来事があったんだなと感じます。


我社は先週より月単位での繁忙期にさしかかっています。
小さな組織であるため、私が抜けていた分、仲間たちには相当の負荷がかかっていたんじゃないかと思います。
迷惑かけました。そして、ありがとうございました。
今日からバリバリ働かせて下さい。


病み上がりからのこの一日は、大きな意味を持ちます。

それでは、普段より靴の紐を強く結び、会社へ向かいます。
伸びてきた下の娘の前髪を切りました。


妻も上の娘も、髪の毛は多いのですが、下の娘はそれほどないです。
残念ながら私に似てしまったようですね。


私は今回初めて切りましたが、やっぱり大失敗。長さがてんでんばらばらです。
なんとかしようといろいろ切りました。


結果、クレラップの女の子になってしまいました。


下の娘よ、切り方を勉強するからまた切らせてね。
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昨日、予定通り退院することができました。
気にかけて頂いた方々、申し訳ありません、そしてありがとうございました。


現在、縫合した皮膚が突っ張り、歩き方がおかしいのです。
でも決して重りを外したために、身体のバランスが保てないわけではございませんので…


しかし、これまであったものがないという感覚は不思議なものです。
特に男性たる象徴のひとつがないわけですから。
太腿の付け根からスルッと見事に抜き取られています。
でもこれからはその事実も私のアイデンティティなんですよね。
自虐ではあるけれど、これで一生下ネタに困ることはないようです。
爆笑問題の田中さんと同じように…


あとは来週の抜糸、再来週の病理検査を待つのみです。
抜糸は漢字の通り糸を抜く訳でなく、皮膚と皮膚にホチキス止めされてる金属を引き抜くんです。

・・・考えただけで悍ましい。


それでも、私がこれまで妻に与え続けてきた傷みよりは軽いのでしょうね。
朝食を食べ終えたあとに、主治医の先生がいらっしゃいました。

術後の患部を診て、

「どうします?今日退院されますか?」

えっ!もぉ!

とんだサプライズです。

私はというと、起き上がるにも開いた場所が痛み、歩くことすらままならない状態でした。

私の中で、初日のお気楽な考えは粉砕していました。
早く退院したい気持ち(赤の他人と過ごす闘病生活からのんびりとした自宅療養へ)と、まだ入院したい気持ち(子供達に弱った父親の姿を見せたくない)で揺れていました。

結局は、自宅に戻っても暴れん坊たちがいるので身体は休まらないだろうと、もう一泊することにしました。

ならば入院の光と影をトコトン味わいましょう。
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やはり罰が当たりました。
人はひとりでは生きてゆけないのですね。
私に関わる方々すべてに、感謝します。


しかし、手術ってすごいですね。
私は今までそういう世界とは無縁に過ごしてきた人間なので、何から何まで未知との遭遇状態でしたよ。
術後はすぐにブログ更新しようと思っていましたが、やはり心身ともに疲弊しきっておりました。


手術中は下半身麻酔をして摘出して頂いきました。
痛さ、冷たさなどは感じなかったのですが、触られてる、引っ張られてるなどはわかりました。
医師より手術手順を事前に聞いていたので、私はイメージの中でオペの進捗状況を描いておりました。

1時間半程度で終了。
摘出して頂いた私の相棒!?相玉!?と対面しました。
う~む、暫くホルモンは遠慮させて下さい。

そんなこんなで終日寝たきりでした。
腕からは点滴、尿道からは排尿の管を、まるで培養されているようです。

待ちに待った一日ぶりの食べ物。
朝飯はお粥です。
それでは美味しくいただきます。
今日は一日飯抜きです。

これほど腹が減ることが辛いなんて思いませんでした。

また食欲と喫煙行為を紛らわすためガムを噛んでます。
昨日妻の前で、人生最後になるであろう一服をし、宣誓をしたのです。
タバコもギャンブル同様、依存ですしね。
この吸えないというチャンスを禁煙に繋げたいものです。


さぁ、13:30から手術が開始されます。
体にメスが入るのが初めてでありまして、幾分緊張しております。

しかし何より、これまでいつも一緒に生きてきた同志との別離が辛いですね。

「これまでありがとな、相棒。」


それでは行ってきます。